起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第95回・経済が戻る順番
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
2018年にイギリスで一冊の本が発売され、日本でも話題となりました。それが『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した: 潜入・最低賃金労働の現場』(光文社)です。
イギリス人の著者が底辺といわれていた職場に潜入し、それぞれの職場で多くの労働者がいかに絶望的な環境で働いているかを紹介しています。
今回は、その本を参考に、アマゾンが実現させたデジタルトランスフォーメーション(DX)の話をしたいと思います。
それでは解説します!
当時、アマゾンの商品が保管されている倉庫で働く人は、とにかく足腰がダメになり長くは働けないといわれていました。理由は、注文が入ったら商品を急いでピックアップするために広い倉庫内を歩き回らないといけないからです。
ある調査では、71%の労働者が1日に16kmほど歩いていたそうです。これは山手線を半周する距離とほぼ同等であり、時間にすると8時間勤務するうちの約4時間は歩きっぱなしになる計算でした。
そのうえ、一回のピックアップで一定時間を超えてしまった場合は減点される、といった厳しいルールもあり、非常に過酷な労働現場だったようです。
そんなアマゾンの倉庫を、イギリスにある炭鉱で栄えた町の議員が招致しました。町に新たな産業を増やし、雇用を生み出すことで街を活性化させようと考えたわけです。アマゾンの倉庫ができ、町に住むたくさんの人がそこで働き始めるわけですが、やはりほとんどの人が、体が持たずに仕事を辞めることになりました。その代わりを担ったのが、ルーマニアからの移民たちでしたが、やはり彼らも足腰がやられてしまい、入れ替わり立ち替わりで人が入っては辞める状況が続く、まさにブラック企業の典型的な状態だったのです。
ここからが本題なのですが、世の中のそうしたブラック企業と同様に、こういう問題が放置されてそのままになってしまうのかと思いきや、アマゾンはこれを見事に解決し、今やすっかりブラックな職場という印象を払拭するに至りました。
その解決方法とは、一言で言ってしまうとロボットを導入したということになります。ではそれがどういうロボットかというと、ご存知の方も多いと思いますが、「動く棚」を発明したのです。
アマゾンが真剣に働き方改革を考えた結果、人間が倉庫内を歩くのは実は非効率であり、それよりも棚が歩いてきた方が効率がいいことに気づいたわけです。デジタル化でものの場所が全て分かっているのであれば、棚の方が動いて届けてくれる方がピックアップが楽ですし、何より人間は動き回る必要がなくなります。
つまり、足腰を悪くする従業員が減り、体力に不安がある人でもピックアップの作業が楽にできるように一気に状況改善されたというわけです。
デジタル化を活用した身の回りにあるデジタルトランスフォーメーション
このアマゾンのケースは、まさにデジタル化をうまく活用して働き方改革を実現させたDXの事例でしょう。DXはここ数年における大きなトレンドの1つであり、多くの企業があの手この手でDX化を進めようと奮闘しています。
新型コロナウイルスの影響もあり、リモートワークをしている人も多いと思いますが、ZoomやMicrosoft Teamsなどのツールを活用して簡単にミーティングができるようになったのも、デジタルの力を活用した働き方改革の1つの事例ですよね。
加えて、多くの職場の業務改革を支えているのは、グループトークなどを簡単にできるようにした「チャット機能」だと言われています。チャット機能を活用することで、情報の一斉送信や閲覧のチェックなどが簡単になり、現場における報告や連絡、情報共有などがものすごく楽になったことで私たちの生産性は間違いなく上がっています。
他にも、電子契約書や電子請求書など、事務書類の手続きにおいてもデジタル化が進んでいますよね。郵送の手間などが省け、タイムラグもなくなり、作業全体が効率化されています。
特にこうした事務作業においては、アナログな作業がまだまだ残っている職場は多いと思います。その部分をうまくデジタル化するだけで、作業効率が上がり、働き方改革や業務改革にもつながるはずです。その結果、お客様のために費やせる時間が増え、サービスの質の向上にもつながるでしょう。
デジタルの力が、私たちの働き方や仕事そのものを大きく変えているということですね。
デジタルの力を使ってできる身の回りの効率化を考えてみよう
店舗数が増えるなど事業が拡大すれば、まず考えるのは「効率化」でしょう。しかし一方で、効率化をはかって生産性を上げようとすれば、そのしわ寄せは間違いなく現場の従業員にくるのです。そこをどう解決するかは経営者にとってはすごく重要な課題でしょう。
アマゾンの例においては、デジタルの力で発想ごと変えてしまったことで、根本的に問題ではなくなってしまったというわけですね。
アマゾンのような大規模なDXは難しいと思うかもしれません。しかし、今やデジタルの力をうまく使えば、小規模な事業主であってもいろいろなことができる時代です。皆さんの事業の中で、何か改革できそうなものを探してみてはいかがでしょうか。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「動く棚(ロボット)を導入した」でした。ちなみに、棚の方から来てくれるようになったことでまた新たな問題が1つ発生しました。それは、「作業が極めて退屈になった」ことだそうです。なんとも悩ましいですね。
構成:志村 江