10月1日から「インボイス制度」がスタートしました!
国税庁:インボイス特設ページ
実際に制度が始まり、税務署や税理士の元に“ある質問”が殺到しています。
それはインボイス未登録事業者との取引に関することです。
特にある一定の条件が揃うと「インボイス未登録事業者と取引すると損をする可能性がある」というデメリットの衝撃は大きく、制度開始以降もインボイス未登録事業者から「やっぱりインボイスに登録した方が良いかな」という相談が増えています。
一方、インボイスに登録した事業者からも、インボイス未登録事業者と取引するにあたっての実務上の問題点についての相談が急増しています。
11月13日付で国税庁のホームページにも、お問い合わせが多い質問TOP10が公表されました。
その中でも未登録事業者との取引関連の質問が含まれています。
今回は、税理士の私に実際に多い問い合わせ(未登録事業者との取引関連)ベスト3について、Q&A形式でお伝えします!
質問① 未登録事業者との取引、いくら損する?
「原則課税」を採用している場合:
・損する金額は、消費税相当額×20%
※経過措置対象外の場合は、消費税額相当額×100%
・少額特例に該当する仕入れの場合は損しない
※少額特例とは:少額(税込1万円未満)の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくとも一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除ができます。基準期間における課税売上高が1億円以下又は特定期間における課税売上高が5千万円以下の事業者が、適用対象者となります。
国税庁:少額特例(一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置の概要)の概要
「簡易課税」を採用している場合:
「2割特例」を採用している場合:
【解説】
今回の質問はまず前提として、下記のとおりでした。
買手:インボイス登録事業者(消費税課税事業者)
そして、買手はインボイス登録事業者=消費税課税事業者でしたが、さらに消費税の3つの税務ポジションでどれを採用しているかにより結論が異なります。
※消費税の税務ポジションについて詳しく知りたい方はこちらの記事を参照ください。
2割特例が必ずしも得とは限らない? インボイス制度、消費税の計算方法を税理士が解説!
「簡易課税」もしくは「2割特例」である場合:
「簡易課税」と「2割特例」の仕入税額控除の金額は、自社の売上にかかる消費税をもとに一定の割合をかけて計算する方法でした。
実際の仕入にかかった消費税をもとに仕入税額控除を計算するわけではない、つまり売手からいくらで何を仕入れようが関係ない計算方法でした。
そのため「簡易課税」や「2割特例」を選択している事業者は、「インボイス」の交付を受けていなくても仕入税額控除を行うことができます。
結果、売手が免税事業者のため「インボイス」の交付が受けられなくても損しない=今までと変わりません。
※仕入税額控除とは・・・課税事業者が消費税の納付額を計算する際に、売上にかかっている消費税から、仕入れにかかった消費税を差し引くこと
「原則課税」の場合:
原則課税方式で仕入税額控除の金額は、売手から仕入れた商品やサービスにかかる消費税を元に計算する方式でした。
そして、インボイス制度開始後より、仕入れやサービスの提供を受けても、それにかかる「インボイス」の交付を受けられない場合は原則仕入税額控除が認められません。
売手がインボイス発行未登録事業者である場合、買手に対して「インボイス」の発行・交付することができません。
そうすると、買手はこの仕入れに関して、仕入税額控除が受けられなくなります。
結果、今までより消費税相当額を税務署へ多く払わないといけないことになってしまい、損をしてしまいます。
では実際いくら損をするのか?
答えは、経過措置を適用する場合は消費税額相当額×20%です。
下記、事例で詳細を説明します!
【事例】
例)免税事業者に11万円(税込)で仕事を発注していた場合は、消費税額相当額の1万円×20%=2千円損をする。
「インボイス」がないと、仕入税額控除が取れないので、消費税額相当額の1万円分を実質的に買手が負担しないといけないのでしょうか?
いきなり1万円分の実質増税になると大変ですよね。
そこで、経過措置があります!
その結果、実質増税は2千円だけで済むことになります。
国税庁:Q&A 問113(免税事業者等からの仕入れに係る経過措置)より
経過措置の内容:仕入税額相当額×80%を仕入税額控除とみなして計算OK
このケースですと、仕入にかかる消費税額相当額10,000円×80%は仕入税額控除とみなしてOKです。
つまり、買手は残り20%部分の2,000円のみを税務署へ納めればOKということになります。
結果、2,000円だけ今までと比べて損する(実質増税)ということでした。
なお、この経過措置を受けるには、一定の帳簿への記載事項&請求書等の保存が必要です。
どんな請求書が必要になるかについては、このあとの質問③の解説で、内容をお届けします!
質問② 値引き交渉について
公正取引委員会:インボイス制度関連コーナー
【解説】
質問①では、免税事業者と取引した場合、いくら消費税が損する可能性があるか見ていきました。この損をする分(経過措置を考慮すると消費税額相当額×20%の金額)を売手に交渉してもらい、値引してもらうことは問題ありません。
つまり、100,000円(本体価格)、10,000円(消費税)である場合だと、10,000円×20%=2,000円値引OK
ただし、独占禁止法や下請法に触れないように注意する必要があります。
実際に独占禁止法に反するか否かの判断は、実務上難しいです。
公正取引委員会でもQ&Aを出していますので、こちらを参考にいくつか事例を用意しました。
公正取引委員会HP:免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A_Q7参照:仕入先である免税事業者との取引について、インボイス制度の実施を契機として取引条件を見直すことを検討していますが、独占禁止法などの上ではどのような行為が問題となりますか。
いくつかの事例をみていきましょう!
<今までの消費税相当額をすべて値引する場合>
違反の可能性が高いです。
仕入税額控除の経過措置があるにも関わらず、それを考慮しないで値引する場合は違反する恐れがあります。
公正取引委員会:インボイス制度の実施に関連した注意事例について
<買手が一方的に値引する場合>
違反の可能性が高いです。
自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定することは、不公正な取引方法となります。
値引をする前に買手は売手と相談しましょう。
公正取引委員会:インボイス制度への対応に関するQ&Aについて(概要) Q7より
<値引交渉をしたが、一方的に著しく低い取引価格を設定して事実上取引打ち切るにもっていった場合>
事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由です。
ただし例えば、取引上の地位が相手方に優越している事業者(買手)が、インボイス制度の実施を契機として、免税事業者である仕入先に対して、一方的に、免税事業者が負担していた消費税額も払えないような価格など著しく低い取引価格を設定し、不当に不利益を与えることとなる場合であって、これに応じない相手方との取引を停止した場合には、独占禁止法上問題となるおそれがあります。
公正取引委員会:5 取引停止
【まとめ】
事例をみていきましたが、実際に違反となるか否かの線引きは、正直曖昧と言わざるを得ない状況です。
買手が一方的に(売手に通告なしに)値段を引き下げたり、あるいは売手が引き下げに応じないので取引停止をした場合は違反となる可能性が高いです。
そのため違反とならないためには、協議をして双方が納得(経過措置も考慮して)のうえで、値段を決めることが大切です!
質問③ 消費税相当額を値引きする際の、請求書の書き方
※売手からもらった「請求書」で情報が足りない場合は買手の方で情報を追記して区分記載請求書の要件を満たしましょう!
もし今まで「請求書」をもらっていなかった場合は、売手から発行してもらうようにしましょう!
そして、消費税相当額×20%の値引についての記載方法は、下記解説で3つの例を示します。
【解説】
売手は「インボイス=適格請求書」の発行ができないので、売手から「インボイス」をもらうことはできません。しかし、経過措置(80%の仕入税額控除)を受けたい場合、売手から「区分記載請求書」の発行を受ける必要があります。
区分記載請求書の記載事項を次で確認しましょう!
国税庁:区分記載請求書当保存方式
<区分記載請求書>
② 課税資産の譲渡等を行った年月日・・・令和5年11月30日など
③ 課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容(課税資産の譲渡等が軽減対象資産の譲渡等である場合には、資産の内容及び軽減対象資産の譲渡等である旨)・・・魚・牛肉(軽減税率8%)など
④ 税率ごとに合計した課税資産の譲渡等の税込価額・・・10%対象88,000円、軽減8%対象43,200円など
⑤ 書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称・・・株式会社〇〇御中など
<注意点:下記は買手が追記してもOK>
国税庁:多く寄せられるご質問 問⑤より
上記③かっこ書きの「軽減対象資産の譲渡等である旨」
上記④の「税率ごとに合計した課税資産の譲渡等の税込価額」
上記の記載がない場合に限り、受領者が自ら請求書等に追記して保存することが認められます。
情報が足りない場合は、買手の方で追記しましょう。
さらに、国税庁に多く寄せられるご質問④の記載項目も確認しましょう!
免税事業者が請求書等に消費税相当額を記載したとしても、それが適格請求書等と誤認されるおそれのあるものでなければ、基本的に罰則の適用対象となるものではありません。
また、免税事業者であっても、仕入れの際に負担した消費税相当額を取引価格に上乗せして請求することは適正な転嫁として、何ら問題はありません。
この点も5つの記載事項と併せて、確認しておきましょう。
<消費税相当額×20%値引後の請求書を作成するにあたり、値引額の確認>
それでは、売手と消費税相当額×20%の値引き交渉をしたとして、どのような「区分記載請求書」を作ってもらえれば良いか見ていきましょう。
例として3つの様式を用意しました。
どの様式を選んでも問題ありませんので、好きな様式を選択しましょう。
まず、値引前の請求書例より、値引交渉額(消費税相当額×20%)がいくらか前提を確認しましょう。
消費税相当額:
10%対象 88,000円の内、消費税相当額は8,000円含まれています。※88,000円×10/110=8,000円
8%対象 43,200円の内、消費税相当額は3,200円含まれています。※43,200円×8/108=3,200円
値引額(消費税相当額×20%):
8,000円×20%=1,600円
3,200円×20%=640円
合計 2,240円値引き
<消費税相当額×20%値引後の請求書>
~例① “調整額”という項目を増やし、値引額を記載する方法~
調整額(消費税相当額×20%)の計算過程:
8,000円×20%=1,600円
3,200円×20%=640円
合計2,240円
~例② 税区分ごとに値引金額を記載する方法~
値引額(消費税相当額×20%)の計算過程:
8,000円×20%=1,600円
3,200円×20%=640円
~例③ 細目毎に直接、消費税相当額×20%値引後の金額を記載する方法~
※計算過程
魚 5,400円-400円×20%=5,320円
牛肉 10,800円-800円×20%=10,640円
キッチンペーパー 2,200円-200円×20%=2,160円
今回のまとめ
インボイス制度が実際に始まってから、税理士である私に最も多かった問い合わせが「インボイス未登録事業者」との取引に関するQ&Aでした。
制度が始まる前は、インボイス未登録でいいやと思った事業者も、実際に値引交渉や取引停止を受けて考え直している方も多いでしょう。
また、買手側も値引き交渉をするか、また実際に値引き交渉した後の請求書の対応等について迷っている方が多いと思います。
<まとめ>
インボイス発行未登録事業者(免税事業者)が売手となる取引をした場合、
・自社(買手)の消費税ポジションが「原則課税」を採用している場合は、仕入税額控除の経過措置適用することで、消費税相当額×20%のみ従来より損をする。値引交渉の余地あり。
・実質増税となる仕入税額相当額×20%分の値引交渉はOK。ただし、一方的な値引通告や優先的地位を乱用して値引を強要する等、独占禁止法等にあたらないように注意が必要。
・仕入税額控除の経過措置を受ける場合、免税申請書の売手からはそもそも「適格請求書=インボイス」がもらえないので、代わりに「区分記載請求書」をもらうように。
・区分記載請求書は今までの請求書と変わらないが、5つの記載要件をもう一度確認しておく。
・消費税額相当額×20%値引後の区分記載請求書記載例を3つご紹介。
売手側は不当な値引き交渉を受けないように気をつけましょう!
買手側も一方的な値引は独占禁止法等でアウトになる可能性があるので事前にNGな事例を確認しておきましょう!
実質増税となる消費税を売手、買手のどちらが負担するかを判断することは難しいと思います。
正しい知識を身に着けて、賢明な判断をしていきましょう。
文=齋藤 雄史
編集=内藤 祐介
齋藤雄史さん
税理士/公認会計士
宮城県仙台市出身。
高校卒業後、進学資金を貯めるため、新聞販売店に勤務。その後、地元の簿記専門学校に進学、東日本大震災同年の2011年公認会計士試験合格。
合格後、新日本有限責任監査法人福島事務所勤務。
法律の世界に魅せられロースクールに進学し、同時期に板橋区にて会計事務所を開業。
ITやクラウド対応を武器に顧客開拓に成功し、20代〜30代をはじめとする多くの起業家から厚い信頼を得ている。
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