職業、作曲家。
そう聞くと、音楽を創作し、アーティストに自分の楽曲を提供してお金を稼いでいる人、と想像する人が多いのではないでしょうか。
作曲家の多くは、仕事を依頼され、受注して納品する、いわゆるフロー型(単発でその都度仕事を請け負うスタイル)ビジネスモデルを採用しています。
仕事を請け負えばすぐに収益が見込まれるメリットがある分、継続的にお金を得ることは難しい仕組みです。
今回お話を伺ったBGM作曲家の「もっぴーさうんど」さんは、このフロー型のビジネスではなく、ストック型(自分の資産を使って継続的に収益が見込める)ビジネスを展開しています。
BGMや音源素材(パソコン上で音楽が制作される際に使われる音のサンプル)を売ることで、定期的な収益を上げている「もっぴーさうんど」さん。
「音楽だけで食べていくのは難しい」と言われている中、どのように「もっぴーさうんど」さんが収益を立てているのかをお聞きしました。
もっぴーさうんど / MoppySound
フリーランスのサウンドクリエイター。
インターネット上を活動の拠点として600点以上のBGM・効果音をロイヤリティフリー販売する他、
映画、動画広告、アプリ等へのBGM提供、作曲者向け音楽素材の企画制作など活動は多岐にわたる。
19歳のとき趣味で作曲を始める。ゲーム音楽、アニメのサウンドトラックに興味を持ち、独学で勉強する。
音楽とは関係ない学問を専攻していた大学生活から、音楽系会社の学生インターンを経て、有名企業が主催するコンクールで自身の作品が入賞。
その後、就職ではなくフリーランスの道を歩むことを決意。
2012年からアプリなどへBGM提供するも、受注制作だけで生活することは難しいと感じ、制作したBGMを素材として販売するストック型ビジネスへ移行。2年で収益基盤を確立する。
2015年から「世界のすみっこでうさぎは空を眺める。」名義で作曲者向け素材のKONTAKT音源を開発し始める。2016年には音源制作のノウハウを活かし、映像・ゲーム制作向けのボイス素材集を企画・開発する。
大学中退後、フリーランスに! BGM専門の作曲家『もっぴーさうんど』ができるまで
―BGM作曲家に至るまでの流れを教えてください。

こどもの頃から音楽が好きで、家にあった電子ピアノで当時流行っていたジブリの映画やアニメ・ゲームのBGMを弾いていました。
大学時代は音楽とは関係ない学問を専攻していた傍ら、本格的に作曲活動を始めて、著作権フリーのBGMや効果音を販売できる「オーディオストック」(https://audiostock.jp/)というサイトで、自分で作った曲を売っていました。
その後音楽系のベンチャー企業でのインターンにて、音楽業界の仕組みを学びました。
―そして徐々に頭角を現していったんですね。

曲を作り始めて2年ほど経ってから、有名企業のコンクールで私の作った曲が入賞するようになりました。
そこからはもう企業に就職することは考えずに、大学を中退して、音楽1本で食べていこうと決意しました。
―そんなに若いうちから独立されていたんですね。周りの人はどういった反応でしたか?

両親からは反対されましたね(笑)。やっぱり、普通に就職して会社員をやってほしかったみたいです。
でもどうしても音楽で食べて行きたかったので「25歳までに必ず、音楽で食べていけるようにする」と約束をして、仕事に打ち込みました。
なんとかタイムリミットに間に合って、今こうして作曲家として生活していけるようになりました。
―「もっぴーさうんど」さんはBGM専門の作曲家でいらっしゃいますが、他のミュージシャンや作曲家とは、具体的にどのような違いがあるのでしょうか?

よくミュージシャンや作曲家というと、自分でライブをやったり曲を作ってCDを売ったり、アーティストへの楽曲を提供することで生計を立てている方が多くいらっしゃいますが、私の場合は少し毛色が異なります。
私は自分が作曲した曲を、「オーディオストック」や海外の素材販売サイトで売っています。
それを企業さまを中心としたお客さまにサイトを通じてご購入いただいております。
ですので基本的には、他の人からご依頼を受けて楽曲を制作するのではなく、自ら楽曲を発信して、お客さまが必要な時にその都度買っていただいている、という形になります。
―なるほど。それでは「1曲あたりにいくら」という考え方ではなくて、楽曲がユーザーにダウンロードされればされるだけ「もっぴーさうんど」さんが稼げる、という仕組みなんですね。

そうですね。ストック型のビジネスなので、そういう意味ではブロガーの稼ぎ方に近いかもしれません。ダウンロードにおける利用料と、自分のサイトの広告収入などで稼いでいるので。
「オーディオストック」には効果音を含めると、すでに600以上の曲を販売しています。昔作った曲でも、人気のある曲は頻繁にダウンロードされているので、比較的安定して収益を生み出せるようになっています。
他人と同じことをしてもしょうがない。「まだ誰もやっていないこと」を見つける力
―BGM専門の作曲家としてのご活躍に加え、最近では、音源素材(パソコン上で音楽が制作される際に使われる、音のサンプル)もご自身で作って、ビジネスを展開しているとお聞きしました。なぜ音源素材を作ろうと思われたのでしょうか?

私が参加している音楽サークルの中で「自分たちが楽曲制作をする時に使えるような、ちょっと変わった音源素材が欲しいね」という話が出たことがきっかけです。
そこで、試しに音源素材を作ってみようと、候補に挙がったのがこの「下手っぴリコーダー」でした。
https://soundcloud.com/sekai_usagi/demo1?in=sekai_usagi/sets/poor-recorderdemo
他にもヤマハのピアニカや、ハンドベルをサンプリングした音源素材も制作してみました。
https://soundcloud.com/sekai_usagi/we-yamahapianica-demo4?in=sekai_usagi/sets/wr-yamahapinicademo
https://soundcloud.com/sekai_usagi/wr-toy-handbell-demo1
これが仲間内で結構評判になったので、試しに音源素材として販売したところ、同業の作曲家さんの中で話題になって、意外と売れたんです。
―音源素材といえば、大手メーカーさんが高級な楽器(ピアノやバイオリン、ドラムなど)の音をサンプリングして販売する、というイメージが強いですが、もっぴーさうんどさんが作った音源素材は、ある意味その逆ですよね。

そうですね。
音源素材自体は、ちょっと知識があれば誰にでも作れてしまうものですが、どうしても「大手のメーカーが“いい楽器”から“いい音”をサンプリングして販売するもの」という固定観念があるんですよね。
ですが初めは「表現の幅を増やしたい」という想いから作ったものだったんですが、案外私たちの作った、お世辞にもハイクオリティとは言えない音源にも、一定の需要があったんです。
音源素材は、本来ミュージシャンや作曲家の人たちが使うもので、正直一般の人が使う機会の少ないニッチな領域です。
ですがこんなニッチな領域にも「誰もやっていないものに挑戦する」ことで、需要って生まれるんだなと気づきました。
―たしかに、目の付け所が鋭いですね。

それに、大手メーカーと同じことをしてもしょうがないじゃないですか。
高級なピアノの音をサンプリングして、素晴らしいクオリティで音源素材にするなら、大手メーカーの持つ資金力や研究力には到底勝てません。
でも大手メーカーが目をつけないようなところに、あえて目を向けることで、新しいビジネスを生み出すことができる。
この「下手っぴリコーダー」の音源はまさに、コロンブスの卵なんです。
―「まさかこんなことがビジネスになるんだ」と、感じることができたのは、大きな経験ですよね。

はい。
私たちが作った音源素材が人気を博したことがきっかけで、今メーカーさんと協力して新たな開発に着手しています。
「声優さんにオタクの人のコール(合いの手)をしてもらって、それをサンプリングした音源素材」というものを作っているんです(笑)。
本当にビジネスの種というのはどこに転がっているか分からないからこそ、あらゆることにアンテナを張っておくことが大事だと気付かされました。
ストック型のビジネスは、未来への投資。安定した収益を得るために埋めた、たくさんの“タイムカプセル”
―BGMの作曲、音源素材の制作など、ストック型ビジネスを展開されています。これも作曲家・ミュージシャンとしては珍しいビジネスモデルだと思います。

安定して稼いでいくためには、やはりこのやり方が1番なのではないかと思います。
BGMにせよ音源素材にせよ、自分の成果物が評価され続ければ安定的に収益を見込めます。ただしビジネスの性質上、いきなりすぐに結果が出るわけではないので、最初は大変だと思います。
―たしかに作曲だけでなく例えばブログでも、ストック型ビジネスモデルはいきなり結果が出るわけではありませんよね。だからすぐに辞めてしまう人も多いはずです。「もっぴーさうんど」さんにも、結果が出ない時期はありましたか?

ありましたね。実はブログもやっているのですが、開設して2年ほどは鳴かず飛ばずでした。
でもそんな時期を乗り越えられたのは「たとえ今は評価されていなくても、好きなことに熱中できることの楽しさ」が自分の中で強かったからだと思います。
幸い私は、学生の頃からこの仕事をしていましたから、ある程度の稼ぎを得られるまでは実家や周りの人の支えを受けることができました。
そのおかげで音楽に熱中して、未来への投資を着々と進めることができたんだと思います。
―その投資が今、花開いたというわけですね。

はい。私はストック型ビジネスとは、タイムカプセルだと解釈しています。
とにかくたくさんのタイムカプセルを埋めて、それが未来の自分を支えてくれる。どのカプセルがいつ開くかまではわかりませんが、数多くのカプセルを埋めればそれだけ開く数も増えていきます。
もしこれから、私のようなストック型ビジネスで独立・起業を考えている方がいるとしたら、今からたくさんのカプセルを埋めて欲しいなと思います。
今からでもやれることはたくさんありますから。
そしてそのカプセルが開いて、地盤を盤石にしてから独立する、という選択肢もありだと思います。
取材・文・撮影=内藤 祐介