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技術だけでは手に職はつかない。その理由を高齢者向け爪ケア事業を立ち上げた小磯麻有さんに聞いた

技術だけでは手に職はつかない。その理由を高齢者向け爪ケア事業を立ち上げた小磯麻有さんに聞いた

独立・起業をするなら、技術やスキル、資格を有し、高い専門性を持って独立したいと考えている人は少なくないと思います。

今回お話を伺ったのは、高齢者向けの訪問型爪切り・爪ケアサービス「つめトピア」を運営する小磯麻有さん。

もともと会社員だった小磯さんは、手に職をつけるべくネイルを勉強して独立。福祉ネイル事業を経て、現在の事業を立ち上げました。

技術の習得だけでは、本当の意味で「手に職をつける」ことにはならないと語る小磯さん。そう語る理由は、小磯さんのキャリアの変遷にありました。

<プロフィール>
小磯麻有さん
株式会社マルナニエ/つめトピア代表

短大を卒業後、メーカーに就職。その後、手に職をつけるために一念発起して会社を退職し、ネイルの道に進む。ネイルスクールを経てネイルサロンへ就職。

2015年に退職してネイリストとして独立し、主に高齢者や障がい者、病気の人を対象とした福祉ネイル事業を開始。2023年10月には法人化し、11月から高齢者へ向けた訪問型の爪切り・爪ケアサービス「つめトピア」を開始する。

「手に職」をつけるため、脱サラしてネイリストに。小磯さんが「福祉ネイル」で独立するまで

――まずは小磯さんの現在の事業について、教えてください。

小磯さん
「つめトピア」という、高齢者へ向けた爪切り/爪ケアを行う訪問型サービスを行っています。

若い方や介護の経験がない方だと想像しづらいかもしれませんが、自分の爪、特に足の爪を自分で切ることができないという方は意外と多いんです。

屈めなかったり、腰が曲がっていたり、視力が低下していたり、握力が弱くなっていたり……。

そうした様々な事情で足の爪を上手に切れないからと放置してしまった結果、爪が変形してしまうケースがあるんです。

「つめトピア」では、主に高齢者の方の爪をケアすることで、快適な歩行をサポートし、生活のQOLを向上できるよう努めています。

――小磯さんのキャリアについて教えてください。つめトピアを開始する前から、爪を扱うお仕事をされていたのでしょうか?

小磯さん
いえ、実はファーストキャリアでは、全く違う仕事をしていました。

もともとは短大を卒業した後、メーカーに就職しました。そこで5年間仕事をしていたのですが、ある時「これからは手に職をつけた方がいいよね」と、当時の上司が話しているのを聞いて、自分の心に響いたんです。

自分が手に職をつけるとしたら、どんな仕事がいいかなと想像して、思いついたのがネイリストでした。もともと、手や爪のケアをするのが好きだったんです。

その後、一念発起して会社を退職しました。ネイルサロンでアルバイトとして働きながら、スクールで本格的にネイルについて学んで資格を取得した後、ネイリストとして会社に就職しました。

当時は一般的なファッション目的のネイルを専門としていました。そして、2015年にネイリストとして勤めていた会社を退職し、独立したんです。

――その後、なぜ高齢者を対象としたサービスを立ち上げたのでしょうか?

小磯さん
独立当初は、自宅のひと区画を使って、一般的なネイルサロンを立ち上げようかなと考えていました。

でも、おしゃれやファッションのためのネイルを施す人は、私以外にもたくさんいます。その中で生き残っていくためには、私なりの専門性や武器、特色が必要だとだんだん思うようになっていったんです。

そんな中、一般社団法人日本保健福祉ネイリスト協会が発足することを知り、主に高齢者や障がい者、病気を持った方を対象に爪のケアを行う「福祉ネイル(※)」というサービスがあることを知りました。

競合との差別化という事業的な意味でも、そして社会的な意義としても、この方向性ならこれまで培った自分のネイルの技術を活用することができると思い、福祉ネイルに舵を切っていったんです。

※福祉ネイルとは、高齢者や障がい者、病気を持つ人を対象に、爪に色を塗ったり絵を描いたり整えたりするサービスのこと。爪の手入れだけでなく、コミュニケーションを通して認知症の防止や孤独感を軽減させることも目的としている。

グレーゾーン解消制度を活用して生まれた「つめトピア」

――福祉ネイルの事業から「つめトピア」へは、どのような変遷があったのでしょうか?

小磯さん
福祉ネイルでは、基本的に手の爪をケアするのですが、その仕事をする中で「足の爪を切ってほしい」というご依頼を多数いただくようになったんです。

先ほどお話しした通り、高齢者の中には自分で足の爪を切れない方がいらっしゃいます。

実際にお客さまの足の爪を見てみると、爪が変形してしまい、どう見ても日常生活に支障をきたしてしまうレベルの深刻な悩みだということが分かったんです。

小磯さん
これはなんとかしないといけないと思い、現在の「つめトピア」の構想が生まれました。

私としては、すぐにこの高齢者の足の爪問題を解決する事業を立ち上げたかったのですが、一筋縄ではいかなかったんです。

――どういうことでしょうか?

小磯さん
理由はいろいろあるのですが、主に法律上の課題がありました。

ネイリストが刃物である爪切りを使って、高齢者や病気の方などの変形した爪を整えるとなると、法律上グレーと言わざるを得なくて。

医師や看護師なら資格上、刃物を使った処置を施せるのですが、爪の専門家ではないので、適切なケアの方法を知っている方は少ないのが現状です。

一方、ネイリストは爪の専門家で知識と技術はあるものの、法律的にはグレーなんです。

そこで私は、経済産業省が実施している「グレーゾーン解消制度(※)」を活用しました。

現在は病院と連携して、医師に判断を仰いだ上で許可が出た方のみ、爪のケアを行うという方法でこのグレーゾーン問題を解消し、ようやく2023年に「つめトピア」のサービスを立ち上げることができました。

※産業競争力強化法に基づき、事業者が現行の規制の適用範囲が不明確な場合においても、安心して新事業活動を行えるよう、具体的な事業計画に即して、あらかじめ規制の適用の有無を確認できる制度。
グレーゾーン解消制度(消費者庁)

技術の習得だけでは「手に職」は得られない。技術と社会の接点まで考えて事業を立ち上げる

――「手に職をつけたい」という目標から始まったネイリストとしてのキャリアが、現在の「つめトピア」の事業に至るとは、独立当初は想像していなかったのでは?

小磯さん
そうですね。こうして自分のキャリアを振り返ると、「手に職をつける」という言葉の意味は深いなと感じます。

当時会社員だった私は、ネイルの技術を習得しさえすれば「手に職をつけられる」と思っていた節がありました。

もちろん、そういう解釈も間違ってはいないのですが、じゃあ技術さえ身につければそれで食べていけるようになるかというと、そう甘くもないんですよね。

ネイルの技術を持っている人はたくさんいますし、その中でどう差別化するかという視点を忘れてはいけないなと改めて思います。

――競合とどう差別化するかという点について、小磯さんなりのお考えを聞かせてください。

小磯さん
人によって様々だとは思いますが、私は結局「どれだけ社会の役に立てるか」という問いの答えを、自分なりに探し続けることだと思います。

私の場合、最初はファッションとしてのネイルからこの業界に入りましたが、福祉ネイルと出合い「ファッションだけでない在り方のネイル」を仕事にしていきました。

そして福祉ネイルをする中で「足の爪もケアしてほしい」というお声をいただいて、現在の「つめトピア」が生まれました。

あくまで私の場合はですが、社会の役に立つ方向、すなわちお客さまに求められる方向に進んでいったら、結果的に自然とそれが他の事業者さんとは異なる方向性になり、差別化に繋がっていった気がします。

小磯さん
もっと分かりやすく考えるなら、仕事をしていて1番嬉しい瞬間を考えるといいかもしれません。私の場合は、やっぱりお客さまから「ありがとう」と言われた時が1番嬉しいんです。

だから、周りと比べて自分がどう振る舞って差別化をするのか考えるよりも、よりたくさんの「ありがとう」をお客さまからいただくためにはどうすればいいのかを考える。

そうした視点を持ち続けて試行錯誤を繰り返すことこそが、結果的に他との差別化に繋がるんじゃないかと思います。

――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

小磯さん
これは私自身への戒めでもありますが、手に職をつける、すなわち技術さえあれば、独立・起業が上手くいくとは限りません。

大切なことはその技術を応用して、どのような形なら人の役に立てるのかを考えて実践すること。

自分の技術と社会の接点まで考えて、事業が上手く回った時に初めて本当の意味で「手に職がついた」状態になると考えています。

なかなか一筋縄ではいかないかもしれませんが、その分、自分の技術が誰かの、社会の役に立った瞬間の喜びは何物にも代え難いです。

私の話が、手に職をつけて独立・起業をしたいと考える人の参考になれば幸いです。

取材・文=内藤 祐介
写真提供=小磯麻有さん

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