独立・起業には様々な形があります。フリーランスとして個人で事業を立ち上げる。会社を設立して人を雇い、組織で事業を運営する。そして、すでに動いている事業を人から受け継ぎ経営する、事業承継。
今回お話を伺った清水亮佑さんは、代々うなぎの卸売業を営む株式会社鯉平の5代目を務めています。今回は、そんな清水さんのキャリアと共に、5代目として会社を引き継ぐ上で大切にしたことや意識していることについて伺いました。
ゼロから事業を立ち上げるのとは、また異なる力量が必要な事業承継。その難しさと求められるものとは、一体なんでしょうか。
清水亮佑さん
株式会社鯉平 代表取締役社長（5代目）
うなぎの卸売業「株式会社鯉平」を営む実家に生まれる。大学を卒業後は、証券会社へ入社。2010年には、実父が経営する株式会社鯉平に入社する。
2017年から専務取締役として経営に携わり、2023年1月に代表取締役社長に就任。鯉平の5代目として、事業を引き継ぐ。
6年かけて権限委譲し、緩やかに経営を交代
――まずは、清水さんが経営する会社の事業についてお聞かせください。
私の経営する株式会社鯉平（以下、鯉平）では、主にうなぎの卸売業を中心とした様々な事業を展開しています。
主軸となる卸売業では、国内や海外からうなぎを買い付けて、全国のうなぎ屋さんへと卸しています。
うなぎを生きたまま届けることもあれば、私たちで加工して捌いてから届ける場合もあります。
その他、うなぎ屋さんの清掃や害虫駆除、串打ち機の製造、メンテナンスもしています。
さらに、若くて経験の浅い引き継ぎ手を我が社で一時的に雇用し、うなぎ作りのノウハウを学んでからうなぎ屋さんへ戻っていただく、といった取り組みも行っています。自社でもうなぎを扱った飲食店を3店舗ほど出店しているので、社員として働きながら、うなぎの調理の修行を積んでもらえるようになっています。
――引き継ぎ手の方が、社員として働きながら修行ができるという取り組みは非常に斬新ですね。
「うなぎ屋さんが必要としていることは、全てウチの会社で」というのが、代々我が社のモットーなんですよ。
なので、基本は卸売りをしながらも、時にはうなぎ屋さんの未来を担う、次世代育成にも力を入れているんです。
――清水さんは5代目社長と伺いました。幼い頃から会社を継ぎたいと思っていたのでしょうか？
幼い頃はそうでもなかったのですが、大きくなるにつれて、ぼんやりと「会社を継ぐのかなあ？」とは思っていましたね。
とはいえ、大学卒業後は社会勉強も兼ねて、全く業界の異なる証券会社に入社しました。
その後、2010年に鯉平に入社して、会社が行っている様々な事業について勉強した後、2017年に専務取締役に就任しました。経営に関しては、その頃から少しずつ携わっていくようになったんです。
――専務時代から、経営に関わっていたんですね。
はい。社長として経営を交代する前から、ある程度時間をかけて、先代がいろいろと勉強させてくれました。
私自身が経営を学ぶ期間でもありますが、同時に会社もまた、私の経営に慣れていくための準備期間というか。私も会社も、お互いが仕事をしやすいようにグラデーションをつけながら経営を移行していったんです。
何事もいきなりガラッと変わってしまうと、いろいろなところで軋轢を生んでしまいますよね。私としてもこの期間があったからこそ、自分が代表に就任した後の仕事について想像しやすかったですし、非常に勉強になりました。
もし会社の経営を引き継ぎたい、と考えている方が読者の中にいらっしゃるなら、この慣れるための時間は、先代がどうしても急に引退しなければならない事情などがなければ、可能な限り確保した方がいいと思います。
そんな先代やスタッフの皆さんの支えもあり、2023年に代表取締役に就任し、現在に至ります。
「スタッフをリスペクトして寄り添い、声を聞くこと」。事業承継は人間関係が全て
――先代から事業を引き継ぐ上で、意識したことなどがあれば教えてください。
株式の問題については、税理士さんの指導のもと、数年かけてじっくり腰を据えて対処していきました。
仮にもし経営者が突然亡くなってしまって、急に会社も株も引き継ぐことになると、贈与税がたくさんかかってしまうんですよ。
ですので、株式についても緩やかに移行作業を行っていきました。その点でも、準備期間を確保していて良かったなと思います。
仕事の面でいえば、専務になって以降は特に、会社で働いてくれているスタッフさんと良い関係性を築くことを意識していました。採用活動にも力を入れて、若い人を積極的に採用しましたね。
また、先代、先々代の時代から、長く会社を支えてくださっているスタッフさんとの関係も大切にするよう心がけました。
――こうした代替わりのお話では、新しい経営者と古くからのスタッフとの間で、軋轢が生まれるお話をよく耳にしますが……清水さんの場合はいかがでしたか？
ありがたいことに、そういった軋轢はほとんどありませんでした。専務時代、あるいはそれ以前から可能な限り、スタッフさんと密にコミュニケーションを取るように心がけていたからだと思っています。
手前味噌かもしれませんが、我が社のスタッフさんは本当に良い人が多くて、今もとても良好な関係を築いています。
いずれ私が代替わりをする番になっても、良好な状態であり続けたいなと思っています。
――事業を引き継ぐ上で、スタッフと良好な人間関係を築くことも大切なんですね。
そうですね。やはり会社というのは個人ではなく、人の集合体なので。
私が先代の息子で後継ぎだからといって、その立場にあぐらをかいたり、社歴の浅いスタッフさんに対してもそうですが、特に私よりも長く会社を支えてきた先輩方を蔑ろにするようなことがあったりしたら、会社は成り立ちませんよね。
もしかすると、後継ぎという立場にいる私のことをあまりよく思わないスタッフさんがいても、不思議ではありません。最初は小さな不和だったとしても、長い時間をかけて溝が深まっていってしまえば、ゆくゆくは会社経営そのものを揺るがす問題になりかねません。
だからこそ、私は彼らをリスペクトして、スタッフさんたちが大切にしていることに積極的に耳を傾けるようにしてきました。
もし仮に、私の考え方や価値観がきちんと伝わってないスタッフさんが会社にいるとしたら、それは全て私の責任です。そういう気持ちでスタッフさんと向き合うようにしています。
――人を大切にする。それが清水さんの流儀なんですね。
結局、会社経営って一緒に走ってくれるスタッフさんがいないと、何もできないじゃないですか。
事業によっては、全て1人で完結できるものもあると思いますが、少なくとも今の鯉平の事業では、それは不可能です。
私のように家業を継ぐパターンだけでなく、事業承継で他の人が運営する会社の経営を引き継ぐ場合も同様で、何よりも「今現在、会社のために働いているスタッフさんの声を聞く」こと。
その声にどこまで寄り添えるのかが、会社の経営を引き継ぐ上で最も大切なことだと思います。
会社の特色を残して、良いところを伸ばす。事業を引き継ぐ上で大切なこと
――清水さんのこれからの展望を教えてください。
今、展開している事業を大切にしつつ、これからはアジア圏を中心に海外へ視野を広げていきたいですね。日本だけだと、どうしてもうなぎの消費量に限りがあるので。
これからも様々な形で「うなぎ屋さんが必要としていること」を提供できる事業を運営していけたらと思います。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
独立・起業には様々な形があります。ゼロから事業を立ち上げる方もいれば、私のようにすでに動いている事業を受け継いで経営する人もいるでしょう。
私からお伝えできることがあるとすれば、先ほどお話しした通り、すでに動いている事業を受け継ぐなら、今活躍している人を大切にすることに尽きると思います。
どうしても経営者の立場に立つと、「今の会社に足りないもの」を考え、厳しい目で会社を、人を見てしまいがちです。
もちろん足りないものは必要に応じて補う必要があると思いますが、それ以上に大切なのは、今の会社の良いところに目を向けること。
そして良いところというのは、「販売のスタッフさんの接客態度が素晴らしい」「◯◯さんにはこんなスキルがある」「会社の雰囲気が明るい」など、往々にして「目には見えないもの」なんです。
そうした部分に着目せず、事業にジョインして早々、粗探しをして改善要求ばかりする経営者になってしまっては、スタッフさんたちが疲弊してしまい、不和が起こることは言うまでもありません。
事業を引き継ぐなら、まずはその事業について誰よりも詳しく知る。そして今の会社の特色を残して、良いところを伸ばしていく。それが事業を引き継ぐ上で必要なことではないでしょうか。
取材・文＝内藤 祐介
写真提供＝株式会社鯉平
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