起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
連日のメダルラッシュにわいた2020年東京オリンピック競技大会で、戦略思考トレーニング的に最も印象に残ったのが、柔道女子78kg級で全試合、寝技で勝利し金メダルを獲った濱田尚里選手です。
何がすごかったのかというと、まさに彼女のスタイルは「イノベーション」だからです。
彼女の武器はロシアの格闘技である「サンボ」からヒントを得た寝技で、かけられたら最後、「蟻地獄のように逃げられない」とまで評されているそうです。「他とは違うスタイル」を発見して、金メダルを獲ったわけですね。
まさに差異化による勝利であり、これはビジネスでの成功にも通ずる話だと思います。
それでは解説します!
いきなりビジネスとは関係のない柔道の話からスタートしましたが、実は昔からオリンピックはイノベーションが生まれることが多いといわれています。
例えば、陸上の走り高跳びでは、アメリカのディック・フォスベリー選手が今では当たり前に行われている「背面跳び」を発明しています。
これは後に証明されるのですが、それまで主流だった正面跳び(ベリーロール)に比べ、背面跳びの方が同じ体を持ち上げる方法として理にかなっているそうで、今では背面跳びが主流となっています。
それよりも前の話だと、陸上の短距離では当たり前になっている「クラウチングスタート」も、1896年の第1回アテネ大会で初めて使用したといわれています。
アメリカのトーマス・バーク選手がクラウチングスタートによるスタートダッシュで100m走を優勝したことで、他の選手も真似するようになったそうです。それまではいわゆる「かけっこ」のスタイルでスタートしていたわけですね。
冬のオリンピックでは、スキージャンプの「V字ジャンプ」もそうだといわれています。元々は板を揃えて飛ぶのが当たり前でしたが、ガニ股がゆえに空中で足が開いてしまうスウェーデンのヤン・ボークレブ選手がV字で飛んだのがきっかけに、V字の方が空気抵抗を受けやすく飛距離が出ることが分かり、多くの人が真似するようになったそうです。最初の頃は飛型点が美しくないと減点されることが多かったようですが、空中姿勢が安定するにつれて減点されることが減り、逆に今では主流なスタイルとして定着しました。
もう1つ、スピードスケート競技の「スラップスケート」というスケート靴です。かかと側のブレード(刃)が靴に固定されておらず、足から離れてバネで戻る仕組みのためスピードが出やすいんだそうです。これも多くの選手がオリンピックで使用したことで広まったといわれています。
このように、オリンピックでは数年に一度、画期的なイノベーションが出てきて、「それまでの常識が変わった」という歴史があるのです。
平泳ぎをおびやかした新型泳法とは
さて、話をクイズの鶴田選手の話に戻しましょう。鶴田選手かがあわや金メダルを奪われそうになった発明、つまりイノベーションとは一体何だったのでしょうか。
1つヒントを出すと、今ではその発明は禁止されており、しかも「新たな種目」として残ることになりました。
お分かりになりましたか?答えは「バタフライ」を発明したのです。
当時の平泳ぎのルールは「うつ伏せで、左右の手足の動きが対称であること」しか定められておらず、そこに目をつけた外国人選手の1人が、今でいうところのバタフライの泳ぎ方で鶴田選手に挑んだのだそうです。
この新型泳法は、いわゆる平泳ぎよりもスピードが出ることから研究が進められ、ついに平泳ぎから独立し、1955年に国際水泳連盟によりバタフライという種目として認められた、というわけですね。
ビジネスにも通ずるイノベーションの誕生
この平泳ぎからバタフライが生まれた話は、勝負に勝つために差異化を突き詰め、その結果としてイノベーションを生み出した1つの有名なエピソードとして知られています。
特にオリンピックは世界最高峰を競う場所だからこそ、こうしたイノベーションも生まれやすいのかもしれません。
差異化からイノベーションを生み出す、これはまさにビジネスと同じです。どれもとても面白いエピソードで、思考トレーニングの参考になりますね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「バタフライ」でした。確かに冷静になって考えてみると、自由形、平泳ぎ、背泳ぎの3つは分かりますが、なぜ4つ目の競技がバタフライであるのかはちょっと不思議ではあります。でもその歴史を紐解けば、その理由も分かるというわけですね。
構成:志村 江