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ベンチャーキャピタルから資金調達するには?

日本におけるベンチャーキャピタル(ファンド)から資金調達規模は一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター発行のベンチャー白書2016によると2013年は1,000件1,818億円、2014年は969件1,171億円、2015年は 1,162件1,302億円となっており、景気、経済動向に左右されるものの件数で1,000件規模、調達金額では1,000億円超となっております。

ベンチャーキャピタルとは?

ベンチャーキャピタルは金融機関や事業会社などから出資を受けて組成した投資事業組合(ファンド)を管理・運用しています。ファンドの運用については、目的に沿った投資案件を発掘し、綿密なデューディリジェンス(企業調査)を行った上で投資判断を行います。

また、投資先企業に資金、販路、人財など多面的な支援を行いながら成長を支援し、株式上場等によりその投資資金を回収、最終的にはファンドへ出資をした金融機関や事業会社へ配当を行う業務を行っています。

ベンチャーキャピタルは設立母体によって銀行系、証券会社系、事業会社系、独立系と分類され、その収益源は投資事業組合(ファンド)の運営管理手数料(管理報酬)と投資事業組合(ファンド)の投資が成功することによる成功報酬の2つがあります。

ベンチャーキャピタルから資金調達する方法、流れ

ベンチャーキャピタルと出会う方法としては、ベンチャーキャピタルからアプローチを行う方法(発掘)とベンチャー企業側からアプローチを行う方法があります。

ベンチャーキャピタルとの出会いの後、ベンチャー企業は事業計画書を提出するとともに事業計画の詳細説明を行い、ベンチャーキャピタルがさらに興味を示せばベンチャー企業に対する詳細な調査(市場動向・業界情報等、事業計画の実現可能性を含めた事業の将来性、公認会計士による財務調査等)が行われます。

上記各種調査を基にベンチャー企業とベンチャーキャピタルとの間で投資条件交渉が行われ、合意の後、ベンチャーキャピタル内の投資委員会の審査を経て、承認されれば投資実行となります。

ベンチャーキャピタルから資金調達した後どうなる?

ベンチャーキャピタルから資金調達を受けた後、取引先・提携先の紹介や社内で不足する人材の紹介を受けながら事業計画に基づいて事業拡大を行い、定期的に事業状況をベンチャーキャピタルに報告します。

ベンチャーキャピタルは、ファンドの運用期間内に投資先の株式が上場されれば上場時に一括売却、またはで少しずつ売却して投資資金を回収し、キャピタルゲインを得ます(株価等市場に影響を与えない形で売却が行われます) 。ファンドの運用期間内に上場できない場合は他社、他ファンドに売却することによって投資資金を回収します。

ベンチャーキャピタルから資金調達するにあたっての注意点

ベンチャーキャピタルから資金調達を行う場合は主に以下の点に注意が必要です。

<ベンチャーキャピタル(ファンド)からの出資、資金調達は、会社の「経営権」と「利益分配権」の一部を譲渡することであること>

ベンチャーキャピタルから資金調達を行うということは、新たに株式を発行してこれをベンチャーキャピタル(ファンド)に引き受けてもらうことであるため、ベンチャーキャピタル(ファンド)が新たに株主として経営に参加することとなります。

つまり、会社議決権、利益分配権の一部がベンチャーキャピタル(ファンド)に移るため、一度に多額の資金調達を行うとベンチャーキャピタル(ファンド)の議決権、利益分配権もその分ベンチャーキャピタル(ファンド)の持ち分が増え、会社全体の経営に大きく影響することになります。

ベンチャーキャピタル(ファンド)から資金調達を行う場合には「必要な資金」という点だけでなく「経営権(会社の議決権)」「利益分配権」という点も考慮し、資金調達額を決定すべきです。

<投資事業組合(ファンド)は運用期間が定められていること>

ベンチャーキャピタル(ファンド)が出資を行う場合、ベンチャーキャピタルが運営するファンドとベンチャーキャピタル本体から出資が行われ、その割合はファンドが70%、ベンチャーキャピタル本体が30%出資する形が多いです。

そして、特にそのファンドの出資分についてはファンドの運用期間内に投資の回収を行うようベンチャーキャピタルが行動をしますので、出資を受けたベンチャー企業はファンドの運用期間内に結果を出すよう求められます。
ベンチャーキャピタル(ファンド)から出資を受ける場合にはファンドの運用期間にも注意しながら事業経営を行う必要があります。

<ベンチャーキャピタルから出資は契約であること>

ベンチャーキャピタル(ファンド)からの資金調達、出資は投資契約・出資契約であり細かく様々な条件が付けられている場合があるため、その内容には十分注意し、専門家も交え契約前に事前に確認を行う事が重要です。

まとめ

 ベンチャーキャピタル(ファンド)からの資金調達については、多額の資金が一度に得られ、取引先・提携先の紹介、不足する人材の紹介等のメリットがあります。
しかし、一方で、出資を受けた分の議決権や利益分配権を持ち、経営への参加があるため、事業計画の期間内における実行性が強く求められるという点もあります。
このようなことを理解した上で、事業拡大に向け必要な資金を必要な時に調達し、事業を次のステージへ押し上げるきっかけとしましょう。

PROFILE

ファイナンシャルプランナー 大間 武

飲食業をはじめ多業種の財務経理、株式公開予定企業などの経理業務構築、ベンチャーキャピタル投資事業組合運営管理を経て、2002年ファイナンシャル・プランナーとして独立。2005年株式会社くらしと家計のサポートセンター、NPO法人マネー・スプラウト設立。
「家計も企業の経理も同じ」という考えを基本に、「家計」「会計」「監査」の3領域を活用した家計相談、会計コンサル、監査関連業務、講師・講演、執筆など幅広く活動。

[保有資格等]
1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP(R)、プロフェッショナルCFO、証券外務員二種、日商簿記一級

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個人事業主の方は、毎年1月1日から12月31日までの事業所得や不動産所得を計算して、翌年3月15日までに所得税及び復興所得税の申告納税を行います。

その所得税及び復興所得税の納付額が一定以上あるとき、予定納税という制度があるのをご存じでしょうか。

「予定納税とはどのようなときにかかってくるのか? 」
「いつ、どのように支払いを行うのか? 」
「所得が大幅に減少した場合は? 」

などの疑問について解説していきます。

予定納税とは

予定納税とは、予定納税基準額が15万円以上の場合、前年の所得税及び復興特別所得税に基づき、7月と11月に予定納税基準額の3分の1相当額を納税する制度です。

個人事業主でも予定納税は行える?

その年の5月15日現在において確定している“前年分の所得金額”や“税額”などを基に計算した予定納税基準額が15万円を超えている場合には、6月15日までに所轄税務署から書面で予定納税額が通知されます。

事業所得や不動産所得がある個人事業主は、通常前年分の申告納税額がそのまま予定納税基準額となります。

ただし、前年分の所得のうちに退職所得等の分離課税の所得、譲渡所得、一時所得、雑所得、平均課税を受けた臨時所得の金額がある場合などは前年分の申告納税額がそのまま予定納税基準額とはならず、一定の調整がされます。

予定納税はいつ支払う?

予定納税は予定納税基準額の3分の1の金額を、第1期分として7月1日から7月31日までに、第2期分として11月1日から11月30日までに行うことになっています。

振替納税の手続きを取られている方は7月末と11月末に事前に指定した口座から引き落とされます。

その年の6月30日の時点で、業績悪化などによって前年より所得が大幅に下がり、所得税や復興特別所得税の見積額が予定納税基準額よりも少なくなる場合は以下の通りとなります。

7月15日までに所轄税務署に予定納税額の減額申請書を提出して承認されれば、予定納税額は見積もり額の3分の1に減額。

また、第2期の予定納税額のみ減額申請する場合は、10月31日の現況において見積もり、減額申請期限は11月15日までです。

予定納税は所得税の前払いではありますが、7月末までと11月末までと納付期限が決められているので、もしこの期限内に納めなければ延滞税が加算されてしまうのでご注意ください。

本来前年の確定申告額の3分の1相当額を7月と11月の2回に分けて前払しているので、昨年とまったく同じ所得であれば、翌年3月15日の支払いは残りの3分の1になります。

具体的には、2017年分の確定所得税額が45万円だとすると、第1期の2018年7月末に予定納税15万円、第2期の2018年11月末に予定納税15万円となります。

2018年も全く同じ所得のときは、2018年分の確定所得税額も45万円となり、確定所得税額45万円から予定納税額の30万円を差し引き、2019年3月15日までに支払う第3期の所得税及び復興所得税額は15万円です。

逆に業績不振などで所得が大幅に減っているのに予定納税の減額申請をしなかったときはどうなるのでしょうか。

上記の例で、仮に2018年の確定所得税額が21万円となったとします。

確定所得税額21万円から予定納税額の30万円を差し引くと、9万円多く予定納税をしていることになります。

この多く予定納税した分はもちろん戻ってきます。

さらに、戻る予定納税の金額によっては“還付加算金”という利息が付く場合があります。

まとめ

予定納税はあくまで前年の予定納税基準額にもとづく前払い制度になります。

最終的に確定申告の所得税や復興所得税の計算をする中で、予定納税額を差し引いたものが最終所得税額となります。

予定納税額の方が少なければ残額が第3期分として納税となりますし、逆に予定納税額が多ければ還付加算金とされます。

前年に比べて当期の売上が大幅に減少している場合には、予定納税した翌年の6月30日や10月31日までの現況で減額申請を行っても良いですし、還付加算金がつくこともあるので、そのまま前払しておくこともできます。

いずれにしても、前払した分は確定申告のときに精算されます。

逆に前払い制度だから、最終的にまとめて1年分の所得税の支払いを行えば良いとはならず、予定納税の納付期限から延滞金がかかってくるのでご注意下さい。

PROFILE

税理士 添田裕美

2001年税理士登録。税理士事務所において延べ中小企業100社以上に関与。その後独立し添田裕美税理士事務所を開設。
経営計画書作成の支援や決算分析、節税、相続対策など、中小企業経営者の身近な相談役を目指して幅広くサポートしている。

2018年12月12日

皆さんの、独立・起業へのモチベーションはなんですか?

会社員ではなく、雇われずに生きてみたい。ずっと前から興味のあった分野の仕事に挑戦してみたい。など、人それぞれ異なることでしょう。

今回お話を伺ったのは、長野県の白馬村でラーメン屋「高橋家」を営む、高橋恭平さん。

実は高橋さんは、数々の大会での優勝経験やナショナルチーム(日本代表)にも選ばれたことのある、凄腕の元プロスノーボーダー。

そんな高橋さんは現在、現役を引退し地元・白馬村でラーメン屋を営んでいます。

なぜプロスノーボーダーからラーメン屋へ転身したのでしょうか。今回は高橋さんの過去から、ラーメン屋にかける想いについて伺ってきました。

<プロフィール>
高橋恭平さん

ラーメン屋「高橋家」店主/元プロスノーボーダー

10歳の時に長野県白馬村に移り住み、スノーボードに出合う。

16歳でJSBA(Japan SnowBoarding Association) のJrカテゴリーで優勝、18歳の時にJSBAが主催する全日本スノーボード選手権大会で最年少優勝の後、ナショナルチームにも選ばれる。

30歳で現役を引退し、現在は長野県白馬村でラーメン屋の経営をスタートさせる。地元の人々だけでなく、県外からも多数のお客さまが足を運び、人気を博している。

プロスノーボーダーとしての栄光と挫折。挫折の先に見つけた、感謝の気持ち

ー元プロスノーボーダーでありながら、現在は長野県白馬村でラーメン屋を経営されている高橋さん。プロ生活を引退後、ラーメン屋への転身は珍しいのではないかと思います。まずは、プロスノーボーダーになるまでの経緯から教えてください。

高橋さん
僕は山形県で生まれました。その後は親の転勤に伴って、東京で5年間過ごした後、10歳の時、この白馬村に引っ越してきました。

スノーボードと出合ったのも、この白馬村でした。

ご存知の通り、白馬はスノーボードに打ち込むには最適な環境だったので、どんどんスノーボードの面白さにのめり込み、腕を上げていきました。

中学、高校と進学する頃には様々な大会で優勝し、ナショナルチーム(国を代表するチーム)のジュニア枠にも選ばれました。

そして18歳の時に、プロ資格を取得。ここまでは比較的、順風満帆なスノーボード人生を歩んでいましたね。

ー念願のプロの世界に入ってからはどうだったのでしょうか?

高橋さん
20歳の時、スイスで行われたジュニアワールドカップに参加した際に、両方のかかとにヒビが入ってしまい、その年はケガで戦線離脱してしまいました。

このケガを経験してから、大会に参加しても優勝できなくなってしまったんです。

ー選手として、苦しい時期に差し掛かったのですね。

高橋さん
かかとのケガから1年後、アメリカの大会に参加したのですが、その大会でも結果を残せないでいました。そして帰国した後の大会で今度は脳しんとうを起こしてしまい戦線離脱。

再び、ケガに悩まされる日々が始まりました。そしてこの時期ぐらいから、次第に自分のキャリアについて考えるようになりました。

ーその後はどのような活動をされていたのでしょう?

高橋さん
選手としての活動を全うできない時に、違う形でスノーボードと関わる方法もあるんだと認識し始めました。

例えば、プロスノーボーダーとして雑誌媒体に出たり、スノーボードのキャンプを開いてコーチを勤めたり、プレイヤーではない形でスノーボードと関わっていました。

ープレイヤーから一度離れてみて、いかがでしたか?

高橋さん
この頃は、まず自分が培ってきたスノーボードの経験を活かすところから始まりましたが、次第にスノーボードに代わる何かしらのスキルを身に着けていきたいなと思うようになりました。

でもまだプレイヤーとしてやり残したことがあったので、脳しんとうから3年ほど経ってから、再びプレイヤーとしてアメリカの大会に挑戦することにしました。

ーケガから復帰して、なぜアメリカなのでしょう?

高橋さん
まずアメリカは、スノーボードがとても盛んな国であるということ。そして自分が前回挑戦した時にケガをして断念してしまったことなどが、理由に挙げられます。

ケガの療養中にプレイヤー以外の経験を積んで、スタッフを始めとするいろいろな人に支えられて、スノーボードに打ち込むことができたんだと再確認しました。

だからこそ今回のアメリカは、人に頼らず自分の力だけ行こうと思いました。

飛行機のチケットを取って、ホテルを予約して、そして試合に臨む。とはいえ異国の地にたった1人で赴いた時、どうしても困ったことに遭遇することもあるんですよね。

そんな時はやっぱり助けてくれるんです。アメリカ人も、現地にいる日本人の方も。

やっぱり自分はいろんな人に助けられていることに、アメリカに来て改めて実感することができました。

ースノーボード以外で大きな発見があったんですね。

高橋さん
そうですね。そしていつしかその「感謝の気持ち」が、僕の行動原理になっていくようになり、起業をする時のモチベーションにもなりました。

そしてもう1つ、スノーボード以外で大きな収穫がありました。

アメリカで現地の人に美味しいハンバーガー屋を紹介してもらったのですが、そこのハンバーガーがあまりにも美味しくて、滞在中はずっと通っていたんです。

その美味しさのあまり「日本に帰ったらハンバーガー屋を開きたい」と思うようになりました。

脳しんとうを起こしたくらいから、スノーボードを引退した後のことを考えていたので、まさにちょうどいいタイミングで出合うことができました。

そしてアメリカの大会を終え、帰国してライスバーガー屋を立ち上げたんです。

スノーボードもラーメンも本質は同じ。目的から逆算する力

ー最初はラーメン屋として開業したわけではなかったんですね(笑)。でもなぜ、ハンバーガー屋ではなくライスバーガー屋としてお店を立ち上げたのですか?

高橋さん
白馬村には、すでにたくさんのハンバーガー屋があったので(笑)。それならライスバーガーにしようと思って。

ーなるほど。では、どのようにライスバーガー屋を始めたのでしょうか?

高橋さん
アメリカから帰ってきたばかりで、土地もお金もなかったので、最初はトラックを買って、自分で改造して移動式のライスバーガー屋を始めました。

夏場には、ラフティングやパラグライダーなどのアウトドアのインストラクターをしつつ、冬場はスノーボードとライスバーガー屋を営む生活をしていました。

ーでは、ライスバーガー屋からラーメン屋に切り替えたきっかけはなんだったのでしょうか?

高橋さん
スノーボードを引退したことと、こどもが生まれたことです。

アメリカから帰ってきて、ライスバーガー屋をやりながらスノーボードも続けていたのですが、2年前に正式にプロスノーボーダーを引退しました。そして同時期に、こどもが生まれたんです。

こどもができたのはもちろん嬉しかったのですが、その反面しっかり家族を養っていかなければいけない、という自覚が芽生えました。

妻と2人ならまだしも、こどもを育てていくためには、移動式のライスバーガー屋や、夏場に短期の仕事をしているだけでは、正直不安定だなと思ったんです。

そこで安定した収入を得るために、1年中経営できる店を開きたいと考えました。そんな時ちょうど妻の知り合いから「居酒屋の居抜きがあるから、何か店を出さないか」というお話がありました。

このチャンスを逃すわけにはいかないと思い、すぐに申し出を受け、経営の準備に取り掛かりました。

白馬村は日本人だけでなく外国人もたくさん訪れますが、日本人にも外国人にも、ラーメンは人気があるので、思い切ってライスバーガーからラーメンに切り替えました。その居抜きに、ラーメン屋を開く条件が揃っていましたし。

ーラーメン屋への転身は、どうでしたか?

高橋さん
最初は毎日が、試行錯誤の繰り返しでした。プレオープンを経て正式に開店してからも、スープの味が決まらずに、ずっと悩んでましたから。

ーライスバーガー屋を営んでいたとはいえ、ラーメンは畑違いですからね。未経験の世界に飛び込むのはとても勇気のいることだと思います。

高橋さん
たしかにやってることは違いますね。でも僕はスノーボードもラーメン屋も、本質は同じだと思っています。

ーどういうことでしょうか?

高橋さん
僕がやっていた「スノーボードクロス」という競技は、複数名と混走することが前提です。スピードは元より、技術や人との駆け引きなど総合的な滑走能力が試されます。

そして勝ち上がるためには、自分の欠点と長所を見極め、今どんな行動が必要かを考えます。

ラーメン屋も同じです。売り上げを増やすためには、何が足りていて、何が足りていないのかをしっかり把握する。そこから自分がすべきことを逆算して考えていくんです。

例えば、僕はライスバーガー屋を経営した経験があるので、店のマネジメントは強みです。逆に美味しいラーメンを作る技術は未熟だったので、店を出した後も、ラーメン作りに試行錯誤していました。

長所と短所を冷静に自分で分析できていたからこそ、美味しいラーメンを作ることに最大のリソースを割くことができた。

その結果、今ではお客さまに胸を張って出せるクオリティのラーメンが完成しました。そしてありがたいことに、多くのお客さまにご来店いただけるようになりました。

お客さまにとって居心地がいいお店にしたい。それが、故郷・白馬村への恩返し

ー経営に必要な目的から逆算して行動する力は、スノーボーダーとしての経験で培われていたんですね。ところで、ライスバーガー屋の時から「白馬村」で商売をする、ということにこだわっているように思いますが、なぜでしょう?

高橋さん
それは僕が白馬村が大好きで、この場所と人に感謝しているからですね。

白馬村は自分が育った場所であり、この環境があったからこそ、プロスノーボーダーになることができました。

先程も言いましたが、僕はいろいろな人に支えられて、スノーボードに打ち込めて、現役を引退した後もこうしてラーメン屋を営むことができています。

それは故郷である白馬村と、自分の周りにいる人たちのおかげです。

そんな白馬村に恩返しができるとするなら、それはきっと僕が営むラーメン屋がお客さまにとって居心地が良く、笑いが絶えない場所であり続けることだと思います。

そのために、単に美味しいラーメンを提供するだけではなく、気持ちの良い接客も心がけています。地元の方も観光で来られる方も、皆さんに「また行きたいな」と思っていただけるような店作りを目指しています。

ーでは最後に、独立を目指している人へアドバイスをお願いします。

高橋さん
独立は、誰にも縛られずに自分の意志であらゆることに挑戦できます。逆に言えば、自分から行動を起こさなければ何も始まりません。

それなら自分が「楽しそう」「面白そう」と思うことに積極的に挑戦してみた方がいいと思います。

僕自身、単身アメリカへ渡った時、そしてライスバーガー屋を経てラーメン屋を開いた時など、人生で幾度となくそういったターニングポイントを乗り越えてきました。

自分はそもそも何がしたいのか、そしてその何かを達成させるために何が必要で、何が足りないのか。それを分析し、行動することができれば自ずと結果はついてくるのではないかと思っています。

2018年12月12日

PLOFILE

金谷宏さん(63歳)

(株)KDP/大阪市港区
高校卒業後、大阪で電車との接触事故を起こす。運送会社で働きながら賠償金を完済。別の運送会社を経て、「家族を養うため」物流関係の仕事で1991年に起業。その後、物流人材の派遣サービスに進出、現在に至る。自身は2009年に会長職についた。
(さらに…)

2018年12月11日

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