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社会問題が多様化しています。 国連では貧困や飢餓、健康や教育など17の社会問題に対し 2015年にSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を採択。 世界中でその解決に取り組んでいます。

今回お話を伺ったのは、大濵裕貴さん。

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社会で生き抜くために必要な能力とは、なんでしょうか。 基礎学力、人間関係構築能力、業務遂行能力…。様々な能力が求められますが、社会人生活で最も求められる能力は「問いを立て、発想し、実装する能力」。 そう語るのは、株式会社COLEYO代表で「放課後教室studioあお」の教室長を務める、川村哲也さん。 (さらに…)
先代の後を継ぐ。 実家が自営業の方は、いずれ継ぐか否かの大きな決断をすることになるでしょう。 一方で実家の家業ではなく、自分が本当にやりたいと思っている仕事に就きたい場合は、その板挟みになることも。 今回は、大阪は港区弁天町「寿司茶屋すし活」で、2代目を務める川口元気さんのインタビュー後編です。 前編では、寿司屋の2代目として働く傍ら、高校で英語教員としての顔を持つ川口さんの、教育への思いを伺いました。 後編では、そもそもなぜ寿司職人の道1本ではなく、教員とのパラレルキャリアを選んだのか、そして自らが「家業を継ぐ」ことについてお聞きします。 偉大な先代である父の後を継ぐ、2代目の覚悟と役割とは、一体何でしょうか?
<プロフィール> 川口元気(かわぐち・げんき)38歳 寿司茶屋すし活 2代目/高校英語教員 実家は国内外問わず人気を博す「寿司茶屋すし活(以下、すし活)」。 初代である父と共に、「すし活」の人気を支えている。 大学卒業後から家業を継ぎながらも、ツアーコンダクターや家庭教師派遣業務にも携わり、常にパラレルキャリアを実践する。 現在は寿司職人と同時に、大阪の私立高校で英語教員としても働いている。(現在は育児休暇中) 世界1周旅行やツアーコンダクターの経験から得た幅広い知見で、独自の英語教育を展開する。
※以前アントレnet Magazineでは「寿司茶屋すし活」の大将で、世界的に有名な寿司職人である、川口正弘さんにお話を伺いました。 「寿司茶屋すし活」大将、川口正弘さんの記事はコチラから! 世界一なんて、他人が決めた物差しでしかない。世界一の寿司職人が目指す、更なる“高み”

自分の「やりたい」を尊重する。寿司職人が、パラレルキャリアを選び続ける理由

ー前編では、まず元気さんの寿司職人と教員の二足のわらじについて伺いました。そもそもなぜ、寿司職人と教員のパラレルキャリアを歩もうと考えたのでしょうか?
元気さん 自分の興味の幅が広いからですかね(笑)。 幼い頃から父の背中を見ていて、寿司には興味はありましたし、一方で前編でお話したように、外国語にも興味がありました。 だから寿司職人だけでなく、自分が好きな外国語の勉強を生かせる英語教員や、バーの経営者、ツアーコンダクター、塾の講師など、その時に自分が興味を持った仕事に就きました。 せっかくやりたいことがあるのに、1つの仕事だけに囚われて、他のやりたいこと(仕事)を諦めてしまうのはもったいないなと思ったんです。
ー複数の仕事をこなそうとすると、時間の制約や業務量など、大変なことが多いと思います。元気さんはどのようにして複数の仕事をこなしているのでしょうか?
元気さん 今は育児休暇中なので少し異なりますが、僕の場合はシンプルに、仕事を曜日で分けていました。 月火水は英語教員、木金土は寿司屋で働く、といった具合に。 ちなみに二足のわらじ生活そのものは、今に始まったことではありません。 大学卒業後から、バーの経営をやっていた時もツアーコンダクターをやっていた時も、曜日で分けて複数の仕事をしてきました。
ー常にご自身がやりたいことを実践し続けるために、様々な工夫をされているのですね。
元気さん そうですね。 僕は自分の仕事を、 ①やらなければならないこと ②やりたいこと ③できること の3種類に分けています。 僕の場合は、①が家業である寿司屋、②は教員(その都度変わる)、③がツアーコンダクター、寿司屋といったところでしょうか。 ポイントは、②の「やりたいこと」を大切にするということです。
<元気さんが教室長を務める、知窓学舎大阪サテライト教室> ーそれはどういうことでしょうか?
元気さん ③の「できること」というのは、すなわちその仕事で、しっかりお金を稼ぐことができる、という意味です。 生計を立てられる仕事の種類が増えれば、どれかの仕事を急にできなくなってしまったり、あるいは仕事がなくなってしまっても、致命的なダメージを受ける可能性は低くなります。 他の仕事である程度収入のカバーができますからね。 先程もお話した通りポイントは、②の「やりたいこと」を尊重すること。 なぜなら②の「やりたいこと」をやった結果、いずれ③の「できること」、すなわちお金を稼ぐ仕事へ変わっていくからです。 「好きこそものの上手なれ」ということわざにあるように、自分が「やりたい」と思っていることになら熱心に打ち込むことができますし、好きではない仕事をするより、上達が早くなります。 自分が「できること」(お金を稼げる仕事)を増やすためにも、自分にとってやりたいことを常に尊重するのは大切なことだと思っています。

先代と自分を比べる必要はない。「資本主義より“幸せ主義”」を支える、2代目の役割

ー①の「やらなければならないこと」についてですが、やはり寿司屋は「家業だからやらなければならない」ということでしょうか?
元気さん 一応便宜上、①を家業である寿司屋の仕事について書きましたが、正直「やらなければならない」というほど、肩肘を張っているわけではないですけどね(笑)。 あくまで自分のやりたいことの1つでもあるので、そういった意味では②と③にも当てはまるんですが、やはり寿司屋に関しては、自分の生い立ちや境遇も関係してくるものですから。
ーこどもの頃から寿司屋を継ぐことを考えていたのですか?
元気さん そうですね。こどもの頃は「自分もいずれ寿司職人になるのかなあ」くらいに、漠然としていましたけど(笑)。 一方で「絶対に店を継がなければいけない」という意識はなかったです。先代である父からも、継ぐことを強制されたわけではありませんし。
ーしかし、大学を卒業してすぐ寿司職人の道を進むことになるんですよね。
元気さん はい。ターニングポイントになったのは、自分が外国に行った時でした。 就職を考える時期になって、いよいよ寿司職人になることが現実味を帯びてきた時、急に逃げ出したくなったことがあるんです。
ーやはり、先代の背中の大きさでしょうか?
元気さん そうですね(笑)。 「寿司職人になること」が現実味を帯び始めた途端、寿司に関して世界一と言われる程、圧倒的なスキルを持つ父の後を継ぐことに、かなりのプレッシャーを感じるようになったんです。 「2代目になって味が落ちた」と言われるのは、やっぱり怖いなあと。 そこで一度家を出て、外国へ逃亡してみました(笑)。 逆説的ですが、実はそこで寿司職人になる決心が固まったんです。
ーなぜでしょう?
元気さん 外国に行くと、日本の文化についてめちゃめちゃ聞かれるんですよ。ましてや日本が好きな方と会話する時はなおさらです。 周知の通り、日本の「寿司」という食文化は外国でも圧倒的な人気を誇ります。それこそ「すし活」にも、日本だけでなく海外からも多くのお客さまがいらっしゃいますし、海外メディアからの取材も多く受けてきました。 外国の人は僕の実家が寿司屋だと知ると、目をキラキラさせていろんなことを聞いてきてくれました。 そこで思ったんです。 そんな世界が注目する寿司文化というステージで仕事ができるなんて、冷静に考えたらなかなか経験できることじゃないですし、寿司を通して日本の文化をもっと世界へ発信していきたいなと。
ー日本を離れてみて改めて、自分のルーツを知ったんですね。
元気さん はい。 こうして寿司屋で働くことを決めたのですが、ただ漠然と寿司屋で仕事をするのではなく、もっと僕にしかできない役割を考えながら仕事をしようと思ったんです。
ー元気さんにしかできない役割とは、具体的にはどのようなことですか?
元気さん 例えば、食材の仕入れやその仕込みといった下準備、父と一緒にお客さまの接客、海外からのお客さまへの対応、お金周りを始めとする、店に関するその他の業務などですね。 もちろん僕自身も寿司を握ることはありますが、やはり「父の握る寿司のレベル」には及びません。 しかし父が握るその寿司は、僕が仕入れたもので、父が握れるように仕込んだものなんです。 父のような寿司が握れずとも、その父を支えることはできます。 父が店作りで大切にしている「資本主義より“幸せ主義”」という理想を叶えるには、きちんと現実をしっかりと見た上でサポートする人間が必要ですから。 ※資本主義より“幸せ主義”とは、利益重視ではなく、少数のお客さまの満足度を最大限に高める経営スタイルのこと。 https://entrenet.jp/magazine/10895/
ー寿司屋にとって「寿司を握る」という役割と同じかそれ以上に、寿司を「握る前」と「握った後」は大切ですからね。
元気さん そうなんです。 無理に先代と自分を比べる必要なんてないんですよ。僕は僕のやり方で「すし活」を盛り上げていければいい。 「すし活」に来てくださるお客さまは、そのお客さまにとって特別な日に来てくださることが多いです。 そんな特別な時間を、最高のおもてなしでお出迎えしたい。僕も父も、そこにかける想いは同じです。 見ている方向が同じなら、後は役割分担をするだけ。父は父の、僕は僕の得意なことをやっていければと思います。

「自分の代で、家業を畳む覚悟があるか?」― “家業を継ぐ者”としての責任

ー現在は先代と共にお店を営まれていますが、いずれは先代も引退される日が訪れると思います。その時、元気さんは「すし活」をどうしていこうとお考えですか?
元気さん 具体的には考えていませんが、その時の自分の中の「最善のやり方」でお店を継ごうと思っています。 例えばスポーツのチームでも、同じですよね。ある選手が引退したら、その時に在籍している選手で最善の布陣を組んで試合に臨む。 うちの店にも限らず、どんな会社でもそうですが、先代と同じことをやる必要はないんですよ。 経営者なら、その「最善」考えていくことが大切だと思います。
ーでは最後に、家業を継ぐかどうか迷っている人へアドバイスをいただけますか?
元気さん 人によって様々な事情があるとは思いますが、僕はやっぱり、自分がその家業を楽しめないのなら、無理に継ぐ必要はないと思います。 家業を継ぐことは、正直そんな簡単なことではないからです。
ー家業を続けるにはそれ相応の覚悟が必要、ということでしょうか?
元気さん そうですね。 どんな家業にも歴史があるわけですが、僕は自分の店を、自分で終わらせてもいいくらいの気持ちで日々働いています。 自分が楽しいと思えない、つまり本気になれない仕事をダラダラと続けるくらいなら、いっそ店を畳んでしまった方がいい。 それはここまで家業として続けてきてくれた、先代たちへの敬意だと思いますし、仕事をする上での最低限の礼儀だと思っています。 逆に、自分が継がせる立場になった時、こどもが僕と同じかそれ以上にこの仕事を楽しめないなら、無理に継がせようとは思っていません。 そうなった時に自らの手で店を畳む覚悟を持っているからこそ、毎日の仕事に悔いが残らないように楽しんで続けていきたいですね。
「自分にしかできないこと」を仕事にする。 「自分にしかできない仕事」をより求めるために、独立・起業を志す人も多いのではないでしょうか。 今回お話を伺ったのは、大阪の「寿司茶屋すし活」で2代目を務める川口元気さん。 以前アントレnet Magazineでは「寿司茶屋すし活」の大将で、世界的に有名な寿司職人である、川口正弘さんにお話を伺いました。
「寿司茶屋すし活」大将、川口正弘さんの記事はコチラから! 世界一なんて、他人が決めた物差しでしかない。世界一の寿司職人が目指す、更なる“高み”
寿司職人である父とともに寿司を握る傍ら、元気さんは大阪の私立高校で、英語の教員としても活躍されています。 なぜ寿司屋の2代目が、教育の道にも進もうと思ったのでしょうか? 「僕にしか伝えられないこと」を増やす。その真意を伺いました。
<プロフィール> 川口元気(かわぐち・げんき)38歳 寿司茶屋すし活 2代目/高校英語教員 実家は国内外問わず人気を博す「寿司茶屋すし活」。 初代である父と共に、「寿司茶屋すし活」の人気を支えている。 大学卒業後から家業を継ぎながらも、ツアーコンダクターや家庭教師派遣業務にも携わり、常にパラレルキャリアを実践する。 現在は寿司職人と同時に、大阪の私立高校で英語教員としても働いている。(現在は育児休暇中) 世界1周旅行やツアーコンダクターの経験から得た幅広い知見で、独自の英語教育を展開する。

僕だけにしか伝えられないことを増やしたい。寿司屋の後継ぎが、教育の道を志した理由

ー現在は「寿司茶屋すし活」の2代目として活躍されながら、高校で英語を教えていらっしゃる川口元気さん(以下、元気さん)。家業を継ぐだけでも大変なことなのに、教育の道へ進もうと思ったきっかけはなんでしょうか?
元気さん 学生の頃から英語をはじめとする言語を勉強することが好きだった、というところから、教育の道へのスタートが始まっていますね。 大学では英語以外の外国語も勉強してみたいと思い、スペイン語を専攻しました。    そして大学3年生の時、就職を考える時期になって、家業を継ぐだけでなく他の仕事も経験したいなと思い始めたんです。 そこで「外国語の勉強を生かせる職は何か」と考え、英語の教員免許を取得しました。
ーでは大学を卒業して以来、ずっと寿司職人と教員の二足のわらじを履いていらっしゃるのですか?
元気さん 寿司職人は大学卒業後から15年間ずっと続けていますが、教員はもう少し時間が経ってから始めました。 というのも大学を卒業してすぐ教員になっても、自分の担当する「教科」だけしか教えられないな、と思ったんです。 「教科」の勉強だけでなく、もっとより実社会で役立つ実践的な学びや、人間的に成長する学びをこどもたちに提供するには、自分はまだ何も知らなすぎるなと。
ー世の中のことをもっと知るべきだと考えたんですね。
元気さん はい。この話には、原体験があります。 実は僕、大学生の時に父が所有していたビルの空き店舗で、バーを経営していたことがあるんです。 毎日そこで会社員から経営者、個人事業主問わず、本当にたくさんのお客さまと関わっていました。 大阪という土地柄もあってか、なかなかディープなお話を聞いているうちに、世間には本当にいろんな人がいて、自分が知らないことがまだまだたくさんあるな、と肌で感じました。
ーバーでお酒が入ってたら、たくさん面白い話が聞けそうですしね(笑)。
元気さん そうなんですよ、本当に面白いお客さまが多くて。 同時期に大学で学んでいたスペイン語も、大きく役に立ちましたね。言語の数だけ文化があり、人の考え方も多様にあるんだなと。 自分の視野がもっと広がれば、こどもたちを前にした時に、僕にしか伝えられないことが増えるだろうと思いました。 だから大学を卒業した後は、寿司屋の仕事をしながら、長期休みを使って世界1周旅行をしたり、ツアーコンダクターの仕事を始め、日本各地に足を運んだりと、とにかく自分の視野を広げる経験を積んでいきました。 もちろん、寿司職人としても役立ちます。「すし活」には日本各地、さらには海外からもお客さまがいらっしゃるので、自分が見たり聞いたりしたことを、お客さまとの会話のネタにすることができます。

人によって、伝え方の切り口を変える。寿司にも教育にも必要不可欠な、コミュニケーションの真髄

ー20代は視野を広げ、満を持して教員としてのキャリアをスタートされた、ということですね?
元気さん そうですね。現在は育児休暇中ですが、最近まで寿司屋と両立しつつ、大阪府内の私立高校で英語教員として、教鞭をとっていました。 当時は毎週、月火水は英語教員、木金土は寿司屋をしていました。 寿司屋は完全予約制で、木金土しか営業していないので。
ーお忙しいのですね…。視野を拡げるための仕事や旅では、何か発見はありましたか?
元気さん いろいろありますが、1番は「相手を理解しようとしてから、自分の考えを適切な手段を用いて伝える」ことの大切さに、気が付いたことですね。 これはあらゆる場所で様々な人に会えば会うほど、強く実感しました。
ーどういうことでしょうか?
元気さん 当たり前なことですが、コミュニケーションって自分と相手の「相互理解」があってこそ、成り立つものなんです。 ポイントなのは、自分の考えを「一方的に伝える」だけではコミュニケーションとは言わないということ。 例えば、日本語が分からない外国人に対して、日本語であれこれ注文しても、伝わるわけがないですよね? 相手によって伝え方を変えていかなければ、コミュニケーションは成り立たないということです。 そしてこれは、何も日本人と外国人に限ったことではありません。 日本人同士でもコミュニケーションに問題があるシーンは、いたるところで見られると思います。
ーコミュニケーションがうまく成り立たずに起こってしまう問題というのは、人間関係のトラブルにおいて圧倒的に多いケースですからね。
元気さん そうなんです。 そこで大切なのは、相手のことをよく知ろうとすること。 相手が何を伝えたいのかを理解する、相手の文化的、言語的な背景や境遇に、想像力を働かせる。 その気持ちを前提に置いて、あとは手段を考えます。 言葉が通じない外国人になら、絵や図でもいいしジェスチャーでもいい。 それと同じように日本人同士でも、相手の年齢や性別、出身を考慮しながら、相手に伝わる言葉や表現を選んでいきますし、必要であればもちろん絵や図、ジェスチャーも交えます。 これは外国を旅行中に出会った人でも、教育であればこどもたちでも、寿司屋であればお客さまでも、変わりありません。
ー大学で学ばれたことや、バーでの経験、ツアーコンダクターや世界を旅したことで得た、まさに「元気さんにしか伝えられないこと」なのですね。
元気さん 上っ面の言葉をなぞるだけなら誰でもできるでしょうけど、あらゆる経験を経て実感し、この温度でコミュニケーションの大切さを伝えられる人は、そう多くはないんじゃないんですかね(笑)。 コミュニケーションの根幹は愛であると、僕は思っています。 誰かを好きになれば、その人のことをもっと知りたいと思うようになりますよね。逆に特に好きでもなければ、その人のことを知ろうとも思わないんです。 言い換えると、コミュニケーションの齟齬が起きる1番大きな原因は、お互いがお互いに「無関心」でいること。 だから教員として教壇に立つ時は、関わる生徒1人1人に愛情を持って接するように心がけていますし、寿司職人として厨房にいる時はお客さまの好みから性格まで、事細かに考慮した上で仕事をしています。 ここに気づくことができたのは、今の仕事をする上で、大きな財産になっています。

人は「自分の欲しいもの」を知らない。

ーここまで寿司職人としても教員としても大切にされている、コミュニケーションについてお話を伺ってきました。ここからは教員の仕事についてお伺いします。満を持して教員の仕事を始められて、いかがでしたか?
元気さん 教員の仕事も寿司屋の仕事も、コミュニケーションの視点から言えば本質は変わらないので、とてもおもしろいですし奥深いですね。 ここも寿司屋の仕事に通ずるところがありますが、そもそも教員の役割とは「生徒が抱える問題を解決する」のではなく、「そもそもその生徒がどんな問題を抱えているのかを明らかにする」ことだと思っています。 例えば、ある生徒の英語のテストの点数が低かったとしましょう。 その生徒が「自分はこの分野の理解が足りていないから、次はこの分野と、関連するあの分野を勉強してテストに臨もう」といった具合に、自分にとって何が足りてなくて何をしなければならないのかを把握しているケースは、ほとんどありません。 というか、自分の力で完璧に把握できていたら、そもそも低い点数を取る可能性は限りなく少ないでしょう(笑)。
ーたしかに(笑)。
元気さん つまり、その子自身の問題点を明らかにして、どう乗り越えていくかを一緒に考えていく。 だからこそ、先程もお話した通り教員は1人1人の生徒に対して、その生徒以上に生徒のことをよく知っておくことが重要になるのです。
ー「顧客の“欲しいもの”を聞いて、与えるだけではいけない」という、スティーブ・ジョブズの思想に近いものを感じました。
元気さん まさにその通りだと思います。 自分の欲しいものや問題点を明確に理解して行動するのは、大人だってそう容易いことではありません。 だからこそ、生徒が問題を見つけてそれを乗り越える姿を間近で見られるというのは、とても嬉しいですし、何にも代えがたい大きなやりがいを感じています。
ー今、元気さんが教員として目指していることはありますか?
元気さん 「勉強することって楽しいんだな」と、1人でも多くの生徒に気づいてもらえるような場を作っていきたいですね。 本来、知的欲求を満たす行為って楽しいはずなんです。自分の好きなスポーツや好きなアニメについて調べてる時って、楽しいじゃないですか。 勉強って、ジャンルが違うだけで「知る」という行為には変わらないんですよ。
ー「知ることを楽しむ場作り」として、力を入れていることはありますか?
元気さん 現在は育児休暇中なので高校の教員はしばらくお休みしています。代わりに今年から、探究型学習塾『知窓学舎』の大阪サテライト校の教室長を務めることになりました。 (知窓学舎とは、横浜に本校を置く探究型学習塾。探究型学習塾とは、学力向上や受験合格をバックアップするといった従来の学習塾が担ってきた役割を果たすことはもちろん「知性」を養う学習の機会を提供する塾のこと)
元気さん 子育てをしながら、教員よりも比較的自分のペースで仕事ができる塾という場で、教育の仕事をしています。 知窓学舎大阪サテライト校は、生徒にとってより探究的で活きた学びがあるような場所にしていきたいですね。
ーありがとうございました。後編では、いよいよ寿司職人について伺います。なぜ寿司職人と教員のパラレルキャリアを選んだのか。そして偉大な先代の「後を継ぐ」ということについてお聞きします。
『知窓学舎』塾長・矢萩邦彦さんの記事はコチラから! ・お金よりも大切なものがある。20年間続けて見つけた、パラレルキャリアの価値【矢萩邦彦・前編】 https://entrenet.jp/magazine/7477/ ・大人だからこそ自分に正直でいてほしい。好きなことを仕事にするたった2つの方法【矢萩邦彦・後編】 https://entrenet.jp/magazine/7689/
社会人が通う大学院、と聞くとMBA(経営学修士)を想起する人は多いのではないでしょうか。 転職や、希望の部署・ポストへの異動など、様々な目的に応じた「1つのスキルアップ」として、MBAの取得を目指す人は年々増えています。 今回お話を伺った福島創太さんも、「株式会社教育と探求社」で働く会社員でありながら、東京大学大学院にも通う、社会人大学院生です。 (さらに…)

2017年12月21日

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