起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第144回・オプションの価格設定
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
今回取り上げた「バス1日券」は、京都市内の指定された区間内に限り、バスが1日に何回も自由に乗れる人気商品でした。もともとは500円で販売していましたが、2018年に100円値上げされて600円に。コロナ禍で観光客が減ったことから経営状況が悪化し、2021年に700円に値上げされています。
それでも4回乗れば元が取れるとあって、「京都観光の神アイテム」などといわれて親しまれてきたそうです。
廃止にあたり、バスに乗車できる1日券は、1100円で販売している「地下鉄・バス1日券」のみとなります。
それでは解説します!
どちらの1日券も、案内所や営業所、駅などの窓口で販売していますが、「バス1日券」のみ、バスに乗車した際に運転手さんから簡単に買うことができます。700円と値段が安いのもあり、特にあちこち移動したい観光客にとっては安くて気軽に使える必須アイテムになっていたのです。
そんな人気商品を廃止してまで、「地下鉄・バス1日券」に一本化するのはなぜなのか。単純に考えれば、「地下鉄にも乗ってほしいんだな」ということは想像がつきますよね。
もちろんそれも含めてなのですが、京都市が何より困っていたのは「オーバーツーリズム」です。
オーバーツーリズムとは、観光客が増えすぎて観光地の住民の生活や自然環境に悪影響を与えてしまうこと。京都市の場合は、インバウンドの復活もあり「バス1日券」を使う観光客が増えすぎて、市内のどのバスも混雑がひどくなり、場合によっては市民がバスに乗れないという問題が続いていたのです。
バスだけが乗り放題の券なので、全ての移動をバスだけで済まそうとする人が多くなるのは当然です。本当は地下鉄も組み合わせれば行きやすくなる観光地もたくさんあるのに、バスだけが混雑する。
京都の地下鉄は便利なところを走っているにも関わらず、意外と空いていることが多いのには、そういう理由もあったようです。
「バス1日券」の廃止は完璧な戦略である
「バス1日券」は2023年秋に販売を停止し、2024年春に廃止となるそうです。「地下鉄・バス1日券」のみになればみんなそれを買うわけですし、地下鉄が乗れるようになれば、「だったら、地下鉄も組み合わせて移動しよう」と考える人は当然増えるはずです。
地下鉄にも乗れるようになるとはいえ、実質400円の値上げとなります。しかし、買う人のほとんどが旅行客であり、「値上がりしたので、もう京都になんて来ない!」と怒る人はほぼいないでしょう。
廃止のニュースに対して「悲しい」「利用者のことを考えていない」などと非難の声もあるようですが、私の考えでは、この解決策はパーフェクトです。
まず、1100円となることから収入が増えます。
旅行客が地下鉄に分散され、地下鉄の乗客が増えます。
もちろん、バスの混雑も緩和されます。
それでいて、利用者にとっては利便性が上がるわけですから、完璧な戦略だと思います。
新しい観光地が掘り起こされる可能性も
もちろん、批判もある。
でもパッと浮かぶだけで、御陵、植物園
いろんな観光地が掘り起こされる可能性もある。
批判の中には、「金閣寺や清水寺はバスの方が便利なんだから、バスだけで十分だ」という声もあるようです。だったら、その逆もあると思います。つまり、バスで行きにくく、地下鉄の方が便利だった観光地に人が増える可能性があるわけです。
例えば、地下鉄東西線に「御陵」という駅があります。そこは天智天皇の御陵(お墓)があるのですが、バスでは行きづらいことから、現在は知る人ぞ知るような観光地となっています。
京都府立植物園も同様です。パッと浮かんだのはこの2つですが、他にも掘り起こされる観光地が出てくる可能性は大いにあるでしょう。
問題の解決策にはいろいろな選択肢がありますが、頭を使えばパーフェクトなアイデアが思いつくことは当然あるのです。まさに、「バス1日券」の話はそのいい実例ではないでしょうか。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「オーバーツーリズム」でした。ちなみに、廃止にあたっては、批判だけでなく「よくぞやめてくれた」という声も多いようで、地元の人たちは本当に困っていたんだな……というのが分かります。
構成:志村 江