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脱サラしてカフェを開業するときに失敗しない(成功する)コツとは

念願だったカフェの開店!!

・・・しかし、飲食業で成功するのは本当に難しいのも事実です。

今回はカフェを開店し「潰さないため」の方法について、一般的な部分を確認していきましょう。

なぜ飲食店(カフェ)はよく開店してよく閉店するのか?

皆さんの周囲にも「しょっちゅう店が入れ替わる場所」があるのではないかと思います。

以前はカレー屋だったのが、今度はカフェになって、次はラーメン屋で、また別のラーメン屋になって・・・そんな場所が1つや二つは思い付きませんか?

なぜ飲食店はすぐに開店し、そしてすぐに閉店するのか?

その理由は次のようにまとめることができます。

開店するための費用が安く済むようになってきた

以前に比べると、居抜き物件をみつけるのが簡単になりました。

これはやはりネットの功績が大きいです。

また厨房器具や食器についても、中古品や格安の新品を手に入れることが出来るようになりました。

大手家具屋で各種食器が驚くほど安い金額で調達できるのは、皆さんもご存じではないかと思います。

またSNSが普及したことにより、広告や広報について以前よりも無料でできる手段が大幅に増えました。

上手く口コミが働けば、大した支出をすることなく集客を行うことができます。

以前であれば「開店します!!」といったチラシを大量に撒く必要がありましたが、そういった初期投資が不要となったことが開店を容易にしているのは間違いないかと思います。

飲食の販売で儲けを出すことは本当に難しい

では、なぜすぐに閉店をするのか?理由は簡単です。

それくらい「飲食物を売ることで儲けを出すのが難しい」からです。

例えば一杯500円のコーヒーを販売することを考えてみましょう。

この500円について、どれだけの原価がかかっているのかを分析してみると、次のようなことがわかってきます。

・材料費 100円 

直接の原価は2~3割くらいで済むかもしれません。
しかし・・・

・家賃 50円
・人件費 50円
・水道光熱費 20円
・利息 30円 ・・・など

こんな風に、商品そのものの原価以外の費用がたくさんあることがわかります。

こうやって原価をしっかりと積み上げていくと、コーヒーを一杯500円で売ることで得られる利益は100円もないのでは?といったことになってきます。

なぜ多くの飲食店でアルコールを提供しているのかわかりますか?

それはアルコールが「原価の割に売値が高いので、利幅が大きい」ということを意味します。

業種は違いますが、ラーメン屋さんやパスタ屋さんではアルコール一杯と麺が一杯売れるのとで利幅が変わらないことが珍しくありません。

「一生懸命料理を作るよりもアルコールが売れるほうが儲けは多いんだよね・・・」なんてことも。

それくらい、飲食店においてアルコールがどれくらい売れるのかは、業績を左右する要因なのです。

売上高とは、単価×顧客数×回転率

売上高は、次の3つに分解することができます。

・売上高 = 単価 × 顧客数 × 回転率

単価は値付けです。

先ほどの事例ではコーヒー一杯を500円で設定しましたが、昨今のご時世ではかなり高い値付けではないかと思います。

しかし単価を下げれば、それだけ多くの数を売らなければお店として立ち行かないことになります。

先ほど、飲食店におけるアルコールの立場に触れました。

アルコールはカフェという形態においては主軸となりづらいものです。

それくらいカフェは利幅を取れる商品を用意することが難しいのですね。

売上を確保する方法

売上を確保する方法は、上の各要素をどのように高めていくのかが重要です。

単価向上策

一杯500円出しても飲みたいと思えるコーヒーをどうやって提供するのか?

単に良い材料を用いて出せば買ってくれるほど、今の世の中は甘くありません。

コンビニの100円コーヒーも、中々のものです。

余程商品そのものにコンセプトがある(フェアトレード・特定地域の素材にこだわるなど)、お店そのものにテーマ性がある(英会話の勉強も兼ねた英語カフェ・読書カフェなど)など、その単価で売ることが出来る根拠が必要です。

あるいはサイドメニューがよく売れる工夫など、1人のお客さまが支出してくれる金額を増やすための創意工夫が必要です。

顧客数を増やす

どんな職業でも新規顧客の開拓は必要不可欠です。

飲食店でも同様で、如何にして自分のお店を認知してもらい、実際の来店につなげるのかは常に大きな課題となります。

既に触れた通り、最近ではSNSの活用によりこの点に注力する方が多いです。

確かに手軽にできるのですが・・・逆に言えば、競合他社も同じように取り組んでいます。

これだけ情報過多な状況にあって、自分のお店の情報を効果的に演出するのは本当に難しいです。

回転率をあげる

新規顧客の獲得に比べて軽視されがちですが、実は既存顧客の回転率を上げることは本当に大切です。

新規顧客の獲得は「実際に来店してもらう」という壁を超える必要がありますが、既存客は「既に来店した顧客」です。

その顧客が繰り返し来てくれるような循環を作ることができれば、無理に新規顧客の獲得を目指さなくても大丈夫になります。

お店のコンセプトの決め方

どのような事業でも指摘されることですが、お店の売上の大部分は特定の上得意客から獲得される、とされています。

それくらいお得意さんを獲得するのは大切なことです。

実際には、単価向上と新規顧客の獲得、そして回転率の上昇は同時並行で行う必要があります。

ただ、特に中小事業者が独立系のお店を続ける場合、単価向上については簡単に妥協してはいけません。

大手チェーンの広告や広報は強力ですので、個人店が対抗をするのは本当に難しいです。

ある程度の単価を落としてくれる既存客をどれだけ獲得できるのか?これが個人店における大きなポイントとなるでしょう。

もしそういった点について不安があるようであれば、フランチャイズやチェーンへの加盟についても検討してみても良いかもしれません。

まとめ

飲食店は開店も容易になりましたが、閉店も多いです。

それは、飲食物の販売から必要な利益を得ることが本当に難しいためです。

利益を得るためにはどのように売上を獲得するかが重要となりますが、単価向上、新規顧客獲得、回転率向上など、様々な側面から売上確保の策を実施しなければならないといえるでしょう。

PROFILE

税理士 高橋 昌也

2006年税理士試験に合格し、翌年3月高橋昌也税理士事務所を開業。
その後、ファイナンシャルプランナー資格取得し、商工会議所認定ビジネス法務エキスパートの称号取得などを経て、現在に至る。

[保有資格等]
AFP、税理士、商工会議所認定ビジネス法務エキスパート

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今回お話を伺ったのは、長野県の白馬村でラーメン屋「高橋家」を営む、高橋恭平さん。

実は高橋さんは、数々の大会での優勝経験やナショナルチーム(日本代表)にも選ばれたことのある、凄腕の元プロスノーボーダー。

そんな高橋さんは現在、現役を引退し地元・白馬村でラーメン屋を営んでいます。

なぜプロスノーボーダーからラーメン屋へ転身したのでしょうか。今回は高橋さんの過去から、ラーメン屋にかける想いについて伺ってきました。

<プロフィール>
高橋恭平さん

ラーメン屋「高橋家」店主/元プロスノーボーダー

10歳の時に長野県白馬村に移り住み、スノーボードに出合う。

16歳でJSBA(Japan SnowBoarding Association) のJrカテゴリーで優勝、18歳の時にJSBAが主催する全日本スノーボード選手権大会で最年少優勝の後、ナショナルチームにも選ばれる。

30歳で現役を引退し、現在は長野県白馬村でラーメン屋の経営をスタートさせる。地元の人々だけでなく、県外からも多数のお客さまが足を運び、人気を博している。

プロスノーボーダーとしての栄光と挫折。挫折の先に見つけた、感謝の気持ち

ー元プロスノーボーダーでありながら、現在は長野県白馬村でラーメン屋を経営されている高橋さん。プロ生活を引退後、ラーメン屋への転身は珍しいのではないかと思います。まずは、プロスノーボーダーになるまでの経緯から教えてください。

高橋さん
僕は山形県で生まれました。その後は親の転勤に伴って、東京で5年間過ごした後、10歳の時、この白馬村に引っ越してきました。

スノーボードと出合ったのも、この白馬村でした。

ご存知の通り、白馬はスノーボードに打ち込むには最適な環境だったので、どんどんスノーボードの面白さにのめり込み、腕を上げていきました。

中学、高校と進学する頃には様々な大会で優勝し、ナショナルチーム(国を代表するチーム)のジュニア枠にも選ばれました。

そして18歳の時に、プロ資格を取得。ここまでは比較的、順風満帆なスノーボード人生を歩んでいましたね。

ー念願のプロの世界に入ってからはどうだったのでしょうか?

高橋さん
20歳の時、スイスで行われたジュニアワールドカップに参加した際に、両方のかかとにヒビが入ってしまい、その年はケガで戦線離脱してしまいました。

このケガを経験してから、大会に参加しても優勝できなくなってしまったんです。

ー選手として、苦しい時期に差し掛かったのですね。

高橋さん
かかとのケガから1年後、アメリカの大会に参加したのですが、その大会でも結果を残せないでいました。そして帰国した後の大会で今度は脳しんとうを起こしてしまい戦線離脱。

再び、ケガに悩まされる日々が始まりました。そしてこの時期ぐらいから、次第に自分のキャリアについて考えるようになりました。

ーその後はどのような活動をされていたのでしょう?

高橋さん
選手としての活動を全うできない時に、違う形でスノーボードと関わる方法もあるんだと認識し始めました。

例えば、プロスノーボーダーとして雑誌媒体に出たり、スノーボードのキャンプを開いてコーチを勤めたり、プレイヤーではない形でスノーボードと関わっていました。

ープレイヤーから一度離れてみて、いかがでしたか?

高橋さん
この頃は、まず自分が培ってきたスノーボードの経験を活かすところから始まりましたが、次第にスノーボードに代わる何かしらのスキルを身に着けていきたいなと思うようになりました。

でもまだプレイヤーとしてやり残したことがあったので、脳しんとうから3年ほど経ってから、再びプレイヤーとしてアメリカの大会に挑戦することにしました。

ーケガから復帰して、なぜアメリカなのでしょう?

高橋さん
まずアメリカは、スノーボードがとても盛んな国であるということ。そして自分が前回挑戦した時にケガをして断念してしまったことなどが、理由に挙げられます。

ケガの療養中にプレイヤー以外の経験を積んで、スタッフを始めとするいろいろな人に支えられて、スノーボードに打ち込むことができたんだと再確認しました。

だからこそ今回のアメリカは、人に頼らず自分の力だけ行こうと思いました。

飛行機のチケットを取って、ホテルを予約して、そして試合に臨む。とはいえ異国の地にたった1人で赴いた時、どうしても困ったことに遭遇することもあるんですよね。

そんな時はやっぱり助けてくれるんです。アメリカ人も、現地にいる日本人の方も。

やっぱり自分はいろんな人に助けられていることに、アメリカに来て改めて実感することができました。

ースノーボード以外で大きな発見があったんですね。

高橋さん
そうですね。そしていつしかその「感謝の気持ち」が、僕の行動原理になっていくようになり、起業をする時のモチベーションにもなりました。

そしてもう1つ、スノーボード以外で大きな収穫がありました。

アメリカで現地の人に美味しいハンバーガー屋を紹介してもらったのですが、そこのハンバーガーがあまりにも美味しくて、滞在中はずっと通っていたんです。

その美味しさのあまり「日本に帰ったらハンバーガー屋を開きたい」と思うようになりました。

脳しんとうを起こしたくらいから、スノーボードを引退した後のことを考えていたので、まさにちょうどいいタイミングで出合うことができました。

そしてアメリカの大会を終え、帰国してライスバーガー屋を立ち上げたんです。

スノーボードもラーメンも本質は同じ。目的から逆算する力

ー最初はラーメン屋として開業したわけではなかったんですね(笑)。でもなぜ、ハンバーガー屋ではなくライスバーガー屋としてお店を立ち上げたのですか?

高橋さん
白馬村には、すでにたくさんのハンバーガー屋があったので(笑)。それならライスバーガーにしようと思って。

ーなるほど。では、どのようにライスバーガー屋を始めたのでしょうか?

高橋さん
アメリカから帰ってきたばかりで、土地もお金もなかったので、最初はトラックを買って、自分で改造して移動式のライスバーガー屋を始めました。

夏場には、ラフティングやパラグライダーなどのアウトドアのインストラクターをしつつ、冬場はスノーボードとライスバーガー屋を営む生活をしていました。

ーでは、ライスバーガー屋からラーメン屋に切り替えたきっかけはなんだったのでしょうか?

高橋さん
スノーボードを引退したことと、こどもが生まれたことです。

アメリカから帰ってきて、ライスバーガー屋をやりながらスノーボードも続けていたのですが、2年前に正式にプロスノーボーダーを引退しました。そして同時期に、こどもが生まれたんです。

こどもができたのはもちろん嬉しかったのですが、その反面しっかり家族を養っていかなければいけない、という自覚が芽生えました。

妻と2人ならまだしも、こどもを育てていくためには、移動式のライスバーガー屋や、夏場に短期の仕事をしているだけでは、正直不安定だなと思ったんです。

そこで安定した収入を得るために、1年中経営できる店を開きたいと考えました。そんな時ちょうど妻の知り合いから「居酒屋の居抜きがあるから、何か店を出さないか」というお話がありました。

このチャンスを逃すわけにはいかないと思い、すぐに申し出を受け、経営の準備に取り掛かりました。

白馬村は日本人だけでなく外国人もたくさん訪れますが、日本人にも外国人にも、ラーメンは人気があるので、思い切ってライスバーガーからラーメンに切り替えました。その居抜きに、ラーメン屋を開く条件が揃っていましたし。

ーラーメン屋への転身は、どうでしたか?

高橋さん
最初は毎日が、試行錯誤の繰り返しでした。プレオープンを経て正式に開店してからも、スープの味が決まらずに、ずっと悩んでましたから。

ーライスバーガー屋を営んでいたとはいえ、ラーメンは畑違いですからね。未経験の世界に飛び込むのはとても勇気のいることだと思います。

高橋さん
たしかにやってることは違いますね。でも僕はスノーボードもラーメン屋も、本質は同じだと思っています。

ーどういうことでしょうか?

高橋さん
僕がやっていた「スノーボードクロス」という競技は、複数名と混走することが前提です。スピードは元より、技術や人との駆け引きなど総合的な滑走能力が試されます。

そして勝ち上がるためには、自分の欠点と長所を見極め、今どんな行動が必要かを考えます。

ラーメン屋も同じです。売り上げを増やすためには、何が足りていて、何が足りていないのかをしっかり把握する。そこから自分がすべきことを逆算して考えていくんです。

例えば、僕はライスバーガー屋を経営した経験があるので、店のマネジメントは強みです。逆に美味しいラーメンを作る技術は未熟だったので、店を出した後も、ラーメン作りに試行錯誤していました。

長所と短所を冷静に自分で分析できていたからこそ、美味しいラーメンを作ることに最大のリソースを割くことができた。

その結果、今ではお客さまに胸を張って出せるクオリティのラーメンが完成しました。そしてありがたいことに、多くのお客さまにご来店いただけるようになりました。

お客さまにとって居心地がいいお店にしたい。それが、故郷・白馬村への恩返し

ー経営に必要な目的から逆算して行動する力は、スノーボーダーとしての経験で培われていたんですね。ところで、ライスバーガー屋の時から「白馬村」で商売をする、ということにこだわっているように思いますが、なぜでしょう?

高橋さん
それは僕が白馬村が大好きで、この場所と人に感謝しているからですね。

白馬村は自分が育った場所であり、この環境があったからこそ、プロスノーボーダーになることができました。

先程も言いましたが、僕はいろいろな人に支えられて、スノーボードに打ち込めて、現役を引退した後もこうしてラーメン屋を営むことができています。

それは故郷である白馬村と、自分の周りにいる人たちのおかげです。

そんな白馬村に恩返しができるとするなら、それはきっと僕が営むラーメン屋がお客さまにとって居心地が良く、笑いが絶えない場所であり続けることだと思います。

そのために、単に美味しいラーメンを提供するだけではなく、気持ちの良い接客も心がけています。地元の方も観光で来られる方も、皆さんに「また行きたいな」と思っていただけるような店作りを目指しています。

ーでは最後に、独立を目指している人へアドバイスをお願いします。

高橋さん
独立は、誰にも縛られずに自分の意志であらゆることに挑戦できます。逆に言えば、自分から行動を起こさなければ何も始まりません。

それなら自分が「楽しそう」「面白そう」と思うことに積極的に挑戦してみた方がいいと思います。

僕自身、単身アメリカへ渡った時、そしてライスバーガー屋を経てラーメン屋を開いた時など、人生で幾度となくそういったターニングポイントを乗り越えてきました。

自分はそもそも何がしたいのか、そしてその何かを達成させるために何が必要で、何が足りないのか。それを分析し、行動することができれば自ずと結果はついてくるのではないかと思っています。

2018年12月12日

PLOFILE

金谷宏さん(63歳)

(株)KDP/大阪市港区
高校卒業後、大阪で電車との接触事故を起こす。運送会社で働きながら賠償金を完済。別の運送会社を経て、「家族を養うため」物流関係の仕事で1991年に起業。その後、物流人材の派遣サービスに進出、現在に至る。自身は2009年に会長職についた。
(さらに…)

2018年12月11日

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