グループ内組織再編やM&Aなどに使われる事業再編手法の1つに会社分割があります。
会社分割には新設分割と吸収分割の2種類の方法がありますが、今回は、新設分割のメリット・デメリット、吸収分割との違いについて紹介します。
新設分割とは
企業が営んでいる一部または全部の事業を切り離し、別法人として組織や事業を引き継ぐことを会社分割と呼びます。
さらに、会社分割に際して新たに設立した会社に承継させる場合を新設分割と呼んでいます。
<新設分割の例(1)>
調剤薬局事業と化粧品製造販売事業を営んでいる「法人A」は、自社保有の特許成分を利用した高品質の商品を取り扱い、経営は順調でした。
ただ、化粧品には流行があることや現在の業績をキープできるのか不安を感じていたため、社員には高い給料を払うことができず、小さな組織力ではさらなる売り上げ増加の限界を感じていました。
また、「法人A」の調剤薬局事業は正念場の状況にあり、すべての経営資源をそこに投入する必要がありました。
一方、化粧品製造販売を営んでいる「法人B」は上場目前の企業で急拡大していたため、新設分割により、「法人A」から化粧品事業を取得したいと考えました。
そこで、「法人A」は化粧品事業を切り離し、「法人A」 の完全子会社「法人C」を作り、「法人C」の株式を「法人B」に譲渡したのです。
これにより、「法人C」は「法人B」の子会社となります。
株式譲渡対価として「法人A」は現金を受け取り、その資金を調剤薬局事業に投入しました。
その後、「法人B」は上場し、「法人C」も上場会社グループの一員となり会社のネームバリューが向上したことで、「法人C」の社員も喜びました。
<新設分割の例(2)>
通常のM&Aに加え、再生型M&A(第二会社方式)の際にも便利な方法です。
こちらも「法人A」「法人B」の例で考えてみましょう。
「法人A」は、借り入れ続きで、そのリスケジュールも繰り返し行っており、化粧品事業だけがなんとか黒字でした。
債権者と相談を重ねたところ、唯一利益を出している化粧品事業を売却し、その売却代金をすべて借り入れの返済にあてる、という選択肢を取ることになったのです。
「法人A」は債務を残したまま化粧品事業だけを切り離して、一切債務のない黒字の子会社「法人C」を新設しました。
「法人C」の株式を「法人B」に売却し、「法人A」は「法人B」から株式譲渡対価として受け取ったすべての現金を借り入れ返済にあてたのち、特別清算を用いて整理を行ったのです。
「法人B」から見ると「法人C」は新設の法人のため、簿外負債の承継リスクは特にないこともあり受け入れやすく、債権者から見ても債権の貸し倒れに伴う損金算入の懸念がなくなるため、受け入れられやすいスキームです。
上記の2例から分かるように、新設分割では株式譲渡と組み合わせ、売却対価を現金で受け取ることができます。
そのため、分割後に借り入れの返済や、資金が必要な事業への投資などにあてることもできるでしょう。
新設分割手続きの7つのステップ
ここからは、新設分割の手続きについてみていきましょう。新設分割が成立するまでには、以下の7つの流れに沿って手続きを進める必要があります。
1.新設分割に必要な書類を用意する
2.新設分割契約を締結する
3.新設分割契約に関する書面を備置する
4.株主総会で承認を得る
5.株主への通知等および株式買取請求をする
6.債権者保護手続きを行う
7.新設分割の登記を行う
それぞれのステップについて、解説していきます。
1.新設分割に必要な書類を用意する
【準備が必要な書類】会社分割についての株主総会議事録
官報公告のコピー
会社分割に異議を述べた債権者がいない旨の上申書
債権者保護手続きに関する書類
新設会社の定款
新設会社の役員就任承諾書
新設会社に就任した役員の印鑑証明書
新設会社の資本金計上証明書
新設分割計画書
株主リスト
【必要に応じて準備しなくてはいけない書類】
分割会社の登記事項証明書
分割会社の印鑑証明書
代表取締役選定書
委任状
2.新設分割契約を締結する
新設分割契約書には、以下の項目を記載する必要があります。
1. 新設会社の目的、商号、本店の所在地、発行可能株式総数、定款で定める事項
2. 設立時取締役の氏名
3. 以下の3つのうち、該当する内容
新設会社が会計参与設置会社の場合:設立の際の会計参与の氏名または法人名
新設会社が監査役設置会社の場合:設立の際の監査役の氏名
新設会社が会計監査人設置会社の場合:設立の際の設立時会計監査人の氏名または法人名
4. 承継する資産、債務、雇用契約、権利義務
5. 事業を承継する際に、対価となる新設会社の株式の数、または株式数の算定方法および新設会社の資本金および準備金の額
6. 共同分割を行う場合、5.の分割会社に対する株式の割り当てに関する事項
7. 新設会社に対して分割会社が対価として新設会社の社債・新株予約権・新株予約権付社債を交付する場合、当該社債等の算定方法
8. 共同分割を行う場合、7.の分割会社に対する割り当てに関する事項
9. 新設会社が分割会社の新株予約権者に対して、分割会社の新株予約権の代わりとして新設会社の新株予約権を交付する場合、当該新株予約権に関する算定方法
10. 分割会社が新株予約権の成立の日に全部取得条項付株式の取得や剰余金の配当をする場合にはその旨
3.新設分割契約に関する書面を備置する
本店に、新設分割計画の備置開始日より成立後6ヵ月までの期間、新設分割の内容と法務省令で定める事項を記載した書面または電磁的記録を備え置く必要があります。
4.株主総会で承認を得る
原則として、株主総会の特別決議によって譲渡会社は新設分割計画の承認を受ける必要があります。
5.株主への通知等および株式買取請求をする
株主総会で新設分割の計画が決議・承認された日から2週間以内に、株主に対して新設分割を行う旨を通知しなくてはいけません。
6.債権者保護手続きを行う
新設分割に対して異議を述べられる債権者がいる場合、譲渡会社は官報に所定の事項を公告する必要があります。
7.新設分割の登記を行う
新設分割は登記を行うことで完結します。「分割する会社の変更登記」と「新しく設立する会社の設立登記」を同時に行う必要があるため、注意しましょう。
新設分割のメリット3選
新設分割をするのには、どのようなメリットがあるのでしょうか。これから新設分割をしようか迷っている方のために、新設分割をするメリットをお伝えしていきます。新設分割の主なメリットは以下の3つです。
1. 資産や契約等の引き継ぎが容易
2.資本準備金や資本剰余金の引き継ぎが可能
3.資産の含み益に課税されない場合がある
それぞれ解説していきます。
1.資産や契約等の引き継ぎが容易
新設分割を行う1つ目のメリットは「資産や契約等の引き継ぎが容易」である点です。
事業譲渡によって事業の一部を承継する場合には、債権・債務の移転手続きや契約の再締結が必要になります。その反面、新設分割の場合、資産や契約上の地位などは債権者に個別に承認を得なくても引き継ぐことができるのです。
ただし、譲渡会社に対して債権者は不利益を被ることを防ぐために異議申し立てを行うことができます。そのため、債権者保護手続きの対象となる債権者に対して、公告のほか個別の催告を行う必要があるのです。
2.資本準備金・資本剰余金の引き継ぎが可能
新設分割を行う2つ目のメリットは「資本準備金・資本剰余金の引き継ぎが可能」である点です。
そもそも「資本準備金」とは、株式会社を設立した際に出資された金額のうち、資本金とされなかった分の金額のことです。また、資本剰余金とは資本取引により、資本金・資本準備金からさらに余った部分の金額のことです。
新設分割によって事業を継承した企業は、承継した事業の株主資本相当額の範囲内にて、資本金、資本準備金、資本剰余金を自由裁量で振り分けられます。ただし、資本剰余金を資本金・資本準備金から取り崩す場合には、一定の手続きが必要です。
3.資産の含み益に課税されない場合がある
新設分割を行う3つ目のメリットは「資産の含み益に課税されない場合がある」という点です。
価格の変動によって生まれる、会計簿上には現れない会社が所有する不動産や証券等の資産における利益のことを「含み益」といいます。含み益は、適格要件を満たす分割(適格分割)を行うことで課税対象にはなりません。
適格要件としては、以下のような具体例が挙げられます。
1)資産・負債が譲渡会社から譲受会社へ移転しているか
2)譲受会社で譲渡会社の従業員の約80%以上が従事する可能性があるか
3)今後も承継される事業が継続される見込みがあるか など
新設分割のデメリット2選
新設分割を行うと、経営者にとっては喜ばしいメリットがいくつもあることがお分かりいただけたでしょう。しかし、メリットばかりに気を取られて新設分割を実施してしまうと、後に思わぬ落とし穴にはまり、後悔してしまうなんてこともあります。
そうなってしまわないように、新設分割を行うデメリットについても理解しておきましょう。新設分割を行う主なデメリットは以下の2つです。
1. 税務上の取り扱いが煩雑
2.株式の現金化が困難になる場合がある
それぞれのデメリットについて、詳しく解説していきます。
1.税務上の取り扱いが煩雑
新設分割をする1つ目にして最大のデメリットは、「税務上の取り扱いが煩雑」である点です。
支配関係が継続しているかどうかにより、移転資産等に関して税務上適格であるか、または非適格かが判断されます。
さらにこと細かに適格かどうか判断するために、分割の割合が100%なのか50%未満なのかなど、詳細な条件が定められています。
2.株式の現金化が困難になる場合がある
新設分割をする2つ目のデメリットは、「株式の現金化が困難になる場合がある」点です。
新設分割の際には、現金ではなく、新設会社の株式が対価となる場合が多く、その株式を売却しないことには現金が手に入りません。
しかし、譲受企業が新しく設立されたばかりの企業で非上場である場合、株式市場において株式を売買することができません。そのため、株式を買ってくれる買い手を事前に、または新たに探さなくてはいけません。一般的な株式の売却フローではないため、早期現金化は難しいといえます。
新設分割と吸収分割の違いとは
新設分割は切り離した事業の受け皿になる会社が新しく設立される場合を指すのに対し、吸収分割は受け皿になる会社が既存の場合を指します。
<吸収分割の例>
投資事業と化粧品製造販売事業を営んでいる「法人A」の化粧品は、自社の特許成分を使用した商材で売れ行きは順調でした。
ただ「法人A」の社長は投資事業のほうが得意であり、化粧品事業の経営は他社に任せたいと思っていました。
一方、化粧品製造販売事業のみを営んでいる「法人B」は上場目前の規模であり、さらなる事業拡大を目指していたのです。「法人B」は、よりよい商材を探しており、上場のためにM&Aにより一気に事業・売り上げを拡大させようとしていました。
そこで「法人B」は、吸収分割により、「法人A」から化粧品事業を取得し、それを“特許成分化粧品を扱う部門”という位置付けで「法人B」の一部門に組み込んだのです。
化粧品事業を売却し投資会社になった「法人A」は、譲渡対価として「法人B」が新たに発行した株式を受け取って「法人B」の株主となりました。
相乗効果で業績がのびれば「法人B」の株価も上がります。上場するとさらに株価が跳ね上がる可能性もあります。
「法人A」の事業売却は投資事業として大成功です。「法人B」も現金を払わずに買収を行えました。
小さなM&Aでは新設分割のほうがよく使われる印象ですが、許認可や雇用の関係で受け皿となる会社を先に作っておくのもよいでしょう。
その場合も実質的には新設分割ですが、新設の会社を作っておいてその新設会社が吸収分割をするというスキームが選択されることも多くあります。
詳細については、案件ごとに考慮するポイントが違いますので、M&Aアドバイザーなどの専門家の協力を得ながら進めましょう。
まとめ
会社分割はとても使いやすい制度です。現状のよい面を生かしながら、新たな経営者に事業を引き継いでもらうことができます。
事業の再生を図るときには、新設分割を活用して今ある事業価値をさらに向上させてください。
<文/ちはる>