後継者の見つからない中小企業が増加しています。後継者が見つからないため、引退できずに経営を続けざるを得ないという経営者が増え、年々、経営者の高齢化が進んでいます。「2023年版 中小企業白書」によると、中小企業の経営者の主な年齢層は、1995年には50代前半でしたが、2015年には60代後半になっており、2020年以降は「60~64歳」、「65~69歳」、「70~74歳」に分散しています。
一方で、2022年の帝国データバンクの「全国企業「後継者不在率」動向調査(2022)」では、調査を開始した2011年以降、後継者不在率は初めて60%を下回りました。また、非同族の後継者の割合が増加し、M&Aの動きが浸透しつつあることがわかります。
「2023年版 中小企業白書 第2章:新たな担い手の創出」(中小企業庁)
(P.4より)
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事業承継とM&Aの違い
事業承継とは、現在の経営者から次の経営者へ企業の経営を引き継ぐことです。
引き継ぐのは、会社の株式や在庫、顧客だけではありません。
企業が積み重ねてきたさまざまな経営資源(人・もの・金)に加えて、競争力の源泉ともいわれ、見えない資産である知的財産(経営理念、信用、営業秘密、ノウハウ、顧客情報など)をどのように引き継ぐかが重要です。
事業承継には、主に3つの種類があります。
・親族内承継
・親族外承継(従業員など)
・親族外承継(第三者承継)
親族内承継は、社内外の関係者から一番受け入れられやすい承継の形です。後継者を早く決定し、時間をかけて後継者を育成することができ、株式の譲渡も計画的に行うことができます。
親族に適当な後継者がいない場合、次に考えられるのが、経営者の右腕や番頭役の従業員に承継する親族外承継です。
業務に精通し、経営能力がある場合は、比較的スムーズに事業を承継することができますが、株式取得や個人債務を保証する資金力がないために承継が難しい場合もあります。
従業員以外の親族外承継は、”第三者承継”もしくはM&Aと呼ばれます。
M&Aの種類
M&Aは、合併(Merger)と買収(Acquisition)を意味する言葉です。
M&Aと聞くと、大企業で海外の事業再編などをイメージするかもしれませんが、最近では中小企業や個人事業のM&Aも増えています。
後継者のいない中小企業は、経営者が倒れるなど、事業が継続できなくなって廃業した場合、従業員や取引先への影響は多大なものがあります。後継者のいない中小企業にとっては、M&Aは事業を継続するための有効な選択肢です。
M&Aには、会社全体を譲渡する場合や事業の一部だけを譲渡する場合など、いくつかの形態があります。
ここでは、事業を譲り渡す企業を“売り手側”、譲り受ける企業を“買い手側”とします。
株式譲渡
売り手側の株式を買い手側に譲渡して、子会社とする方法です。
経営者が代わるだけで、従業員や会社の債権債務、取引先との契約、許認可などは原則、存続できます。
手続きも比較的簡単です。
事業譲渡
売り手側が有する事業の全部または一部を譲渡する方法です。
特定の事業だけを譲り渡すことができます。
この場合、工場やノウハウなどの資産、負債及び契約等を個別に移譲渡するため、手続きが複雑になります。
買い手側にとっては、個別事業・資産だけを買収できるので、短期間に効率よく新規事業を始めたり、規模を拡大したりすることができます。
合併(吸収合併)
売り手側の会社を買い手側の法人に統合する方法です。
会社の資産や負債、従業員等を買い手側(合併存続会社)に移転し、売り手側の会社は消滅します。
会社分割(吸収分割)
複数の事業を行っている売り手側が特定の事業部門を子会社として分割し、買い手側にその子会社の株式を譲渡することで事業承継、または合併する方法です。
従業員の雇用が継続でき、これまでの契約や許認可も新会社に移転できる場合もあります。
買い手側にとっては、特定の事業部門だけを買収できるため効率的です。
事業承継をする際に活用すべき支援策
事業承継をする際に活用できる支援がいくつかあります。国や自治体で用意してくれているものもあるので、自社でも活用できそうなものがないかチェックしてみてください。
【事業承継・引継ぎ支援センター】
事業承継・引継ぎ支援センターは国が設置する相談窓口で、全国で事業承継全般に関する相談対応、事業承継計画の策定、M&Aのマッチング支援などを原則無料で実施しています。
【事業承継・引継ぎ補助金】
事業承継・引継ぎ補助金とは、中小企業庁が中小企業生産性革命推進事業の一環として行っています。事業再編や事業承継をきっかけに経営革新等を行う中小企業・小規模事業者の取り組みに対して、一部の経費を補助し、支援する補助金です。事業承継、事業再編・事業統合を促進することで経済の活性化を目的としています。
【M&A支援機関登録制度】
M&A支援機関登録制度とは、中小企業庁が官民で取り組む「中小M&A推進計画」の1つです。中小企業が安心してM&Aに取り組める基盤を構築することを目的としています。事業承継・引継ぎ補助金(専門家活用型)において、M&A支援機関の活用に係る費用(仲介手数料やフィナンシャルアドバイザー費用に限る)について、予め登録されたM&A支援機関の提供する支援に係るもののみを補助対象とします。
【経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)】
M&Aによって生産性向上を目指す、経営力向上計画の認定を受けた中小企業が、計画に基づいてM&Aを実施した際に「設備投資減税(中小企業経営強化税制)」と「準備金の積立(中小企業事業再編投資損失準備金)」の税制優遇措置が活用できます。
事業承継・引継ぎ支援センター(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)
「経営資源集約化税制(中小企業事業再編投資損失準備金)の活用について」(中小企業庁)
M&Aのメリット
買い手側と売り手側のM&Aを行うメリットをそれぞれ解説していきます。
買い手側のメリット1:ビジネス規模を拡大できる
M&Aをすることで買い手側が得られる1つ目のメリットは、「ビジネス規模を拡大できる」点です。M&Aをすると、買い手側は売り手側の「事業資産」「不動産」などの有形資産と「技術」「事業運営のためのノウハウ」「既存の取引先」「流通網」などの無形資産が取り込めます。単純にリソースが増えるため、取り込んだ事業について自社のビジネス規模を拡大させられます。
取り込んだ資産によっては、固有の取引先への交渉力が高められるようになり、仕入れコストを抑えるなど、設備稼働率の向上が期待できます。
買い手側のメリット2:事業を多角化できる
M&Aをすることで買い手側が得られる2つ目のメリットは、「事業を多角化できる」点です。収入源を多角化できれば、安定的に事業経営できるでしょう。
収入源を多角化するために新規事業を興すと、知見がなかったり、リソースがなかったりして、事業立ち上げから運用までに時間も労力もかかってしまうリスクがあります。
そこでM&Aを行い自社で参入していない事業を展開している企業をM&Aできれば、そのまま事業を引き継げるため、新たな収入源をローリスクで確保できるようになります。
買い手側のメリット3:競合他社の吸収ができる
M&Aをすることで買い手側が得られる3つ目のメリットは、「競合他社の吸収ができる」点です。市場での需要がピークに達していることを「成熟期」といい、この段階になると競合企業同士で市場シェアの獲得競争をしていくことになります。市場シェア獲得のために商品価格の値下げ競争などが行われ、市場全体が疲弊してしまうリスクがあります。
競合他社間のM&Aを行ってライバル企業を取り込むことで、市場シェアを拡大して市場競争から脱出できるため、業界での持続性も確立できます。
買い手側のメリット4:節税対策になる
M&Aをすることで買い手が得られる4つ目のメリットは、「節税対策になる」点です。M&Aにおいて、売り手側に赤字があった場合、買い手側は債務も含めて取り込むことになるためこの赤字も引き継ぎます。赤字は発生時より9年間は繰り越し可能です。翌年に繰り越された赤字である「繰越欠損金」は自社の利益と相殺できるため、法人税の納税額が少なくなり、結果的に節税効果が期待できます。
「No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」(国税庁)
売り手側のメリット1:投資資本回収までの時間が短縮できる
M&Aをすることで売り手側が得られる1つ目のメリットは、「投資資本回収までの時間が短縮できる」点です。M&Aには会社を丸ごと売却するほかに、一部の事業を売却する「事業譲渡」という形態もあります。
自社で運用していても収益の低い事業があれば、廃業せずに思い切ってその事業をM&Aで他社に買い取ってもらうと、買い手側から譲渡金を受け取ることができます。自社にとっては収益の低い事業でも、他社からしたら価値のある事業であるケースは少なくありません。売り手側が大企業であれば十分な価格で売却が期待できるでしょう。
このようにM&Aをすることで、資金回収を大幅に短縮することができるため、その分、別の事業に集中できるようになり、業績アップを望めます。
売り手側のメリット2:売却に成功すれば現金か株式が手に入る
M&Aをすることで売り手側が得られる2つ目のメリットは、「売却に成功すれば現金か株式が手に入る」点です。会社全体や一部の事業が売却できると、現金もしくは新株式の発行などの形で売り手側は対価を得られます。売却した事業が負債を抱えていた場合、買い取ってもらうことで負債を手放しつつ譲渡金を手に入れられるため、別の事業の立て直しができるようになります。
売り手側のメリット3:後継者問題を解決できる
M&Aをすることで売り手側が得られる3つ目のメリットは、「後継者問題を解決できる」点です。中小企業の経営者が、「後継者問題」に悩まされているケースは少なくありません。
事業そのものは好調であっても、後継者が見つからないと事業の承継が難しく、廃業を検討しなくてはいけなくなります。このような問題を解決するためにも、M&Aは有効な選択肢となります。好調な事業を廃業しようとすると、既存の取引先や顧客に迷惑がかかってしまいます。しかし、M&Aができれば、取引先や顧客に迷惑をかけることもありません。
売り手側のメリット4:従業員の雇用を守れる
M&Aをすることで売り手側が得られる4つ目のメリットは、「従業員の雇用を守れる」点です。事業を廃業したり、会社が倒産したりしてしまうと、従業員の働き口がなくなってしまいます。そこでM&Aをして会社や事業を従業員ごと買収してもらうことで、従業員の雇用を守ることができます。
この場合、M&Aをする前に買い手側と十分にM&Aの目的やその後の従業員の待遇についてはすり合わせておく必要があります。買い手側からすると、M&Aは人材の確保ではなく単に事業や既存顧客を買収したいだけの可能性があるからです。そのような場合、期待通りの待遇を従業員に与えてもらえず、結果的に従業員の職を失わせてしまうリスクがあります。売却の条件に従業員の雇い入れと待遇を明記しておきましょう。
M&Aのデメリット
M&Aにはデメリットももちろんあります。売り手側と買い手側の信頼関係の構築ができないままM&Aをしてしまうと、正確な事業性評価を見積もることができず、買い手側が期待していた投資効果が得られない場合、買い手側が短期間に事業を手放してしまう危険性があることです。
また、優れた企業間のM&Aであっても、企業文化や経営理念の違いから組織の融合がうまくいかず、社員が離職してしまうこと、期待していたシナジー効果をあげることができないこと、などがあります。
特に、売り手側の技術職や営業職などのキーパーソンが離職してしまうと、想定していた事業性価値が得られなくなります。
売り手側のデメリットとしては、大事にしていた従業員や取引先の雇用維持のために行ったM&Aであっても、企業文化の違いから買い手側企業に従業員がなじむことができず、結果として彼らを守ることができなくなる場合も少なくありません。
また、M&Aを決意しても、「買い手が現れない」「譲渡価格が折り合わず、仲介会社に費用を払うだけで成立しない」などのおそれもあります。
まとめ
最近では、ゼロから新規事業を立ち上げるより、「数百万円で会社を買う」という新しい創業の形も話題になっています。
M&Aは決して大企業だけの話ではありません。商店街で飲食店や小売店を若い起業家に譲る例も増えています。
各都道府県に事業承継のマッチングを行う事業引き継ぎセンターもあります。
イチから創業する場合と比べて事業を軌道に乗せやすい場合もありますが、いきなり経営者になるには、それなりの準備と覚悟が必要です。
譲り受ける事業を想定してどのような事業展開を行うのか、さまざまな事例を研究したり、専門家などにも相談したりして、しっかりした事業計画の策定とシミュレーションをするようにしましょう。
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<文/ちはる>