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経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第122回・数字のトリック

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起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。

いきなりですが、クイズです!

農林水産省が、2022年4月期からの輸入小麦の政府売渡価格を昨年10月期と比べて17.3%引き上げることを発表しました。このプレスリリースには「今回の値上げによる影響額」という情報も記載されていて、「食パンの小売価格に与える影響は一斤あたり1.5%増」と書かれています。さて、政府売渡価格が17.3%も上昇するのに、試算される食パンの値上げの影響がこんなにも小さいのはなぜでしょうか?

クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある

原材料費高騰による商品値上げのニュースが続いています。ここにきて話題になっているのが小麦の高騰です。

今回は、輸入小麦の政府売渡価格の改定と、それに伴う商品の値上げから、「数字のトリック」について考えてみたいと思います。

それでは解説します!

農林水産省が輸入小麦の政府売渡価格を17.3%引き上げることを発表しました。実は前回の改定時である昨年10月にも19%上がっているため、小麦の価格は上昇し続けていることが分かります。

一方で、この改定を伝える資料の中の「今回の値上げによる影響額」には、「食パンの小売価格は1.5%上がる」と書かれているのです。例えば178円の食パンの場合、181円程度となり、「約3円」の値上げとなるわけですね。

輸入小麦の政府売渡価格が17.3%も上がるのに、食パンの値上げがたったこれだけなのは、一体どうしてなのか。その答えをストレートにお伝えすると、食パンという商品に占める小麦の原材料比率が8%程度だからです。

食品の原材料費は30%程度といわれますので、そのうちの4分の1くらいが小麦で、他にはマーガリンやバター、酵母やイースト、食塩などが含まれていることになるでしょう。また、パンが消費者のところに届くまでにかかる光熱費や人件費、運搬費などをトータルで見積もって価格が決定しているわけですから、小麦の政府売渡価格がそれだけ上がっても、原材料比率が8%程度であればそのくらいしか値上がりしないというわけですね。

さて、もう少し突っ込んでお話ししましょう。

今回の1.5%の値上げというのは「小麦だけの話」です。農林水産省としては「私たちの責任範囲としてはこれだけ上がりますよ」という発表をしたに過ぎないわけです。

それを考えた時に、間違いなくいえるのは「実際は食パンの価格はもっと上がるだろう」ということです。

パンを作るための原材料の小麦の値段が上がっただけでなく、マーガリンに含まれる食用油の値段も上がっています。パンを焼くための電気代(光熱費)も上がっていますし、パンを焼いたり、運搬したりする人の人件費も上がっていますし、配送するのに使う自動車のガソリン代も上がっています。さらに円安の影響も忘れてはいけません。

そうやって考えると、1.5%の値上げで済むわけがありませんよね。実際のところ10〜15%程度は上がってもおかしくないと思います。

今回の話で大事なのは、「1.5%」という数字を見た時に、それを疑えるのか?ということです。確かに発表される数字として間違っているものではないのですが、その裏にあるものまでしっかり読み取らないと、正しい情報にはたどり着けないのです。

その数字の背景がわかれば、見え方も違ってくる

少し別の数字の話をすると、エコノミストが2022年の消費者物価指数は「2%上昇する」と発表しました(※2022年3月末時点)。この2%という数字が、経済系メデイアの多くでなんとなくの共通認識となっていて、これをベースに話をする場面が多く見られていました。

しかし、この数字が発表されたのは、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まる前であり、今の原油高や円安といった要因は実は全く織り込まれていないわけですね。そういう背景を知らずに、2%という数字だけに引きずられてしまうと、これもまた危険です。

「2%上がりそう」というだけで自社で値上げの判断をしたところ、お客さんがいなくなった割に「それでは不十分だった」というようなことになりがちだからです。

ちなみに、この消費者物価指数ですが、昨年の10月にはすでに1.5%くらい上がっていてもおかしくなかったといわれています。しかし実際にそうはならなかったのは「携帯電話の料金が下がったから」です。あの値下げは市場において大きなインパクトがあり、そのおかげで消費者物価指数の上昇と相殺されるかたちでおさまったわけですね。

1つの数字を見ても、その背景にはいろんな情報が付随しているんだということです。

報道されている情報が全てではない

今回は数字のトリックについてのお話でした。我々の生活の中にはたくさんの数字があり、それらを見て判断しながら、様々な活動をしているわけです。

しかし、今回お話したように報道されていることだけを鵜呑みにして考えてしまうと、判断を間違ってしまうことがあるんだ、ということですね。ちょっとした違和感を大切にするなど、細かいことにも目を向けてみてくださいね。

最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「食パンという商品に占める小麦の原材料比率が8%だから」でした。ちなみに、農林水産省の資料には、食パンの他にも「小麦粉」の影響額が記載されており、「小麦粉は4.4%値上がりする」と書かれています。この数字のトリックについても、よかったら考えてみてくださいね。

参照
輸入小麦の政府売渡価格の改定について:農林水産省 (maff.go.jp)

構成:志村 江

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PROFILE
鈴木貴博

東京大学工学部卒業後、ボストン・コンサルティング・グループに入社し、数々の大企業の戦略立案プロジェクトに従事。1999年にはネットイヤーグループの創業に取締役として参加。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業する。大手企業の経営コンサルティング経験を元に2013年に出版した『戦略思考トレーニングシリーズ』(日本経済新聞出版社)が累計20万部を超えるベストセラーに。現在はビジネスをエンタメクイズ化する経済エンタテナーとしても活動中。『パネルクイズ アタック25』(優勝)、『カルトQ』などのクイズ番組出演経験も豊富。近著に『戦略思考トレーニング 最強経済クイズ[精選版]』(日本経済新聞出版社)、『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(ともにPHPビジネス新書)など。

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