多くの人にとって独立・起業とは、ゼロからの挑戦の連続です。
経験やスキル、顧客に人脈。人によって事情は異なりますが、いずれにせよゼロから1を生み出していくことには変わりありません。
今回お話を伺ったのは、フリーランス声優として活躍する冷水優果さん。
養成所に通い、事務所に所属して仕事をしていくことが多い声優業界の中で冷水さんは、養成所にも通わず事務所に所属していません。
それにもかかわらず冷水さんは独立を決め、地道にゼロから1を生み出してきました。
今回は冷水さんのキャリアを振り返るとともに、どのように仕事を作っていったのか、その軌跡を伺いました。
冷水優果さん
声優/ナレーター
幼少期からアニメが好きで、声優を志す。
高校・大学の7年間は演劇部に所属し、舞台で自身のスキルを高めていく。
大学卒業と同時にフリーランスの声優として独立。事務所には入らず、地道なスキルアップと自らが営業することで、ゼロから仕事を生み出し活躍の場を広げている。
キャラクター召喚装置「Gatebox」 オリジナルキャラクター・逢妻ヒカリなどを担当。
近年ではキャラクターボイスの担当だけでなく、朗読劇やナレーションなど、フリーランスならではの動き方で幅広く活動している。
実績ゼロからの独立? 冷水さんがフリーランスの声優になったワケ
――現在フリーランスの声優として活躍されている冷水さん。まずは声優を志したきっかけから教えてください。

「声優になりたい」と明確に思い始めたのは中学生の時ですね。
もともとは絵を描くことが好きで、マンガ家を目指していました。
きっかけが訪れたのは『神風怪盗ジャンヌ』(集英社/種村有菜)というマンガ作品がアニメ化された時。
原作のマンガも大好きだったのですが、アニメになった時「声の芝居がつくことで、こんなに作品が生き生きと見えるなんて!」と感銘を受けたんです。
――以来、声優という職業に興味を持ったと。その後はどのような経験をされたのですか?

中学校を卒業後、高校では演劇部に入りました。
当時はまだ“演じるためのスキル”が自分になかったこと、そして現在活躍している著名な声優さんが“舞台出身”の方が多かったことが主な理由です。
実は高校を卒業するタイミングで声優の専門学校に入ろうと思ったのですが、親の反対があり、大学へ進学しました。
大学でも演劇を続けて、合計7年間、舞台を経験することになりました。
――声優というと養成所、もしくはオーディションを経て事務所に所属しデビューする、というのが一般的なキャリア形成の流れかと思います。冷水さんは養成所には通わなかったのでしょうか?

いえ。養成所は出ていないですし、現在も事務所には所属していません。故に結構苦労もしてきました(笑)。

大学時代は授業に部活にアルバイトもあり、養成所には通えませんでした。
養成所に行けない分、現役の声優さんや音響監督さんが開催するワークショップには足を運ぶようにしていたのですが……。
演劇の経験はありましたが、声優としての実績はない。そんな状況で、大学を卒業してからフリーランスの声優として活動していくことになったんです。
自分よりも相手から求められるものを考える。ゼロから仕事を生み出すために必要なこと
――実績がない中での独立。不安はなかったのですか?

いやいや、不安しかなかったですよ(笑)。
声優業が不安定なことはわかっていたので、就活に取り組んで仕事先が決まれば諦めがつくと思っていました。
どちらに進むか迷っているよりも「とにかくチャレンジしてみよう」「二足のわらじではなく、進む道をどちらかに絞ろう」と考えていたんです。
就職先を興味のある職種、これから先長くやって行きたいと思える仕事に絞り、お芝居から一旦離れて真剣に就職活動をしました。
その上で何社かは最終近くまで進みましたが、結果ご縁がなく、それならばと声優業を本格的に始めたんです。
ゼロからでも、やれるだけやってみようと。
――冷水さんにとってのターニングポイントになったと。その後はどのような活動をされたのですか?

これまで同様ワークショップには通って自分の技術を上げながら、アルバイトをして最低限のお金を稼いで。
その上で事務所所属でなくても参加できる一般公募のオーディションに応募してみたり、業界関係者が集まる交流会に足を運ぶようになりました。
フリーランスでやる以上、自分を売り込むのは自分しかいない。最初は実績がないので、うまくいかないこともあったのですが、大学の先輩でアプリゲームを作っている人がいて。
その人に紹介してもらって、モブキャラとして収録に参加させていただきました。それが声優としての初めての仕事でした。
そして交流会に積極的に足を運ぶうちに、「Gatebox」(※)のキャラクターの動きができる人を探している、という情報を耳にしました。
私がもともと舞台をやっていたこともあり、モーションキャプチャーに協力することになったんです。
そしてそのキャラクターはまだ声の担当が決まっていなかったので、キャラクターボイスも務めることになりました。
それが、逢妻ヒカリ(※)だったんです。
※Gatebox……Gatebox社が展開する、好きなキャラクターと一緒に暮らせる“キャラクター召喚装置”をコンセプトとした、次世代型AIコミュニケーションデバイス
※逢妻ヒカリ……Gatebox内で召喚される代表的な女性キャラクター
――地道な営業活動と、演劇での経験が実を結んだ瞬間だったんですね。ゼロから仕事を作る上で、冷水さんが大切にしていることがあれば教えてください。

当たり前ですけどフリーランスである以上、売り込むのも自分ですし、マイクの前で演じるのも自分です。
だから全てのことに対して、自分の頭で考えて動くしかありません。思考と行動を止めたらダメなんです。止めても誰も助けてくれませんから(笑)。
未経験でも実績がなくても、自分なりにスキルを高めて行動をし続けていけば、必ず状況は変わっていきます。そう信じて、今できることを少しずつでもやってみる。
そしていざ仕事をする際に、「自分に何が求められているのか」を客観視して考えられると、とても良いんじゃないかと思います。
一般的に「声優といえばアニメ」という印象が強いように、私も当初、憧れたアニメやゲームの世界で活躍できる声優になりたいと思っていました。
「アニメ・ゲームのキャラクターを演じること」。
それができる自分になることに固執していましたが、現実にはフリーランスではオーディションを受けることすら難しく、事務所に入るためには経歴を作って求められる人材にならなければなりません。
以降キャラクターボイスはもちろん、ナレーション、朗読など声を使った表現・お仕事など、ご縁で活動範囲が広がっていきました。
媒体や作品はどんなものでも他の現場にも活かせる経験になるという実感も湧いてきましたし、またクライアントさんやファンの方に喜んでもらえることが純粋に嬉しかった……。
良い意味でこだわらず、目標はしっかり持ったまま、他にも需要がある限りそれに応えようという考えになっていきました。
周りと比べずに、自分だけのやり方で、自分だけのペースで歩んでいけたら。
――冷水さんの今後の展望を教えてください。

“声”を使った幅広い仕事に挑戦していきたいですね。
アニメやゲームといったキャラクターボイスもこれからさらにたくさんの作品に携わっていきたいですし、ナレーションも積極的に挑戦してみたいです。
また現在も活動していますが朗読や配信など、自由度の高い表現活動を今後も継続できたらと思っています。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

会社員として働く人が多い日本では、独立・起業って、まだまだ一般的でないというか、“挑戦”のように捉えられることって多いじゃないですか。
語弊を恐れず言えば「一般的なルートから外れる」みたいな。
一般的になんとなく共通認識のある「正規ルート」から外れることって、とっても不安ですし、私も正直とても不安でした。
私の場合で言うと「高校や大学といった学校を卒業したら就職する」というルートからも外れていますし「声優としても養成所を卒業して事務所に入る」というルートからも外れていて。
でも独立してからしばらく経って「自分には自分のやり方があるし、自分のペースがある」と気づくことができたんです。
ルートというのは結局他人の尺度なんです。それが自分に当てはまるわけではありませんし、当てはめる必要もないんだなと。そう気付いてからは肩の力がスッと抜けて、どこかラクになれたんですよ。
結局はその人らしいペースで、自分が目指したい道を歩んでいけたらそれが1番いい。
私自身、本当にまだまだ道の途中です。周りと自分を比べて変に焦ることなく、マイペースに歩いていけたらいいんじゃないでしょうか。私も頑張ります!
取材・文・撮影=内藤 祐介