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最後に勝つのは、続けることができた人。オジンオズボーン・篠宮暁が語る芸人道

2019年11月26日

最後に勝つのは、続けることができた人。オジンオズボーン・篠宮暁が語る芸人道

圧倒的な才能・能力がある人、コツコツ真面目に頑張る人、忖度できる人。

いろいろな人がいる中で最後に勝つ人とは、どんな人でしょうか?

最後に勝つ、すなわち成功するのは「続けることができた人」。そう語るのは、お笑いコンビ・オジンオズボーンの篠宮暁さん。

篠宮さんはなぜそう語るのか。その答えは篠宮さんの芸人としての半生にありました。

<プロフィール>
篠宮暁さん
お笑い芸人
お笑いコンビ・オジンオズボーンのボケ、ネタ作り担当

松竹芸能所属。
1999年にお笑いコンビ、オジンオズボーンを結成。
お笑い芸人として活躍する傍ら、特撮、戦隊ヒーローに詳しく、関連イベントなどでもMCを担当する。

芸人として活躍をしていた大阪時代から一転、アルバイト生活に。それでも芸人の道を諦めなかった理由

―人気お笑い芸人である篠宮暁さんですが、現在に至るまでの経緯から伺っていきたいと思います。お笑い芸人という仕事に興味を持たれたのはいつごろからでしょう?

篠宮さん
物心つく前くらいからですね。小さい頃からダウンタウンさんや、ナインティナインさんの出演されている番組を見ていて。

明確に芸人になりたいと思ったのは中学生の時ですね。当時『タモリのボキャブラ天国』という番組がすごく流行っていて。

「芸人という仕事はかっこよくて、モテる職業なんだな」と気づいてから、いつしか芸人を目指すようになりました。

芸人になるために実際にアクションを起こしたのが高校生の時。当時関西で毎年成人の日に『ABCお笑い新人グランプリ』(現・ABCお笑いグランプリ)というコンテストが行われていました。

僕が高校1年生の時に優勝したコンビのネタが、めちゃくちゃおもしろくて。その人たちの所属事務所が松竹芸能だったんです。

それで高校2年生の時に松竹芸能の養成所に入って、養成所から卒業するタイミングで所属することになりました。

―では、高校卒業後は大学に行かずにそのまま芸人の道に進んだのですか?

篠宮さん
そうですね。養成所を出て1999年にこの世界に入りました。以来ずっとお笑い芸人として活動しているので、今年で20周年になります。

―20年も芸人という仕事をされているのであれば、様々な経験をされているのではないかと勘ぐってしまうのですが…?

篠宮さん
おっしゃるとおり、いろいろありましたよ(笑)。

僕は京都出身で大阪方面で活動させてもらってたんですが、それこそ駆け出しの頃は比較的芸人の仕事で食えていたんです。

お笑いのライブやイベント、コンテストなどに出させていただいて、それなりに充実して活動をしていました。

転機があったのは、2005年。23歳の時にあるコント番組のレギュラーメンバーに選ばれたことがきっかけで上京し、活動拠点を大阪から東京に移しました。

しかし東京に来た途端に番組が終了し、仕事がなくなってしまって。24歳の時に初めてアルバイトを経験することになり、アルバイトとお笑い芸人の二足のわらじ生活が始まりました。


―いつ頃まで二足のわらじ生活は続いたのでしょう?

篠宮さん
29歳までアルバイトをしていたのでだいたい5〜6年ですね。その間はコンビニやレンタルビデオ屋、定食屋、日雇いのアルバイトやテレアポなど様々なことを経験しました。

収入的な話で言えば「遅れてやってきた下積み時代」といったところですね。いやぁ、辛かったです(笑)。

―25歳となると、同い年の友人たちも就職される年齢ですよね。芸人を辞めて、就職するという選択肢はなかったのでしょうか?

篠宮さん
一応「10年やって結果が出なかったらやめよう」とは考えていたんです。でもいざ29歳の時になったら、やっぱり諦められなかったんですよね。

なんというか、このまま辞めちゃったらかっこ悪いなって。

今は大学卒で芸人になる人もたくさんいますが、僕は高卒で芸人になった。もう後戻りできないんですよね(笑)。

それに相方や、周りにいてくれた人もなんだかんだ助けてくれたりサポートしてくれて。その人たちのおかげで、どうにか続けられる環境があったんです。

万人受けする“置きに行く漫才”じゃなくて、自分が面白いと思う漫才を。

―29歳でアルバイトを辞め、再びお笑い芸人の収入で食べていけるとおっしゃっていましたが、何か転機があったのでしょうか?

篠宮さん
そうですね。きっかけは2012年に開催された『THE MANZAI』で決勝に残れたことでした。

惜しくも優勝は逃してしまったのですが、その大会を境に、再びお仕事をいただけるようになって。それでアルバイトを辞めることになりました。

―篠宮さんはオジンオズボーンではネタ作りも担当されていると伺いました。『THE MANZAI』の決勝にまで登り詰めた、ネタを作る上で意識されていることはありますか?

篠宮さん
難しい質問ですね(笑)。

んー、これはもう自分が「面白い!」と思うネタを作るということに尽きるかなと。

逆に言うと、万人に受けるような“置きに行く漫才”は辞めようと。

―“置きに行く漫才”というと?

篠宮さん
話が少し前後するんですが、僕らは『THE MANZAI』に出場する前、2009〜2010年頃にNHKの『爆笑オンエアバトル』(以下、オンエアバトル)に出させていただくことがあって。

この番組は、漫才やコントを披露して、観客が「面白い」と評価されたネタだけが選ばれてオンエアされるという仕組みです。

より多くのお客さんに受け入れられるためには、個性をギンギンに尖らせたネタよりも、万人に受けるネタが求められるんですよね。言ってしまうと、自分が好きなものよりも、より多くの人に求められているネタというか。

当時、その求められているネタを披露することで受け入れられ、「オンエアバトル常連」のような芸人は数多くいました。

しかしそういった自分の個性を貫きづらい事情もあり「オンエアバトルではよく見るけど、他の番組には出られない」というジレンマを抱えた芸人も多くいたんです。

もちろん『オンエアバトル』でもお客さんを笑わせて、それで他の番組にも出演できる実力を持った芸人もいましたが、少なくとも自分らはそうなれなかった。

―だからこそ、人の評価よりも自分が面白いと思う漫才に、ネタ作りをシフトしていったんですね。

篠宮さん
ええ。勇気のいる決断でしたが、後からこうして振り返ると2012年に『THE MANZAI』の決勝に進み、再び芸人の仕事のみで食べていけるきっかけになったなと。

以降は民放の番組にも出してもらえるようになり、おかげさまで芸人だけの収入で食べていけるようにはなりました。

しかし僕が街で歩いて、いろんな人に声かけてもらえるようなレベルの「売れている芸人」にはまだまだ全然なれてないですけどね(笑)。

ライダーの仕事は、自分にとっての「ご褒美」。芸人という仕事が根幹にあるからこそ、好きなことを仕事にできる


―篠宮さんといえば「仮面ライダーシリーズ」「スーパー戦隊シリーズ」といった特撮作品がお好きで、現在もネット番組『ウラ仮面ライダー』にもご出演され、MCをされていますよね。そもそも特撮関係の仕事をするようになったきっかけはなんですか?

篠宮さん
ライダー関連の最初の仕事は、2008年に放送された『仮面ライダー電王』に出演させてもらったことがきっかけだったと思います。昔から「仮面ライダーシリーズ」の大ファンで、当時ブログに毎週感想とか書いていたんですよ。

『電王』もリアルタイムで見ていて。好きすぎて撮影現場に変身ベルトを付けていったんですよ。周りのスタッフさんから「こいつガチやな」と思われたみたいで(笑)。

その後、本格的にお仕事をいただけることになったのは2011年に「仮面ライダーGIRLS(※)」(以下、GIRLS)が結成されてからですね。「GIRLS」の皆さんと一緒にイベントに出させてもらったりして、あれよあれよと未だにいろいろとお仕事をいただけています。

※仮面ライダーGIRLS:仮面ライダーシリーズ40周年を記念して結成された、シリーズ初の女性ライダーユニット。仮面ライダーを題材にした映画の主題歌や劇中歌、ゲームのテーマソングなど楽曲の歌唱、東映特撮関連イベントなどに出演。

―ではいい意味で成り行きだったんですね。特撮関連の仕事をされる上で、心がけていることはありますか?

篠宮さん
「僕の本職はあくまで芸人である」ということは、忘れないようにしています。

僕にとって大好きな仮面ライダーの仕事は、言ってしまえば「ご褒美」なんですよね。芸人という仕事をがんばってやった結果、こういった仕事をいただけるわけで。

もしこれで僕が芸人という立場を忘れて、特撮の仕事だけでやっていこうとしたら変な話「下品」になってしまうと思うんですよ。

僕もそれでご飯食べなきゃいけないわけですから、なんというか悪い意味で「前に出ようとしてしまう根性」みたいなのが湧いてくるというか。

―「ウラ仮面ライダー」を始め、篠宮さんがMCをされる時って「作品の良さを伝えたい」という想いをひしひし感じていたんですが、やはりその裏側にはそういう心構えがあったんですね。

篠宮さん
そうですね。

もちろんお仕事なので真剣にやっていますが、いい意味で力を抜いた状態でやらせてもらっているというか。

変に前に出るとかは考えず、ファン目線で楽しみつつも、いろんな人に作品の良さを伝えることを第1に考えています。

「鬱」の字の動画で、今まさに4回目のチャンスが到来(笑)。そう考えると、結局は続けたもの勝ちなのかな


(『仮面ライダーエグゼイド』の檀黎斗役・岩永徹也さんを意識したカット)
岩永徹也さんの記事はコチラから!
「黎斗は、誰からも理解されなくていい」―俳優・岩永徹也から学ぶ、地図のない道の歩き方

―これからの展望を教えてください。

篠宮さん
とにかく売れたいですね。

ありがたいことに芸人のお仕事や特撮関連のお仕事もたくさんいただけていますが、自分の中での「売れる」ラインにはまだまだ遠いのが現状です。

最近「鬱」という字を簡単に書く方法を解説した動画がバズったんですが、このチャンスをなんとかものにできればいいなと。


※今年10月『漢字「鬱」の覚え方』という動画が3.7万RT、11.7万いいねを記録。

―最後に読者の方へメッセージをいただけますか?

篠宮さん
「どんな若手芸人でも、必ずチャンスが3回はやってくる」という言葉が、若い時からずっと心に残っています。

その言葉を信じて、良い時も悪い時も、目の前の仕事に真摯に向き合ってきたからこそ今があるんだと思っています。

先程アルバイト生活の話の時に「なぜ就職しなかったのか」と聞かれましたが、この言葉に支えられてたことも理由の1つかもしれません。

ちなみに「鬱」の字の動画で、今まさに僕は4回目のチャンスを迎えようとしています(笑)。そう考えると、結局は続けたもの勝ちなのかな、とも思えます。

生活のために本意ではない仕事をすることがあっても、少しずつでも真面目にやりたいと思う仕事を続けていければ、必ずチャンスはやってくる。

そう信じて、自分にとって大切な仕事・職業に挑戦してみればいいんじゃないかなと思います。

取材・文・撮影=内藤 祐介

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