“1人ではできないことがたくさんあるからこそ、私の役割は、この「冷蔵庫プロジェクト」の意義や価値を、誰よりも大きな声で伝え続けること――”。
そう語るのは、学生起業家の本嶋向日葵さん。
本嶋さんはフィリピンを始めとする途上国において、自宅の玄関先で飲料や食料品、日用品を販売する小規模ストアの開業を支援する事業「冷蔵庫プロジェクト」を立案。
同企画は、2022年に開催された日本政策金融公庫主催、第10回「高校生ビジネスプラン・グランプリ」で見事グランプリを獲得し、現在も店舗の運営を続けています。
未経験での起業、本分は学生――。経験、資金などあらゆることが足りない中で、本嶋さんはどのようにして「冷蔵庫プロジェクト」を形にしていったのでしょうか。
後編では、店舗を運営して1年が経ち、課題に感じるもの、そして起業家に最も必要なことについて、お話を伺いました。
<前編はこちらから>
学生起業家・本嶋向日葵さんは、なぜフィリピンで事業を立ち上げたのか【前編】
本嶋向日葵さん
起業家/取材時は高校生(23年4月現役大学生)
日本人の父、フィリピン人の母を持つ。
フィリピン生まれの日本育ちで、母親のルーツであるフィリピンを幼い頃から身近に感じ、高校在学中には9カ月間の留学を経験。
やがてフィリピンの貧困に強い問題意識を持つようになり「冷蔵庫プロジェクト」を企画。
お年玉でもらった3万円を軍資金に、2022年4月からフィリピンにて事業をスタート。2023年4月現在も、事業は継続中。
2022年に開催された日本政策金融公庫主催、第10回「高校生ビジネスプラン・グランプリ」では、本嶋さんの企画立案した「冷蔵庫プロジェクト」が、栄えあるグランプリを受賞する。
2023年3月、東京都立晴海総合高等学校を卒業し、4月から都内の大学へと進学。
本嶋さんが運営している事業。
発展途上国の貧困層の女性を対象に、冷蔵庫と少額の仕入れ資金を貸与し、ドリンクや食料品、日用品などを揃えた小規模ストアの開業・運営をサポートする。 7年後までに1000店舗を目標に、フランチャイズによる事業展開を検討中。
第10回「高校生ビジネスプラン・グランプリ」(※1)でのプランタイトルは「途上国の貧困を日本の知恵で救え 冷蔵庫プロジェクト JAPAN」(※2)。
※1:以下、本稿では「高校生ビジネスプラン・グランプリ」と呼称
※2:以下、本稿では「冷蔵庫プロジェクト」と呼称
経験も資金も“ないない尽くし”の「冷蔵庫プロジェクト」を、本嶋さんはどうやって形にした?
――前編では「冷蔵庫プロジェクト」という事業が生まれた背景や動機について、お話を伺いました。後編では「冷蔵庫プロジェクト」を具体的にどう形にしていったのか、というお話から伺わせてください。

「冷蔵庫プロジェクト」の1店舗目を開業してから約1年、プロジェクトの立ち上げから数えると1年半ほど経ちます。
起業は当然初めての経験でしたし、社会人経験も豊富な資金もノウハウもなかった私が、事業を立ち上げてここまで運営できたのは、本当にたくさんの方に支えていただき、応援していただいたからなんです。
そもそも「冷蔵庫プロジェクト」の企画は、私が高校2年の夏(2021年7月)に、フィリピン留学を終えて帰国する頃には、ある程度原型が固まっていました。
というのもサリサリストア(※)は、フィリピンでは非常に一般的な小売店ということもあり、現地でその様子を見て着想を得ていたので。
問題は、それをどう形に起こしていくかという点でした。
そこでまず、東京都主催の高校生向けの起業家プログラム「起業スタートダッシュ」にエントリーすることにしたんです。
※サリサリストア……家の玄関先くらいの小さなスペースで、水やジュースといった飲料水やスナック菓子、日用品などを少額で販売する個人商店。フィリピンにおける小規模なコンビニエンスストア的存在。
https://kstartdash.metro.tokyo.lg.jp/

「起業スタートダッシュ」では、起業に必要な知識やスキルをはじめ、実際に事業の企画を実現化するまでの手順を、メンターさんや専門の講師から丁寧に教えていただけます。
本来は事業計画書の書き方やマネタイズの方法など、時間をかけて密に企画を固め、ようやく実際に事業を動かす、という流れがオーソドックスなのですが……。
私は早く「冷蔵庫プロジェクト」を実際に動かしてみたくて、かなり早い段階から自分で事業を始めてしまいました(笑)。
そして都度、困ったことがあると「起業スタートダッシュ」のメンターさんに相談に乗っていただくなどして、事業を動かしながら学んでいきました。
――「万全の準備をしてから起業する」のではなく「起業しながら学んでいった」と。

そうですね。その方が、事業で上手くいかなかったことの反省が身にしみて理解できますし、学びも多いと感じていました。
私の場合はその方法が向いていたのかもしれません。
メンターさんからは「どの時間帯にどんなお客さんが店に来て、どんな商品が売れるか」というデータを取り、分析するようアドバイスをいただきました。
いただいたアドバイスを元に、現地のスタッフと連絡を取り合い、課題を解決するといったトライアンドエラーを続けて、現在に至ります。
国民性と貧困の関係、1年間店舗を経営して見えてきた課題
――走りながら改善改良を重ねてきた「冷蔵庫プロジェクト」。1年間店舗を経営して、課題に感じるのはどんなところでしょうか?

あらゆる点において正直現在も課題だらけなので、挙げるのが難しいのですが……。
端的に言うなら1つ、乗り越えなければならない大きな課題があります。
それは「フィリピンの国民性」です。
――国民性、ですか?

はい。日本には日本人の国民性があるように、フィリピンにはフィリピン人の国民性が存在します。
誤解がないよう先に断っておきますが、これは日本とフィリピンを比べて「国民性に優劣があるという話」ではありません。
その上で、私が感じたフィリピンの国民性の一例をお話します。
以前起きた事例ですと、冷蔵庫が壊れたのでドリンクの販売を休止していたことがありました。
でも冷蔵庫が壊れてしまったことを黙っていて、私に言わなかったんです。収支を見てすぐに気がついたから良かったのですが……。
ちなみに冷蔵庫を直さない理由は「修理代が高そうだから」だそうです。
転んだら立ち上がって再び走ればよいのですが、転んだことが恥ずかしいので、そのまま立ち止まってしまって走らない。
その結果、売上が落ちて店を閉めてしまうんです。
――なるほど……。ここにも貧困の連鎖の弊害が現れてしまっているんですね。

さらにフィリピンでは「その日暮らし」をするという考え方が長く定着しすぎてしまっているためか、「最低限の生活ができるレベルのお金を稼いでしまうと、それ以上仕事に対して意欲が湧かない」という特徴もあります。
小売店ビジネスの基本は、店舗を拡大し売り上げを伸ばすこと。
備えあれば憂いなし。つまり、長期スパンで物事を考えることを理解してもらう必要があるのです。
現在「冷蔵庫プロジェクト」の2店舗目の開業を目指しているのですが、そういった事情もあり、なかなかいい人材が見つからずにいます。
――「もっと豊かになりたい」という気持ちよりも「まぁ最低限暮らせるだけのお金があるから、こんなもんでいいか」の気持ちが勝ってしまう、と……。

この点も、貧困の連鎖の弊害があるのではないかと思います。
繰り返しになりますが、フィリピンの人たちそのものが悪いというわけでは、決してありません。
ですが、フィリピンで続く貧困の連鎖によって、人々の機運が「貧しいままでも生きていられさえすればそれでいい」という、あまりいい意味ではない“現状維持”に傾いてしまっており、それが貧困層の人々に現れてしまっているんです。
人の力も積極的に借りて、今できることを一歩ずつ。その先に叶えたい世界があると信じて
――フィリピンに限らず日本でも、例えばフランチャイズビジネスなどでは、店舗を運営するスタッフのモチベーションやマインドは、健全な経営を続けるためには欠かせないものですよね。本嶋さんはこの課題をどのような手段で解決しようと考えているのでしょうか?

2つの手段を考えています。
今お話ししたのは、あくまでフィリピンの貧困層における商習慣の雰囲気についてのお話です。
“現状維持”の気運がある一方で、中にはいくつも店舗を経営し、成功している方もいらっしゃいます。
1つ目の手段は、その成功者たちがどういうモチベーションで仕事をされているのか、実際に話を聞きに行って、成功された方々の特徴をとにかく分析することを考えています。
――成功者のサンプルを見つけ、話を聞いて分析する。調べる価値がありそうですね。もう1つはなんでしょう?

もう1つのやり方は、成功者の分析結果から、そこに近い人物を自分の力を使って探し出すことです。
とてもアナログで愚直なやり方ですが、結局これしかないと思います。
1店舗目は、私のお年玉3万円を開業資金として貸与しましたが、これは私にとっても現地のスタッフにとっても、決して少なくない金額です(マニラ首都圏の実質最低賃金は日本で月収3万円程度)。
冷蔵庫と開業資金を貸し出すからには、ちゃんとその資金を回収し、売り上げを立てたいという向上心のある、信頼できる方に2店舗目をお願いしたいと考えています。
現在、私の弟がフィリピンに留学中なので、成功者の分析と2店舗目のスタッフ探しを手伝ってもらっています。大学では留学の機会もあるので、自分でもフィリピンに出向き、スタッフ探しもするつもりです。
――弟さんにも協力を仰いで、2店舗目の人材を探しているんですね。現在営業中の1店舗目のスタッフの方はもちろん「起業スタートダッシュ」のメンターさんもそうですが、人の力を借りながら今、自分のできることに全力で取り組む。それが本嶋さんのフィロソフィーなんですね。

株式会社タイミーの小川社長は「社長の仕事は、自分の思いを伝え続けること」だと、お話されていました。
私は起業家としてまだまだ駆け出しで、偉そうなことは言えませんが、小川さんのおっしゃる通り、起業は人の力なしには成り立ちません。
1人ではできないことがたくさんあるからこそ、私の役割は、この「冷蔵庫プロジェクト」の意義や価値を、誰よりも大きな声で伝え続けることだなと。
そう信じて、自分なりにがむしゃらに走り続けてきた結果、ありがたいことにこの1年間、さまざまな方に応援していただく機会に恵まれました。
「冷蔵庫プロジェクト」では、7年後に1000店舗の拡大を目指しています。この目標に到達するには、さらにたくさんの人の力が必要不可欠です。
今はまだ遥か遠くの目標に思えますが、これからも一歩ずつ、今できることに全力で向き合っていきたいと思います。
フィリピンで世代を超えて続く貧困の連鎖を断ち切るための、1つのきっかけになれるよう、これからも頑張っていきたいです。
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本嶋さんは、フィリピンで貧困の連鎖を解消するため、冷蔵庫プロジェクトのフランチャイズ展開を見据えている。ただ、店舗運営に必要なノウハウ等はこれから身につける必要がある。そこで、本嶋さんはさっそく行動した。コンビニ業界最大手のセブン-イレブンへのヒアリングだ。本嶋さんから強い要望を受けた日本政策金融公庫東京創業支援センターがセブン-イレブンへ一緒に訪問する機会を設定、3/31にセブン-イレブン本社の方に話を聞くことができた。本嶋さんは、グランプリ受賞プランをプレゼン、また、商品の選定方法、マニュアルの作成方法、採用で重視しているポイントなどについて意見交換を行った。確かな自信を得ると同時に、自身に不足している点を学ぶことができた。
本嶋さんは、自身の想いの実現に向け、学びながら事業へと活かしている。彼女の高い志が周りを巻き込み、人をも動かしている。本嶋さんの今後にますます注目したい。
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取材・文・インタビューカット撮影=内藤 祐介