自分を変える。
ダイエットに転職活動。そして独立・起業も、今までの自分から少なからずの「変化」を求められていると言えるでしょう。
今回お話を伺ったのは、プロゲーマーのkeptさん。
現在は任天堂株式会社が発売する人気ゲームタイトル『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』のプロ選手として活躍するkeptさん。しかし独立をする前は、一般企業に勤める一会社員でした。
今回はそんなkeptさんが独立をするまで、そして独立してから感じた仕事への意識の変化について伺いました。自分を変えるために必要なこととは、一体なんでしょうか。
keptさん
プロゲーマー/ストリーマー
Rush Gaming所属。
大学時代より、任天堂株式会社が発売する人気ゲームタイトル『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの大会・オフ会に出場するようになる。
大学卒業後は就職をするも、2018年にアメリカ・ラスベガスにて開催された大会「EVO 2018」への出場をきっかけに、独立を意識。
2019年6月にプロゲーマーとして独立。現在は競技はもちろん、配信も行うなど、ゲームを軸としたさまざまな活動を展開中。
「僕だけ明日から仕事か」と、思ってしまった。独立を決めた、ラスベガスから帰り道
――現在『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』(以下『スマブラ』)のプロ選手として活躍されているkeptさん。現在に至るまでの経緯を伺いたいのですが、まずはkeptさんと『スマブラ』シリーズとの出合いを教えてください。
小学校低学年の頃に、『スマブラ』シリーズ1作目の『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』(1999年発売)を、5歳上の兄の影響でプレイし始めたのがきっかけだったと思います。
こどもの頃は今のように大会に出ていたわけじゃないですけど、歳の離れた兄に鍛えられたおかげで、同級生とプレーしても負け知らずでした(笑)。
大会やオフ会に参加するようになったのは、『スマブラ』シリーズ4作目の『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U』(2014年発売)からですね。
その頃は僕ももう大学生だったので、いろいろな大会に出場させてもらいました。でも当時はまだプロとしてお金を稼いでいく、という感じでもなくて。
大学卒業後は普通に就職をしたんです。
――就職はゲーム系の会社に?
いえ、ゲームとは全く関係のない会社に入りました。
就職先は、大学で行われた初めての合同説明会で、1番最初に説明を受けた会社でした。
大手企業系の会社でとても安定していましたし、福利厚生や休暇も充実していたことが、就職を決めた大きな要因でした。
業務内容は、主に社内SE(システムエンジニア)を担当していたのですが……。興味があって始めた仕事でもありませんでしたし、あまり仕事に打ち込む感じではなかったんですよね。
もちろん決められた仕事をこなしていけば、給与は上がっていきますし、休みや充実していたので、働きやすい環境であることに間違いはなかったのですが。
だからと言って、やりがいがあるかと言われるとそうでもなく。そんな生活を数年続けていく中、転機となった出来事があったんです。
――転機、ですか?
2018年にアメリカ・ラスベガスで行われた「EVO」というeスポーツの大会に、出場したんです。
僕にとって初めての海外大会への参加だったのですが、まさに「人生が変わった」出来事でした。
日本と比べ物にならないくらいの予算に設備。そして現地のファンの熱狂……。
その頃にはすでにeスポーツブームは、日本でも起こり始めていましたが、やはりアメリカでの盛り上がりはそれ以上でした。
僕はその大会でこそ結果は残せなかったのですが、日本では味わったことのないような、興奮を覚えたんです。
「絶対にまたこの舞台に立ちたい!」という決意と高揚感を胸に、帰国した僕を待ち受けていたのは、いつもの職場、そしていつもの日常。
世界中のライバルたちは大会後、自分の腕を上げるためにすぐに自己研鑽をスタートしている中、「僕だけ明日から仕事か」と、思ってしまった。
海外での大きな大会で、より良い結果を残したい。その一心でプロゲーマーとして独立できるだけの力をつけようと決意し、2019年に独立したんです。
能動的選択をしたからこそ、“前のめり”に仕事ができている。
――現在のお仕事について教えてください。
『スマブラ』を軸に、さまざまな活動をしています。
選手としては主に『スマブラ』のプロゲーマーとして大会に出場すること。そしてストリーマーとしては、動画等で情報発信活動を行っていますね。
――独立してから2年が経ちますが、独立してから何か変わったことはありますか?
会社員時代と比べると、仕事に対する意識が大きく変わったと思います。
会社の業務は、その構造上「誰がやっても替えがきく」ようにしなければなりません(仕事によっては、結果的に属人的になっている・なってしまっている場合もよく目にしますが)。
加えて給与も固定なので、言い方を悪くすると「いかに効率的にサボるか」を考えて働く人は一定数存在します。
しかしフリーランスは違います。自分のプレーの出来不出来によって成績は(ひいては収入も)大きく変わりますし、動画なら価値のある情報を提供できているかどうかで、数字の伸び方が変わってくる。
良くも悪くも自分に結果が返ってきますし、何より「僕ならではの価値創造」に対して全てが決まります。会社員時代と比べて、仕事に対して“前のめり”に取り組むようになりました。
――仕事に対して“前のめり”になるために、必要なことはなんでしょう?
自分が「コレだ!」と思えるものを見つけて、能動的になれるかどうかじゃないですかね。
振り返ると、僕も「EVO」で刺激を受けるまでは、あまり能動的な選択を取ってこなかったんですよね。
就職先も、合同説明会で見つけて合格した会社を選びましたし。もっと遡ると、大学の専攻も「受かりやすそうだから」という理由で選びました。
いずれも、特別「コレがやりたい!」と思って入った環境ではなくて。
もちろん会社員時代や学生時代が、僕にとって全くの無駄だったとは思いません。しかし「コレだ!」と選んで身を置いている、今の仕事や環境に比べてしまうと熱量が違います。
だから“前のめり”になれているんですよね。
“居心地の良い場所”から抜け出す勇気。自分を変えるために必要なこと
――「コレだ!」と思うことを見つけられたらいいのですが……なかなか出会えないという人もいますよね。
たしかにそうですよね。そういう人に手取り早くおすすめなのは、もうざっくりと環境を変えてしまうことですね。
まだ「コレだ!」と思えるものがなかったとしても、とにかく先に今いる環境を変えてみる。なぜなら環境、すなわち「自分を取り巻く人たちから受ける影響」は、めちゃくちゃ大きいと思うんですよ。
――どういうことでしょう?
僕の話で恐縮なんですが、僕にとっての人間関係は「高校時代で完結していた節」があって。
大学から社会人時代へと時間が経っても、なんだかんだつるむのは、いつも高校時代の友達ばかり。
いつも一緒にいるくらいなので居心地も良かったのですが、その反面、当時の僕らにはやりたいことや夢とか、そういうのはなくて。
そしていつしか「やりたいことがない人たち」が集まって、ただそれを共感し合うだけになってしまっていたんです。
――居心地が良い場所。裏を返せばそれは、変化が起こりづらい場所とも言えますね。
ええ。「EVO」をきっかけに僕は大きく変わりましたが、あくまで「EVO」そのものはきっかけに過ぎません。
なぜならずっと、今の自分の生き方に疑問を持っていたからです。
「生活に不自由もないし、仲良い友達に囲まれているけど……なんだかこのままでいいのかな?」と。
そんな僕に訪れたきっかけがたまたま「EVO」だった。加えてあばだんご(※)といった、第一線で戦うプロプレイヤーの活躍が眩しく見えた。
そしていつしか自分も「こうなりたい!」と思えるようになって、本格的に行動を始めた。
※『スマブラ』シリーズのプロゲーマー。
――keptさんを取り巻く環境が、高校時代の友人から、プロゲーマーたちに変わっていったんですね。
別に高校時代の友達と縁を切ったとか、そういう話じゃないですよ。今では「プロゲーマーの僕」が当たり前になっていますし、応援もしてくれています。
もちろん最初こそ「あいつなんか最近付き合い悪いな」とか、思われていたかもしれませんが(笑)。
居心地がいい環境の中で、何か新しいことに挑戦しようとすると、たいてい疎まれるんですよ。「会社辞めて独立するわ」とか「プロゲーマーになるわ」とか。
若いうちは特に、友人付き合いも職場の環境も「居心地の良い場所を壊してしまう」ことに対してのリスクに目がいってしまうのは、それはそれで仕方のないことなんですけど。
どうにかしなきゃいけない状況になったら、どうにかする・どうにかなるでしょうし。こうして振り返ると、やっぱりあの時、プロゲーマーになるための行動を起こしていて良かったなと思います。
――最後に、今後の展望について聞かせてください。
選手としては、コロナ禍が明けたら、S tier(※)の海外大会に出場して、ベスト8を狙っていきたいですね。来るべきその時のために、自己研鑽を積んでいきたいです。
一方で配信活動も好きなので、配信者としてはこれからも数多くの動画配信をしていきたいですね。
もっと未来の話をすると、プロゲーマーという職業は、日本ではまだジャンルが確立されて数年しか経っていません。
最前線にいる僕らでさえ、今後どうなっていくのかは分かりませんし、もしかするとまた会社員に戻ることだってあるかもしれません。
だからこそ、フリーランスになった今しかできないことを、もっとやっていきたいなと思っています。
具体的には、全国各地を回ってその土地の強い『スマブラ』のプレイヤーと対戦する、道場破りみたいなものをやれたらなと。その様子を動画に撮っても面白いかもしれませんね。
未来を作っていくためにも、今しかできないことにこれからも挑戦していけたらと思っています。
※tier=大会のランクのこと。S tierの大会には、世界最上位の選手たちが集まる。
取材・文・撮影=内藤 祐介