こどもの将来の夢で毎年上位にランクインする、プロサッカー選手という職業。
今も昔もこどもに人気のスポーツであり、多くのこどもにとって憧れの職業と言えるでしょう。
今回お話を伺ったのは、島村麗乃さん。
島村さんは20年間サッカーに打ち込み、スペインのプロリーグでデビュー。帰国後はFC琉球にてプレーし引退。現在はボディメイクトレーナーとして活躍されています。
一見すると「サッカー選手の夢を叶え、トレーナーというセカンドキャリアを選んだ」ように見える島村さんのキャリア。
しかし島村さんは「小さい頃からずっとサッカーが好きではなかった」と語ります。一体何故でしょうか? 今回は島村さんの波乱のサッカー人生から、トレーナーという職業に至るまでを伺いました。
島村麗乃さん
ボディメイクトレーナー
20年間サッカーに打ち込み、Jリーガーとして活躍。プロサッカー選手引退後は、RIZAP株式会社に就職。
2017年よりフリーのトレーナーとして独立。一般社団法人JATA(ジャパンアスリートトレーナー協会)の代表理事を務める。
自身もトレーナーとして活動する傍ら、トレーナーの育成にも力を入れている。
近年ではトレーナー業以外にも、SNSの活用やフィットネスモデルとしても活動中。
プロサッカー選手になるためにスペインに渡るも、詐欺に……!? 波乱のサッカー人生
——現在はボディメイクトレーナーとして活躍されている島村さん。トレーナー業の前はJリーガーだったと伺いました。
そうですね。小さい頃から大学までサッカー漬けで、かれこれ20年くらいサッカーをしていました。
元Jリーガーといいますが、実は僕、最初からJリーグでプレーしていたわけではないんです。
プロのサッカー選手としてプレーするようになったのは、実はスペインのチームにいた時からなんですよ。
——日本のJリーグではなく、スペインのチームに?
はい。順を追って話します。
小さい頃からずっとサッカーをやり続けて大学まで行ったんですが、通っていた大学が強豪校だったということもあり、なかなかレギュラーメンバーになれなくて。
そこで大学2年の時にスペインで挑戦させてもらう機会があって、思い切って飛び込んでみたんです。
まぁ実はそれがほぼ詐欺みたいな話だったんですが(笑)。
——詐欺ですか!?
はい。「サッカーで世界に挑戦したい人」を応援するオーディションが開催されて、そこにエントリーしてみたんです。
10000人くらいの応募者の中で11人に選んでいただいたのですが、そこで近づいてきた代理人に「スペインのプロチームとつながりがあるから、向こうに行ってみないか」と誘われて。
それで僕自身もまぁまぁなお金を払ってスペインに行ってみたんですが、これがびっくり、プロチームとのつながりなんて全然なくて!
ちなみにそのオーディションの名誉のために言っておきますが、そのオーディション自体が詐欺、というわけではありませんよ(笑)。
——なるほど……。それは気の毒でしたね。
とはいえスペインに来た以上、ただ「だまされた〜」と帰るわけにも行かず……。
とりあえず辞書とノートとペンを持って、その辺りでサッカーをして遊んでいる地元のこどもたちと仲良くなってみたんです。
そこでこどもたちと仲良くなって「どこかにサッカーチームってないかな?」と聞いて回ってみると、いくつかチームを教えてもらえて。
今度はそのチームに足を運んで、道場破りみたいな形で練習に参加させてもらいました。
スペインは日本と違い、正規のセレクションだけではなく、そういった道場破りみたいなことも受け入れてくれる文化があるんです。
ただ「使えれば契約」か「下手なら即刻クビ」という日本以上に実力にはシビアなんですけどね。
——大方世間一般の人が考える「プロサッカー選手」のデビュー譚として、全く想像できないことだらけなのですが……。
そうかもしれません(笑)。結構、泥臭いですよ。
ようやく拾ってもらったところが、6部リーグ(※)のチームで。そこから試合に出て点を決めて……と活躍して、4部リーグ、そして3部リーグのチームに声をかけてもらいました。
3部リーグのチームに入った時に、ようやく給与がもらえ始めたので、そこからがプロサッカー選手としてのキャリアのスタートですね。
※スペインのサッカーのリーグ構成。ちなみに日本のプロリーグはJ1からJ3まで。
——その後はずっとスペインでサッカーを?
いえ。3部リーグのチームに入ってすぐ、ビザの関係で日本に帰らなければいけなくなりました。帰国後、かつて小学校の時にお世話になった人が沖縄に呼んでくれて。FC琉球に所属することになったんです。
でもケガも多く、1年で引退せざるを得なくなり。そこでサッカー人生にピリオドを打ちました。
本当はサッカーなんて好きじゃなかった。島村さんがボディメイクトレーナーをセカンドキャリアに選んだ理由
——そこからRIZAPグループ株式会社(以下、RIZAP)に入社し、ボディメイクトレーナーとしてセカンドキャリアを歩み始めたそうですね。
はい。ですがそれまでにいろいろあって……。引退してしばらくは、定職にはつかずに過ごしていました。
バイトも始めてみたのですが、なにぶんこれまでサッカーしかやってこなかったので何をやっていいのかも分からず。
——やはりサッカーへの未練が?
いえ、逆です。実は小さい頃からずっとサッカーが嫌いでした。
——サッカーのプロ選手になったのにも関わらず、ですか?
はい。というのも親がサッカーに対して熱心すぎるというか、過干渉なところがあって。
小学校3年生くらいの時には、もはや僕はサッカーが好きじゃなくなってしまって。なんなら毎日「死にたい」と思うくらい。
それでもやめられなかったのは……親への使命感ですね。僕と同じようにサッカーをやっていた兄が高校でやめてから、その期待を一身に受けたような気がして。
スペインでだまされた時も、詐欺だと分かった時点で普通は日本に帰ってくるじゃないですか。
でも当時の僕にとっては「スペインまで来て何も実績を積まずには帰れない……!」という親に対する思いが先行してしまって。それで死に物狂いでがんばったんです。
——島村さんと話していると「プロのサッカー選手」という固定観念がどんどん崩れていきます。まさかサッカーが好きじゃなかったとは……。
僕のケースはかなり特殊だとは思いますけどね(笑)。
そんな風に親の顔色ばかり見ていた僕の、人生で初めてした反抗が「サッカーをやめること」だった。
ケガもあって思うように活動できなかったこともありますが、正直いろんな意味で限界だったのかもしれません。
とはいえやめたはいいものの、サッカーしかしてこなかった僕にとって「自分のやりたいこと」なんてそう簡単に見つかるはずもなく。だから毎日ずっと天井を見て過ごしていたんです(笑)。
——その状況をどう打破したのでしょうか?
きっかけは沖縄時代に仲良くなった友達が、東京に遊びに来た時のことでした。
彼は沖縄でデザイナーとして働いているのですが、その時、彼が何気なく言った「好きなこと以外で仕事を選ぶなんて、ありえない」という一言が、強烈に僕の中に残っていて。
「そうか。そうだよな」と。
その時に自分の中の視野が少し広がったような気がしました。
——親の期待に応えるためにサッカー人生を送ってきた島村さんにとって「好きなことを仕事する」という価値観は、とても新鮮だったのですね。
はい。彼と遊んでからは少しずつ自分の視野を広げるために、いろんな人と積極的に会うようになって。
その時に学生時代のサッカーの先輩だった方と久しぶりに会ってみたら、その方がRIZAPの研修担当をされていて。
その先輩とのご縁と、元々体を動かすのが好きだったことからRIZAPに入社しました。
——そこからボディメイクトレーナーとしてのキャリアが始まり、独立して今に至ると。
そうですね。でも会社員になったばかりの頃は、独立を考えてはいなかったんですよ。
当時僕のレッスンに通ってくださっていた方の中に経営者の方がいらっしゃって、その方とレッスン中によくお仕事の話をしていたんです。
僕の親も会社員ですし、サッカー時代もチームで動いていて当時も会社に勤めていました。周りに独立している人がいなかったので、正直なところ僕も最初は「独立はちょっとなぁ……」と思っていました。
けどレッスンを重ねてその方と話していくうちに、だんだん「自分がやるとしたら……」と考え始めて、気がついたら「よし、やるか」となっていたんです(笑)。
自分がやりたいことが分からないなら、徹底的に視野を広げ続ける
——経営者の方に強い影響を受けて、独立を決意したのですね。独立してからはどうでしたか?
大変なこともありますが、やはり楽しいですよね。トレーナーという仕事は会社員時代からやっていますが、目の前のお客さまに喜んでいただけるのが1番嬉しいです。
トレーニングを経て成功体験を積み重ねて、それを共有できる仕事って、なかなかないと思うんです。これからもこの仕事を続けていきたいですね。
——島村さんの今後の展望を教えてください。
トレーナーの傍ら、一般社団法人JATA(ジャパンアスリートトレーナー協会)という団体を作っています。
こちらは昔の僕みたいにスポーツ(もしくはそれ以外のこと)に打ち込んでいた人が、新たにトレーナーとして資格を取って働ける場所を作りたいと思い、設立しました。
スポーツをやっていた人って、エネルギーを持っている人が非常に多いんです。だからこそ、スポーツをやっている(もしくはやっていた)人でビジネス感覚がある人を育てたいなと。そういった仕組み作りも今後は注力していきたいですね。
——最後に、読者の方へメッセージをどうぞ。
独立・起業、もしくは転職において「自分が何をしたらいいのかが分からない」というところで悩む人は少なくないと思います。
僕自身もサッカーを引退したばかりの頃は、いろいろ思うところがありました。
でもその答えは自分の中にしかない。そしてその答えを探すには、新しい人やこと、モノと出会って自分の中から引っ張り出すしかないんですよね。
新しいことやモノに触れたり、初めましての人と会うのってめんどくさいじゃないですか。でもそのめんどくささの先に、価値観が広がるモノがあるんじゃないかなと。
人間は意図して外に出ないと、ずっと自分にとっての快適領域の中にしかいません。そこを理解して、一歩踏み出すことが独立・起業のファーストステップになるのではないでしょうか。
取材・文・撮影=内藤 祐介