既存の事業を買収し、さらなる成長を目指していくのが“個人M&A”です。近年の副業ブームもあり、“経営者が現場に立たなくてもいいビジネス”での“個人M&A”を目指している人は増えつつあります。
本記事では“個人M&A”に必要な資金、おすすめの業界・業種などをわかりやすく解説します。“個人M&A”を成功させるコツやメリット・デメリットも紹介します。
よくわかる!“個人M&A”のポイント
ビジネスシーンでよく耳にするM&Aとは「Mergers & Acquisitions」の略称で「合併と買収」を意味します。M&Aでは買収や合併によって、事業の経営権が売却側から買収側へ引き継がれます。
小規模なM&Aは“スモールM&A”とも呼ばれ、近年の副業ブームもあり、個人でM&Aをする人も増えました。ある程度、成長した事業を買収し、既存の従業員に現場を回してもらえば、自分の時間や労力をあまりかけずにビジネスを始められるからです。
しかし、会社や事業を買収するM&Aは、ほかの副業に比べて難しく、複雑に感じるでしょう。“個人M&A”について理解するため、取引額や対象となる業界・業種を紹介します。
“個人M&A”の取引額は?
“個人M&A”の取引額は300万円~500万円が一般的といわれています。中には100万円以下の案件や、1億円程度の案件を買収するケースもあるようです。一般的に小規模な事業の場合は取引額も低く、買収しやすく感じられるでしょう。
個人で行う以上、資金力には限界があります。買収後の運転資金も考え、自分に合った規模の案件を選びましょう。
対象となる業界・業種は?
“個人M&A”の対象となる業界・業種には、次のようなものが挙げられます。
いずれも個人で営業できる範囲の小規模で行える事業といえます。中でも飲食業やサービス業などの『比較的、高度な専門知識が求められない業種』は、引き継ぎやすいでしょう。
経営者の高齢化も社会問題に
2025年までに70歳以上の経営者が約245万人にものぼり、うち約半分の127万人(日本企業全体の1/3)が後継者未定であるとされています。日本政府としても「中小企業・小規模事業者の事業承継は喫緊の課題」であると公表しています。
今後も、より小規模な売却希望の事業が増えていくことが予想されます。
参照:中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題|中小企業庁
※リンクの遷移先はPDFです。ダウンロードに大量の通信費がかかる可能性があります
“個人M&A”案件の探し方
個人が企業と同じ感覚・方法でM&A案件を探すのは、おすすめできません。資金力に限りのある個人が企業と同等の手段で案件を探すと、案件探しに時間がかかったり、かけたコストに対する効果が低くなったりするからです。
“個人M&A”案件の探し方を3つ紹介し、それぞれの注意点について解説します。
マッチングサイト
個人がM&A案件を探す最も一般的な方法は、マッチングサイトを使うことでしょう。M&Aマッチングサイトには小規模案件もたくさん掲載されており、仲介会社を使うより手数料も抑えられます。
ただ、マッチングサイトはほかの方法に比べ、サポートが手薄になりやすい傾向にあります。アドバイザーに依頼するだけでなく、M&Aについて自分でも積極的に勉強し知識をつけて判断できるようにします。数多くのM&A案件から、本当に自分に合った案件を探しましょう。
M&A仲介会社
個人でもM&A仲介会社を利用することはできます。良いM&A仲介会社を選べば、資金力や希望条件に合った案件を、スムーズに見つけられるでしょう。M&Aに関する専門的なサポートを受けることもできます。
ただ、取引額が少額になる“個人M&A”や“スモールM&A”に積極的な仲介会社はそう多くありません。M&A仲介会社を利用すると、仲介手数料が高額になるため、個人で挑戦できるような少額の案件には向いていないのです。
事業承継・引継ぎ支援センター
“個人M&A”では、独立行政法人中小企業基盤整備機構が運営する「事業承継・引継ぎ支援センター」を利用するのもおすすめです。ほかの方法と異なり手数料がかからない点や事業承継を目的としているため、元金融機関勤務者や士業など専門知識のあるプロによる親身な支援が期待できる点が、おすすめする理由です。
また“個人M&A”を考える場合は「事業承継・引継ぎ支援センター」と商工会議所等の創業支援機関が連携した「後継者人材バンク」の活用がおすすめです。事業承継・引継ぎ支援センターでは、創業希望者(買い手側)、後継者不在の事業者(売り手側)からの相談を受けており、双方のニーズを汲んだマッチングに期待ができます。
日本政策金融公庫も、「事業承継マッチング支援」を行っています。後述する資金調達の方法としても融資を受けられるメリットがあります。
参照:事業継承マッチング支援|日本政策金融公庫
参照:事業承継・引継ぎ支援センター|独立行政法人 中小企業基盤整備機構
“個人M&A”を成功させるコツ
“個人M&A”はそう簡単に成功させられるものではありません。副業として取り組む人も増えていますが、気軽な気持ちで覚悟を決めずに始めてしまうと、失敗して資金や時間だけを失うことになるでしょう。
“個人M&A”を成功させる3つのコツを解説します。
案件は自力で探す
“個人M&A”を成功させる1つ目のコツは“案件は自力で探すものと考えること”です。前述していますが、個人が買収できる額となると、あまり高額にならないことが多いため“個人M&A”に対して、紹介手数料を収益とするM&A仲介会社はあまり積極的ではないでしょう。事業承継・引き継ぎ支援センターを利用すれば手数料をかけず、手厚い支援を受けながら案件を探せますが、オンライン相談は行っておらず、基本的に支援センターで対面での相談となるため、時間がかかってしまいます。
そのため、たいていの場合はマッチングサイトを利用することになるでしょう。良い案件を待っている受け身の姿勢ではなく、自分から積極的に案件を探して比較するなど情報を集めます。自分に合った案件を自力で探すための知識を身に付けることが、成功するための第一歩です。
買収する事業を理解する
“個人M&A”を成功させる2つ目のコツは「買収する事業を理解すること」です。事業を買収するということは、そこから発生する利益だけを得るようなものではありません。自らが経営者となり、事業を引き継ぎ、育てていくのがM&Aです。
市場は今どうなっているのか、事業の収支はどのように把握し、改善すればいいのかを調査します。買収前に徹底的に財務内容や事業内容などを調査することを、デューデリジェンス(買収監査)と呼びます。競合となるサービスについても理解し、買収しようとしている案件に優位性があるかどうかも見極めます。経営に関する知識や買収する事業を回すためのノウハウが必要となります。
既存の従業員を大切にする
“個人M&A”を成功させる3つ目のコツは「既存の従業員を大切にすること」です。精神論のようですが、“個人M&A”において、これほど重要なポイントはないかもしれません。個人で買収できるような中小事業の従業員にとって、経営者が変わることは、働いていく上でも重要事項だからです。
M&Aで買収した事業を上手く推し進めるには、その事業についての“知見”が必要です。この“知見”には“経営に関わるもの”と“現場を回すためのもの”があり、現場を回すための“知見”は既存の従業員が持っています。買収後、従業員には、そのまま働いてもらいたい場合は特に、経営者としてコミュニケーションを怠らないようにしましょう。
現場を回すオペレーションの“知見”がないと、事業は進みません。既存の従業員の声に真摯に耳を傾けることが大切です。経営上、キーマンとなるような主要な社員が離職しないための配慮や、働きやすくなる制度を整えていくと良いでしょう。
“個人M&A”を行うための資金調達方法
“個人M&A”を行うためには、当然ですが資金が必要となります。
事業買収の資金だけではなく、M&Aに関する相談をした専門家への相談費用や、事業を継承した後の当面の運転資金も用意しなければなりません。事業内容や規模によっても異なりますが、半年分くらいの運転資金は確保しておきたいところです。
資金を自己資金のみでまかなえない場合の、資金調達方法を紹介しますが、個人の場合は融資による資金調達が一般的です。
日本政策金融公庫
日本政策金融公庫では事業継承やM&A向けの融資制度を用意しています。日本政策金融公庫は法律や予算で決められた範囲で金融機能を発揮している政策金融機関です。民間の金融機関よりも低金利でお金を借りることができるメリットがあります。
事業承継計画書を用意し、審査に通過すれば利用できます。融資の利率は条件によっても異なります。詳細については、ホームページを参考にしてみてください。
プロパー融資
信用保証協会による保証を受けない融資のことを、一般的にプロパー融資といいます。銀行や信用金庫など、金融機関からの直接的な融資になるため、融資が回収できない貸し倒れの場合のリスクは金融機関が負います。貸し倒れリスクのある個人への融資は難しいと考えられるメガバンクに比べて、信用金庫は比較的利用しやすいこともあるようです。
融資を受けるには、事業計画書を作成し、融資先となる銀行の審査を通過する必要があります。銀行側は、貸し倒れのリスクを防ぐためにも厳しい目で審査を行うことが多いです。
ビジネスローン
銀行や信用金庫に比べて一般的に、審査に通過しやすく融資までのスピードの速さが魅力的なのが、ビジネスローンです。しかし、銀行や金融機関に比べて金利が高い場合もあるため、利用する場合は計画的に返済プランを考えた上で行いたい方法です。
なお、銀行や信用金庫、クレジットカード会社などでもビジネスローンのサービスが展開されています。
日本政策金融公庫や銀行、ビジネスローンなどが主な資金調達方法ですが、ほかにも家族や友人から融資を受けたり、クラウドファンディングを利用したりする方法もあります。また、資金の用途によっては、助成金や補助金が利用できることもあります。
どちらの場合にもトラブルを招かぬように事業計画や返済計画を明確にし、クラウドファンディングの場合はリターンについても準備を怠らないようにします。
【売却側】“個人M&A”のメリット
売却側が得られる“M&Aで個人に事業を売却するメリット”には、次のようなものがあります。
これらのメリットからわかる通り、売却側にとっての“個人M&A”の目的は、主に“売却による利益”“事業の引き継ぎ”です。事業承継するのであれば、資金力があるに越したことはないのは当然として、事業を受け継ぎ、守っていく姿勢も大切です。
【売却側】“個人M&A”のデメリット
売却側が被る“M&Aで個人に事業を売却するデメリット”には、次のようなものがあります。
たとえ事業を売却しようとしていても、創業者や事業を育ててきた“元経営陣・スタッフ”には、愛着のある事業です。やり方が変わって従業員や取引先に迷惑をかけることはないか、せっかく育てた事業を潰されたり、誤った方向に持っていかれたりしないかと、不安で仕方ないでしょう。
M&Aの際には創業者や従業員、成長を支えてくれた取引先などの“事業への想い”を理解するように心掛けるようにしましょう。
【買収側】“個人M&A”のメリット
“個人M&A”で事業を買収すると、次のようなメリットがあります。
M&Aを行うのが個人であっても法人であっても、M&Aの最大のメリットは“事業の立ち上げや拡大にかかるコストを抑えられる”ことでしょう。既存の事業を買収すれば、ゼロから起業した場合に買収時の事業規模まで拡大するためにかかるはずだった時間や労力がかかりません。
既にある程度、上手くいっているビジネスを買収すれば、その後の事業の成功率も高いでしょう。引き継いだ事業を成長させて、事業を売却し、売却利益を得られる可能性もあります。
また、事業立ち上げまでの時間とコストが不要となる“個人M&A”によって、若い世代や本業に忙しい会社員の副業であっても、経営者として成功するチャンスが得られます。“個人M&A”をする方の中には2事業、3事業と複数事業を行う方も存在しています。
【買収側】“個人M&A”のデメリット
“個人M&A”で事業を買収すると、次のようなメリットがあります。
企業M&Aに比べ、個人で買収できる規模のビジネスは売り上げや利益が低い傾向にあります。また、事業を買収したからといって、必ずしも買収前の経営状況をそのまま引き継げるわけではありません。既存の従業員や取引先からの協力が得られない場合、事業の“知見”が得られないので、計画していた利益を得られないこともあるでしょう。個人でも企業でも、M&Aはゴールではなく、スタート地点でしかありません。
将来的な売り上げだけでなく、負債や簿外債務(帳簿に書かれていない債務)を引き継ぐリスクもあります。買収後に想定外の事業リスクが出てくることがないようにするためにも、デューデリジェンスが重要となるのです。
“個人M&A”で大切なのは、知識と覚悟!勉強や人脈づくりから始めよう
今やM&Aは企業だけでなく、個人でも行える時代です。副業ブームもあり「副業として、経営者の自分があまり現場に立たなくていい事業を買収しよう』と考える人も増えているようです。
しかし、M&Aは新たな事業を始めるためのスタート地点に過ぎません。「とりあえず、買収にかかったお金くらいは回収できるだろう」くらいに考えていると、買収した事業を潰してしまうだけでなく、多額の負債を負うことにもなりかねません。
副業で取り組むとしても、M&Aや買収する事業の内容や市場のことをよく知り、しっかりと準備しておく必要があります。
独立を応援するアントレでは、“個人が会社を買って独立を目指すこと”を目的とした、「事業承継実践プログラム」も行っており、定期的に参加者を募っています。2022年12月には10期生が参加し、それぞれ自分のビジネスを見つけ、事業を成長させるために奮闘中です。興味がある方は、下記の特設ページも覗いてみてください。
アントレ事業承継実践プログラムをチェックする
マイチョイスでは、副業でM&Aは可能かどうかについて解説しています。
また、個人M&Aについて動画で詳しく解説していますので合わせてご確認ください。
<文/北川美智子>