起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第81回・ニンテンドースイッチをいくらで売るか
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
新型コロナウイルスの感染拡大により、あらゆる産業が打撃を受けました。特に大きかったのが外出の自粛による影響です。そのため、街や地域に賑わいを取り戻そうと、需要喚起のための施策として「Go To キャンペーン」が実施されることになったのは、みなさんご存知の通りかと思います。
7月よりすでに始まったのが「Go To Travel キャンペーン」です。旅行業者等を経由して期間中の旅行商品を購入すれば、クーポン等が付与されるというものです。
今後、予定されている「Go To Eat キャンペーン」は、オンライン予約サイト経由で飲食店を予約・来店した場合にポイントが付与されたり、登録飲食店で使える食事券が発行されるキャンペーンです。
同じく、「Go To Event キャンペーン」は、チケット会社経由で音楽コンサートや演劇、美術館や映画館、スポーツイベントなどのチケットを購入した場合に、割引やクーポンの付与が受けられます。
国内需要の再活性化に向けた事業として1兆6,794億円もの予算がとられており、当然、期待も高くなっています。
しかし、すでに実施中の「Go To Travel キャンペーン」については、東京都を除外していたり、そもそもこの時期の実施が適切なのかなど、いろいろな意見が出ていますよね。今後、予定されている他のキャンペーンは、どうなるでしょうか。
それでは解説します!
さて、いろいろと言われている事業ではありますが、私は、これ自体はとても理にかなったものだと考えています。
なぜなら、経済学的な観点から見ると、対象としている旅行、外食、イベントという3つには実は共通点があり、それこそが政府がこの事業にこだわる理由ではないかと想像ができるからです。
その共通点とは、「価格弾力性が大きい」という特徴です。
分かりやすくいうと、価格の変動が需要に大きな影響を与えやすく、値段を下げると、下げた以上にお客が来やすくなる、ということです。
今は所得が減ってしまった人が多いため、「今年は旅行はやめよう」「外食はやめて家で食べよう」という話になってしまっています。
その裏返しとして、「安く行けるなら旅行しよう」「安く食べられるのであれば外食に出かけよう」となる人は、実はとても多いと考えられます。
そのような需要喚起が今こそ必要であり、その時に価格弾力性の大きいこれらの業界は、非常に効果が期待できるというわけですね。
お米の値段が半額になったら…?
実際、価格弾力性は我々の行動に影響を与えています。
「旅行」でいうと、海外旅行の例が分かりやすいはずです。旅行会社のパッケージツアーが増えて、安く海外に行けるようになったことで、昔に比べて海外旅行に行く人の数はものすごく増えましたよね。まさに、値段が下がったことで需要が大きく変化したわけです。
他にも、高級品だったフランス料理を、従来の半額くらいの値段で提供して大ヒットしたのが「俺のフレンチ」です。「安く食べられるなら行ってみよう」と足を運んだ人はかなり多かったはずです。
今回のキャンペーンの対象になっている「映画」も分かりやすいですよね。普段は入場料金1800円の映画が、割引価格で見られる映画の日やレディースデーには、普段よりもたくさんの人が押し寄せます。
このように、価格弾力性が大きいものは、人々の行動を促進します。
一方で、当然ながら世の中には価格弾力性が「小さい」ものもあります。
例えば、「食事全般」は決して大きいとは言えません。仮にお米の価格が半分になったとしても、だからといって倍の分量を食べるわけではないですよね。生活必需品の多くが同じで、値段が大きく下がっても、ただ市場が小さくなるだけなのです。
その点、旅行、外食、イベントといった業界は、価格弾力性が大きいため、値段が下がれば需要も大きくなり、結果として業界も大きくなります。政府がこのキャンペーンにこだわる理由は、そのようなところにあると考えられるわけですね。
「価格弾力性」をキャンペーン企画に生かしてみよう
「Go To キャンペーン」に対する期待値は非常に高いものの、新型コロナウイルスが再び感染拡大を続ける状況の中、今後どうなるかは正直なところ不透明です。
しかし、需要喚起策としては経済学的にも正しいものであるのは間違いありません。うまくこのキャンペーンが機能すれば、打撃を受けた産業に明るい話題を提供することは十分に可能なのです。
今回の事例から学べることは、例えば事業が苦しくなった時などに、価格弾力性に注目して新しい企画を立ち上げることの有効性です。経済学的に理にかなったものであるからこそ、生き残り策のための選択肢として、ぜひ頭の片隅に置いておいてくださいね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「価格弾力性が大きい」でした。ちなみに、Go To キャンペーンはこの3つに加え、「Go To 商店街キャンペーン」も合わせた4つで構成されています。商店街への誘客や購買につながる取り組みを支援するものですが、これは他の3つとはちょっと違うようですね。
構成:志村 江