私たち日本人は、先進国の中でもっとも睡眠時間が短いと言われています。
仕事や子育てなどに追われて毎日忙しく過ごしていると、どうしてもその皺寄せが睡眠にいってしまう……。そんな人も少なくないと思います。
ましてや独立・起業で、特に事業の立ち上げ期となると、より睡眠時間を捻出するのが難しくなってしまうことは、言うまでもありません。
今回お話を伺った坪根理恵さんは、赤ちゃんの夜泣きや寝かしつけ問題を扱うエキスパートである、乳幼児睡眠コンサルタントとして活躍されています。
元は大手銀行で働いていたそうですが、深刻な子どもの夜泣き問題に悩んだ末、独立を選択して現在の事業を立ち上げました。
今回はそんな坪根さんのキャリアと事業とともに、睡眠問題への向き合い方、考え方を伺いました。
坪根理恵さん
imaneru代表/乳幼児睡眠コンサルタント
大学を卒業後、2012年に三菱UFJ銀行に入行。2014年に結婚をして、2017年に第一子を出産。
子どもの夜泣きと寝かしつけに悩まされ、復職後も子育てと仕事の両立に苦労する。
自身の経験から、乳幼児の睡眠や夜泣きについて学び始め、IPHI妊婦と乳幼児の睡眠に関する資格を取得。
第二子出産を経て、子育てと会社員生活を両立させながら、新たに乳幼児睡眠コンサルタントとして活動を開始。2023年6月に会社を退職し、専業となる。
夜泣きが止まらず、寝ずに会社に行ったことも。坪根さんが、乳幼児睡眠コンサルタントになった経緯
――まずは坪根さんの現在の活動について、教えてください。
乳幼児睡眠コンサルタントとして、「imaneru」という屋号で活動しています。
imaneruでは主に、0歳から5歳までの子どもを持つ親御さんを対象に、お子さまの睡眠に関するお悩みを改善するコンサルティング事業を行っています。
夜泣きや寝つきの悪さなど、お子さまによってその悩みはさまざまです。それぞれの悩みに合わせて睡眠問題を改善できるよう、アドバイスと実践のサポートをしています。
その他、子どもの睡眠問題についての情報発信や、講座なども開催しています。
――どのような経緯で、現在のお仕事をされるようになったのでしょうか?
私は大学を卒業後、三菱UFJ銀行に入行し、2023年に退職するまで11年間勤めていました。
プライベートでは2014年に結婚して、2017年に第一子を出産しました。そして子育てをしていくにあたり、夜泣きと寝かしつけにとても悩まされることになってしまったんです。
抱っこをしてもミルクをあげても、おむつを変えても寝てくれず、ようやく寝入ったと思ったら頻繁に起きて夜泣きで起こされてしまう……。
1番ひどい時は、一度泣き始めると2時間は泣き止まない、なんていう時期もありました。
当時私は産休・育休を終えて職場に復帰していたので、ほぼ寝ずに会社に行ったこともあったほどでした。
――壮絶だったんですね……。
そしてようやく第一子が落ち着いてきた頃に、第二子の妊娠が発覚。そのタイミングでIPHI(※)の存在を知って勉強を始め、2021年4月に資格を取得しました。
その後は2人の子どもを育てつつ、会社にも復帰した傍ら、現在の乳幼児睡眠コンサルタントとしての活動を始めたんです。
(※)妊婦と乳幼児の睡眠コンサルタント資格などを提供している米国法人
――最初からコンサルのお仕事をされていたのでしょうか?
いえ、当初はSNSでの情報発信をメインに行っていました。
私のように子育てをするお母さんに向けて、赤ちゃんの睡眠に関する知識や悩みの解決方法などをInstagramを通じて発信するようになったんです。
そのうち、Instagramで知ってくださった方から「個別に相談に乗ってほしい」とご依頼をいただくようになり、オンラインで相談を受けるようになりました。
そして2023年6月に会社を退職し、現在はコンサルの方をメインで行っています。
――子ども2人の子育てをしつつ会社員として仕事もこなし、自分の事業も運営するとなると、かなり大変だったのではないかと思います。
そうですね。たしかに大変でした。
でもそれ以上に、夜泣きや寝つきの問題を「どうにかしないと」という気持ちが強かったですし、この問題で悩む人の力になりたかったんです。
現代社会では、共働きが当たり前になっているにもかかわらず、子どもの夜泣きや寝つきの問題に関しては依然、放置されてしまっているのが現状です。
私自身、1人目の子どもが生まれて本当に苦労していた時、夜泣きや寝かしつけの対処について調べても、これといった解決方法が見つからなかったんです。
当時はあまりに過酷だったこともあり、この問題を放置している社会の在り方に対して、正直、疑問や憤りを抱いていたほどでした……。
子育ても仕事も頑張りたかった私にとって、この問題はどうにか解決したかったですし、きっと同じように悩みを抱えている方も多くいらっしゃるんじゃないかと思っていたんです。
1人でも多くのお母さん、お父さんが抱える寝つきの問題を軽減したい。その一心で事業を立ち上げたんです。
※赤ちゃんを寝かしつけるための具体的な方法は、坪根さんのInstagramで詳しく解説されている。
独立・起業する場合も睡眠時間は確保しよう。我々が知るべき「睡眠=固定費」という考え方
――坪根さんの強い信念と使命感が、事業を動かす原動力だったんですね。睡眠といえば、子どもだけでなく私たち大人でも、問題を抱えている人が少なくないですよね。
そうですね。特に日本人は、睡眠への意識が低いと言われています。
働き方改革などと言われて久しいですが、やはり寝る間も惜しんで働くことが美徳とされる風潮が、どこか残っている節もあると思います。
あるいは、シンプルに仕事での業務量や家庭での家事、子育てといったタスクが多すぎるせいかもしれません。
ある研究によると、睡眠不足が原因によって起こってしまう事故、ヒューマンエラーの経済損失は年間約15兆円とも言われています。
会社員に限らず、独立・起業を考える方で、特に事業の立ち上げ期には睡眠時間を削って働いてしまう方は多いと思います。
かくいう私も、睡眠不足になってしまうほど働いていたことがありましたので……。
――睡眠は大切だと分かっていても、独立・起業を考えると睡眠をおろそかにしてしまいがちですよね。どうするべきなのでしょうか?
身も蓋もない話ですが、こればかりはちゃんと睡眠時間を取ってくださいと言うほかありません。
もちろん、日中に身体を動かしたり、太陽の光を浴びてセロトニンを分泌させたり、といった方法論やハウツーはあるのですが……。大前提はやはり、日々の睡眠時間の確保に尽きると思います。
睡眠とは、お金で例えるなら、家計における「固定費」だと私は思っています。
――固定費、ですか?
はい。皆さんも、まず収入が入ったらそこから家賃などの固定費を差し引きますよね?
賃貸物件で暮らす場合は、家賃を支払わずに住むことはできません。睡眠とは健康管理における、いわば家賃のような存在なのです。
そう思うと、まずは睡眠ありきで生活を考えやすくなる気がしませんか?
人間は、睡眠時間が6時間(※)を切る生活が10日間続くと、徹夜しているのと同じくらい脳の動きが悪くなると言われています。
そして睡眠不足によって体調不良を引き起こす可能性が高まることは、言うまでもありません。
(※)18歳~64歳の推奨睡眠時間は6時間ではなく7~9時間。
――どれだけ忙しかったとしても、最低でも毎日6時間以上は睡眠時間を確保しなければならない、と。
24時間分の6時間というリソースは、事業の立ち上げ期や繁忙期には貴重に思うか、人によってはもったいないとさえ思えるかもしれませんが、長い目で見たら、決して費用対効果は悪くないはずです。
目先の仕事をするのも大切ですが、体調を崩してしまったら結局事業が停滞し、余計にそのツケを払うことになってしまいます。
私自身、自戒をこめてですが、独立・起業を考える皆さんはぜひ、睡眠を固定化することを検討してみてください。
考えを整理して、それでも解決したい問題があるのなら、独立を検討した方がいい
――坪根さんのこれからの展望を教えてください。
今以上に子どもの寝つき問題に悩んでいる方の助けになれるよう、事業を拡大していきたいです。
少しずつそういった案件も増えてきているのですが、今後は一層、行政や企業さんと積極的にタッグを組んでいきたいですね。
社会全体として、子どもの睡眠における問題を解決できるような仕組みづくりを構築して実践していきたいです。
――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
メガバンクを退職して独立するのは、正直かなり勇気のいることでした。
ですがそれ以上に、私にとって子どもの寝つきの問題は深刻でしたし、今もその悩みに頭を抱えている人がいると思うと、どうしても見て見ぬ振りができなかったんです。
とはいえ、いきなり会社をやめて独立・起業をしようと思っていたわけではありませんでした。
まずは自分で子どもの睡眠に関する知識を発信しつつ、いろいろな人にお会いして、自分の考えややりたいことを整理していったんです。
さらにキャリアコンサルタントの方に話を聞いていただいたり、コーチングを受けたり、実際に起業されている方のお話も伺ったりしました。そこで自分のキャリアや能力、価値観を棚卸しできたのは非常に良い経験でした。
人によって独立・起業をする理由は異なりますが、自分にとって身近な問題や課題の解決から事業を考えるのもいいと思います。
もちろん、事業に感情移入をし過ぎて睡眠不足や体調を壊してしまっては元も子もないので、睡眠時間はきちんと確保してくださいね。
取材・文=内藤 祐介