個人と企業。
これから独立を検討する方にとって、個人として企業とどういった付き合いをしていくのかは、個人事業主として大きな課題と言えるでしょう。
今回お話を伺ったのは、マンガ家の一智和智さん。
一智さんは20年以上にも渡り、マンガ家として雑誌で連載を経験し、近年ではWebでもその活動の幅を広げています。
今回は一智さんの仕事のスタイルについて、Webへの仕事の移り変わり、そしてマンガ家個人が企業とどう付き合っていくべきなのかについて、語っていただきました。
マンガ家志望の方に限らず、企業から仕事を受ける全ての個人事業主の方、必見です。
一智和智さん
マンガ家
1996年、「稲川淳二の怖い話(リイド社)」で読み切りが掲載され、デビュー。ヤングチャンピオンの新人賞、入賞。
2012年、原作を担当した「バーサスアース」が週刊少年チャンピオンで連載を開始。終了後には、クラウドファンディングで資金を募り、続編として「ウォーハンマー」の連載をスタートさせる。
Twitterのフォロワー数は、27.6万人(2020年2月現在)を誇り、創作活動を公開するなどSNSを活用し、Web漫画家としても活動している。
マンガに必要な工程の全てを1人で行う? アシスタントを雇わない、マンガ家の在り方
―マンガ家として活躍されている一智さん。デビューはいつごろだったのでしょう?
20歳の時ですね。
高校卒業後、出版社に原稿を描いて持っていって、そこから読み切りを描かせていただいたりしました。自分の作品をマンガコンクールに出して、賞をいただいたりもしましたね。
そういった活動をしばらく続けた後、ヤングチャンピオンという青年誌で連載をさせていただくことになったんです。
―以来、ずっとマンガの仕事だけで生活を?
ええ。以降はアシスタントをしたり他のアルバイトをするのではなく、マンガ家としての原稿料を中心に生計を立ててきました。
とはいえ1つの雑誌でずっと同じ作品を描いていたわけではなく、1つの作品の連載が終わったらまた別のところで描いて…というサイクルで今に至っています。
―現在は雑誌連載だけでなく、SNSなども積極的に活用されてマンガを描かれていますが、アシスタントなどは雇わずに全てお1人で描かれているのでしょうか?
そうですね。僕はマンガの執筆に関わるほぼ全ての工程を自分でやっているので、アシスタントをはじめ、スタッフは雇わずに僕1人で描いています。
Twitterより
―マンガってお1人で描けるものなのでしょうか?
描けますよ。
おそらく世間一般の人が思っているよりも「マンガ家」の形態は多種多様なんです。
上手くアシスタントと分業してクオリティを追求する人もいれば、僕みたいに背景を含めて全部1人で描いちゃう人もいる。
今は写真を使ったり、フリー素材で背景が売っていたりと、工数を減らそうと思えばできてしまいますし。
逆に自分のマンガスタジオを上手く回せるプロデュース業が得意な人は、絵はスタッフに任せて自分ではほぼ描かなかったり。
どれがいいとか悪いとかではないですが、それくらい人によって差がありますね。
―様々なマンガ家としてのスタイルがある中で、なぜ一智さんは1人で描かれているのでしょうか?
めちゃくちゃ気を遣って逆に効率が悪くなるというか…。
ネットを使ってアシスタントさんに自宅で仕事をやってもらう方法もあるんですけど、人に頼るより自分でやった方が楽というか…。面倒くさがりなんです。
後は、仕事場を大規模にして人件費で苦しむケースも知ってるので…。ランニングコストは常に最小のほうが長く続けられるような気もして。
そういった体制を維持し続けるためにも全部1人でやれるよう「描き癖」をつけたというのはあります。
逆にアシスタントをたくさん使って、細部にまで徹底的にこだわっている作品って本当にすごいなと思います。効率を考えると、どうしても自分にはできないことなので…。
連載終了になった作品を、クラウドファンディングで資金調達し連載を再開。しかし…
―一智さんと言えば、2012年から週刊少年チャンピオンで連載された『バーサスアース』が2014年に未完のまま連載を終え、その後クラウドファンディングで出資を募り、続編『ウォーハンマー』を連載されていると伺いました。
『バーサスアース』が出版社側といろいろあり、不本意な形で終わってしまったんです。
それでなんとかその続編を描きたくてクラウドファンディングで資金を調達し、続編を作ったですが、これがもう恐ろしいほどに全くもうからないですね。
―なぜでしょう?
ありがたいことにクラウドファンディング自体はそこそこ金額が集まりました。
まず、クラウドファンディングはプラットフォームにもよりますが平均で、手数料が2割近くとられます。
さらにクラウドファンディングにしてしまったことで、お金を払った人だけが読めるクローズドコンテンツにせざるを得なくなってしまいました。
そしてコンテンツを有料化すると、もう全く読まれなくなってしまったというわけです。
さらにこれは出版社を通さずに個人で出版をしていたので、発送作業も全部自分で行っていましたから、クラウドファンディングでいただいた分を原稿に割く時間やそういった諸々の手間賃で割ると、ものすごい実入りが安くなってしまって。
もちろん、今でもちゃんと続編をやりたい気持ちはあるのですが、でもその前に自分の生活をきっちり支える土台を作らないとと思ったんです。
そこで、これまではずっと雑誌の連載などが活動の中心だったのですが、初めてWebマンガの新人賞に応募したんです。
―ここで初めてWebで活動をすることになるのですね。結果はどうだったのでしょう?
応募した作品が審査に通って、なんとか連載までこぎつけたんですが「アクセス数が足りない」という理由で、単行本化される前になんと打ち切りになってしまいました。
そこでアクセス数の高い作品を見ていると、企画が強かったり、そもそもの作家のフォロワー数が多かったり、いかにも「Webマンガ」な作風のものが数多くあったんですよね。
つまりWebで連載を勝ち取るためには、フォロワーが必要だと気づいたんです。
そこからはとにかくSNSでのフォロワーを増やそうと奮起し、1年でTwitterのフォロワーを20万人にまで増やしました。
それで無事にアクセス数問題もクリアして、徐々にWebでも連載を描かせてもらえるようになったんです。
個人出版vs出版社? マンガ家が生き残るための弱者の戦略
Twitterより
―お話を聞いていると、一智さんも紙からWebへ、活動の拠点を移されたマンガ家さんの1人なんだな、と感じました。
そうですね。
僕はWebでも積極的に作品を描いていますが、業界的な流れの話をすると、最近また個人出版の流れから出版社に流れが戻ってきたなと、感じているんですよ。
―どういうことでしょう?
Twitterを始めとするSNSによってマンガ家としての仕事が生まれて、Webを中心に活動しているマンガ家が増えていますが、結局Webでバズっても最終的に「本」として流通させるためには出版社の力を借りるケースが多いんですよね。
例えば成人向けの作品なんかは、個人で発信して個人で販売した方が圧倒的にもうけがいいのですが、一般マンガは流通を始め、あらゆる面でまだまだ出版社に勝てないんです。
個人が出版社を通さずに、本を大量に刷って全国規模で流通させるのはほぼ不可能ですから。
だから僕は「マンガ家のこれから」を考える上で、うかつに「これからは個人出版の時代ですよ」とは言えないんですよね。
―たしかにそうですね。例えば、電車の中でTwitterでバズったマンガを見て、その作品が好きだから本屋さんに行って買おう、と思った時に本屋さんにその本がないと困ってしまいますから。
ええ。もちろん電子書籍で買って読まれる方もいますが、紙の本を買いたいよ、という方もまだまだたくさんいらっしゃいますからね。
さらに言うと、Webでちょっと活躍したからといって「これからは個人出版だよ」などと言っているマンガ家に、出版社は興味がないとも思っています。
なぜならその人たちは、そもそも出版社から必要とされなかったマンガ家たちなんですから。
「その人たち」には、もちろん僕自身も含まれてますが(笑)。
―痛烈ですね。
これがもし、雑誌連載で何百万部も売る大作家が「これからは個人出版の時代だよ」とシフトしたら、間違いなく出版社は止めるでしょう。でもそうしない。
今まで出版社から相手にされなかったマンガ家が、Webを使って2万部3万部売っても、出版社からすれば「勝手にやっててよ」ってわけで(笑)。
個人出版が出版社より優れているのって、スピード感だけなんですよね。予算から流通網から何から、個人が企業である出版社に勝てるわけがない。
彼らが本気になったら、今、僕らがやっていることなんてすぐにやれてしまいますよ。
―個人と企業、という点では、マンガ家さんだけに留まらないお話だと思います。
そうですね。
マンガ家に限らず、例えばYouTuberなんかまさにそうですが、個人で活動しているとはいえ、YouTubeという巨大なプラットフォームに依存して活動しているわけじゃないですか。
Webで稼いでいるマンガ家も同じです。もし明日TwitterやPixivがなくなったら?
そんな人たちが「これからは個人の時代だよ」と言っても、結局プラットフォームに生殺与奪を握られてる現状は変わらないと思うんです。
もちろんどこに生き場所を求めるかの選択肢は増えましたが。
だからこそ、マンガ家と出版社を始めとする企業が、共存するような形が1番いいんじゃないかなと思ってます。
―最後に読者の方へ、メッセージをいただけますか?
僕はマンガ家なのでマンガ家に限って言えば、売れるためにはとにかくもうサイコロを振り続けるしかないですよね。
とにかく作品をたくさん描いて、打席に立つこと。ほとんどの人は何回か立ってすぐ諦めてしまいますから。そういう意味では、雑誌の賞に応募するでもWebで発信するでもなんでも良いと思います。
とにかく描いて描いて描き続けるしか、生き残る道はないと思います。続けたもの勝ち、なところもある世界ですから、最終的には「やめる」って選択肢がない人が、最終的にはマンガ家として活躍するんじゃないかなと思います。
取材・文・撮影=内藤 祐介