独立・起業で成功すると聞くと「千載一遇のチャンスを掴む」くらい難しいこと、と考えてしまう人も多いのではないだろうか。
たしかに独立・起業で成功をおさめるには、実力はもちろんタイミングや運も、大きな要因と言えるだろう。
しかしそのチャンスを掴む機会は、果たして本当に千載一遇といえるほど、確率の低いものなのだろうか。
今回お話を伺ったのは、マンガ家の大和なでしこさん。
雑誌の連載から、マンガ家としてのキャリアをスタートさせた大和さんは、近年SNSを積極的に活用。
代表作『鬼嫁と結婚してしまった結果』など数々の作品を生み出し、人気を博している。
大和さんは、クリエイターで成功したいならとにかくSNSを使って、自分の作品を発信することが大切だと語る。今回は大和さんのこれまでのキャリアとともに、その理由を伺った。
大和なでしこさん
マンガ家
大阪の専門学校でマンガについて学び、23歳の時に上京。
以降は雑誌連載や読み切りマンガ、有名作家のアシスタント、『艦隊これくしょん』などの同人作品の制作などを手掛ける。
近年ではTwitterを始めとするSNSを積極的に活用し、人気を博す。
代表作に『鬼嫁と結婚してしまった結果』『HOW TO ビリヤー道!』『ほっぽちゃんの日常』など。
「自費出版を通して、お金勘定を学びました」。マンガとして生計を立てるために必要なこと
―SNSで人気のマンガ家である、大和なでしこさん。現在に至るまでの経緯を教えてください。
大阪の専門学校でマンガについて3年間学び、上京してから10年になります。
マンガ家としては、専門学校2年生の時に「月刊少年ガンガン」で賞を取り、ギャグマンガが掲載されデビューしました。
その後上京し企画を持ち込んで、23歳の時に「BABジャパン」という出版社から、ビリヤードのハウツーマンガの連載がスタートしました。
―そこからはずっとマンガ家の仕事を?
はい。
とはいえ連載1本で生活していけるというわけでもないので、読み切り作品を描いたり、出版社に企画を持ち込んだり。
有名作家のアシスタントの(背景などを描く)仕事などもしていましたね。
―いずれも「マンガ」に関するお仕事ではありますが、かなり幅広くお仕事されているんですね。
そうですね。ハウツーやギャグ、同人などジャンル的にも、さまざまな種類の仕事を経験してきました。
―特に印象的だった仕事はなんでしょう?
同人誌を作ったことはとても勉強になりましたね。
オリジナルではなく二次創作で作品作りをするという、クリエイティブ的な側面はもちろん、特に勉強になったのは、自費で出版物を作るというところです。
自費出版は文字通り自分がお金を出して本を作るので、大前提として「赤字になってはいけない」んです。なぜなら赤字になってしまうと、次の作品が作れなくなってしまいますから。
https://twitter.com/nadeshiko0328/status/1136907678758735872?s=20
―自費だと出版社から本を出す場合と異なり、中身のコンテンツはもちろんのこと、紙や印刷の手配、そして実際に売るといった「本の外側」の部分も自分で作らなければなりませんよね。
そうなんです。
印刷部数には限界ラインというものがあります。
どれだけがんばって本を作って売ったとしても、その限界ラインを割ってしまうと結局赤字になってしまうのです。
だからできるだけ単価を下げるために、多く刷る。かといって、大量に刷りすぎてもいけない。
紙や印刷にかかる費用や制作工数を計算して、価格を設定し、売るための場所や機会、流通経路を固めて、実際に自分で売る。
この工程を学べたことで、僕は継続的に同人誌を作っていくことができました。
本の「中身を作る」だけでなく、実際に「売る」までのプロセスを学べた経験は、今の自分の活動にも大きな影響を受けました。
―マンガ家は、マンガを描くプロであっても、実際にマンガを作るプロではありませんよね。1人でやるとなると、なかなかハードルが高そうですが…。
僕の場合はたまたま当時、本業の片手間で同人誌を作っている人が多かったんですよ。
アシスタントをやりながら、同人誌を自分で手掛ける、みたいな。そういった活動をしている先輩たちが多かったんで、教わりながら自分でも作っていました。
同人誌は「売れないこと」へのリスクもありますが、逆にそれを乗り越えて「売れた」時の実入りも大きい。
マンガ家として生計を立てていくために、マンガをビジネスとして考えられる力を、その経験から養うことができました。
「自分の描きたいものだけを描いて売れる人」は、そういない。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?id=566520&type=illust
―現在のお仕事の内容について、お聞かせください。
マンガを描いて生活していますが、紙媒体、ダウンロードコンテンツ、企業のPRマンガ、電子書籍など、自分の作品を載せる媒体はさまざまです。
最近は主に、ネットを使って活動することが多くなりました。
―それは大和さんがデビューされてから、時代とともに仕事のやり方が移り変わってきたということでしょうか?
そうですね。特にSNSが登場してからは徐々にではありますが、確実に、そして劇的に変わったんじゃないかなと思います。
これは僕に限らずですが、今はマンガ家が出版社へマンガの企画を持ち込んで…みたいなケースも減ってきているようです。
―なぜでしょうか?
理由はいくつかありますが、大きいところで言えば、SNSの台頭と出版不況の2つだと思います。
かつてマンガ家になるためには、雑誌で連載をする、というのがベターな選択肢でした。しかし今はSNSの力で、わざわざ雑誌で連載を勝ち取らなくても、自分でアカウントを作って自由に発信することができる。
そこで多くのファンを獲得することで、仕事につながる機会も多くなりました。
そしてもう1つ。長らく言われている出版不況の世の中において、昔みたいにマンガ家を「イチから育てる」ことが難しくなっていることが挙げられます。
SNSで作家個人が強くなってきており、逆に出版社が不況で弱っていく。僕が活動しだした10年前からでは考えられない状況になっていますね。
―雑誌の力だけに依存せずとも、マンガ家として収益を立てやすくなっている、ということですね。
はい。
雑誌の連載を勝ち取るためには編集会議など、いくつもの試練を乗り越えなければなりません。
仮に連載することが決まっても、そこに行き着くまでの時間がかかりすぎてしまうこと、そしてどれだけいいアイデアを持っていても、基本的に会議には1つの作品しか出せない。
しかしSNSなら自分が面白いな、と思ったアイデアを形にして、それをすぐにアウトプットできる。
そのスピード感とお客さんからのリアクションの早さは、大きな魅力だと思います。
―たしかにSNSなら「1つの作品しか出せない」という縛りはありませんよね。
はい。
作品の縛りがないからこそ、とにかくアイデアを思いついたらそれを形にして、発信する。
すると読んでくれた方から「面白い」も「面白くない」も、リアルで率直な意見が出るので、それを反映させて次の作品につなげる。
それを繰り返していくと、お客さんが自分の作品に、何を求めているかが分かってくると思うんですよね。
―大和さんの作品作りにも、読者からのニーズは反映されているのでしょうか?
そうですね。とても参考にしていますし、媒体や企画によってどういったものが求められているかは常に意識しています。
もちろん作家である以上「これはやりたいな」と思うものを、作品に盛り込むようにはしています。
しかし「自分が描きたいものだけを描いて売れる人」は、そういない。
多かれ少なかれ読者のニーズを汲みつつ、自分の描きたいことを描く、というスタイルのマンガ家がほとんどなんじゃないかと思います。
だから僕はあらゆる作品において、読んでくれる人が求めているものを意識するようにしていますね。
SNSでの“残機”は無限。とにかく描いて描いて、描きまくれ!
―同人誌の件や読者のニーズについてなど、大和さんはどちらかというと編集者的な考え方をされるんですね。ものづくりもしつつ、全体も俯瞰する、というような。
それはよく言われます(笑)。
さっきも言ったように、自分の描きたいものだけで大当たりする人は、そういません。
そういう意味で、自分は「天才」でないかもしれない。
だからこそ、お客さんに求めてもらえる作品を戦略的に作っていく。これからも、自分の得意なところを上手く活かして作品を作っていきたいですね。
―大和さんのこれからの展望を聞かせてください。
現在連載している『鬼嫁と結婚してしまった結果』を続けて、できればアニメ化まで持っていきたいですね。
あとはマンガを使った新規ビジネスにも興味があります。マンガ家がより安定して収益を立てていくための仕組みづくりもできたらと思います。
―最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
これはマンガ家問わずですが、1歩目を踏み出すのって1番大変なんじゃないかと思います。
マンガ家で言うなら「このマンガ、描いたはいいけどバズらなかったらどうしよう…」といった理由で、結局公開しない状態ですね。
元も子もない言い方かもしれないですが、そういったマンガ家にはもう「とにかく描いて描いて描きまくれ」と、アドバイスしています。
個人的に仲良くさせていただいている、マンガ家の横山了一先生もおっしゃっていましたが、SNSにおいて「残機は無限」だと思っています。
何度失敗しても、とにかく数を打てばどこかで必ず良い反応がもらえる。そこでなぜこの作品の反響は良かったんだろうと分析し、次の作品に活かす。
それを繰り返すことができれば、自然と良い反応をもらえる確率は高くなりますし、結果として自分の作品を楽しみにしてくれる人が増えていくのではないでしょうか。
取材・文・撮影=内藤 祐介