「自分の居場所はここじゃない」。
転職や独立・起業を考えている方の中には、そんなふうに思っている人も多いのではないでしょうか。
今回お話を伺ったのは、トリッキングプロアスリートの桜井鷹さん。
トリッキングとは、バク転(バク宙)を始めとするアクロバット的な動きに加え、体操やダンス、武術などを組み合わせたエクストリームスポーツのこと。
桜井さんはその日本代表として、世界大会に出場するほどの腕前を持ちます。
しかし桜井さんは、トリッキングではなく元々は体操選手として、そのキャリアをスタートさせました。
「トリッキングは、ようやく自分が見つけた居場所」と語る桜井さん。今回は桜井さんのキャリアとともに、自分の居場所を見つける方法について伺いました。
桜井鷹さん
トリッキングプロアスリート
ゲームのキャラクターに憧れたことがきっかけで、アクロバットに興味を持つ。
小学校6年生の時に体操を習い始め、中学時代には全日本大会に出場し、高校は福井県の名門校に進学。
大学進学後にトリッキングと出合い、のめり込んでいった。
現在は、トリッキングプロアスリートとしてはもちろん、インフルエンサー、写真、映像制作などさまざまな方面で活躍する。
バク転は最初からできた? 桜井さんとトリッキングの出合い
――トリッキングを中心に、さまざまな活躍をされている桜井さん。そもそもトリッキングとはどのような競技なのでしょうか?
諸説はあるのですが、トリッキングとは「全てのアクロバットの大元締め」「究極のアクロバットスポーツ」と言われています。
カポエイラや空手、テコンドーといった武術の動きや型に、体操やアクロバットの動きを組み合わせ、動きを“魅せる”スポーツです。
おそらく動画を見てもらった方がイメージを掴めるかと思うので、ご覧ください。
――動きが壮絶すぎて、何をどう言えばという感じですが……。いつ頃からトリッキングを始めたのでしょう?
トリッキングを始めたのは、大学生の頃からですね。
とはいえアクロバットな動きには、小学生の頃から興味がありました。当時流行っていたゲームのキャラみたいになりたくて。
試しに小学校4年生の時に、バク転に挑戦してみたらできちゃったんですよね。
当時行われていた、アテネオリンピックの中継も見ていたのですが「これ、俺ならできるだろうな〜」と思っていましたし、実際にすぐできるようになりました。
それで小学校6年生で体操教室に通うようになってから、本格的にちゃんと練習するようになったという感じです。
――試しに、くらいの感覚で、バク転ってできるようになるんですね……。それから大学に入るまではずっと体操を?
はい。
中学高校では体操で全日本大会にも出場し、全国で大体20番目ほどでした。大学ではバイオメカニクス(力学をスポーツに落とし込む学問)を専攻しながら、体操を続けていました。
その後、海外のトリッキングプレイヤーの動画を見て「これがやりたかったんだ!」と思い、体操をやめたんです。
自分のありのままを表現できる場所。それがトリッキングだった
――それで現在に至ると。
大学を卒業してから、トリッキングの練習をしながら体操教室のアルバイトや正社員として働かせてもらったりしたのですが、今は僕が主宰してワークショップを開いたりアクロバットやトリッキングの指導を行っています。
他にもInstagramを始めとするSNSは、以前から得意だったので、インフルエンサーとしてPR活動をしたり、写真も得意なので写真を撮ったり、映像作品に出演してパフォーマンスを披露したり……。いろいろやっていますね。
トリッキングアスリートとしても活動しています。コロナ禍になる前は、世界大会に日本代表として出場。結果は1on1で2位、3on3では優勝することができました。
――素朴な疑問なのですが、なぜ体操からトリッキングに転向したのでしょう?
体操とトリッキング。どちらも性質は違えど、自分の動きを人に見せるスポーツなのですが、最大の違いは評価の制度でしょうか。
体操は、採点方式が厳格に決まっているんですよね。
だからその仕組み上、技と技の「お得な組み合わせ」が開発され「これをやれば評価される」という、ある程度の勝ち筋、王道ができてしまうんです。
要するに、大会になるとみんな同じ技ばかりするんですよね。
もちろんそういった制約がある方が、結果を出せるという人もいると思いますが、僕にはあまり向かなかったんです。
一方トリッキングは、体操ほど採点基準が厳格ではなく、本人がやりたい技や一番自信のある技、そして芸術性を見て評価されます。
要するに個性を発揮することが、是とされる世界なんですよね。
――どちらがいい、悪いではありませんが、向き不向きはありそうですよね。
正直に言うと、僕は体操がそんなに好きではなかったんです。
もちろん、体操の土台があるからこそトリッキングに応用できたことはたくさんありますし、体操にとても感謝はしているのですが。
体操に限らず、小さい頃から僕は、型にはめられるのがどうしても苦手で。周りに合わせたり型にはめられるのが苦手すぎて、一時は毎日死にたいと思うほどでした。
だから自己肯定感が低かったんです。
――こういう言い方が正しいのかは分かりませんが、桜井さんはきっと天才なんでしょうね。「見ただけでバク転」なんて、普通の人はできませんから。故に孤独を感じていたと。
僕はずっと普通になりたかったし、周りからも普通でいることを求められていました。
でもそれがどうしてもできなくて。だから体操もあまり好きではなかったんです。
そんな僕にとってようやく見つけた、ありのままでいていい場所。
ありのままを表現できる場所こそが、トリッキングだったんですよね。
なんとなく「これやりたい」と思うことが、本質的欲求。「ここじゃない、自分の居場所」を見つける方法
――桜井さんの今後の目標を教えてください。
ずっと心に秘めているのは「自分が生きてきた証を、コンテンツとして残したい」ということです。
武士が辞世の句を詠んだり、死刑囚が手記を書いたり、人がこどもを作ったり。自分がいた証を後世に遺したいと思うのは、人間の根源的な欲求だと思っていて。
僕の場合、それがどんな形になるのかまだ全く分かりません。
ですがだからこそ、自分が見たものや聞いたものを記録しておきたくて。写真や映像に興味が出てきたのも、こうした気持ちの表れかもしれません。
次、具体的にどういうことをするかは、その時次第なところもありますが「これやりたい」と思ったことは、今後もなるべくたくさん実行していけたらと思います。
――最後に、読者へメッセージをお願いします。
なんとなく「これやりたい、やってみたいな」と思ったことが、その人にとっての本質的欲求だと思います。
「これやりたい」と心の底から思えるものが見つかって、極めていけばいつの間にか仕事にもなっているのが理想だなと。
そしてそんな「これやりたい」を見つけるためにも、自分の心が動いた時に、フットワーク軽くやってみたりできる自分であること。
それこそが「ここじゃない、自分の居場所」を見つける唯一の方法なんじゃないかなと思います。