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煩悩まみれだから伝えられることがある、僧侶ライター・稲田ズイキができるまで

煩悩まみれだから伝えられることがある、僧侶ライター・稲田ズイキができるまで

クラウドソージングの普及や政府の副業推進の流れをうけ、パラレルキャリアは徐々に一般的なものになっている。

副業のなかでも特に人気があるのがライターだ。

そんな様々なジャンルのライターがいる文筆業界で異彩を放っているのが、稲田ズイキさん。

お寺で生まれ育った彼は、僧侶という肩書きを持ちながら、ライターや編集者、イベント運営など様々な仕事をこなすクリエイターだ。

彼は文章のなかで、自分を飾ることがない。

自らの煩悩や欲望、悩みを仏教のエッセンスに包んでさらけ出している。毎回思わず笑ってしまい、最後にはタメになる。

彼のこのスタンスはどのように生まれたのだろうかう? 生い立ちから就職、独立に至るまでのエピソードを伺ってみた。

<プロフィール>

稲田ズイキ(https://twitter.com/andymizuki
煩悩クリエイター
浄土宗・月仲山称名寺の副住職。1992年京都府久御山町生まれ。同志社大学法学部を卒業後、デジタルエージェンシーに入社。2018年に独立し、"煩悩クリエイター"としてフリーランスで多様なコンテンツを制作している。

はじめての“バズ”がクリエイターの原点だった

-稲田さんは煩悩クリエイターとして、僧侶を主軸にライターや編集者、YouTubeの番組制作、仏教イベントの運営など幅広く活動されています。なぜこのような働き方をされているかをお聞きできればと思います。ご実家は京都のお寺とお聞きしたので、まずは生い立ちから教えてください。

稲田さん
地元はたしかに京都ですけど、周囲で目立つ建物はジャスコしかない小さな町のお寺です。久御山町といって、位置は宇治市の西側。田園地帯と工業地帯が広がる、のどかな町で生まれ育ちました。

-昔から仏教には慣れ親しんでいたのでしょうか?

稲田さん
それが全く。父や祖父がお経を唱えている姿は見ていましたが、仏教教育はほとんど受けなかったですね。漫画やアニメが好きなごく普通の男の子でしたよ。アイドルも好きで、ちょうど「モーニング娘。」が流行っていたリアルタイム。12歳の時は本気で加護亜依ちゃんと結婚するんだって思ってました(笑)。

僕がクリエイターの道を目指しはじめたのも、漫画やアニメとの出合いがあったからなんです。当時は最終回が来るのがすごく嫌で。楽しみにしていた物語が完結してしまうと、心に穴が空いてしまったように感じていました。そんな経験から、高校2年生の頃には、完結した物語の続きを想像しながら脚本を書いていたんです。

-現在の活動とつながりますね。「この仕事をしよう」と志すようになった出来事はありますか?

稲田さん
色々ありますけど、1番の転機は大学生の時に書いたブログがバズったことでしょうか。

「モーニング娘。の歌詞を仏教的視点から解釈する」というタイトルだったんですが、SNSのコメント欄に「すごい」とか「天才」とか、賛同の言葉が並んでいたんですよ。

僕は得意なことが少なくて、学校でもイジられキャラ。褒められることも少なかったから、はじめて社会から認められた経験だったんです。

「泣けた」というコメントは特に嬉しかったですね。僕も涙もろい方だったから、同じように人の心を動かせたんだって。現在はライターを仕事の1つにしていますけど、その時の感動をいまでも追いかけているんだと思います。

-その話、すごく分かります。僕もライターですが、成功体験が仕事を始めるきっかけになっているので(笑)。話は変わりますが、稲田さんのお仕事はほとんど仏教に関係していますよね。小さい頃は仏教に触れていなかったと聞いていますが、いつ頃からライフワークになっていったのでしょうか?

同世代の僧侶たちが教えてくれた、仏教のほんとうの姿

稲田さん
仏教を本格的に学んだのは大学生の頃です。実はそれまでは「ダセェな」と思っていたんです。「諸行無常」って言葉があるじゃないですか。当時は「全てのことに終わりが来る」って意味だと捉えていて、諦めの哲学だと感じていたんです。

地元に根付いた小さな寺に生まれたので跡を継ぐことは決まっていました。だから、大学生の時におよそ計100日間、夏休みや冬休みを利用して僧侶になるための修行を受けていたんです。

修行が満了した時は、将来が見えてしまったような、なんとも言えない気持ちでしたね…。

「クリエイターに憧れを抱いていたけれど、お坊さんになるんだなぁ。うちの寺は田舎だし、これから仏教なんて流行るわけないし…」と、落胆していたんです。

-僧侶という仕事に対して希望は抱いていなかった。それがなぜ変わったのでしょう?

稲田さん
若手の僧侶たちが発行している『フリースタイルな僧侶たち』というフリーペーパーを見つけたんですよ。父が「こんなんあるぞ」ってポンと渡してくれて。

読んでみたら、業界のイカしてる人が紹介されてたんです。尼僧のアイドルとか、お寺でDJする僧侶とか、お坊さんでも面白いことできるやんと。

それで、仏教を学び直したら、実はすごく創造的な思想だと知りました。

ざっくりとした説明ですけど「苦しみの正体は思い込み(常識や考え方のクセ)だ」とか。枠組みを超えて心を自由にする方法を伝えている。

僕の思うクリエイター像は新しい世界を見せてくれる人。僧侶をしながら僕のやりたいことも同時にできると思いました。

幸い父もまだ現役で、寺を継ぐのも先になりそうなので、僧侶とクリエイター、両方の道を進んでみようと思ったんです。

入社1年で独立、周囲が反対するなかで信じたのは友人の言葉だった

-稲田さんは大学卒業後、デジタルエージェンシー系の企業に就職していますよね。

稲田さん
はい、学生時代にバイトをしていた会社にそのまま。大きなメディアを運営している会社なので、コンテンツづくりを学べるだろうと思って。それが2017年4月のことです。

でも広告運用に配属されてしまい、コンテンツづくりには関われませんでした。最初は大人しく仕事をしていたんです。エクセルの管理をしたり、ワンクリックいくらの広告設定をしたり。でもやっぱり違うなと思い、転属をお願いしたんですよ。配属先もコンテンツづくりには関われない部署だったんですけど(笑)

-現在は独立されていますけど、「作りたいけど作れない」状況がそうさせたのでしょうか?

稲田さん
独立前にもうワンステップあって、在籍中に自分でメディアを運営したんです。
会社の同期に誘われ、カルチャーメディアを立ち上げて。フラストレーションが溜まっていてたので、帰宅後は熱量を全て注ぎ込んでいました。運営を続けていくうちにメディア業界の知人も増え、執筆の依頼もポツポツと入るようになったので、独立してもいけるんじゃないかと思い始めて。

同じ時期に会社のイベントがあったんですよ。業界で活躍しているクリエイターの人が次々登壇しているなか、僕は「〇〇会場はこちら」という看板を持ってスタッフをしている。

「クリエイターになりたくて入社したのに自分は何をやっているんだろう?」と思い、2018年の3月に退職しました。

-周りからの反対も多かったのでは?

稲田さん
1年という短い在職期間だったので、社内からは「独立しても食えねぇよ」とか言われましたね。
でも、一緒にメディアを運営している友達や、信頼しているクリエイターの知人が「絶対いけるよ」って。信頼している人の言葉って強いじゃないですか。その言葉に背中を押されました。仏教的に言えば「帰依(きえ)」じゃないですかね。信頼する友人に身を委ねたんです。

「ダメな自分」だからこそ、伝わることもある。煩悩クリエイターを名乗る理由

-独立されて1年目ですね。調子はいかがですか?

稲田さん
あまり金銭欲がないので、お金にならないことばかりしちゃってます。現在『フリースタイルな僧侶たち』のWEB編集長を務めていますが無報酬ですし、実家のお寺からの収入は一切なく。具体的に言うと月収は8万円くらいです(笑)。

-え!? 家賃や光熱費を払ったら終わりじゃないですか。

稲田さん
だからマンションを引き払って、友人宅に1日200円で泊めさせてもらっていました。今は修行の意味も込めて、いろんな人の家を渡り歩いて宿泊させてもらっているんですよ。

周りから親切にしていただいているので、世の中に還元したい気持ちが強いのかもしれません。仏教的に言うと「回向(えこう)」ですかね。

-お布施をいただきながら各地を転々とするような托鉢僧みたいですね。不安にはなりませんか?

稲田さん
不安定で流動的な生活の方が、ある意味安定しているんじゃないかなと思うんです。それに、最近は大手出版社からも執筆の依頼がきていますし、依頼も多いので、そんなに悲観していません。でも、僧侶という肩書きを演じないといけない場面が増えて、自分が消費されている感覚はあります。

人生相談みたいな連載も抱えているんですが、そもそも人の相談に乗れるほど自信がないんですよ。仕事したくない時もあるし、Netflixを見てたら半日経っていることもありますし、煩悩まみれでどうしようもない。

-お坊さんって、もっと達観しているんだと思ってました。

稲田さん
そんなことないですよ。世の中の「かくあるべき」というイメージだと思います。個人的に言えば、僧侶はもっと悩みを見せてもいいと思うんです。達観した視点で説法しても響く人は限られる。「自分も分かんない、辛いよね」と一緒に悩むから心が動くこともあると思うんです。

最近はメッセンジャーじゃダメだなと思ってます。お釈迦さまや宗派の始祖が残した言葉をそのまま伝えてもあまり響かない。そもそもお釈迦さまや始祖は、その時代のイノベーターでした。ならばこのまま伝統を守るだけでいいのか? と思う時もあります。だから記事や映像やイベントで、煩悩まみれの自分を見せているのかもしれません。

-稲田さんがこれからやっていきたいことはありますか?

稲田さん
冗談みたいですけど、僕「ダライ・ラマ」を超えたいんです(笑)。同じ言葉でも話す人や聞く相手が変われば響き方が変わる。それは言葉に信用や思い、物語がくっついてくるからです。近頃は生きづらい世の中なので、生きるだけでも修行です。人生という長い修行の果てに、いつか彼のように誰かの心を動かせる人間になれたら「誰かのダライ・ラマ」くらいにはなれるんじゃないかと思っています。

(インタビュー終わり)

取材中、街を歩きながら撮影しているとおばあちゃんが「ありがたやありがたや」と稲田さんのお腹を触っていった。突然の出来事に僕も稲田さんもびっくりしてしまったけれど、これも親しみやすい人柄のなせる技なのだろう。

仕事をしていると、自分のダメなところを責めてしまうことも多い。特に独立後は短所が売り上げにもろに響いてしまう。けれど、稲田さんのように受け入れてしまえばどうだろう。良いところも悪いところも全て自分なのだから、認めてしまえば気持ちはきっと軽くなる。

時には肩の力を抜いて、等身大になってみてもいいかもしれない。

(文=鈴木雅矩 https://twitter.com/haresoratabiya1

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