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普通のOLが年商1億超えに! 自分の力を最大限に発揮するための、たった1つの方法

30歳。
お金、夢、彼氏、全部なし。

「ないない」だらけの人生からたった4年で、今や年商1億円を超える女性経営者への道を駆け上がっていったのが、今回お話を伺った鈴木実歩さんです。

「普通のOLが年商1億超えの女性経営者になる」
一見、華々しいイメージがありますが、実は全くそんなことはありません。

その裏には、苦悩や葛藤と人知れず戦った日々がありました。

<プロフィール>
鈴木実歩さん

未来シフト株式会社・代表
静岡県出⾝。東京都在住。
⼤⼿企業で働く傍ら「会社だけの収⼊に依存せず、⾃分でもお⾦を稼げるようになる」ことを⽬指し、30歳から副業で物販やアフィリエイト、Airbnb、イベント企画などを実践。

31歳のとき会社員⽣活を卒業し、⼈脈ゼロ、クライアントゼロから⼥性に向けた「コーチング」を仕事に独⽴。

SNSを使ったマーケティングと発信戦略で、初⽉から予約が殺到するコーチになる。会社員卒業3カ月後、⽉商100万円を超える。

その後、多くのリクエストから、⼥性のひとり起業を教える起業塾を開講。好きな仕事で⽉商100万円を超える⼥性を続出させる。

2017年11⽉現在に⾄るまで、東京・⼤阪・名古屋・福岡で開講したアカデミーならびにオンラインプログラムを通し、3,000⼈以上の⼥性と関わる。

現在、起業コンサルタント/企画プロデューサーとして、国内外でセミナーや講座を開催中。

2018年1月19日に初の著書『未来を自由に選ぶ力』を出版予定。
http://qq4q.biz/HMrZ

「金なし・夢なし・彼氏なし」で迎えた、“絶望の誕生日”からの脱却

―現在、女性を対象とした起業コンサルタントや、企画プロデューサーとしてご活躍されている鈴木さん。最初は会社員だったそうですが、なぜ起業をしたのでしょうか?

鈴木さん
私はもともと、父が公務員で母は専業主婦という家庭で育ったので、独立・起業と縁のない人生を送っていました。

大学を卒業した後、就職し、いくつかの転職を重ねました。いわゆる、普通の会社員だったんです。

そんな私に転機が訪れたのは、今から4年前。30歳の誕生日を迎えた時でした。

誕生日を目前に、当時付き合っていた彼と別れたんです。

同棲をしていたので、1人暮らしをするための新しい部屋の資金を払い、引っ越しをしてみると貯金がほとんどなくなってしまいました。

結婚したかった彼氏とも別れた、お金もない、仕事もつまらない…。そんな日々を過ごしていたんです。

―まさに「金なし夢なし彼氏なし」の状態だったんですね…。

鈴木さん
はい(笑)。

そんな状態で迎えた30歳の誕生日、心底自分の現状に絶望しました。

「私、それなりに真面目にがんばって生きてきたはずなのに、なんでこの程度の人生なの?」と、やりきれない気持ちになったんです。

―絶望の後、鈴木さんはどうされたのですか?

鈴木さん
とりあえず今ない3つの中で、まずは「お金」だけでもなんとかしてみようと思うようになりました。

当時の私は会社勤めをしていたので、会社から毎月お給料をもらっていました。

しかし「お金」を稼ぐための方法を模索していく内に、今の働き方って実はとても不安定なんだなと、思うようになったんです。

―会社にいても不安定だと感じたんですか?

鈴木さん
そうですね。

企業の大小に関わらず、いつどうなるか分からない時代なのに

「収入の全てを会社に依存している」
「キャッシュポイントが1つしかない」

といった状況って、まずいんじゃないかと感じたんです。

特に女性は結婚や出産など、ライフステージごとに働き方と向き合わなければなりません。

子育てしながら時短で働いている、周りの友人や先輩たちを見ていると、とても大変そうで、余裕なんてなさそうでしたし。

自分もいつまで今の会社にいるか分かりませんし、逆にいつ会社がなくなるかも分かりません。

だからこそ会社員のお給料くらいのお金を、自分の力で作れるようになりたいと思ったのです。

―具体的には何をされたのですか?

鈴木さん
まず始めたのは、物販でした。

やり方は単純で「ヤフオク」や「メルカリ」などを使って、不要になった“もの”を他の人に売っていくんです。

―いわゆる副業で小銭を稼ぐ、とてもシンプルな方法からスタートしたんですね。

鈴木さん
はい。

でも起業をしてから、数多くの女性とお話する中で分かったんですが、「ヤフオク」や「メルカリ」で“もの”を売ればお金に変換できる、って誰もが知っているシンプルな方法ですよね?

にも関わらず、実際にやったことがある人って意外と少ないんですよ。

―そうなんですか?

鈴木さん
職業柄「独立をしたい」という方や「複業(副業)で稼ぎたい」という方によくお会いするのですが、物販でお金を作れることは知っていても、実際の行動にまで移す人は決して多くありません。

理由は単純で「やり方をよく知ろうともしないし、なんとなく面倒くさい」から。

人は自分がやったことのないことは、やりたくないんですよ。それがたとえ誰もが知ってる(もしくは聞いたことがある)やり方であっても。

―たしかにやり方を知ってはいても、行動を起こすのって面倒ですし、ハードル高いですよね。逆に鈴木さんは、よく行動を起こしましたね。

鈴木さん
当時は「会社に頼らずに、せめてお金だけでもなんとかしたい」という思いが強かったので(笑)。

そんな感じで物販から始まり、アフィリエイトやAirbnb(エアビーアンドビー。Webサイトを通じて、自分の家や部屋を貸し出すサービス)にもチャレンジしました。

いろいろな方法でお金を作る実践をし続けていたら、周りの人からも徐々に「稼ぎ方を教えてほしい」と頼まれるようになり、コンサルやミニセミナーをするようにもなりました。

そのうち、会社の収入以外で月20万円ほどは、自分でお金を生み出せるようになったんです。

好きなことを仕事にする。人脈・クライアントゼロから、年商1億円に至るまで

―副業で月20万円稼げるといくぶんか「金なし」状態からは、解放されたのではないでしょうか?

鈴木さん
そうですね。お金があることもそうですが、それ以上に「私は会社の仕事以外でも、自分でお金を作れるんだ!」という自信を得られたのは大きいですね。

すると不思議と見える景色が広くなっていったんです。

いろんなことに挑戦してみると、様々な価値観にも触れられます。おもしろい生き方をしている人、尊敬する人にも出会えて、徐々に人間関係も変わっていきます。

―新しく付き合っていく人との出会いの中で、コーチングと出会ったのでしょうか?

鈴木さん
はい。

コーチングとは、対話でクライアントの自己実現や目標達成をサポートするコミュニケーション技術です。

会社員生活と副業を両立しはじめてしばらくしてから、たまたまコーチングを仕事にしている男性とお話しする機会がありました。

当時の私はコーチングについてよく知らなかったので、「コ—チングってどういうことをするんですか?」と聞いてみました。

すると彼は「やってみる? じゃあ最近イライラしたことはある?」とそのままセッションが始まったんです。

私は当時会社で一緒だった、ある同僚のことがどうしても気にいらなくて、そのことを伝えると、

「具体的には今日その同僚のどういう発言や態度にイラっとした?」
「どうして彼女はそういう行動をしたんだと思う?」

といった質問を、たくさん投げかけてくれました。

何かアドバイスをするわけでもないのですが、投げかけられた質問に繰り返し答えていくうちに「なるほど! だから私はその同僚に対して、こういう感情が湧いてくるんだ!」と気づくことができたんです。

―相手から投げかけられる質問に答えていくうちに、自分の感情や思い込みに気づくことができたのですね。

鈴木さん
その通りです。

私は“コーチング”が何かも知らなかったのですが、これはすごいなと思いました。

もともと、友人や後輩から相談を受けることが多かったし、人にすごく興味があったので、会社を辞めて起業するなら物販やアフィリエイトではなく、人と関わり続けられる仕事がいいと思っていました。

クライアントの情熱の源泉を見つけるお手伝いができたり、目標達成を応援できるコーチングに感動して、そこから資格を取り、思い切って会社を辞め、無我夢中でコーチングセッションの実践経験を重ねて独立に至りました。

―コーチングの持つ可能性に惚れ込んで、独立を果たしたんですね。

鈴木さん
そうですね。

「やっと自分がやりたいことが見つかった!」という手応えがありました。

メインターゲットを「未来を変えたい女性」に絞って、あとは来る日も来る日もコーチングセッション漬けでしたし、極端な話、24時間ずっとコーチングについて考えていました。

人脈ゼロ、クライアントゼロから起業したのですが、おかげさまで初月からたくさんの女性にご予約をいただけるようになりました。

―今振り返って、勝算はどこにあったと思いますか?

鈴木さん
この仕事が私にとって「自分が夢中になれて、世の中からも必要とされていた仕事」だったからだと思います。

会社での仕事や物販、アフィリエイトやAirbnbも、それはそれで楽しくやっていましたが、ここまで夢中になってのめり込んではいなかったと思います。

そういう意味でこの仕事は、私にとってやっと見つけた「モチベーションがいらないくらい、自然と情熱がわき続ける仕事」だったんです。

私のクライアントの多くは「現状に対して不安や不満がいっぱい。本当はもっと自分らしく輝く人生を送りたい」と思っている女性です。

そしてその女性とは、そっくりそのまま私のことです。

だからこそ夢中になれたし、夢中でやっていたらいつの間にかクライアントが増え、そのうちにセミナーや起業塾なども開催できるようになり、そして本の出版のお話までいただけるようになりました。

結果として売り上げも右肩上がりで伸びていきました。

“人生の転機“は自分で決める。憧れの人の思考をインストールして、行動しよう!

―コーチングを駆使して、数々の女性起業家の誕生をサポートしてきた鈴木さん。最後に、独立・起業を目指している方へ、アドバイスをいただけますか?

鈴木さん
まずは自分の理想とする働き方を実現している人たちを調べて、その人たちに会いに行くことをオススメします。

私が副業を始めようとネットでいろいろ調べていた頃、「派遣社員から、好きな仕事で月100万円稼げるようになった」というブログを見つけました。

最初は結構疑ったりしていたんですが(笑)、そのブログを書いていた人のトークライブが台湾で行われることを知り、思い切って申し込んだんです。

すると台湾の空港には、平日にも関わらず私と同じようにブログやメルマガを見て来場した参加者が30人以上いらっしゃいました。

彼らの言葉を聞いて、考え方をインストールしていくうちに、自分の中の価値観が変化していくのを感じたんです。

価値観が変われば行動が変わります。行動が変わると人生が変わります。

毎日、会社と家の往復で、同じような人たちと遊んでいたらなかなか変化は起こりません。

そういう意味で、あの時勇気を出して1人で台湾に行ってみてよかったなって思います。

―鈴木さんにとって、まさに“転機”となる旅だったんですね。

鈴木さん
というより「この旅を、人生の転機にする」と自分で決めたんです。

“転機”は奇跡みたいに突発的に起きるものではなく、自分でデザインするものだと、私は思います。

実際にこの台湾ツアーには30人以上が参加していましたが、全員にとって転機になったわけではないですし。

転機は自分でデザインできる。私たちは未来を自由に選ぶ力を必ずみんな持っているんです。

―他にご自身の経験から、読者へのアドバイスはありますか?

鈴木さん
新しい価値観をインストールしたあとは、とにかく悩むより行動ですね。特に最初は1点突破の行動量が必要です。

「量質転換」という言葉があるように、一定の量を積み重ねることで、質的な変化は必ず起こります。

しかし多くの人は、質が変わるほどの量をこなさなかったり、変わる前に行動を止めたりしてしまうのです。

自転車と同じで、こぎ始める時は力がいりますが、流れに乗れるとスーッと進むようになるんです。まずはそこまでやってみる。

例えば今年『多動力』でベストセラーになっていた堀江貴文さんも、同書の中でとにかくすぐに動くことの重要性を言っていますよね。

もちろん独立・起業をするならいろいろ考えたりリサーチすることは大前提ですが、てっとり早いのは「この人みたいになりたい!」と思える人と実際に会って、その人の思考をインストールすること。

私たちは誰しも、未来を選ぶ力を持っています。自分の力が十分発揮できる方向へ、適切な力を加えて突き進む。

そうすれば、自分の力を最大限に発揮して、生きて行くことができるのではないかと思います。

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「老後資金はいくら必要なのか? 」「住宅ローンの上手な組み方は? 」「自分に合った資産運用は? 」など、各種メディアでお金の話題が掲載されない日はありません。

また、金融機関のCMも少なくありません。

長い人生を送る上でお金は必要なものですが、お金に対する何らかの不安や悩みを抱えている方が多いのも事実です。

そこで、最近ではファイナンシャルプランナー(以下、FP)という職種が注目されています。

FPになり、さらには独立開業するにはどうすれば良いのか簡単に解説していきます。

FPは「お金の専門家」

FPとはどんな仕事をするのでしょうか?  FPは、顧客が望むライフプランを実現させるため、顧客から提供された各種情報(家族構成・年収・資産・負債状況など)を基にまずは現状分析を行い、その上でアドバイスや将来の資産設計を行います。

もっと端的に言うと、FPは”ライフプランの総合アドバイザー”であり、またお金に関する悩みを解決することから「お金の専門家」とも呼ばれています。

また、顧客に対する相談だけではなく、お金に関するセミナー講師や執筆に携わっているFPも多いです。

FPになるにはまず資格を取得する

FPとして仕事をするには、その業務の性格上、お金に関する幅広い知識が必要となります。

そして、FPとしての実力を担保するために、勉強して資格を取得するのが一般的です。

FP資格には2つの種類があります。1つは国家資格である"FP技能士"。

もう1つは日本FP協会が認定する民間資格である"AFP(アフェリエイテッド・ファイナンシャルプランナー)"と"CFP(サーティファイド・ファイナンシャルプランナー)"です。

FP技能士は難しい順に1級から3級まであります。

AFPは2級FP技能士と、CFPは1級FP技能士とほぼ同等のレベル。

FPとして仕事をするのであれば、最低でもFP技能士2級合格を目指したいところです。

FP技能士2級には受検するための資格があります。

FP業務未経験者の場合、FP技能士3級試験に合格するか、日本FP協会が認定するAFP認定講座を修了することなどが必要です。

試験は学科試験と実技試験があり、学科試験は4択式のマークシート方式、実技試験は記述式(択一、語群選択、空欄記入の各形式を含む)です。

いずれも正答率6割で合格です。

試験範囲はファイナンシャル・プランニングに関する幅広い分野から出題されます。

詳しい内容は公式サイトを参照してください。

合格率は35%から50%で推移しており、国家試験では合格率が高い部類となります。

初心者でもきちっと勉強すれば合格を手にすることが可能です。

独立・開業するにはキャリアを積むのが一般的

FPとして独立するには、まず企業に勤め、実務経験を積んでからその業務で得た知識をメインにして開業することが一般的です。

例えば、保険会社勤務の場合、生命保険や損害保険の見直し、証券会社勤務だと資産運用、不動産や住宅関連会社勤務は住宅購入に関する資金相談といったところです。

また、FP事務所に勤務したのち、独立するパターンもあります。

では主婦としてのキャリアでは独立・開業は無理なのでしょうか?

そんなことはありません。

日々の節約術、教育費の捻出、貯蓄や資産運用、住宅ローンや保険の見直しなど、家計を管理していくことすべてがFPとしてのキャリアに繋がっていきます。

"生活者目線"でアドバイスできることこそ主婦FPの大きな強みです。

実際、主婦の経験を生かして活躍しているFPは大勢います。

その経験を生かすには、単に家庭内で実践するだけではなく、その知識をさらに深堀りしていくことが重要となります。

例えば、住宅購入するためにローンを組む場合には、各金融機関のローンの特徴を徹底的に調べ、比較検討し、他人にアドバイスできる精度まで高めておくという具合です。

また、お金に関する法律の改正も多いので、常に最新の知識が求められます。

AFP資格を取得すると日本FP協会に入会しますが、機関誌の購読やSG(スタディグループ)への加入など知識をブラッシュアップする機会がたくさんありますのでおすすめです。

まとめ

FPの年収ですが、千差万別でメインとする業務や収入源によって変わってきます。中には数千万円以上稼ぐFPもいます。

また、独立当初は自宅を事務所にしてスタートすることも可能です。

FPは開業する際、大掛かりな設備投資や商品の在庫を抱える必要がないため初期費用が少なくて済むことは大きなメリットでしょう。

仕事の面では、インターネットの普及により、FPの専門知識を生かした電話やスカイプなどでのコンサルティングや、ウェブライターなどの需要が高くなっています。

まずは試験に挑戦してみてはいかがでしょうか。

PROFILE

FP・社会保険労務士 木村政美

2004年に、行政書士・社会保険労務士・FP事務所の「きむらオフィス」を開業。2017年より、ダイヤモンドオンラインにてコラム連載を持つ。年金や個人のマネープランの相談・講習、企業向けのメンタルヘルス研修など幅広い分野で活動している。

2019年2月22日

食品や日用品が揃う、スーパーマーケット。

アナタの家の近くにもある“スーパー”に、観光客が集まっていると聞いたら、不思議に思いませんか?

今回お話を伺ったのは、岐阜県多治見市にあるマルナカストアー有限会社の代表取締役社長、中島世志人さん。

中島さんが代表を務める「マルナカストアー」には、地元の人だけでなく、全国から多くの観光客が集まるといいます。

なぜマルナカストアーには、全国から観光客が集まるのでしょうか?

今回は中島さんの経歴とともに、「マルナカストアー」の驚きの取り組みについてお伝えします。

<プロフィール>
中島世志人さん
マルナカストアー有限会社・代表取締役社長
岐阜県多治見市笠原町にある、スーパーマーケット「マルナカストアー」の3代目社長。先代から店を継いで10年、様々な理由から一時は廃業を考えるも、一念発起して店の一角をイベントスペースに改装。イベントスペースの企画第1弾として、キングコング・西野亮廣さんの絵本『えんとつ町のプペル』の世界を、笠原町の名産品であるタイルを使って表現し、人気を博している。

倒産寸前だったスーパーに、『えんとつ町のプペル』が出現した理由

―「マルナカストアー」と中島さんの経歴から教えてください。

中島さん
私の祖父がこの笠原でスーパーマーケットを開業しました。こどもの頃からこの店があったので、なんとなく「自分も将来は継ぐのかな…」と思っていました。身近過ぎる故に、こどもの頃はあんまり乗り気じゃなかったのですが(笑)。ある程度大人になってから、父からも説得されて店を継ぐことを決めました。大学を卒業後は3年、名古屋市内のスーパーマーケットに就職して経験を積んでから、「マルナカストアー」に戻ってきました。

―そこからはずっとこの「マルナカストアー」にお勤めされているのでしょうか?

中島さん
はい。25歳の時に店に戻ってきたので、かれこれ20年近く勤めていますね。そして35歳の時、先代の社長だった父が急死してしまったんです。父の後を継いで社長となったのですが、いかんせん予期せぬタイミングでの社長就任だったのと、私自身に経営の経験がなかったため、とても苦労をしました。幸い借金などは抱えていなかったのですが、経営はそれほど芳しく無く、先代たちが築いてきた遺産を食い潰しながらなんとかやってきたんです。

景気も悪く私自身の力不足もあり、いよいよ店を閉めようかと思っていた矢先に出合ったのが、キングコング西野さんの著書『革命のファンファーレ』と『えんとつ町のプペル』でした。

―「マルナカストアー」に来て、まず飛び込んできたのがタイルで描かれた『プペル』の世界観でした。なぜ『プペル』だったのでしょう?

中島さん
理由は2つあります。1つ目の理由は、2016年に「多治見市モザイクタイルミュージアム」がこの店の目の前にできたことです。
http://www.mosaictile-museum.jp/この笠原は古くからタイルで有名な場所です。様々なモザイクタイルを使ったアート作品が「インスタ映え」すると、開館当初から大きな話題になり、人が集まるようになりました。

2つ目の理由は『プペル』が著作権フリーであること。西野さんは『プペル』に関して、基本的に著作権はフリーであるとしています。
https://ameblo.jp/nishino-akihiro/entry-12371970580.html

「このタイルと『プペル』を組み合わせて展示したら、多くの人が集まってくれるんじゃないか」と思い、作ったのがこのイベントスペースなんです。

中島さん
もちろん『革命のファンファーレ』にも大きな影響を受けましたし、お世話になっている会計士の方に「どうせ辞めるなら好きなことをやってから辞めなよ」と助言されたことも理由の1つですね。また、笠原町がタイルで栄えていた頃は、工場や窯のえんとつがたくさんありました。そういう意味でも、笠原町は本当に「えんとつ町だった」ので、プペルを題材にしたかったんです。

スーパーでタイルをPRする。3代目社長として、自分の代で地元に何を残せるか?

―スーパーマーケット×イベントスペースという組み合わせは非常に斬新ですね。

中島さん
最初はフリーマーケットを出す、みたいなことを考えたりもしたんですが、すでに誰かがやってそうだなと。店に入ってすぐタイルの『プペル』がいるスーパーマーケットは、多分ウチくらいでしょう(笑)。

―でもなぜ「タイルでプペルを」という発想に至ったのでしょう? 普通にプペルの絵を展示する、でも良かったのではないですか?

中島さん
「多治見市モザイクタイルミュージアム」が目の前にあるから、という理由もありますが、昔から「自分の代で何を残せるのか」ということをずっと考えてきたからです。というのも先代たちは、何かしら私たち(後世)に残してきてくれました。祖父はこの場所そのものを作ってくれましたし、父は全日食チェーン(全日本食品株式会社が運営する日本最大級のボランタリー・チェーン)の取締役をやっていたこともあり、多くの人脈を築いてくれました。

中島さん
彼らが残してくれた、お金だけではない遺産があったからこそ、なんとかここまでやってこられました。では自分が3代目社長として何が残せるのか、それをずっと考えてきたんです。そして「自分たちが店を構えるこの笠原という地の魅力を発信して、より盛り上げることなんじゃないか」という答えに、ようやく辿り着くことができました。

タイルと『プペル』の組み合わせは、その第1弾です。

―ご自身の想いとタイル、『プペル』が点と線でつながった結果が、このイベントスペースなんですね。周囲の反応はどうなのでしょう?

中島さん
最初は年配の方を中心に「何してるの?」と疑問の声が上がったりもしていたのですが、新聞記事などに取り上げられてからは「新聞見たよ!」と言っていただくことも増えてきました。「スーパーでタイルをPRする」という珍しさから、評判は悪くありません。道沿いに大きな看板があるので「多治見市モザイクタイルミュージアム」に行ったついでに立ち寄ってくれるお客さまも増えました。

中島さん
また西野さんのオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」の会員さんや『プペル』のファンの方も全国から来てくださるようになりました。従来どおり、良くも悪くも「地元密着型スーパーマーケット」を運営していた時代から考えると、かなり斬新な集客の形ですね。

地元の人も観光客も集まる場所へ。“全国区”の地方スーパーへの道

―スーパーマーケットと言えば「地元の人が食品や日用品を買いに来る場所」というイメージですが、「マルナカストアー」はその概念を覆していますね。

中島さん
全国からお客さまが来てくださることは嬉しいんですが、とはいえ地元の人から敬遠されてしまっては意味がないんですよね。そもそもこの一連の活動は「地元を盛り上げる」という大前提があってのものですから。タイルや『プペル』といった、全国から集客できるシステムは継続しつつ、地元の人が来てくださる仕組み作りを考えています。

―具体的にはどのようなことですか?

中島さん
店の2階を使って、地元の人が集まって談笑したり、仕事ができたりするコワーキングスペースを作りたいですね。またちょっとした軽食が食べられたりお酒が飲めるような、イートインスペースを作ろうとも思っています。あるいは音楽イベントなども定期的に開催できるようにしたいので、音を出せる環境にもしないといけませんね。

地元の人も観光客も楽しめるスーパーを目指しています。

―まさに「全国区の地方スーパー」ですね。最後に、読者の方へアドバイスをいただけますか?

中島さん
おそらく家業を継いだけど、あんまり状況は芳しくない、という方も多いと思います。私自身、つい2年前までは店を畳もうと思っていました。でも自分のやりたいことに気づいて行動した時、ようやく進むべき道が見えました。悩んでいる人は自分が何をしたいのか、どうなりたいのかを一旦整理して棚卸しすると良いかもしれません。その上で今の仕事と絡められそうなら続けるも良し、全く絡められないならやめるのも良いでしょう。

大切なことは、まずは打席に立つこと、そしてバットを振ることだと思います。見逃し三振では何も始まりません。まずは「どの打席に立つべきか」から考えてみてはいかがでしょうか。

2019年2月22日

PLOFILE

山田康夫さん(69歳)

尾鷲山田堂/大阪市生野区

大学卒業後、大手小売企業に入社。
59歳で退職すると、三重県尾鷲市の海洋深層水塩に出合い、「卵アレルギーの孫にドーナツを食べさせたい」と思い立つ。
2010年に起業。妻の時代さんと二人三脚の経営。移動販売やネット通販も行う。
(さらに…)

2019年2月21日

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