独立・起業は孤独との戦いである。
会社員時代とは異なり1人で何でも決めなければいけませんし、大きなプレッシャーも感じることでしょう。時に家族や友人から理解されず、たった1人で戦わなければならない時もあるかもしれません。
今回お話を伺ったのは、俳優・タレントの岩永徹也さん。
岩永さんは『仮面ライダーエグゼイド』の檀黎斗(だん・くろと)/仮面ライダーゲンム役で話題となりました。
檀黎斗は劇中に登場する架空の企業「幻夢コーポレーション」のCEOとして、そのエキセントリックな演技で多くのファンを魅了しました。
その役作りには、小さい頃から人に理解されなかったという、岩永さん本人の経験が活きていたそうです。
一体なぜでしょうか。
岩永徹也さん
俳優・タレント・モデル・薬剤師
長崎県出身。
福岡の大学を卒業後、2009年に『MEN'S NON-NO』(集英社)が主催するオーディションに合格。同誌の専属モデルとしてデビュー。
2009年、慶應義塾大学大学院に進学し薬学を専攻。実際に薬剤師としての勤務経験も持つ。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士適性試験では全項目トリプルAを獲得。2013年に世界人口上位2%のIQを有する人の団体「JAPAN MENSA」の試験を受け、会員認定を受けるほどの超秀才。(MENSA会員のIQは148以上とされる)
同年『テラスハウス』に出演。2016年10月から2017年8月まで放送された『仮面ライダーエグゼイド』では檀黎斗(だん・くろと)/仮面ライダーゲンム役で連続ドラマ初出演。
持ち前の頭脳を活かして『くりぃむクイズ ミラクル9』『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(以下、Qさま)『ザ・タイムショック』といったクイズ番組にも多数出演。
『エグゼイド』がなければ芸能界を引退していた? 檀黎斗との運命的な出会い
―前編では大学院と薬学の両立までをお聞きしましたが、「MEN'S NON-NO」の専属モデルとしてはどれくらい活動されていたのでしょう?
22歳から27歳まで活動していたので、ちょうど5年間ですね。
実は「MEN'S NON-NO」の専属モデルを卒業する時に、芸能活動をやめようと思っていたんですよ。
―え!? なぜですか?
前回もお話しした通り「自分のその時の“やりたい”と思ったことをやる」が、モットーですので(笑)。
5年間、モデルとしてたくさん経験をさせてもらったので、そろそろ新しいことに挑戦したくなったんです。
「MEN'S NON-NO」を卒業したのが27歳だったので、ワーキングホリデーの年齢制限にも迫ってくる頃でしたし。
ずっと長期の留学をしたいなと思っていたので、ワーキングホリデーを活用していよいよ留学を、と思っていたんです。
そんな矢先にいただいたのが『仮面ライダーエグゼイド』(以下、エグゼイド)のお話でした。
―なぜ留学ではなく『エグゼイド』を選ぶ形になったのでしょう?
単純に、お芝居という仕事をやったことがなかったからです。
モデルの活動を中心に『テラスハウス』やバラエティ番組に出演する機会は増えていきましたが、自分が役者として役を演じる、という経験がなかったので挑戦してみようと。
―岩永さんから見た『エグゼイド』の面白いところとは、どんなところでしょう?
お話が予測不可能なことですね。
僕は昔からマンガやアニメが好きだったので、ある程度話を読んでいけば「次はこう来るだろうな」とかいろいろ考えてしまうのですが、『エグゼイド』はその予想を遥かに超えてくる。
1番驚いたのは、第22話で黎斗が永夢(※)に謝罪した時ですね。
ある日ロケが終わって、ロケ場所の近くにあったオムライス屋さんでオムライスを食べながら台本を読んでいたんですが、「え、黎斗謝っちゃうの?」と心底驚きました。
まぁ結果的には全く反省してないんですけど(笑)。たった30分しかない物語にも関わらず「え? え? これどうなるの?」と早く続きの展開が気になる仕掛けがてんこ盛りでした。
まるで週刊連載のマンガ雑誌を毎週楽しみに待っているような、そんな気分で1年間、檀黎斗を演じることができました。
※宝生永夢(ほうじょう・えむ)=『エグゼイド』の主人公で研修医。仮面ライダーエグゼイドに変身する。
たとえ永夢や飛彩に、理解されなくてもいい。フィクションの黎斗が「現実の岩永徹也」を表す存在に
―黎斗を演じる前と後で、何か変わったことはありましたか?
黎斗は、僕にとって名刺のような存在になってくれました。
当然黎斗は『エグゼイド』というお話の中の存在、フィクションなんですけど「現実の岩永徹也を端的に表す存在」というか。
―どういうことでしょうか?
これまでお話した通り、僕は自分の好きなことや興味の持ったことに熱中してきました。
そんな僕を見た周りの人に「なんで薬剤師なのに英語を勉強しているの?」とか「なんでお金払って機材を買ってまで絵を描いているの? 絵で稼いでいきたいの?」とか、いろいろ聞かれることも多くて。
僕はただ、外国語も絵も好きだからやっているだけなのに…。
好きなことに理由を求められるのが、少し窮屈に感じていたこともありました。
でも黎斗を演じた後は「まぁ黎斗だし仕方ないか」と、逆に周りの人の方から理解し(諦め?)てくれるようになって。
僕と人との間に「黎斗」という1つの共通認識ができた感じですね。
―それほど黎斗は、岩永さんが本来持つ要素を詰め込んで生まれたキャラだったんですね。
もちろん役者である僕が1人で「檀黎斗」という役の全てを決めるわけにはいかないので、そこはプロデューサーさんや監督と相談しながら作っていきましたが、結果として僕の素の部分を多く反映する形となりました。
―なぜ素の部分を役に活かせたのでしょう?
撮影が始まって1カ月ほど経った頃、プロデューサーさんから「黎斗は、永夢や飛彩(※)に理解されなくていい」と言われたんです。
「人に理解されない」というところは、僕が20年以上も素でやってきたことなので、それなら自分が本来持っている性格を取り入れようと思い、役に反映させたんです。
※鏡飛彩(かがみ・ひいろ)=『エグゼイド』に登場する外科医。仮面ライダーブレイブに変身する。
―黎斗というキャラクターの方向性が固まった瞬間だったんですね。
でも初期の頃はプロデューサーさんと監督の「審議の時間」もあったりして(笑)。
最初は「ライダーシステムを作る天才ゲームクリエイターで、ゲーム会社の社長」ということで、スマートな人物というキャラクター像だったんです。
しかし「人に理解されない」を強調した僕の演技が、初期の黎斗のスマートな人物像からズレていって。スタッフさんたちに確認するために撮影中に電話する、みたいなこともあったんですよ。
そういったやり取りもありましたが最終的には「たとえ人から理解されなくても、自身の行動原理を貫く黎斗」を演じることができました。
これがもし「人に理解される天才」というオーダーだったら、黎斗のキャラクターはまた違っていたかもしれませんね。
理解されることばかり望んでいては、新しい何かは生まれない
―自分の素の部分が色濃く反映されたからこそ、黎斗は作中でも屈指の名キャラクターになったのですね。
はい。僕はどんな役でもできる役者ではなく、自分でなければ表現できないような役をやりたいと思っています。
100の役よりも1つのはまり役に出会えること。それは僕にとって幸せなことです。
そういう意味では役者としてデビューして1作目で、黎斗と出会えたことはとても幸せでした。
―現在は役者の仕事以外にも、クイズ番組に数多く出演されたりと、タレントとしても幅広く活躍されています。これから挑戦していきたいことがあれば教えてください。
自分の作ったものや能力をアウトプットできる場所を、もっと増やしていきたいですね。
今も嬉しいことにクイズバラエティ番組などに出させていただいていますが、手加減なしに自分の能力を試せたり披露できる場所があることはとても楽しいです。
例えば『プレバト!!』では全然やったことのなかった俳句を作りましたし、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』などではクイズをたくさん勉強しました。
周りのタレントさんも、本気で俳句やクイズを勉強して番組の収録に挑んでいるので、僕も負けないようにこれからもより一層がんばりたいです。
―最後に、読者へメッセージをいただけますか?
周りの人の話やネットに飛び交う情報よりも、自分の気持ちを大切にすることはとても大事なんじゃないかなと思います。
黎斗の話ではないですが僕自身、小さい頃から周りの大人にいろいろ言われてきました。
きっと僕のためにアドバイスをくれているのだと思いますが、人のアドバイスって「その人の経験に基づくもの」の中からでしか言えないんです。つまりその人が見ている世界の中からでしか、助言はできない。
―つまり周りの大人の物差しで、岩永さんを測ることはできなかったんですね。
はい。そしてこれは読者の方にとっても同じことが言えます。
例えばもしあなたが、独立・起業を目指しているとします。
そんなあなたにとって、独立・起業を経験したことがない人からのアドバイスが、一体どれほどの価値を持つのでしょうか。
仮に独立・起業を経験していたとしても、あなたがこれから起こす事業と、業種も違えば細かい条件も全く違う。
「昔はこうだったよ」とアドバイスされても、今はもうその当時じゃない。この10年でスマートフォンが爆発的に普及したように、世の中は刻一刻とその状態を変えています。
人から理解されることばかりを望んでいては、新しい何かは生まれないんです。
逆に言えば、人から理解されるような独立・起業はすでに誰かがやっていることであったり、場合によっては時代遅れな可能性すらあります。
フィクションの話になってしまいますが、黎斗は人から理解されないからこそ(良くも悪くも)イノベーションを起こすクリエイターになれたんじゃないかなと思います。
独立・起業に限らず、新しいことに挑戦するなら、周りの人に理解されるかどうかではなく、まずは自分の気持ちに素直になることを大切にしてほしいですね。
取材・文=内藤 祐介
撮影=鈴木智哉