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「防災備蓄」の正しい知識と収納スキルを広く社会に伝える 社会起業家からのメッセージ

一般社団法人 防災備蓄収納プランナー協会/東京都千代田区
代表理事

長柴 美恵さん(50歳)

1967年、埼玉県生まれ。父親とともに飲食店を営んだ後、子育てをしながらネットショップを運営。2006年、得意な収納技術を生かし、「収納ドクター」として活動を始める。08年からは講師業務に就き、年80回以上の主催講座を行ってきた。16年、「防災備蓄収納プランナー協会」を設立、代表理事に就任。資格認定講座を実施し、全国展開に向けて人材育成に力を注ぐ。防災士、時間整理マイスター、ファイリングデザイナーなどの肩書も持ち、講演で全国を巡っている。

大規模な災害が発生するたび、防災・減災の重要性が浮き彫りになるものの、日頃から災害への備えは十分だという家庭やオフィスは、まだまだ少ないのが実情だ。
「何がどれくらい必要なのか」「いざという時に取り出しやすい収納とは」などといった視点から“生きる備え”を啓蒙し、社会に広げるべく活動しているのが「防災備蓄収納プランナー協会」だ。
代表理事である長柴美恵は、もともと得意な整理収納力を生かし、12年以上「収納ドクター」としてビジネスを展開。始めた頃は、まだ「収納が商売になる」時代ではなく、認知されるまでには苦労もあったが、持ち前のバイタリティーで道を切り開いてきた。
収納のプロとして何か手伝えることはないか――そんな思いで参画した東日本大震災の被災地支援で、長柴は防災備蓄の重要性を広く社会に広めることを使命に感じた。それが協会の設立につながっている。独自の資格認定講座を実施し、防災備蓄の正しい知識と収納スキルを身につけた「防災備蓄収納プランナー」の育成に全力を傾ける日々だ。すでに資格保持者は300名を超えており、長柴が起こした波は、少しずつだが確実に大きくなっている。

“生きる”防災備蓄を啓蒙し、社会全体での理解を高めていく。
それが、人々の暮らしに一層の安心・快適をもたらす

━整理収納の仕事を始められたきっかけは?

以前はグルメ商材を扱うネットショップを運営していて、接客や商売の充実感はあったんですけど、結局のところ、どうしてもパソコン漬けの生活が好きになれなくて。
一度リセットしようと考え、自分の棚卸しをしたんです。
何が好きなのか、得意なのか。それは明確で、モノや時間をきちんと管理すること、つまり「整理」です。
この頃から、同業者仲間から「部屋の中がめちゃくちゃで困っている」と聞けば、代わりに片付けをし、簡単に整理できる方法をアドバイスしていたんですよ。
ならば、これをビジネスにできないかと。

━それが収納ドクターですね。

整理収納には日常生活を快適にするだけでなく、気分までもリフレッシュする効果があります。
私は単なるお手伝い、代行ではなく、お客さまの場にも気持ちにもプラス効果を提供するプロでありたいと思っていたので、収納ドクターという言葉を考えたのです。
もっとも“片付け”が商売になるような時代ではなく、わずかにあった先例も、あくまで家事代行の一環。
思うように認知されず、文字どおり手探りの日々が続きました。
1つの切り口になったのは資格取得です。
スキルアップを図るために、まずは整理収納アドバイザー1級を、追って認定講師の資格も取ったことで、“教える側”として講座を持つようになりました。
講座への集客は大変でしたけど、「絶対にやり抜く!」と腹をくくって(笑)。
この時は、ネットショップ時代に学んで実践したマーケティングが役立ちましたね。
徐々に講座は盛況になり、伴って、個人宅やオフィスからの整理収納サービス依頼も増えてきました。

━東日本大震災の被災地支援が新たな転機になったとか。

専門を生かして何かお役に立てないかと、有志たちと東北応援チームを結成し、仮設住居での収納実務作業などを続けてきました。
被災地では、想像を絶するような現実を見聞きするわけです。
大勢の人たちが避難した高台の学校には長らく物資が届かなかったということ、そのストレスから心身を病んでしまった人々がいるということ、衛生面の恐怖…。
防災備蓄の重要性を心底感じました。
いわゆる防災セットを購入すれば安心、というわけにはいきません。
本来、備蓄は個別のものですから、品目や全体量なども当然違ってくるし、かつ、取り出しやすい収納、維持管理の必要性もあります。
そういった正しい知識とスキルを持つ「防災備蓄をするための収納の専門家」を育成したいと思って、防災備蓄収納プランナー協会を立ち上げたのです。
通常業務をしながらの設立準備、資格認定講座づくりは、よく体がもったと思うほどハードでしたが、何か使命感のようなものがあって。
覚悟のスイッチが入ると、エネルギーって湧いてくるものですね。

━「減災を目指し“備蓄は当たり前”の日本にする」という協会理念を掲げていらっしゃいます。

3年目に入って手応えを感じているところです。
組織化したことで、防災士や建築分野の専門家たちとのネットワークができましたし、協会が規定する資格保持者も300人を超えました。
まだまだこれからですけど、私以上に熱く理念を訴え、活動してくれるメンバーがいることは本当に心強い。
安心で快適な暮らしを広めていくには、本格的な全国展開が必要だと考えています。例えば豪雪地域、火山災害が心配な地域など、それぞれの事情に応じた防災備蓄を推進するためには、やはり地域に根ざしたプロたちを育てていかなければと思うのです。
責任は重いけれど、それが私の役目。
そう信じて走り続けている日々です。

※「収納ドクター」は長柴美恵氏、「防災備蓄収納プランナー」は防災備蓄収納プランナー協会の商標登録

取材・文/内田丘子 撮影/刑部友康

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1971年。

今から48年前、日本を代表する人気コンテンツ『仮面ライダー』が産声を上げた年です。

『仮面ライダー』の制作に携わり、現在に至るまで様々な映像作品・舞台などで主にアクションの側面から人気コンテンツを支えてきた会社が、株式会社ジャパンアクションエンタープライズ。

今回は同社の代表取締役社長・金田治さんにお話を伺いました。

特撮界の巨匠として、数々の作品に携わってきた金田さん。

今回は金田さんがアクションの世界に入った理由から、作品作り・後続育成をする上で大切にしているものを伺いました。

<プロフィール>
金田治さん
株式会社ジャパンアクションエンタープライズ代表取締役社長

21歳の時に千葉真一さんが立ち上げたジャパンアクションクラブに入門し、その後アクション俳優、スタントマンとして活躍。

現在は株式会社ジャパンアクションエンタープライズ代表取締役社長を務める傍ら、テレビや映画で監督として活躍を続けている。

『特捜ロボジャンパーソン』で監督デビュー。『仮面ライダー電王』『仮面ライダー鎧武』などの仮面ライダーシリーズ、『特命戦隊ゴーバスターズ』などのスーパー戦隊シリーズほか、さまざまなアクション作品の監督を務める。

巨匠・金田治が、アクションの世界へ踏み出した意外な理由

―仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズを始め、多くのアクション作品の監督を務めている金田さん。もともとはスタントマン、アクション俳優だったそうですが、なぜアクションを志したのですか?

金田さん
最初のきっかけは、ズバリお金が欲しかったからです(笑)。

高校を卒業して進路を考える頃、大学に行って勉強するのは嫌、会社員になって働くのも嫌だったので、専門学校に進学することを口実に東京へ出てきました。

専門学校に行きながらアルバイトで食いつないでいたある時、兄がエキストラの仕事をしていた関係で、千葉真一さんが主宰する「ジャパンアクションクラブ」(以下、JAC)の存在を知りました。

幼い頃からテレビも映画もあまり見てこなかったので、正直良くわからなかったのですが、なんでもアメリカのハリウッド映画でアクションをこなすスタントマンは、1回のアクションで何十万円ももらえるらしいと聞きまして。

「スタントマンていうのはお金になるのか!」と思い、兄に紹介してもらい21歳でJACの門下生となったのがきっかけです。

―なんというか、ものすごい生々しい理由でアクションの道に進まれたのですね…(笑)。

金田さん
当時の僕は、特に「将来何になりたい、こんなことがしたい」みたいな目標がなかったんですよ。

とりあえず大金を稼げる方法としてスタントマンの仕事があった。だからそれに挑戦してみた、という流れです(笑)。

―そしてその流れが現在にもつながるわけですが、JAC入所当時はどうでしたか?

金田さん
入所してから東映のテレビや映画のアクション、藤岡弘さん演じる「仮面ライダー1号」のトランポリンアクションなどに出演してました。

当時は実際に藤岡さんご本人が仮面ライダーのスーツを着ていたのですが、トランポリンを使うアクションの時はスタントマンがスーツアクターを演じていたんですよ。

真夏の撮影で、汗だくになりながらも必死でしたね。当時は僕も駆け出しでしたから、諸先輩方に怒られながら経験を積んでいったんです。

―やはりアクションの道は生易しいものではなかったんですね。それでも大変な分、当初の目的通りお金を稼ぐことはできたのではないですか?

金田さん
それが意外と稼げなかったんです。やはりアメリカと日本の制作予算の差なんですかね、想定外でした(笑)。

お金がちゃんと稼げていないことに疑問を感じつつも、とにかく多忙を極めていたので仕事に没頭していました。

―大変な現場を任されていたのにも関わらず、収入が伴わないのであれば、いっそ辞めてしまうという選択肢もありそうですが、なぜ続けられたのでしょう?

金田さん
んー…、なんとなく周りに流されてしまって(笑)。

たしかにおっしゃる通り、過酷な現場で当時はまだ薄給でしたから、僕より先に入った先輩たち、特に家庭を持っていた方の多くは辞めてしまったんです。

JACに入った仲間内では、僕が年長者だったこともあり、気がついたら同期や後輩の中で僕が1番年齢が上になっていました。

知らず知らずのうちに、みんなが「かねさん、かねさん」って慕ってくれるようになってからは、もう辞めるに辞められなくなってしまって。本当はお金がもっと稼げるところに行きたかったんですけど(笑)。

ちょうどその頃『ロボット刑事』という作品で主人公のスーツアクターを担当することになり、当初の期待とは程遠いものの、徐々に安定してお金も稼ぐことができるようになっていきました。

アクションはあくまで、表現の1手段。芝居を最優先に考える“金田イズム”

―アクション俳優・スタントマン・スーツアクターとして活躍し、JAC内でも頭角を現していった金田さんですが、監督業を始められたきっかけは?

金田さん
JACに入所してから4年ほどでしょうか。『正義のシンボル コンドールマン』という作品で初めてアクション監督(技斗、殺陣師)としてデビューしました。

最初は見よう見まねでしたね。これまでの撮影でアクション監督がどういった仕事をしてきたかを思い出しながら、自分なりに考えて。

その後アクション監督を務め経験を積み『特捜ロボ ジャンパーソン』で監督デビューしました。

『ジャンパーソン』の後は『重甲ビーファイター』や『仮面ライダークウガ』から始まる、平成仮面ライダーシリーズを中心に、監督として作品作りに携わってきました。

―監督業の傍ら、1996年にはJACの代表取締役に就任、2001年には「株式会社ジャパンアクションエンタープライズ」(以下、JAE)に社名を改称します。経営者としての仕事もされている金田さんですが、JAEとはどんな会社なのでしょう?

金田さん
主にアクション俳優、スタントマンのマネジメントをしており、会社全体では140名ほどが在籍しています。

ありがたいことに映画やドラマといった映像系の仕事から、舞台やライブといった各方面からお仕事をいただいております。

加えて、アクション俳優・スタントマンを育成する養成所(JAE養成部)も運営しています。現在第一線で活躍する俳優たちのマネジメントと、次世代に活躍する新しい才能を育てるのが会社の主な役割ですね。

―金田さんが作品を作る時、もしくは経営者として次世代の才能を育てていく時に心がけていらっしゃることがあれば教えてください。

金田さん
僕は、アクションとはあくまで「表現の1つの手段に過ぎない」と思っています。

作品作りにおいても「ただアクションがかっこよければいい」というわけではなく、より根幹の「芝居」の1表現としてアクションが成り立つと、考えているんです。

JAE養成部では主にアクションを中心に勉強するわけですが、そもそも前提として「芝居」ができなければ意味がありません。

作品作りも育成も、アクションの根底にある「芝居」は特に意識していますね。

―「芝居」を最優先に考える“金田イズム”が浸透しているからこそ、JAEには素晴らしい俳優さんが募るんですね。

金田さん
そうだといいですね(笑)。

映像作品や舞台、ライブなど様々なお仕事に、ウチの所属する俳優たちを呼んでいただける理由が、そのスタンスと技術を評価してくださってのことなら、とても嬉しいですね。

僕は顔を出す俳優も、スーツアクターやスタントマンとして顔を出さない俳優も、カメラの前に立ったら同じ「役者」だと思っています。

役者である以上、芝居をする。アクションの奥にある、感情や想いを伝えられる作品を1つでも多く作っていきたいですね。

何が自分に向いているかなんて、分かっている人の方が少ない

―金田さんがこれから挑戦したいものを教えてください。

金田さん
スタントマンによる「アクションライブパフォーマンス」を現在構想中です。

映像作品においてCGの技術が発達し、昔ほど生身の人間のアクションが重要視されなくなった現在だからこそ、俳優たちが全力で演じ、派手なアクションを魅せるという試みに挑戦したいんです。

映画の1シーンで見るような迫力のあるアクションを、生で見られる舞台をこれから作っていきたいですね。

―これから何かにチャレンジしたいと思っている読者へ、メッセージを頂けますか?

金田さん
その都度その都度で、やりたいことがあったらやってみるのが1番だと思います。

僕はJAEに所属する俳優たちやスタッフたちに対して、その人自身が最も活躍できる場所を作ってあげたいと思っています。

例えば今、俳優をやっている人はもしかしたら後続の指導に向いているかもしれないし、作品作りのアクション監督、演出家、監督に向いているかもしれない。

何が自分に向いているかなんて、意外と当人は分からなかったりするものなんです。だからこそ周りにいる人が、その人にいろんなチャンスを与えてみる。

僕自身、アクション俳優をやってみたり、監督をやってみたり経営者をやってみたり。周りにいた人たちにいろんな誘いをいただいたから、今こうしているんです(笑)。

自分が昔そうだったように、僕もまた誰かにいろんなチャンスを与えられる人でありたい。

だからこそ「何かをやってみたい」と思ったら、行動を起こしてみる。周りの人に勧められて気づくこともあれば、自分で行動を起こして気づくこともある。

少しずつでも活躍の場所が広がっていけば、自ずと自分の進むべき方向も分かってくるんじゃないでしょうか。

2019年6月13日

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