家、職場、学校、趣味の仲間……。人は生活する上でいくつかのコミュニティに属し、それぞれに居場所があります。
居心地の良い場所は人生を豊かにしますが、そんな居場所をうまく見つけることができず、孤独に感じている人も少なくありません。
前回に引き続き、今回お話を伺ったのは元プロゲーマーのNOBUOさん。NOBUOさんは任天堂の人気ゲーム『マリオカート』のプロゲーマーで、その腕前は世界一を経験するほど。
しかしNOBUOさんは18歳の時に難病である線維筋痛症を発症。以来10年以上に渡り、今もなお闘病生活を続けています。
病気で苦しい中、唯一できたことがゲームだったというNOBUOさん。今回はそんなNOBUOさんに、ゲームの持つ可能性について伺いました。
NOBUOさん
ストリーマー/元プロゲーマー
『マリオカート』世界大会6回優勝
幼い頃からゲームをプレーし、中でも任天堂の人気ゲーム『マリオカート』では中学生の時に全国大会で優勝を経験。
18歳の時に難病である線維筋痛症を発症。一時は寝たきりの生活も経験し現在もなお闘病中。闘病しながら挑んだ『マリオカート』シリーズ任天堂公式世界大会では、通算6度の優勝経験を持つ。
2020年夏にプロとしての活動に区切りをつけ、現在はストリーマーとしての活動を中心に、ゲームの魅力を伝える新規事業を計画中。
ゲームは、誰かにとっての“居場所”になれる可能性を秘めている
――前編ではNOBUOさんのプロゲーマーとしての活躍を中心に伺ってきました。現在はプロゲーマーを引退されたのですか?
そうですね。今年の7月にプロゲーマーとしての活動は引退しました。というよりスポンサーとの契約を更新しなかったんです。
ここ最近、体調が少し悪くなってきたこともあり、思うように活動することができず……。
ありがたいことにスポンサー側からは契約継続の声もかけていただいたんですが、後に続く人たちのためにもいったんプロとしての活動に幕を下ろそうと思ったんです。
――それでゲームに関する事業を立ち上げようと?
弟がゲームに関する事業を新たに立ち上げようとしていて、そこに僕も参画する予定です。
ゲームは誰かにとっての“居場所”になれたり、時には人の心を救うほどの大きな可能性を秘めていると。
それは僕自身がゲームで救われたことももちろんそうですし、僕の配信動画を見てくださる視聴者の方、中には病気を患っていらっしゃる視聴者の方。いろんな方にとって「ゲームって人の“居場所”になり得る存在なんだな」と感じる場面がたくさんあって。
――NOBUOさんのSNSやYouTubeのコメント欄を見ていると、ゲームがNOBUOさんやファンの皆さんにとっての“居場所”だと感じる瞬間がたくさんあります。ゲームは人の“居場所”になると、最初に感じたのはいつの頃なのでしょう?
話が前後してしまうのですが、2008年に『マリオカートWii』の世界大会で初めて優勝した後ですね。
実は僕、その時『マリオカート』をもう辞めてしまおうと思っていたんですよ。
「あの時、たしかにゲームは僕らにとっての大切な“居場所”になっていたんです。」
――なぜ『マリオカート』を辞めようと?
理由は2つあります。
まずは1つ目は、優勝したことへの“やり切った感”があったからですね。文字通り人生を賭けた大勝負の末の優勝だったので、自分の中で達成感がありました。
そしてもう1つ。優勝した当時僕は21歳だったのですが、周りの友達はみんな大学を卒業して就職を考える頃だったんです。
まだ今みたいにゲームでお金を稼いでいけるような世の中じゃなかったこともあり、たとえ世界大会で優勝できたとしても「働きもしないで、ゲームをすることへの申し訳なさ」みたいなものを感じてしまって。
――後ろめたさがあったと……。でも結果的には『マリオカート』を続けられたんですよね?
はい。ちょうどその頃「mixi」というSNSで、ファンの方からメッセージをいただいたんです。
インターネットを通じて僕の活躍を知ってくれていたある女性の方でした。そんな彼女からいただいた話というのは、「マリオカートで強くなりたいから教えて欲しい」というもの。
連絡を続けていくと、実は彼女は大切な人を失ってしまったこと、以来ショックで部屋から出ることができなくなってしまったこと。そしてそんな彼女を見かねたある友人に『マリオカート』を勧められたことを聞きました。
そんな彼女との連絡がしばらく続いた時に「この人が上手になるまで、練習に付き合いたい」と思うようになったんです。
――やはり彼女の抱える事情が事情だから、でしょうか?
それもそうですし、何より「この人と僕は、根っこ部分が一緒なんだな」って思ってしまったんです。
病気で身体が健康でなくなってしまった僕は、ゲームに救われました。
一方で彼女は身体は健康ではあるけれど、心が深く傷ついてしまって、その先でゲームと出合った。
あの時、たしかにゲームは僕らにとっての大切な“居場所”になっていたんです。
一度はゲームの世界から出て行こうとした僕ですが、そんな僕を彼女が求めてくれた。だから彼女の“居場所”に僕を必要としてくれる限り、練習に付き合いたいと思ったんです。
今、そして未来で待っている「自分を必要としてくれる誰か」のために、今日も一歩ずつ歩んでいきたい。
――その時の原体験が、YouTubeでのストリーマーとしての活動や、これから立ち上げる事業に深く影響を与えているんですね。
はい。
「ゲームが人の“居場所”になれる」ことを知ってからは、「強さ」だけに固執してしまうスタイルは、自分の中でやめにしようと思ったんです。
例えばYouTuberとして自分のプレー動画を流す時、「強さ」ばかりを追い求めてしまうと、どうしても感情的になってしまったり、時には悔しさゆえに汚い言葉を使ってしまうこともあります。
でもそれって、見てくださる方にとってはあんまりいい気持ちがしないじゃないですか。
いつしか僕にとってゲームというのは、自分のためにするものではなく、見てくれる誰かに「ゲームって面白いな」「ゲームっていいな」と思ってもらうためのものになっていったんです。
その理念の延長線上にあるのが、弟と一緒に立ち上げた今回の起業でした。
――新会社の構想を、簡単でいいので教えていただけますか?
まだ企画段階で、多くのことはお話できませんが、ゲームが人の“居場所”になったり、ゲームによって人と人がつながったり。そういう機会の場を増やしていけたらと考えています。
例えば、毎年社員の交流を目的とした運動会を開催している会社があったとします。その運動会の種目にゲームというジャンルがあってもいい。
ゲームは競い合ったり協力したりと、コミュニケーションツールとしてとても有用です。今まであまり交流がなかった人との会話が生まれます。
そんな風にあまりゲームをプレーしない大人の方はもちろん、究極を言うとこどもからお年寄りまで、全ての世代の人たちがゲームを楽しめるような「文化」を作りたいんです。
僕自身もeスポーツの世界でプレーしてきましたし、eスポーツの競技性は今でももちろん大好きです。
でもこれからは、強い人を決めるだけではない、競技性だけでない“ゲームの魅力”を皆さんにお伝えしていけるような、そんなお仕事ができたらと思っています。
――ゲームにご自身を救われ、且つ世界大会で優勝を6度経験し結果を残されているNOBUOさんだからこそ言える言葉だと思います。最後に、読者の方へメッセージをいただけますか?
人それぞれ、辛い時やしんどい時ってありますよね。でもその辛いことは「自分を必要としてくれる誰か」のために、あるんじゃないかなって思うんです。
僕の場合は、病気で寝たきりになった時にずっと辛くて不安で。「自分は誰からも、必要とされないんじゃないか」って思っていました。
でもなんとかその状況から立ち直って、ゲームの世界に足を踏み入れたら、世界が変わりました。
僕の動画を見て「いつも楽しみに見ています!」「励まされています!」という言葉をいただくたびに、自分が辛い思いをしてきたのは無駄じゃなかったなって思えるんです。
そんな「自分を必要としてくれる誰か」は、きっとあなたの側にもいるはず。仮に今いなかったとしても、その壁を乗り越えた先の未来のどこかで待っている。
そう信じて、その人たちのために一歩ずつ歩んでいけたらいいですね。
取材・文・撮影=内藤 祐介