お店を開くときやフリーランスで働き始めるときなど、新たなビジネスを個人事業主として開始する際は、開業から1ヵ月以内に「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)を税務署に提出することが義務付けられています。
開業届は、個人事業主として事業を開始したことを届け出るとともに、確定申告(特に青色申告)を行うためにも提出が必須となるものです。
個人事業主になることを検討したことがある人であれば「青色申告や白色申告」といった言葉や「開業届を出すメリット」を耳にしたことがあるかもしれません。また、近年では働き方の多様化により、会社員として働きながら副業をしている人もいるでしょう。
冒頭でもお伝えした通り、開業届は原則として開業から1ヵ月以内に提出しなければなりませんが、そもそも「事業の定義」に当てはまらない場合は届け出ができない場合もあります。
本記事では「これから個人事業主になる人」や「現在、副業をしている人」「白色申告から青色申告への変更を検討している人」へ向けて「開業届を提出するメリット」や「開業届の提出が必要な事業者」「開業届を出す最適なタイミング」についてお伝えしていきます。
開業届の提出が必要な“事業”とは
前提として、「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)が必要な場合は次のような場合です。
1.新たに“事業”を開始した場合
2.事業所や事務所を開設した場合
2.は、分かりやすいかと思いますが、1.の新たに“事業”を開始した場合というのはどういった状態をいうのでしょうか。
国税庁によると、個人事業者(事業を行う個人)と法人をいいます。
消費税は、国内において事業者が事業として対価を得て行う取り引きに課税されますが、この「事業として」の意義については次のように述べられています。
「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡等を反復、継続、かつ、独立して行うことをいいます。
つまり、開業届が必要な「事業者」というのは個人事業者や法人のことを指しています。しかし、「事業として」の意義にもあるように、反復、継続、独立して行われている「事業」であれば、個人事業主や法人に限ったことではないということも示されています。
この場合の事業とは、事業所得、不動産所得、山林所得のいずれかが生じる事業のことで、開業届が必要です。
では、どのようなケースが事業に該当するのか具体的に見てみましょう。
【事業になるケース】
・商店を開業して販売用の商品を仕入れて売る
・オンラインで講師をしており、複数の生徒を抱え毎週、指導を行っている
・本業とは別に、Webデザイナーの仕事を継続的に行っている
【事業にならないケース】
・不要になったもの(生活用に使用していた資産)をフリマアプリで売る
・趣味程度に動画サイトで広告収入を得る
・年に何度かハンドメイド商品をインターネットサイトで販売する
このように、開業届が必要な事業というのは、個人事業主が行うものに限りません。ここまでお伝えした条件に当てはまる場合には、会社員であっても「事業」に該当し、開業届を出すことでその事業を得た収入を、「雑所得」から「事業所得」や「不動産所得」を選択できるようになります。事業で得た収入を「事業所得」や「不動産所得」とすることにより得られるメリットが享受できるようになるのです。
ちなみに「開業」とは、事業を開始することを意味しますが、一般には個人事業主として事業を開始する際に使われることが多いです。
「No.6109 事業者が事業として行うものとは」(国税庁)
開業届を出すメリット・デメリット
ここからは個人事業主が「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)を出すメリットとデメリットをお伝えします。開業届の提出には多くのメリットがあるといわれていますが、人それぞれメリット・デメリットの捉え方は違うでしょう。
どちらも理解してベストな選択をしましょう。
開業届を提出するメリット
1.青色申告で節税できる
青色申告を行うためには、開業届のほかに「所得税の青色申告承認申請書」の提出が必要です。開業届の提出だけでは、白色申告しかできませんので注意しましょう。
青色申告承認申請書は一般的に、開業届と同時に提出します。もし、開業届を提出するときに青色申告承認申請書を提出していなくても、開業の日から2ヵ月以内に提出すれば、その年の収入分から青色申告が適用されます。
なお、「青色申告承認申請書」は、1月1日~15日までに事業を開始した場合はその年の3月15日までに、1月16日以降に事業を開始した場合は事業を開始した日から2ヵ月以内に提出しなければなりません。
青色申告を行うことで、次のような節税のメリットがでてきます。
【青色申告特別控除】
簡易簿記の場合は10万円、複式簿記の場合は最大65万円の特別控除が受けられます。
【青色事業専従者給与】
生計が同じ家族が事業に携わっている場合、家族の給与を全額必要経費にすることができます。なお、白色申告であっても、事業専従者給与として一部を経費にすることが可能です。このように、開業届を出すことで、経費の範囲が広がります。
【「損益通算」および「純損失の繰り越し」】
損益通算は、対象の所得(事業所得、不動産所得、譲渡所得、山林所得)に赤字があった場合、損失分を総所得金額などから控除できる制度です。損益通算により、総所得金額などが圧縮され、その分、所得税を節税できます。
また、青色申告であれば、損益通算で控除しきれなかった事業所得の損失、つまり赤字を3年間繰り越すことができます。例えば、前期は赤字でしたが当期は黒字となった場合、前期の赤字分を当期に繰り越すことができ、税金の支払いを抑えることが可能です。
「No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」(国税庁)
2.金融機関の口座が屋号名義で作れる
顧客や取引先に振り込みを依頼する際、個人名義の口座より屋号名義の口座の方が、信用力が増します。
銀行にもよりますが、個人名に屋号を付け加えた口座の開設ができます。なお、屋号名義で金融機関の口座を開設するとき、開業届の控えが必要となります。
3.事業資金の融資や補助金・助成金の申請
個人事業主が金融機関などから事業資金の融資を受ける場合には、その事業を行っているという証明がなければ融資を受けられない場合が多くあります。
また、事業を開始するにあたり、補助金や助成金の申請を検討している場合にも開業届が必要になってくることが多いです。
このように、開業届を出しておくことで、融資や補助金・助成金の申請などがスムーズに行えるようになります。
開業届を提出するデメリット
1.失業手当が受けられない
雇用保険制度では、会社の離職から過去2年間のうち、一定期間の雇用保険被保険者期間であれば、失業時に基本手当を受給できるようになります。
しかし、失業手当は次の就職までの安定した生活を目的とした制度のため、会社員から独立開業して開業届を提出して個人事業主となった場合は、基本的に手当を受けられません。
2.記帳の義務が発生
開業届を出して個人事業主となる場合、日々の取り引きを帳簿に記入しておく必要があります。
さらに、帳簿の保存も必要です。白色申告も同様に記帳や帳簿の保存義務があります。経理の知識が必要になるなど面倒な作業が増えることはデメリットといえるかもしれません。
開業届に必要な書類とは
「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)は、最寄りの税務署または国税庁のホームページからダウンロードできます。
開業日、屋号、マイナンバー、そして事業内容など必要事項を入力し作成します。
なお、マイナンバー確認のため、顔写真付きのマイナンバーカードが必要ですが、マイナンバーカードがなければ、マイナンバー通知と顔写真入りの本人確認書類が必要となります。
「番号制度に係る税務署への申請書等の提出に当たってのお願い」(国税庁)
開業届を出す方法には窓口提出と郵送がある
「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)の提出は、所轄税務署へ持ち込むか、郵送になります。
開業届の提出に費用はかかりません。
窓口提出の場合、開業届は税務署への提出用と控えの2部を提出します。その際、マイナンバーの番号を確認できるものも持参してください。
郵送で提出する場合は、開業届の提出用と控え、マイナンバーカードのコピー(両面)、(マイナンバーカードがない場合は、マイナンバー通知のコピー(両面))、顔写真入りの本人確認書類のコピー、そして自分の住所宛の返信用封筒(切手貼り付け)を同封します。
また、開業届・青色申告書は、オンラインでも提出が可能です。その場合は、国税庁の「e-Taxソフト」や会計ソフトを提供するクラウドサービスの利用を検討してください。
開業届が受領されると、控えが自宅へ送付されます。
開業届を提出しないとどうなるのか
「売り上げがまだ少ないから『個人事業の開業・廃業等届出書』(開業届)の提出はやめておこう」とか「事業を続けられるか分からないから」といった理由で、個人事業主となっても開業届を出さない方がいます。
開業届は、開業してから1ヵ月以内に提出することになっています。提出していないからといって罰せられることはありませんが、青色申告で最高65万円の控除を受けたり、家族に給与を支払うこととなった際に給与を経費にしたりするためにも開業届を出しておくようにしましょう。
開業届を出していると、確定申告の時期に申告書類が送られてきます。しかし、開業届を出さず、申告書類が送られてこないからといって、税金を払わなくていいわけではありません。
自分で申告書類を入手し、確定申告はきちんと行いましょう。
まとめ
今回は、開業届を出すメリットとその提出方法について説明しました。
開業届を出すことで、税金面でメリットがあるだけでなく、屋号を持ってビジネスを行うことができ、社会的信用度も増します。
そして何より、自分でこれから気合いを入れてビジネスを行うという、一種のけじめになるのではないでしょうか?
開業届の提出に費用はかかりません。
開業届は最寄りの税務署や国税庁のホームページなどで入手でき、持ち込みでも郵送でも提出でき簡単です。
開業時には、ちゃんと提出するようにしましょう。
ただし、書類が不足すると、余計な手間がかかってしまうので、提出前に税務署に電話するなどして、必要書類を確認した方がよいでしょう。
<文/西川ちづる>