大学を卒業すると、多くの人は企業に就職する。
ただ、すべての人がはじめから「将来なりたいもの」があるかというと、そうではない。
社会に出て、いろいろな経験を積むうちに「なりたい自分」を見つける人もいる。
今回お話を伺ったのは、小川裕司さん。
学生の頃に「なりたい自分」がイメージできていなかったが、
営業の仕事を経験するうちに企業の経営、マネジメントに興味を持ち、
その後、思いもしていなかった「税理士」での独立の道に進み、
現在は税理士事務所の経営者として活躍している。
現在の姿になるまでに何を考え、どう行動してきたか、お話をお聞きしました。
<プロフィール>
小川 裕司さん
税理士法人 ALMA
代表社員 税理士
慶應義塾大学法学部を卒業後、
3社目になるコピー機のリース営業の仕事で
入社半年でサブマネジャー、3年でマネジャー、5年で統括部長に昇進。
マネジャーの仕事をするうちに
「自分で思うように会社を経営したい」と思うようになり、
会社を辞め税理士の資格を取得。
その後税理士事務所を立ち上げて独立し、
代表社員として事務所の経営に取り組んでいる。
大学を卒業する時、「将来なりたいもの」がなかった
-現在に至るまでの経緯を教えてください。
小川さん
就職活動を始めたのは大学4年の5月でした。就職氷河期のはじめの頃で、就職環境が厳しかったことを覚えています。スタートは出遅れましたが、なんとかある会社に採用されました。
しかし、就職して2カ月で辞めてしまいました。その後すぐに別の会社に転職したのですが、そこも3カ月で辞めてしまいました。
-せっかく就職したのに、なぜすぐに辞めたのでしょうか?
小川さん
大学卒業直後の私は、「将来、何になりたいのか」わかりませんでした。そのため、まず入社して仕事をしてみて「自分には向かないな」と気付いて辞める、ということを繰り返していました。
-自分に合った仕事が見つけられなかったんですね。その後はどうしたんですか?
小川さん
3社目に入社したのは大手IT企業の関連会社で、コピー機のリース営業の仕事でした。入社当時、その会社はメーカーと組んで他社よりも安い価格設定をすることで他社と差別化し、コピー機リースのリプレイス営業を仕掛けていました。
営業する商品の特性や競合他社との差別化ポイントが明確だったこともあり、私は自信を持って営業できました。結果も出るようになり、多い時で月19台の契約を獲得することもありました。
その業績が認められ、入社半年でサブマネジャー、3年でマネジャー、5年で統括部長に昇進することができました。
特にマネジャーになってからは、メンバーに営業してもらい、自分はそのマネジメントに専念するようになりました。自分のグループのメンバーにどう動いてもらい、業績目標を達成するか。グループの経営、マネジメントに面白みを見出した私は、将来は「自分で思うように会社を経営したい」と考えるようになりました。
将来、企業経営したい。そのための武器になると考え、税理士資格を取得
-マネジャーの仕事をするうちに、進む道が見えてきたんですね。その後はどうされたんですか?
小川さん
統括部長になり日々忙しく働いていた32歳の誕生日に、この先のキャリアについて考えました。
40歳を超えたら今の仕事は続けられない、と感じていたこと、35歳を超えると転職するのは厳しいと聞いていたこともあり、いろいろ考えた結果「辞めるなら今のタイミングだ」と思い至り、まず会社を辞めました。
-何をするか決める前に、会社を辞めたんですか?
小川さん
何をするかは辞めた後に決めよう、と考えていました。将来「自分で思うように会社を経営したい」が、そのためにはお金に詳しくなることが必要だ。そう考えた私は、まず専門学校に通って、税理士の資格を取ることにしました。
前の会社の退職金等でお金はありましたし、時間は山ほどありましたので、税理士資格取得に向けて全力で勉強しました。途中で税理士事務所に就職して実務経験を積み、4年半かけて税理士資格を取得しました。ただ、このときはまだ「税理士」になろうとは考えていませんでした。
-税理士の資格を取得した後はどうされたんですか?
小川さん
その後しばらくは税理士事務所で働いていたのですが、39歳のある日、「来年40歳になる。独立するなら40歳までに、と以前から考えていた。どうせ独立するなら早い方がよい」と思い、独立して会社を立ち上げようと考えました。
将来「自分で思うように会社を経営したい」と思っていたので、会社を立ち上げ経営できるなら、業種、職種は何でもよいと考えていました。ただ具体的に何の会社を立ち上げるかを考えたとき、私が税理士の資格を持っていたので、その資格を活かして友人の税理士と2人で税理士事務所を立ち上げることにしました。
税理士事務所を開く際、開業資金はそれほどかかりませんでした。税理士の仕事はパソコンと会計ソフト、税務申告ソフト、あとコピー機があれば始められるので、初期投資はほとんど必要ありません。友人から「はじめはなるべくお金をかけない方がいい」とアドバイスをもらったこともあり、オフィスも知り合いの会社に席を借り、そこで始めました。
目指すは、売り上げ2.5億。今後もお客さまをご紹介いただき、地道に目標に到達したい
-開業資金では苦労されなかったんですね。独立する際に、最も苦労したことは何でしたか?
小川さん
前に働いていた税理士事務所から、お客さまはほぼ持たずに独立したので、お客さまの獲得が一番たいへんでした。
税理士の仕事は、月次で会計入力状況のチェックや税務相談、お客さまによっては会計入力業務や給与計算業務等があり、加えて決算月には決算申告業務が発生します。そのため、いちどお客さまと契約すれば、安定的に仕事が発生します。
そういう意味では非常に優秀なビジネスモデルだと思うのですが、お客さまを新たに獲得することが難しく、その方法は同じ事務所の先輩から引き継ぐか、お客さまからご紹介いただくかに限られます。しかもお客さまのお金に直接関わる仕事で、社長の唯一の相談相手になる可能性も高いので、そんなに簡単にご紹介いただける仕事でもありません。
独立してから2カ月間は、お客さまが全く獲得できず、友人と2人でどうしようか、本当に困っていました。そんな時にご紹介いただいたお客さまから、私たちの仕事ぶりを気に入っていただけたのか「他にも数社お願いしたい」といちどにご紹介いただき、何とか事務所を維持できました。
-独立当初はとても苦労されたんですね。今後はどうしていこうと考えていますか?
小川さん
今年で独立してから6年になります。 お客さまはのべ150社まで増やすことができ、事務所メンバーは税理士3人と事務スタッフ6人に増員しました。
この先もお客さまをご紹介いただきつつ、税理士10人、事務スタッフ20人の30人まで増員し、売り上げ2.5億まで拡大したい、というのが当面の目標です。
できればあと10年でその目標に到達したいと考えていますが、M&A等は会社の理念が違うとうまくいかないと考えているので、今まで通り地道にお客さまを増やし、目標に到達したいと考えています。
-最後に、読者へのメッセージをいただけますか?
小川さん
私もそうでしたが、独立するのは成功するかどうか分からないだけにとても怖いと感じると思いますが、そこは勇気を持ってチャレンジしてほしいと思います。私は税理士の仕事の中で、お客さまにいつも次の2つをお話しします。
① 節税の前に、まずは稼ぐこと
よく事業を立ち上げる前から「どうしたら節税できるか」とご相談いただくことがありますが、稼がないと節税もできません。まずは「どう稼ぐか」に集中してください、とお話をします。
② 利益の前にキャッシュフローを見てほしい
キャッシュが回っていれば、会社は潰れることはありません。利益をどう出すか、を考えることも大事ですが、キャッシュフローがきちんと回るようにすることがもっと大事です、とお話しています
あとは、将来事業計画を考える際には「売り上げは保守的に、コストは多めに」見ておく方がよい、とお話をしています。みなさんも今後独立開業を目指す際には、以上の点を参考に取り組んでいただければと思います。