株式会社タウンキッチン/東京都小金井市
代表取締役
北池智一郎さん(40歳)
1976年、大阪府生まれ。大学卒業後、コンサルティングファームやベンチャー人材支援企業において人事制度・組織設計、教育研修などに従事。2009年、任意団体「TOWN KITCHEN」(10年法人化)設立。食で地域をつなげる店を開いたのを皮切りに、現在は、創業支援を軸とする地域づくりに力を注ぐ。シェアキッチン「学園坂タウンキッチン」「8K」、東小金井事業創造センター「KO-TO」など、8つの拠点を展開しながら起業家たちと並走、多面的な支援を行っている。
東京・多摩エリアを足場に、地域づくり、仕事づくりのコーディネート業を本格化させたのは2010年。人材系ベンチャー企業で、大手外食・小売業チェーンに対するコンサルティングを担ってきた北池智一郎は、業界経験を生かし、「地域の食生活を地域で支え合うお惣菜屋さん」を運営するところから事業をスタートさせた。対極的ともいえるスタイルでの起業背景には、大量生産・大量消費のもと、効率性ばかりを追求せざるを得ない前職に対する問題意識があった。老若男女、全ての人に共通するテーマである「食」を媒介に、人と人をつなげていきたい――ここに志を立てたのである。
現在は、地域の人々が“食の小商い”にチャレンジできるシェアキッチンや、創業支援を目的にしたシェアオフィス、学びをテーマとしたシェア教室など8拠点を展開。食の範疇にとどまらず、地域社会でさまざまな対話や協働が生まれるようなプラットフォームづくり、人材育成に取り組む。目指しているのは、「自分たちの地域社会は自分たちでデザインする」自律的なコミュニティーシステムの実現だ。創業支援と地域活性を紐付けるという北池のアプローチに、寄せられる期待は大きい。
暮らしを豊かにする“チャレンジ”が増える仕組みづくり。
それが、地域活性を促す大きなエンジンになる
━ 「お惣菜屋さん」から始められたそうですね。
事業としては、学童保育へのお弁当配達が最初です。
給食が出ない夏休み中のお弁当づくりって、働くお母さんにとっては大変でしょう。それをサポートするために、いわゆるコミュニティーカフェでお弁当をつくり、配達は地域のNPOにお願いするというシステムをつくるところから始めました。でも期間限定なので、事業としては厳しい。それで、通年で事業をするためにオープンしたのが、古い空き店舗を改修した「学園坂タウンキッチン」。
「地域がつながるおすそ分け」をコンセプトに、地域の主婦たちが手づくりしたお惣菜を、共働きで忙しい家庭や独居老人などに販売するお店です。
━ 評判はいかがでしたか?
人々をつなぐ1つの場になりましたし、「温かい地域の台所」としてメディアにもけっこう取り上げてもらいました。
ただ正直、経済面ではしんどかったですね。半年後に起きた3・11の影響もありましたし、皆さんのボランタリー活動とそのクオリティーを維持するには、僕のマネジメント力が十分ではなかったのです。それと理念の部分。考えてみれば、手づくりのお惣菜を届けるという業態自体はほかにもある。
僕が一番やりたかったことは何だっけ?
そんな自問を重ねた時期があって、結果、明確になったのは、例えば前述のお弁当配達のように、地域でのいろんな困り事を解決するための関係づくりをすること。それには「地域課題を何とかしたい」「地域にあったらいいな」をカタチにする“旗振り役”の人を増やすことが重要なんだと。この気づきから、旗を持つ人を発掘し、支援するプラットフォームづくりに軸足を移していったのです。
━ それが、現在の創業支援につながっているのですね。
はい。先の学園坂タウンキッチンは、主婦たちが商いにチャレンジできる場になっていますし、僕らのベースキャンプであるここ「KO-TO(コート)」でも、小金井市での創業と事業成長を応援しています。もちろん場所だけつくっても意味がないので、個別事業相談や交流会、実践的な創業スクールなども行っています。4年目となった創業スクールでいえば、卒業生は100人を超えました。
皆さん、問題意識は持っているんですよ。子育てとか介護とか、自分の経験に伴う問題意識もあるし、行政や企業ではカバーしきれない隙間の地域課題はたくさんありますから。
ただ、それらに声を上げ、解決のために一歩踏み出す場がない。
もったいないなぁと。だからプラットフォームは重要ですし、ここから、暮らしを豊かにするアイデアやチャレンジが増えていってほしいのです。
━ だいぶ活動も広がっているようですが、今後の方針としては?
「点から面へ」の展開です。
例えば不動産。何かを始めようとしている人たちに対して、私たちが提供できる“ハコ”には限りがあるので、志を同じくする行政やデベロッパーとも連携して場を増やしていく。
あと、ファイナンス面での支援強化にも取り組みたいですね。情報ベースのシンプルな創業支援だけじゃなく、ハードやお金など、これまでとは違うアプローチも加えて、一層深い地域づくりができればと考えています。
旗を持つ人が地域社会の核となって、周りに渦をつくり、地域の関係性を再構築していく。目指しているのは、そんな自律型コミュニティーシステムの実現です。ここ多摩エリアに根ざして8年目。ある意味大いなる実験を経て、一定の成果が見えてきたので、将来的には、日本中のあちこちにタウンキッチンを設置し、地域づくりに貢献したいと思っています。
取材・文/内田丘子 撮影/刑部友康