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「リスクの裏にチャンスがある」サラリーマンの パパが40代でパン屋さんになった話

「リスクの裏にチャンスがある」サラリーマンの パパが40代でパン屋さんになった話

地元の人でにぎわう商店街の一角にある鮮やかなオレンジ色の建物「一本堂」。地元の人から愛される食パン専門店です。オーナーである中島さんは40代で脱サラし、妻の出産を機に長年の目標であった「独立」を果たしました。

実は次の転職先は決まっていた!?幼い子と妻を抱えながらも転職活動中に独立

―前職はどんな仕事だったんですか?

中島:大学で経済学を学んだのち、貿易や人材派遣企業の会社員として働いていました。

―会社員の頃からすでに独立を考えていたんですか?

中島:大学で経済学を学んでいたこともあってか、大学時代から漠然と「雇われるんじゃなくて自分で経営したいな」と思っていて。実は前職を自己都合で辞めた時には、会社員として次の転職先が決まっていたんです。

ですが40歳を過ぎて、会社という組織に属して働くことが疑問に思えてきて。幸い、会社を辞めてから次の会社に入社するまでに時間があったので、独立を検討するのにちょうどいい時期だったんです。加えて、妻の出産などが重なり、独立するタイミングにはぴったりだなということになりました。

―奥様の出産後に独立……!?奥様は反対しなかったんですか?

中島:妻は反対するどころか「あまり失敗のイメージがわかないし、まずはやってみようよ」と背中を押してくれました。もともと、いつか独立をしたいねと話していたので、早い方がいいと思って一緒に探しましたね。

未経験でも夫婦で働ける場所。こだわりの先に見えた仕事はパン屋さん。

パン

―独立を検討した際に、業種などこだわったポイントはありましたか?

中島:業種にこだわることはなかったんです。特にパン屋にあこがれていたわけでもなくて。自分自身、ご飯派なので(笑)。

私の場合は、「夫婦で働くことができること」「未経験でもできること」の2点を重点にフランチャイズを探しました。そして、その両方を満たしていたのが一本堂だったんです。

―ご飯派のパン屋さん!(笑)。ちなみに、もともとフランチャイズを考えていたのですか?

中島:実はそういうわけでもなくて。最初は完全独立の方向だったんです。でも、説明会や本などで調べていくうちに、オーナー業としてのフランチャイズもいいなと思うようになりました。

ジャム

―中島さんは独立前までパン作りの経験はなかったそうですが、未経験のものに挑戦する不安はなかったんですか?

中島:開業前に食べた一本堂食パンの美味しさから不安はあまり感じませんでした。パンは少なからず需要があるものですし、特に食パンなら毎朝食べるような身近な食べ物なので、失敗はあまりしないかなと。

―実際に独立してから、生活はどうですか?

中島:朝は私が6時頃に出勤して、パンの仕込みをします。妻は子どもを保育園に預けた後に合流して、開店しています。閉店はパンが売り切れたらで、だいたい19時頃が多いです。

独立して妻と仕事をするようになってから、会社員時代に感じていた職場へのストレスはなくなりました。生活も規則正しくなって、休みもしっかりとれるので、休日は子どもと一緒にのんびりと過ごしています。

全体的に、会社勤めの時より充実した生活が送れていると思います。

―奥様とともに独立の夢を叶えて、充実した生活を送れているのはステキですね!でも子育てとの両立は大変そうです……。

中島:店を開いたときは、慣れない作業にとにかく時間がかかって大変でした。最初は子どもを長時間保育園に預けて、妻と2人でひーひー言いながらやっていたんです。でも嬉しいことにお客さんも増えて2人では回らなくなってきたので、今は人を雇っています。

独立はゴールではなく第一歩。将来はカフェや日本と海外の2拠点生活も

中島さん

―中島さんのように、独立を考えてはいても実際に行動に移すことができない人も多いと思うのですが……。

中島:リスクはゼロではないですが、それをチャンスに変える。乗り越えるだけの気持ちがあれば、あとはやるだけです。独立前にたくさんリサーチして、これならやれそうというものを探すことも大切だと思います。

僕自身、独立は遅い方だと思っていて。普通に勤めているうちに、だんだん先が見えてきて。独立するなら何ができるかなといろいろ模索していくうちに、今につながっているという感じですね。

―強い気持ちが大切なんですね。今後はどのように考えていますか?

中島:例えばですけど、カフェなどの飲食業をするなど、なんらかの形で事業を拡げていけたらなと思っています。また妻も私も海外にいた経験があるので、日本と海外に拠点を持つとか。

―中島さんにとって独立することはゴールではなく第一歩なんですね!

中島:そうですね。オーナー業としてのFCでまず土台を作って、そこから何かにまたつなげていけたらなと。

―40代でここまで先が広がるのって、なかなかないですよね!最後に、独立・開業を悩んでいる方に向けて一言お願いします!

中島:周りの人を大事にすることが大切だと思います。何を始めるにも、周囲の協力や理解がないと始められないし、やっていけないので。その上で強い気持ちがあれば踏み出せると思います。

僕は妻の協力と、親戚や友人の理解があったからこの仕事を始められたし、今の楽しい生活が送れるんです。だから皆さんも、周りの人を大事にしてほしいな、と思います。

年齢は関係ない。無職でも妻子持ちでも、強い気持ちがあれば道は開ける!

40代で独立した元・サラリーマンの中島さん。同年代がひとつの仕事に腰を落ち着ける中、前職を辞め、離職期間中に「無職から」独立を果たしました。彼の周囲の協力と「独立したい!」いう強い気持ちが、新たな人生を切り開いたのです。

「家庭を持っているから」「年齢が」という思いから新しい道を切り開くことをためらっているアナタ!リスクをチャンスに変える勇気を持つことが、あなたの人生を変える一歩なのかもしれません。

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2017年11月20日

PLOFILE

岡安大輔さん(35歳)
吉井広宣さん(38歳)
吉井竜一さん(41歳)

(株)TMO/千葉県船橋市
左から竜一さん(長男)、大輔さん(三男)、広宣さん(次男)。
父は厩務員(厩舎で働く従業員)、竜一さんは現役騎手、広宣さんは元厩務員という競馬一家。
大輔さんが創業した(株)TMOを広宣さんも手伝う。
事業内容はSIMフリー携帯電話、飲食事業、競馬事業など。

VOL.184
競馬一家に育った3兄弟。ダービー優勝の夢を追う

バラバラになった家族の絆。
会社と馬で取り戻す

が高校の頃、上の兄が騎手としてデビューしました。強かった。
重賞レースに勝ち続けて、地方競馬の夢舞台、東京ダービーも確実視されてたんですよ。でも直前で馬が故障して欠場。それが悔しくて。僕は憧れの騎手にはなれず、見習で入った厩務員も合わず、すぐに脱走。でもずっと思ってました。
今度は馬主になって競馬の世界に戻ってくるんだ、自分の馬で東京ダービーに挑戦するんだって。

 20歳の時、厩務員だった父親が失踪しました。もともと自由人、ふっといなくなるのは日常茶飯事でしたが、この時は本気の失踪。後に残ったのは金利を含めて6000万円の借金。兄が建ててくれた家は借金のかたに取られ、吉井家の暗黒時代です。皆バラバラ。花形騎手の兄の迷惑になってはいけないと、借金は僕が背負い込むしかなかった。全額返済まで7年かかりました。
 
どうやって返したか?
1日20時間働きました。

その頃「日銭の仕事には限界がある」と気づいたことが起業のきっかけです。

 2番目の兄と久しぶりに温泉に行った時のこと。「やっぱり競馬はいいね」という話になって、馬主になるという20年越しの夢に向かってスイッチが入りました。それから2年、本業で稼いだお金で、先月ついに馬を買ったんです。
当然、上の兄に乗ってもらいたい。2番目の兄も誰より競馬に詳しいですから、会社の一員として競馬関連の事業を任せています。会社を作る時から「いつか家族で」という青写真がありました。競馬は僕が育った場所であり、家族が人生を共にする場所。それを取り戻すために、です。

 照準はもちろん、東京ダービー。たとえ兄が取れなくても、騎手の養成学校に通っている兄の息子に目指してもらうつもり(笑)。

しつこいんですよ、僕の夢は。



構成・文/東 雄介 撮影/刑部友康、阪巻正志
アントレ2017.夏号 「1人では決断できなかった 私と家族の独立物語」より

2017年11月20日

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