会社員から独立する人は、心のどこかで「ひと山あてたい」と考えているはず。でなければ、安定した立場を捨てるリスクは取れないだろう。
野球で言えばヒットを出し続け、あわよくばホームランを打ってみたい、と独立する時には誰もが思うこと。しかし、ヒットはともかくホームランはどう打てば良いのだろう?
ならばクリーンヒットを打ち続けている人に聞けばいい。ということで、今回はライターとして活躍している菊池良さんにお話を伺った。
菊池さんはWebサイト「世界一即戦力な男」(書籍化・Webドラマ化)で注目を集め、文庫化もされた「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」シリーズを執筆したフリーライター。
Webメディア業界でちょっとした有名人の彼は、なぜヒットを飛ばし続けることができたのだろうか?
菊池良さん
1987年生まれ ライター
学生時代に公開したWebサイト「世界一即戦力な男」がヒットし、書籍化、Webドラマ化される。株式会社LIGからヤフー株式会社へ転職し、フリーランスのライター・編集者へ。著書に「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」シリーズ(計17万部)。
◎Twitter ⇨ https://twitter.com/kossetsu
高校中退から世界一即戦力な男へ
− 菊池さんは「世界一即戦力な男」で注目を集めてから、Web制作会社へ就職。そしてヤフー(株)へ転職し、著書はシリーズで17万部を突破するなど、着々とキャリアアップしています。今日はなぜヒットを打ち続けることができたのかをお聞きしたいです。
んー…、ヒットの理由と言うと恐縮ですが、自分なりに心がけていたことはありますね。たとえば「自分を信用しないこと」とか「その場しのぎであること」とか…。
− 今日はそのノウハウが生まれた理由も知りたいので、今までの経歴もお聞きしたいと思います。はじめてのヒット作はWebサイト「世界一即戦力な男」ですよね。どのような経緯で生まれたのですか?
※世界一即戦力な男とは:菊池さんが2013年に開設したWebサイトで、セルフパロディを行いながら「企業のみなさん、私を採用しませんか?」と売り込んだ。Facebookで2万3000「いいね!」を獲得するなど、ネットで人気を集めた。
今考えてみると「自分を信用しない」という意識から生まれたサイトだったと思います。
僕は高校を中退して6年間引きこもりを続け、大検をとってから大学の夜間過程に通っていたんです。2010年に入学して、昼は地方新聞を扱う業界専門誌でアルバイトをしていました。その頃から文章は得意な方で、在学中にライターとしても活動していました。
− なぜメディア業界に進みたいと考えていたのですか?
引きこもり時代にYouTubeとか個人のブログとか、インターネットのコンテンツをたくさん見ていたんですよ。
高校は1年生の1学期に、通学の満員電車が嫌で辞めちゃったんですけど、18歳までに大検の資格を取ればいいやと思っていて。辞めてからずっと、朝から晩までネットサーフィンを続けてました。
途中で自分も何か作りたいなと考えて、ブログを立ち上げました。記事に反応があるとすごく嬉しかったですね。
− その嬉しさからクリエイターになりたい、ひいてはメディア業界に進みたいと思うきっかけになったんですね。
そうですねぇ。それで「世界一即戦力な男」のサイトを立ち上げるに至るわけですけど、大学4年生になった時に「就職しなきゃ」と思ったんです。
でも僕は、満員電車を理由に高校を辞めたくらい面倒くさがりな性分ですから、就活も面倒に感じていたんです。そんな時「Webサイトを作ればなんとかなるかな」と思いついたんですよ。
サイトの制作は「この人と一緒につくればいいものができるはず」と信頼していた友人にお願いしました。
僕は1人でやると途中で投げ出しちゃうんです。けれど誰かとやると、約束が生まれるからもうやるしかないですよね。「自分を信用しない」というのはそういうことです。
− 面倒くさがりな性分を自覚したうえでの「自分を信用しない」だったんですね。サイトの反響はどうでしたか?
会ってみたいという企業の方から、問い合わせを50件いただきました。
− すごいですね!
自分でも予想外で…。「世界一即戦力な男」はセルフパロディなので、失敗した時のことも考えていたのですが(笑)。
だから正直、これだけ反響があるとは思っていなかったです。一番最初に問い合わせが来たのは某外資系企業で、僕は「イタズラかも」と思っていたくらいです。
その後、15社くらい面接を受けさせてもらって、感触のよかったWeb制作会社「株式会社LIG」に編集者として入社することになりました。それが2014年のことです。
激務ながらも自由にやらせてもらった1社目
− はじめての会社員生活はどうでしたか?
僕は引きこもっていた時期もあったので、社会人として自分を叩き直したいという思いもあったんですよ。でも、週5で仕事をはじめたら意外とすぐに適応しちゃったんです。
自分で見つけなくても会社に行けば仕事があるし、学生時代からライターはしていましたから、ある程度素養はあったんだろうと思います。
− とはいえ編集職なので激務だったのでは?
激務といえば激務でしたね。10時出社で23時退社の時もざらにありましたし。けど、納期を守ればリモートワークをしてもOKだったので、近所のカフェや銭湯に行って息抜きをしながら仕事してました。
− かなり自由な勤務形態ですね。入社した会社では2年間働いていたと聞いていますが、なぜ転職しようと思ったのですが?
仕事は飽きなかったですし、働きやすかったですけど「上野」という場所に飽きちゃったんです。〇〇で昼ごはんを食べて、■■のカフェでリモートワークしてというルーティーンに。だから新しい環境を求めて、2016年にヤフー(株)に転職しました。
2度目の転職と「もしそば」のヒット
ヤフーは大手企業ですし、もっと官僚的な社風で束縛されるかと思っていたんですけど、違いましたね。リモートワークもOKでしたし、仕事も10時出社、20時退社で前の会社より勤務時間も短くなりました。
− 当時のお仕事はどのようなものでしたか?
「ネタりか」というメディアの編集者です。2年目の後半は動画プラットフォームの立ち上げに参加していましたね。複業はOKだったので、終業後にライターとしても仕事を続けていました。
− その当時生まれたのが、「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら(もしそば)」です。続編も出されたヒット作ですが、出版の経緯を聞かせてもらえませんか?
※もしそばとは:村上春樹や太宰治などの文豪百名の文体を模写し、「カップ焼きそばの作り方」を綴った書籍。ネットで評判となり、シリーズ累計で17万部売れた。
「もしそば」は、神田桂一さんというライターとの共著なんです。ある日メッセンジャーで神田さんと話していたら村上春樹さんの話になって、「『村上春樹になる方法』ってネタどうかな?」と言うんですよ。
僕も村上春樹さんの著書は全部読んでいる「ハルキスト」だったので「いいですね、やりましょう」と返してその日は解散。しばらくしたら、神田さんが出版社に企画を持ち込みしてくれていたみたいで、書籍化することになっていました(笑)。
− トントン拍子ですね。
僕も予想していなかったですよ。書籍化には出版プロデューサーの石黒さんという方がついてくださって、「村上春樹単体だと厳しいな」「文豪100人の文体模写はどう?」「もう出版時期は決まったから、締め切りはこの日ね」「ふたりで半分ずつやればいけるよね?」と矢継ぎ早に話が進んでいくんです。
約束した手前やるしかないので、仕事が終わったら最寄り駅に移動して、近所のマクドナルドにこもって深夜2時まで執筆してました。
− お話を聞いていると、菊池さんって約束を大切にしてますよね。「したからには、やるしかない」とか。
あ、それは学生時代に一度、締め切りを破ってしまったことがあって、それが原因で仲がよかった担当者さんと疎遠になってしまったことがあるんです。以来、交わした約束は守るようにしています。
− なるほど。律儀だと信用の貯金ができるじゃないですか。それもヒットを飛ばせる理由かもしれないですね。
律儀だなんてそんな。人と気まずくなるのが嫌なだけですよ(笑)。
独立後のタスクは芥川賞全冊読破、将来はやなせたかしさんのようになりたい
− 菊池さんは2018年に独立されてフリーライターになりました。独立に至った理由はあったのでしょうか?
実は、辞めるつもりはなかったんです。ヤフーは待遇もいいですし、僕も「アフター5で自己表現ができて認められたら満足」と考えていましたから。でも、複業の方で今度は新しく「芥川賞を全部読む企画」が通ってしまったんですよね……。
芥川賞受賞作って全部で約150冊あるんですよ。すでに読んだ本が30冊なので、あと120冊読まないといけない…。会社員を続けながらだと、時間がとれないので独立することにしました(笑)。
− これも約束を守ろうとして、なんでしょうか。独立された今、これからやっていきたいことはありますか? 将来の理想像とか。
直近は芥川賞を全部読まないといけないんですが、将来的にはやなせたかしさんみたいな人になりたいですね。自分の作ったキャラがたくさんの人に親しまれるような。バーチャルユーチューバーの運営にも興味がありますし、やりたいことは割とたくさんあります。
− 最後にまとめとして、ヒットを飛ばし続けることができた理由を聞かせてください。
そんなに偉そうに言える立場でもないんですが、まずは「自分を信用しないこと」でしょうか。1人でやると途中でやる気がなくなってしまいますが、誰かとやると約束になるのでやる理由ができます。
「その場しのぎであること」も。今はWebで何かを発信すると、デジタルタトゥーと言って黒歴史になってしまうこともありますよね。「世界一即戦力な男」は「失敗するかもしれないけれど、やってしまおう」という姿勢から生まれました。
最後に月並みですけど、「発想力」でしょうか。僕はついつい「こんなものがあったら面白いな」と妄想してしまうんです。コンテンツをいっぱい見て、アイデアを出し続けて形にしていると、誰かの目にとまる時が訪れると思います。
(インタビュー終わり)
高校を辞めた理由を聞くと「満員電車が面倒になっちゃって」。転職の理由を聞くと「上野に飽きちゃったんです」。と、菊池さんの返答は飄々としていてつかみどころがない。けれど約束や納期を守るなど、やるべきことはきちんとこなしている印象を受けた。
はたから見ると奇抜に見える発想も、引きこもり時代に見ていた膨大なネットコンテンツの蓄積から生まれたものだろう。
信用を貯金しながら、来るべき日に備えて練習を積み重ねる。やっていることは至って王道。だからこそ菊池さんはヒットを打ち続けられたのかもしれない。
https://twitter.com/kossetsu
ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。
帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。