起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第70回・帽子だと思ったら小屋だった
いきなりですが、クイズです!
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
東京中央卸売市場で行われる初競りは、新年の風物詩の1つです。世の中的には「すしざんまい」がいくらで競り落とすかが注目されているような雰囲気さえもありますよね。
今年は1億9,320万円で競り落とされました。2億円のそのマグロ、寿司にすると赤身1カンあたりの原価は2万円だそうです。それを198円でお店に出すわけですから、たくさんの人がお店に殺到するのもわかる気がします。
それでは解説します!
2億円のマグロというインパクトだけでもすごいですが、同業者に聞くと「その10倍出しても、十分に元は取れる」とのことです。なぜでしょうか。
どうやら、寿司チェーンの「スシロー」のテレビ広告費が年間で約20億円なのだそうです。そう、競り落としたマグロの10倍です。ちなみにこの20億円という広告宣伝費は、業界的には決して高いものではありません。
「すしざんまい」の木村社長がマグロを競り落とすと、間違いなくニュースになりますよね。そしてそのニュースを見た人が、どんなもんだろうとお店に足を運びます。
ほとんどテレビCMを打たない「すしざんまい」にとっては、初競り一発で1年分の広告宣伝費を払っているようなものです。それが今年は2億円というわけですから、「その程度で済むなら羨ましい」と思われるのも当然かもしれません。ある意味で、すごく賢いやり方にも思えてきます。
同じようなことをしているところは結構あります。例えば「俺のフレンチ」です。人気メニュー「ロッシーニ」は、原価率が高いので商品としては赤字だといわれますが、その安さにお得感があるのでお客が殺到するわけです。
つまり、メニュー単体では損していたとしても、広告宣伝費だと考えたら十分に元は取れているという発想です。
「サイゼリア」も同様です。同社は創業時から「安ければ広告宣伝費はいらない」ということをいっていました。定番の人気商品「ミラノ風ドリア」はずっと299円ですし、そうした看板メニューの印象で安いお店というイメージがつけば、確かに広告宣伝にお金をかける必要はありません。
この2社に共通するのは、「余計な広告宣伝費を一切かけずに、その分をお客に還元する」という発想です。
効果絶大、年に一度の「10円カレー」
同じように広告宣伝費をかけない場合でも、違うやり方を取り入れるところがあります。
例えば、日比谷公園内に「日比谷松本楼」という高級レストランがあります。このお店、年に一度「10円カレーチャリティ」というイベントを開催しています。その日だけ、先着1,500名にカレーを一杯10円で提供するのです。
もともとはデモによる放火でお店が全焼した際に、全国のファンの支援を受けて再オープンできたことから、感謝の気持ちを込めて還元する意味で実施するようになったそうですが、「一年でこの日だけ」と限定する方法は非常にインパクトがあります。
理由はどうであれ、この10円カレーのおかげで「日比谷松本楼」は十分に広告宣伝費を払うくらいの元が取れているのは間違いありません。しかも、この日はいつもよりも具が多いそうで、「安いのに豪華」となれば話題性もバッチリです。
牛丼の「吉野家」も、今でこそ一杯300円程度で食べられますが、昔は年に数日だけ「半額キャンペーン」をやっていました。毎日安いよりも、そっちの方が広告効果はあると言われていますので、今はないキャンペーンですが1つの賢いやり方だったのです。
先ほどの「すしざんまい」もこのパターンに当てはまります。広告宣伝費の分をどこかに一括で投入することで、薄まらずによりインパクトの大きいことができ、話題を生み出せるというわけですね。
自分のお店でやるなら、どんなこと?
一般的な飲食店の場合、もちろん規模にもよりますが、月平均で60万円ほど、年間で700万円程度は広告宣伝費をかけているといわれます。
例えばそれをゼロにして、その分を全部、別のかたちで還元する。それによって広告宣伝費を払うのと同様(またはそれ以上)のインパクトを与えるという方法は、企業の事例から見ても十分にアリなのです。
ある意味で「究極の2択」ともいえそうですが、もし自分のお店でやるならどんなことができそうか、考えてみるのも楽しいかもしれませんね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「競合店の広告費が10倍の20億円だから」でした。ちなみに、ずっと格安クーポンを発行し続けているようなお店に対しては、人は「安い・お得」というイメージを持ちにくいんだそうです。安売りしているのにブランドを下げてしまっているわけで、何やら悲しい話ですが、やり方を間違えると逆効果になってしまうのですね。気をつけましょう。
構成:志村 江