このところ、欧米や中国、韓国をはじめ、外国人旅行者の姿を見ることが多くなってきた。
外国人旅行者、特に若い人の多くは宿泊場所としてゲストハウスを選ぶことが多いようだ。
ゲストハウスとは素泊まりの宿泊施設で、簡単な入浴施設とベッドが用意され、ホテルよりも割安に泊まることができる。
このゲストハウスは外国人旅行者の増加から、東京や大阪、京都をはじめ国内にその数を増やしている。
今回ご紹介するゲストハウスFUTARENOのオーナー、田中健太さん、田中未奈さんご夫妻は、2016年の3月にゲストハウスを開業した。
お2人はご夫婦で世界一周旅行に出かけ、その後、横浜の野毛にあった旅館を改装して店舗を構えたそうだ。
今静かなブームになっているゲストハウス業だが、ご夫婦が開業に至るまでにはどのような経緯があったのだろうか?
田中健太 32才
大学卒業後、都内の建築設計事務所に就職するが、激務により3年で退職。
1年間のフリーターを経て、社会人時代から付き合っていた未奈と世界一周の旅へ出る。
旅で得た経験を活かし「ゲストハウス開業」を決意。
オーストラリアへ資金稼ぎに行き帰国後、GuestHouse FUTARENOを開業する。
HP:http://futareno-gh.oops.jp/
田中未奈 32才
短大卒業後、6年間幼稚園教諭として働く。
退職後、健太と共に1年間の世界一周の旅へ。
帰国後、健太とワーキングホリデー制度でオーストラリアへ行き、働く。
オーストラリアで貯めた資金でGuestHouse FUTARENOを開業。
今年の3月で2年目となりました。
旅、開業ブログ:https://ameblo.jp/happy-traveler-2012
FUTARENOのFB:https://www.facebook.com/noge.guesthouse/
建築関係の会社員と保育士から、ゲストハウスオーナーへ。人生を変えた「世界一周旅行」
– お2人は開業までどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
僕は大学で建設デザインを学んでいて、卒業後はマンション設計の建築事務所に勤めました。西新宿にある50名くらいの事務所で、3年間勤務していたんです。
私は短大を出てから6年間保育士として働いていました。
こどもと接するのが好きですし、ずっと保育士の仕事を続けていくものだと思っていて。その頃は、まさかゲストハウスのオーナーになってるなんて思いもしませんでしたね(笑)。
– 未奈さんにとっては予想外の出来事だったんですね。お2人はなぜゲストハウスを開業したのでしょうか? 前職を退職された理由から聞かせてください。
退職の理由は、理想と現実のギャップですね。
大学時代は自分の好きなものを設計できる仕事だと思っていたんですが、僕が就職した会社は事業主ありきで動いていました。
もちろん良い面もありますが、僕は事業主の意向に沿い続けることが面白くないと思ってしまったんです。
クライアントは大手企業ばかりだったので、プレッシャーも大きかったし無茶な注文も多かった。事務所で3年働いていたんですが、ある時この仕事は「クライアントの図面書きだ」と思ってしまったんです。
3年目にプロジェクトを任されたんですが、一段落着いてから退職届を提出しました。その後フリーターを経て、フリーター時代に未奈と付き合い始め、とあるブログをきっかけに世界一周の旅へ出ようと思いました。
その旅行が未奈の退職理由になったんです。
私は保育士の仕事はずっと続けていくものだと思っていたんです。でも、付き合って半年くらいですかね。健太が「私と一緒に世界一周に行きたい」って言い出すんですよ。それが退職のきっかけでした。
未奈からは反対されたけど、めちゃくちゃ説得したよな(笑)。
私は海外旅行に出かけたことがなかったので不安だったんです。でも健太が「旅行中は俺が絶対楽しい時間にするから」って何度も言うから(笑)、そこまで言うなら少し時間をちょうだいって返事したんです。
その約1年後に世界一周の旅へ出ました。
「やる前からやれない、できないって言わない!」2人で決めたオーナーへの道
– なぜ世界一周に行こうと思ったんですか?
世界一周をしているご夫婦がブログを開設していて、そのブログを見つけたんです。読んでみたら面白そうだし、自分でもできそうだと感じました。
当時は建設事務所を辞めて、次に何をしようかなと考えていたタイミングだったんです。
建設事務所は激務でお金を使う時間がなかったから、お金だけは貯まってて。でも僕ができるのは設計だけですし、3年間の会社員生活でサラリーマンも向いてないなと感じていたので、次の進路を決めかねてたんですね。
そんな時に、世界一周旅行をしているご夫婦のブログを見かけて。どうせ行くなら1人で行くより、未奈を誘ってしまおうと思い、説得したんです。
– いきなりそんなことを言われたらびっくりしますよね?
そりゃしますよ、世界一周なんて(笑)。日本でも毎日のようにケンカしてましたし、旅行に出たらケンカでそれどころじゃないと思ってましたし。
でも私、幼稚園の仕事でこどもによく言ってたんですよ。
「やる前からやれない、できないって言わない!」って。
こどもにそう言い続けた私が、自分のことは棚に上げて「世界一周なんてできない」って言うのはおかしいじゃないですか(笑)。
だから私も挑戦してみようと思って、世界一周に出ることを決めたんです。
– その旅行がゲストハウス開業のきっかけになるんですか?
ゲストハウスには、世界一周中にとてもお世話になりました。
旅先でゲストハウスという文化に触れて、結果として後々の開業のきっかけになっています。
料金が安いので、節約のためによく泊まっていたんですよ。でも、その頃は自分が開業するとは思っていませんでしたけど。
<健太さんのFacebookより引用>
– それでは、開業を決めたのはいつなのでしょうか?
漠然と、帰国したら「事業主になりたい」と思っていましたが、何をやるかは決まっていませんでした。
とりあえず自分で事業をやるなら、最低限のお金は必要だということで、帰国後に1年間オーストラリアにワーキングホリデーに出かけました。
これまで貯めていたお金は世界一周の旅でなくなってしまったので。
やるって言ったら聞かない人なので、私もワーキングホリデーに付いていくことにしたんです。
ちなみに私は最初、健太が自営業をすることに反対したんですよ。
というのも私の両親が自営業で家族経営だったんです。幼い頃、母から何度も「自営業で共働きは上手くいかんからやめときなさい」と言われていたので。
でも結果的に、健太の勢いに押される形になっちゃいましたけどね(笑)。
何をやるかはオーストラリアで決めたんだよな。向こうで働きながら。
最初は飲食やカフェも考えてたよね。仕事終わりにメニューの内容を相談したり。でも途中で2人とも飲食店を運営するレベルでの調理経験がないことに気づいて、他の事業を考えなきゃって。
そして出てきたのが、ゲストハウスだった。
僕は建築士の友達もいるからデザインは頼めるし、当時は国内にゲストハウスも少なかったので、開業したら流行るんじゃないかと思って。
そして帰国後、ゲストハウスのノウハウを学ぶために、上野のゲストハウスのスタッフになりました。
そこで働きつつ、開業のために目星をつけていた土地で物件を探し始めたんです。
開業資金は1000万円、真冬に泊まり込みで進めたセルフリフォーム
<健太さんのFacebookより引用>
– お2人のゲストハウス「FUTARENO」は横浜の野毛にあります。東京や京都、大阪などに比べると、外国人旅行者がそれほど多くない街ですが、なぜこの街に開業することを決めたのですか?
外国人が多すぎるところだと、競争率も高くなりライバルも多くなるなと思っていました。
だから立地は、あえて外国人が好きな有名観光スポットがある場所は避けて探していました。
そしてもう1つ。近くに飲み屋街がある街が良かったんです。お酒が好きなのもありますが、下町の雰囲気があるというか、人情味がある場所が好きなので。
– そして選ばれたのが、横浜の野毛だったのですね。
横浜に決まったのは偶然でしたね。他にも上野や蒲田でも探していたんですが上手く見つからず、ネットで「横浜 貸し旅館」と検索したら偶然ヒットしたんです。
次の日には建物を内覧。もともと旅館だった建物で広さも十分で、改装したら大丈夫だと思って借りることにしたんです。2015年の12月には開業準備が始まりました。
– 準備は順調に進みましたか?
一苦労はありましたね。
まず内装業者さんが見つからないんです。自己資金と公庫から調達した1000万円はありましたが、なるべく節約したかった。自分たちで工事できるところは進めたいけど、その条件で引き受けてくれる業者さんが見つからなかったんです。
最終的に友人の紹介で内装を担当してくれる業者さんが見つかって、お願いすることになりましたが、節約のため自分たちでできる工事はセルフで進めました。
– 自分たちでできる工事というと?
壁や床の解体や、土間打ち、壁塗りなどです。それらの工事は友人やご近所の人に協力してもらいながら進めていきました。
<健太さんのFacebookより引用>
正月以外は毎日工事していたよね。最後の方はここで寝泊まりもしていたし、工事中は真冬でガスも使えなかったから大変だったのを覚えてる。
幸いリフォームは2016年の3月に完了して、開業資金は800万円程度に収まりました。念願の自分の城を持てたんです。
– ところで、お2人はいつ結婚されたんですか?
開業のドタバタも重なり、なかなかプロポーズできていなかったのですが、2017年に結婚式を挙げました。
泊まる立場からもてなす立場へ、順調に成長するゲストハウス
– 無事開業できたゲストハウスですが、どのようなお仕事をしているんですか?
主な仕事は、宿泊者の応対、館内の清掃(掃除やシーツの交換)、予約管理、集客のためのSNSやブログの更新などです。
1日の流れは
【朝】早朝に玄関の解鍵とチェックアウトの対応、11時から館内の掃除
【昼】予約管理、SNSの更新など、15時からチェックインの対応
【夜】ゲスト対応など、深夜1時に施錠して退勤
これを開業当初は2人でまかなっていました。
– 早朝から深夜まで大変ですね、お休みはどうされているんですか?
初年度はスタッフルームに泊まり込みで常時オープンしていたんですけど、2年目からは閑散期が分かるようになって、1ヶ月の休みを設けて旅行に出かけています。あとは予約が入っていない日は早めに店じまいしたり。
働く日時は臨機応変に決めてますね。予約も一元管理できるサイトを利用してますし、館内のリネンも業者さんからリースして、手間は極力省いてます。
集客は予約サイトでレビューが増えてくると、認知度も上がっていくのであまり費用もかけていません。
– 収入はサラリーマン時代と比べてどう変わりましたか?
僕は事業主なので、収入に波があります。でも平均したら同年代の会社員くらいは稼げていますね。未奈は従業員扱いなので固定給、保育士の時より収入は増えていますよ。
– 公私ともに順調ですね。最後にゲストハウスを開業してよかったなと思えたエピソードはありますか? 印象的だったゲストとか。
たくさんありますけど、印象的だったのはメキシコから来たデイビッドっていうゲストです。1カ月ゲストハウスに滞在した旅行者で、最終的には家族のような仲になりました。
彼は大学で言語を教えていて、毎日遠方まで行って日帰りで帰ってくるんです。今日はどこ行くの? と聞いたら「広島」って答えたりとか(笑)。
毎日顔を合わせていると家族みたいになってきて、帰ってこないと私たちが心配になって連絡していましたね。彼が帰国するときはこっちも泣いてしまいました。
人と接する仕事なので疲れる時もありますが、FUTARENOを気に入ってまた泊まりに来てくれたり、祖国から手紙やお土産を送ってくれたりすると、この仕事をやっていてよかったなと思います。私も最初は反対したけれど、今は開業してよかったなと思っています。
(インタビュー終わり)
ネットを通じて様々なものが買えるようになった昨今。同じものを買うのなら、顔が見え、価値観を共有できる店主から買いたいと考えている人は増えてきた。
田中さん夫妻のように店を構える場合は家賃や人件費などの固定費がかかるが、ファンやリピーターがついた場合、根強く店を支えてくれるだろう。
おふたりのゲストハウスは好調で、2店舗目の開業も計画しているそうだ。小さな商いは人柄が成否を左右する。その鉄則を今回のケースから学ぶことができた。
住所:神奈川県横浜市中区野毛町四丁目173-5
アクセス:桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩7分、日ノ出町駅(京浜急行)徒歩5分
料金:6人部屋3,000円/人~
詳細・予約はウェブサイトから
http://futareno-gh.oops.jp
ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。
帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。