ビール。
多くの人が居酒屋に入ると「とりあえずビール」と注文するように、ビールは私たちの生活の中で最も身近なお酒かもしれません。
今回お話を伺ったのは、神奈川県は茅ヶ崎市にあるビール醸造所・パシフィックブリューイングの代表、大庭陸さん。
大庭さんは会社員として10年近くビール作りを経験した後に、独立。昨年、地元茅ヶ崎でビール醸造所をオープンしました。
普通の飲み会ではもちろん、結婚式などの晴れの日などでも振る舞われるビール。いい意味で“ラフさ”があるビールだからこそ、ただの飲み物として以上の可能性があると、大庭さんは語ります。
ビールを使って大庭さんが実現したい世界とは、一体なんでしょうか。
大庭陸さん
ビール醸造所「Passific Brewing(パシフィックブリューイング)」代表
神奈川県茅ヶ崎市出身。
アルバイト先での飲み会をきっかけに、クラフトビールに興味を持つ。
クラフトビールを製造・販売する会社に就職。以降7年ほど勤め、ビールの製造に必要な工程を全て学ぶ。
その後転職を経て、独立。合同会社パシフィックを設立し、茅ヶ崎市の廃工場を再活用しビール醸造所「Passific Brewing(パシフィックブリューイング)」を立ち上げる。
自分が育ったこの街で、ビールを作りたい。パシフィックブリューイングができるまで
――神奈川県茅ヶ崎市でビール醸造所を開業した大庭さん。まずはクラフトビール作りに興味を持ったきっかけから聞かせてください。
ビールは元々好きで、よく飲んでいました。
昔、飲食店でアルバイトをしていたのですが、仕事が終わった後に先輩たちとよく飲みに行っていたんです。そんなある時、茅ヶ崎にクラフトビールの専門店が新しくオープンしました。
そのお店で飲むようになってから、クラフトビールの奥深さを知ってしまって……。どんどんのめり込んでいってしまったんですよね。
ビールが好きすぎるあまり「もういっそのことビールに関する仕事をしよう」と、思うようになった矢先、1番好きだった「志賀高原ビール」を製造・販売している株式会社玉村本店という会社の求人を見かけたんです。
――その会社に入社してからずっと、ビール作りを?
そうですね。
ビールだけを作っている会社というわけではなく、日本酒の製造も行っている酒造なので、入社してすぐは結構なんでもやっていましたね。
朝、酒蔵に行って手伝って、農作業をしたり配達に行ったり……。
入社してしばらくしてからは、世間的にクラフトビールの流行もあり、次第にビール工場での仕事が増えていきました。
そこでビール作りのほぼ全ての工程(※)を学んだんです。
※ビールの元となる、麦芽・ホップ・水を混ぜ、麦汁を作る。その麦汁に酵母を加え発酵させ、綺麗な部分だけをろ過するようにタンクに移し替え、熟成させる。このような工程を経て瓶や缶に充填され、およそ1カ月前後でビールは完成する。
――その頃から独立を視野に?
はい。勤務地が長野県だったので、いつかは地元の茅ヶ崎に戻って、ビールを作ろうと。
そのことを念頭に置きつつ転職。転職先ではビール作りに加え、月に1回自分なりのレシピを企画・開発させていただきました。
「ビール作り」自体は、前職で経験を積んできたのですが、ビールそのものの企画・開発は経験がなかったので、非常に勉強になりましたね。
転職先の規模感も、ちょうど現在のパシフィックブリューイングに近かったので、いろいろイメージトレーニングをしていました。
そして2020年12月に会社を登記し、2021年9月にパシフィックブリューイングをオープンしたんです。
ビールには、人や場所を繋げる力がある。ビール醸造所をゼロから立ち上げた理由
――現在の仕事について教えてください。
神奈川県茅ヶ崎市で、パシフィックブリューイングというビール醸造所を運営しています。
主にビールの商品企画から製造、販売、飲食店への卸売も行っています。
――なぜ茅ヶ崎という場所を選んだのでしょう?
茅ヶ崎が好きだから、という理由に尽きますね。
僕にとっては生まれ育った地元ですし。それに茅ヶ崎は独立・起業が盛んというか、自分で店を持っている人が多いんですよ。
僕がビール作りに目覚めるきっかけとなった、クラフトビール専門店のオーナーさんも、30歳くらいで店を開業をしていました。
海も近く自然が溢れるこの街には、クラフトビールが似合いますし、僕もビールを通じて街を盛り上げる一助になれたらと思います。
――醸造所内には、ビールを作るための設備が所狭しと並んでいます。ここまでの環境をゼロから作るのには、相当資金もかかったのではないかと思うのですが……?
そうですね(笑)。設備投資にはやはりお金がかかりました。
お金がかかっても、それでも独立という道を選んだのは、自分で開業した方ができることの自由度が高いと思ったからです。
というのもビールって、いい意味でとても“ラフ”で、どんな場にも入っていける飲み物なんですよ。
例えば結婚式などのフォーマルな場でも飲まれるじゃないですか。
かと思いきやパーティーやイベント、フリーマーケットといったみんなでワイワイ楽しむ場でも、もちろん楽しむことができる。
だからビールは、飲み物でありながら場づくりの“手段”になりうると、僕は思っているんです。
――場づくりの手段、ですか。
はい。
僕の仕事は美味しいビールを作って、それを売ることです。
そうした工程ももちろん大好きなんですが、それ以上にビールを介して、いろいろな場所や人と繋がっていきたいんです。
パシフィックブリューイングは「海を越え、山を越え、ビールと旅するブリュワリー」というコンセプトで運営しています。
先ほどお話しした通り、僕には海(茅ヶ崎)と山(長野)の両方に、キャリアのルーツがあります。
湘南を拠点としつつ、海や山を越えていき、ゆくゆくは全く異なる地域や、異なる業界の人とビールを通して繋がっていければいいなと。
例えば昔からの友人がこの春に、美容室を開業するのですが、その美容室にもパシフィックブリューイングのビールを置いてもらおうと思っていて。
従来のビールの販売業、卸売業の枠組みに囚われない、斬新な組み合わせやコラボレーションにも自由度高く挑戦できる。
だから僕は、自分でビール醸造所を作ろうと思ったんです。
店舗や工房を作るなら、自己資金を必ず作っておこう
――大庭さんの今後の展望を教えてください。
挑戦したいことはたくさんあります。
まずビールの原料となる麦芽とホップは、99%輸入でまかなっているのが現状です。
同じお酒でも、例えばワインや日本酒の原料は国内で作られているのにも関わらず、ビールは輸入に頼りきりなんですよね。
だから自分たちで麦やホップから育てていって、原材料から自給できるような仕組みを作りたいです。
加えて、先ほどもお話ししたように、新たな人や地域と繋がっていけたらと。
今は湘南・茅ヶ崎に醸造所を構えていますが、ここを拠点に他の地域にも醸造所を持ち、その場所でしか作れないビールを作っていきたいですね。
――最後に、読者の方へメッセージをいただけますか。
とても具体的な話で恐縮なのですが……。
もし自分で店や工房を持ちたいという方は、とにかく貯金をがんばってください。
ビールを作るための設備には、多額の資金がいるのですが、僕は全然貯金ができておらず資金繰りには相当苦労しました。
(その分、そのお金でさまざまな知見や見識を広めることができたと、プラスに考えるようにしていますが(笑))
公庫からお金を借りるにせよ、自己資金があるに越したことはありません。月並みですが、ちゃんと定期的に入金され、貯金されている口座を持っておくことが大切だと思います。
取材・文・撮影=内藤 祐介