カテゴリー

Line

問題の解決より、解決すべき問題を見つける。高級豚肉のプロデューサーが語る、戦略的独立論

『イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」』という本を知っていますか?

かつて世界有数のコンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤めていた著者が、仕事における「本当に向き合うべき問題」を見極めることの重要性を説いた、ビジネス書の名著です。

今回お話を伺った株式会社みやじ豚を経営する宮治勇輔さんは、まさにイシューを的確に見抜き、自社の豚肉「みやじ豚」を見事に高級ブランドへとのし上げました。

宮治さんは先代から後を継いで会社をどのように経営していったのか。そして高級ブランド「みやじ豚」はどのようにして生まれたのでしょうか。

その答えには独立を考えているすべての方に役立つ、成功するためのヒントがたくさん詰まっていました。

プロフィール:宮治勇輔さん
株式会社みやじ豚 代表取締役社長
特定非営利活動法人農家のこせがれネットワーク 代表理事

2001年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、大手人材紹介会社に入社。
営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げ、大阪勤務などを経て2005年6月に退職。

実家の養豚業を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立し代表取締役に就任。

生産は弟、自身はプロデュースを担当し、兄弟の二人三脚と独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。

おいしいのに評価されない?大学時代の原体験がきっかけで見えてきた、農業のふたつの問題点

IMG_7118_Fotor
―宮治さんが株式会社みやじ豚の代表になるまでの経緯を教えてください。

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
もともと子どもの頃から歴史が好きだったので、「男に生まれたからには、一国一城の主になる」という野望を漠然と抱いていました。

当然今の世の中では城は持てないので、現代でいう一国一城の主、すなわち会社の社長になりたいと思って大学では経営を学び、卒業後は大手人材系の会社に新卒で入社しました。

―そのときはまだ今の仕事をやろうとは思っていなかったのですか?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
そうですね。私の父がもともと養豚場を営んでいましたが、農業には全く興味がありませんでした。当時はまだどんな仕事で起業をしたらいいのか、よくわかっていませんでした。

新卒で入社後は、半年スパンで部署が変わっていたので本当にさまざまな仕事を経験することができました。しかし、普通に仕事をしているだけじゃ社長にはなれないと思い、毎朝早く起きて勉強を始めました。

ビジネス書を読んだり、好きな歴史小説を読んだりと、自分の興味のあることから勉強を広げていったら、自然と農業に行き着いたんです。

―農業へ興味が湧いてきた理由はなんでしょう?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
ずっと心の中に大学時代の自分の原体験があって、その後、いろいろな勉強をしていく中で農業に関するふたつの問題点が自分の中で浮き彫りになってきたからですね。

―大学時代の原体験とは?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
私が大学生のとき、父が育てた豚肉を使って友だちとバーベキューをしたんです。そのときに「この豚肉本当においしいね!どこで買えるの?」と友人に聞かれたのですが、当時の私は自分の父の豚肉をどこで買えるかなんて知らなかったんです。

父に聞いてみると、流通の過程でどの農場の肉も一緒くたにされてしまい、店頭に並んでいてもどの肉がうちの豚なのかわからないそうでした。

そのとき、うちの豚がこんなにもおいしいと気づくきっかけであったと同時に、せっかくおいしい豚肉を作っていても適切な評価をされていないんじゃないか?と疑問に思ったんですね。

―ずっと心の中にその原体験をしまったまま、働きながら勉強を続けたわけですね。その結果、浮き彫りになった農業に関するふたつの問題点とはなんでしょうか?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
ひとつ目が、農家に価格の決定権がないこと。

普通、農家は育てた作物を収穫後、市場に持っていってそこで全量買い上げてもらいます。もちろん例外はありますが、今でも日本ではそういった流通がメインになっています。

そうした仕組みは価格が安定していればうまく機能するのですが、今は全体的に相場が下がっています。つまり、農家は質の良い作物を作ることは得意ですが、売るのは苦手なんです。構造上、どうしても市場任せになっているので。

そしてふたつ目は、作物の生産者の名前が消されて流通していること。

誰がこの作物を作ったのかが明らかになっていないので、消費者はどんな人がこの作物を作っているのかがわからないし、作り手もどんな人が買ってくれているのかを知る術がありません。

例えば「◯◯県産の豚肉」といったように、産地で一緒くたにされてしまいがちなんです。

これでは適切な評価を受けづらいですよね。同じ産地でも、良いものと悪いものとで違いが少なからずあるわけですから。

そんなふたつの問題をどうにかしたい。そしてうちの豚肉をもっとたくさんの人に知ってほしい。そんな想いから、父の農場を継ぐことを考え始めました。

お客さんからの「おいしい!」が1番のやりがい。バーベキューが証明した、高級ブランドへの活路

DSC_0126_Fotor

―そしていよいよ、株式会社みやじ豚の代表になるんですね。

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
いえ、そこからが大変だったんですよ!

まず私よりも先に弟が「親父の農場を継ぎたい」と家に帰ってきました。困惑した父は「こんな小さな農場に跡継ぎはふたりもいらない!」となってしまって。

そこで私は父に、弟は生産を専門に、私は販売やブランディングといったプロデューサー的なポジションを担うと提案しました。当然、父は納得していなかったですけど(笑)。

「生産からお客さんの口に届けるまでを一貫してプロデュースする」をコンセプトに、私はうちの豚肉を使ったバーベキューイベントの開催を始めました。

プロデュースするにあたり、まずは「宮治さんのところの豚肉はおいしい」ということをいろんな人に知ってもらう必要があったのです。

私がそれまで培ってきた友人知人のリストを作って、うちの豚肉を使ったバーベキューをする旨をメールしました。すると参加者が30人ほど集まり、第1回のバーベキューを開催することができたんです。

―バーベキューという場を通して、みやじ豚のおいしさを知ってもらう機会を作ったんですね。評判はどうでしたか?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
来てくれたお客さんからは「豚肉、とってもおいしい!」「バーベキューに呼んでくれてありがとう!」といった嬉しい声をたくさんいただき、その様子を見ていた父もとても嬉しそうにしていました。

父が一生懸命作った豚肉を喜んで食べてくれる人がいる。その光景を目の前で見ることができたら、生産者として1番のやりがいを感じられると思っていましたから。

そんな父の笑顔を見たとき、私がやってきたことは間違いではなかったんだなと確信しました。

2005年にみやじ豚バーベキューを開始し、当初は30名程度でしたが開催するごとに参加者は増えていきました。すると、翌年には父も「いつ、法人化するんだ?」なんて具合でした。

みやじ豚バーベキューをはじめて1年後、父の個人事業だった養豚事業を法人化して、株式会社みやじ豚を発足するに至ったのです。

それからバーベキューはほぼ毎月欠かさずに実施して、動員数も30人から60人、今では150人以上集まるなど、定員をオーバーすることも少なくありません。

あなたの商売はどこにフォーカスする?みやじ豚を高級ブランドにのし上げた立役者の戦略

2
出典:みやじ豚.comより
http://miyajibuta.com/

―みやじ豚はスーパーなどに卸さず、ネットでのみ注文を受け付けるなど購入するルートが非常に限られています。先程のバーベキューイベントの開催もそうですが、こうしたマーケティング戦略を採用した理由を教えてください。

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
さまざまな理由から現在の販売手法を取っていますが、やはり1番の理由は、みやじ豚のブランディングによるものです。

みやじ豚は、月に100頭しか出荷できません。価格設定もそれなりでないと採算がとれません。大げさに言えば高級ブランドに育てるしか生き残る道がないのです。

だから販売ルートは絞らなければなりません。どこでも買えるし、特売がかかるようでは、扱ってくださる飲食店もがっかりしてしまいます。

ネットでの販売価格はもちろん、提携しているレストランや唯一うちの肉を店頭で販売している銀座の松屋さんに卸している価格も私が決めています。

さらにネットではみやじ豚.com(http://miyajibuta.com/)でなければ購入できませんし、先程のバーベキューを月1〜2回ほど開催しています。

生産者の顔が見えるようになっていますし、その気になれば直接話ができます。

―月に100頭とは言わず、もっと生産量を増やしていけばさらに収益見込めると思うのですが、そういった生産性を拡充する戦略は取られないのでしょうか?

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
今後、みやじ豚の生産量を上げていこうとは考えていません。

たしかに、今の品質のまま生産量を増やしていけば収益は増えるかもしれませんが、売上げと規模拡大だけが成長ではありません。少ない頭数を丁寧に育てて品質を徹底的に高めることで、ブランド価値を高めることがみやじ豚の成長です。

私は「どこにフォーカスして商売をするか」という視点が、とても重要だと考えています。

さまざまな選択肢がある中で、どの選択肢を選んでどこに集中して力を注いで、どこで結果を出すのか。

私が父の後を継いで、みやじ豚を立ち上げたときに考えていたのもその視点でした。限られた経営資源の中で、いかに成果を上げるか。

そのためにはまず、今ある強みにフォーカスすること。味がとにかくおいしいこと、希少性が高いことを軸に据える。その強みを活かすためには、直販できる仕組みを作ることと、みやじ豚を知ってもらう取り組みが必要になります。

結果として、みやじ豚は高級ブランドという路線で、生産量を抑えていても収益が出るようなモデルを確立することができたというわけです。

―非常に周到に練られた戦略ですね。これから独立を考えている人にとって、とても参考になりそうなお話です。

IMG_7129_Fotor_Fotor
宮治さん
私も会社を辞めて父の養豚場を継ぐことを考えていたときに、毎日毎日どの問題にフォーカスするかを考えていました。

問題の本質をとにかく一生懸命考えることが重要だと思います。

独立するときにどうしても「食べていけるだろうか?」「成功できるかな?」と不安になります。その後の「事業計画」に考えを巡らせても大したプランは思い浮かばず堂々巡りになってしまうだけです。

独立前にできることは、解決すべき問題をきちんと見抜くこと。そしてその問題を解決することを事業化したら、それが生涯の仕事と思えるかどうかを考え抜く。素晴らしい事業計画を考えるよりも、自分はこれからどの分野の専門家として生きていくのかを決めることが重要なんです。

自分の方向性が定まれば、後はその問題解決に全力を注ぐだけ。やるべきことにフォーカスできていれば、自ずと道は開けてくるのです。

この記事が気に入ったらいいね!しよう。

最新記事をお届けします

おすすめの最新記事

支払調書は、その名称から「仕事に関わる何かの支払いが書類になるらしい」くらいのことは分かるかと思いますが、具体的には何が書かれているのでしょう?

内容について確認しながら、個人事業主が必要な処理についても学びましょう。

支払調書とは「法定調書」の一部である

国内で事業を営む者は、規模の大小を問わず「法定調書」を作成しなければなりません。

「法定調書」という名称の通り、所得税法や相続税法等の法律で定められた資料で、現在では60種類あります。

こと中小事業者の実務では、「法定調書」とは以下のようなものを指します。

1.給与所得の源泉徴収票

役員報酬を支払っていたり、従業員を雇って給与を支払っていたりする場合です。

その年内の支払額や天引きした社会保険料、源泉所得税等の情報をまとめた源泉徴収票を作成し、役員や従業員本人に渡さなければなりません。

また、役員・従業員といった役職や年内の支払い金額などの条件に応じて、一部の源泉徴収票は所轄税務署にも提出する必要があります。

加えて、源泉徴収票と同様の情報が記載された給与支払報告書を全員分、それぞれが居住する市区町村の役所に提出しなければなりません。

市区町村は、提出された給与支払報告書を使って個々人の住民税の計算をするのです。

2.報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書

弁護士や税理士といった士業、プロスポーツ選手、作家やデザイナーなど、対象となる業種に一定金額以上の支払いをしている場合には、支払先の名称や住所、その年内の支払総額や源泉徴収税額を記載した支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

3.不動産の使用料等の支払調書、ほか不動産関係の支払調書

事務所や社宅、貸駐車場の賃料等を、同一人に対して年内に15万円超を支払っている場合、貸主の名称や住所、支払賃料を記載した支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

ただし、貸主が法人の場合には、提出義務がある支払いは権利金や更新料等のみに限定されます。

そのほか、不動産に関しては不動産の購入時に支払った対価や仲介料についても支払調書を作成しなければなりません。

世間では「法定調書」・「源泉徴収票」・「支払調書」という3つの言葉が混同して使われていることが少なくありません。

それぞれの言葉の関係について、正しく理解しておきましょう。

個人事業主は状況によって対応が異なる

実は個人事業主については、状況によって支払調書への対応が大きく異なります。

1.誰も従業員を雇っていない場合

支払調書を作成する義務があるのは源泉徴収義務者に該当する場合です。

源泉徴収義務者とは“法人”と「青色事業専従者、アルバイトを含めて賃金給与を支払っている個人事業主」です。

つまり1人だけで仕事をしている個人事業主は、源泉徴収義務者に該当しないので支払調書を作成する義務はありません。

また、社員を雇っていないのだから、当然に源泉徴収票も作成する必要がありません。

逆を言えば、もし1人でも社員を雇った場合には源泉徴収義務者に該当しますので、源泉徴収票や支払調書を作成しなければならなくなります。

2.不動産関係の支払調書について

「源泉徴収義務者に該当すれば支払調書を作成する義務がある」と上述しました。

しかし、実は個人事業主の場合には、その作成範囲が限られています。

不動産の使用料等の支払調書やそのほか、不動産関係の支払調書ですが、提出が必要なのは“法人”と「不動産業者である個人事業主」です。

従って、個人事業主は不動産業を営んでいる場合以外は、不動産関係の支払調書は作成の必要がないこととなります。

3.不動産業者以外の個人事業主について

社員を1人でも雇ったら、源泉徴収票や報酬の支払調書を作成しなければならない。

提出先は税務署!

支払調書については、その提出先についても誤解が多いようです。

弁護士や税理士、プロスポーツ選手や芸能関係、作家やデザイナーなどに1年で一定金額以上の支払いをしているときには、所定の書式に従って資料を作成し、個人事業主の所轄税務署に提出をします。

しかし、提出先は“支払先”ではなく税務署だということを知らない方が少なくありません。

一般的には、支払いを受けた弁護士等に対して支払調書を交付することが商習慣となっているようです。

しかし、これはあくまでも任意でやっていることであり、法律で定められた義務ではありません。

実はこの点は、マイナンバーの取り扱いに関わってきます。

ご存知だと思いますが、2016年からマイナンバー制度の運用が始まりました。

「支払調書」についてもマイナンバー制度は適用されていて、税務署に提出をする「支払調書」には、支払先の弁護士等からその人のマイナンバーを預かって記載することとなっています。

ただし、マイナンバーを記載するのは税務署に提出をする資料だけです。

支払先本人に任意で手渡す支払調書は、税務署に提出をする資料ではないのでマイナンバーを記載してはいけません。

良かれと思って支払先に交付をしたらマイナンバーの取り扱い違反をしてしまった、なんてことにならないように注意しましょう。

提出範囲や書き方の詳細は国税庁のホームページで確認を!

支払調書をはじめとした法定調書の書き方は、毎年秋口に国税庁ホームページに掲載されます。

源泉徴収票や報酬の支払調書については、上述した通り、支払った先の立場や金額によって提出の有無が異なります。

提出が必要な範囲や具体的な記載方法については、こちらで詳細を確認しましょう。

また、実際に「支払調書」を提出する際には「法定調書合計表」を作成した上で提出をする必要があります。

この合計表の作成方法も国税庁ホームページにて記載されています。

参照:国税庁「平成30年 給与所得の源泉徴収票等の法定調書の作成と提出の手引」

まとめ

支払調書は「法定調書」の一部です。

個人事業主が1人でも従業員を雇用した場合、弁護士やスポーツ選手に支払った報酬について支払調書を作成し、所轄税務署に提出しなければなりません。

支払先本人への提出はあくまでも任意です。

提出の範囲や詳細な書き方は、国税庁のホームページで確認してください。

PROFILE

税理士 高橋昌也

2006年税理士試験に合格し、翌年3月高橋昌也税理士事務所を開業。
その後、ファイナンシャルプランナーの資格を取得し、商工会議所認定ビジネス法務エキスパートの称号取得などを経て、現在に至る。
[保有資格等]
AFP、税理士、商工会議所認定ビジネス法務エキスパート

2018年12月14日

起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。 (さらに…)

2018年12月14日

ものは、売ることも買うことも難しい。

これだけ世の中に商品があふれていると、価格・デザイン・機能など、選択肢は様々で、何をどう選べばいいか分からなくなり、選ぶことそのものが億劫になる。

そんな世の中で自社の商品を買ってもらうためにはどうすればいいか? 多くの人は商品に他とは違う付加価値を持たせようとするだろう。

アフターフォローや機能など、商品には様々なエッセンスを付け加えることができるが、大抵のことはやりつくされてしまっているので、それでもやはり差別化は難しい。

ではどうすれば良いか? 方法として考えられるのは商品そのものに「オリジナリティ」を持たせることだろう。そのような時に参考にしたいブランドがある。まずはこの動画を見て欲しい。

動画に映るのは、パッと見はなんの変哲もない丸い板のように見えるコインケース。
しかし、どうだろう。片手でケースの両端を押せばパカっと開き、たちまちコイントレーになった。片手が荷物でふさがっていてもこれならレジで困らない。

このようなアイデアとギミックを詰め込んだ革小物を製作・販売しているのが「sugata」というブランドだ。sugataの代表を務める染谷昌宏さんは、義手や義足などの医療用装具を作る「義肢装具士」からデザイナーに転身した異色の経歴の持ち主。染谷さんはなぜ転身しようと考え、どのように商品のアイデアを生み出しているのだろうか?

<プロフィール>
染谷昌宏さん

義肢装具士として義肢装具の製作に8年間従事。
2015年に自身のブランド「sugata」を立ち上げる。
Japan Leather Award 2015レディースバッグ部門賞受賞。
第12回TASKものづくり大賞優秀賞受賞。

国家資格取得を目指し、専門学校へ。その進路でデザインと出合った

− 染谷さんは義肢装具士として働いていたとお聞きしました。そもそものお話で恐縮ですが、義肢装具士とはどのような仕事なのでしょうか?

染谷さん
逆にどのような仕事だと思いますか?

− 義手や義足を作る仕事でしょうか?

染谷さん
一般的に義手や義足をつくる仕事というイメージが強いかもしれませんが、実際にはそれらは全体の仕事のごく一部です。正確には、「身体を支える、保護する道具」をつくり、身体にフィットさせる仕事。義手や義足だけでなく、コルセットやヘルメット、靴の中敷きまで手がけます。

国家資格が必要な仕事ですが、僕が義肢装具士になった当時は3000人くらいしか資格取得者がいないマニアックな仕事でした。もともと徒弟制度で技術が受け継がれていて、資格ができたのも比較的最近のことなんです。

− なぜそのような珍しい仕事に就こうと思ったのでしょうか?

染谷さん
高校生の時に進路を考えていたら、たまたま図書館に置いてあった本で知ったんですよ。面白そうな仕事でしたし、「手を動かすのが好きで、ものづくりも得意だから向いているんじゃないか」と思い、その道を選びました。

資格が必要な仕事なので、高校卒業後は資格習得のために専門学校に入学。装具を作るためには様々な知識が必要なので、学校では人体の動きを理解するために「解剖学」や「生理学」はもちろん「美術」や「デザイン」も学びました。これがデザインと僕の最初の出合いです。

染谷さん
僕は専門学校入学当初、「デザインは単なる装飾だ」と思っていたんです。でも、学んでいくうちに「デザイン」は単なる装飾じゃなくて、課題解決のプロセスだと感じました。

たとえば、電車の中吊り広告は「ものを売りたい」という課題をビジュアルで解決しています。装具は不自由な身体を道具で支えるために最適な形をしていますし、革の財布はお札や硬貨を取り出しやすい形をしているはず。

「デザインは何かしらの問題意識や課題から生まれ、デザイナーはそれを解決するために最適な色や形を選んでいるのでは?」と思ったんです。その思いが確信に変わったのは、デザイナーの方々と共同で取り組んだ卒業製作の時でした。一緒に製作を進め、彼らの考えを聞くうちに、やはりそうだったんだって。

− それだけデザインへの熱意が高まっていたのなら、そちらの道に進んでしまおうとは思わなかったのでしょうか?

染谷さん
当時は思っていなかったですね。義肢装具士になりたいという思いは変わりませんでしたし、専門学校のカリキュラムは学ぶことが多すぎて、ついていくのに精一杯でした(笑)。

お客さんのニーズと心に向き合った8年間、その経験がデザインの基礎力を作った

染谷さん
専門学校を卒業した後は義肢を製作する会社に入社して、晴れて義肢装具士になりました。入社して3年間は先輩に付き添ってもらい、病院にいる患者さんを訪ねて装具を作っていましたね。

− 当時苦労したことはありますか?

染谷さん
フィット感を出すことでしょうか。僕らは靴に小石がひとつ入っていても違和感を覚えますよね。それくらい人体は敏感なものなんです。

身体の形はひとりひとり違うし、日によってむくんだりもする。なんなら患者さんの心の状態もフィット感を左右します。単に技術があればいいかというとそういう訳でもなく、患者さんが装具のどこに不快感を覚え、どう直して欲しいかを話し合わないと患者さんには満足してもらえません。

デザイナーの仕事は「課題解決」。義肢装具士として人の課題と心に寄り添う繊細な仕事をしていた経験は、今の仕事にも活かされてると思います。

− 義肢装具士からデザイナーへ転身しようとしたきっかけはあったのでしょうか?

染谷さん
はっきりとしたきっかけはありません。ただ、入社して数年が経ち、余裕も出てきたんでしょうね。自分のやりたいことに目が向くようになって、装具のような「1点もの」から、より多くの人の課題を解決できる「レディメイド(既成品のこと。対義語はオーダーメイド)」へ興味が移っていることに気づいたんです。

日に日にその思いは強くなっていきました。ならば、まずは自分のプロダクトを作る必要があると思い、入社4年目にものづくりを始めたんです。当時は会社で廃棄される革の端材をもらって、小物を作っていました。

− 革を選んだのはなぜでしょう?

染谷さん
少ない道具で様々なことができるから、ですね。最低限、革包丁と針と糸があれば物が作れるし、試行錯誤しやすくコストも手頃。ひとりで小さく始めるのに適していたんです。

入社5年目には本格的に技術を学びたくなり、革職人さんの教室に通い始めました。この頃から独立を考えていましたね。入社して7年目の2011年には結婚、翌々年に独立。その後、2015年に自分のブランド「sugata」を立ち上げました。

立ち上げ後は、百貨店や美術館の催事に出店したり、セレクトショップなどで商品をお取り扱いいただいています。また、最近では、他の企業様へのデザイン提供にも取り組んでいます。

「ものが存在する動機・必要な機能」と徹底的に向き合えば、唯一無二な製品ができる。

− 「sugata」の製品は、すごくミニマルですよね。それでいて、キーが落ちないキーケースとか、片手で開けられるコインケースとか、ひとつひとつに使いやすいアイデアが詰め込まれています。これらの製品はどのように製作されているのでしょうか?

染谷さん
ブランドを立ち上げてからずっと、僕は正攻法のデザインがしたいと思っているんです。正攻法のデザインとは、「その物が存在する動機はどこにあるか、物にどのような機能が必要か」を突き詰めていくこと。

このキーケースで説明しましょうか。
キーケースに必要な条件や機能は「鍵を守り、取り出しやすくする」こと。このキーケースはキーリングに合わせて革のケースにスリットを設けています。鍵にリングを取り付け、ケースにストンと落とすと、リングがスリットにはまって抜けなくなるんです。

染谷さん
取り出す時は、ケースの両端をつまんでキーリングを引き上げるだけ。特別な操作も必要なくスマートでしょう? 「鍵を守り、取り出しやすくする」ことに相応しいデザインを備えていると思います。

− 先ほど見せてもらったコインケースはなぜこの形になったのでしょうか?

染谷さん
コインケースは、持ち運びやすくしたいですよね? だから携帯時はポケットの中で邪魔にならないよう、平たくしたかったんです。でも、平たいと取り出し口が狭くなるので不便になります。だから取り出す時は立体にしたかった。

「平たいのに立体」という矛盾を解決するために僕は折り紙を参考にしたんですよ。折り紙は平たいのに立体にもできるじゃないですか。

染谷さん
このコインケースも最初は折り紙に習って6角形にしていたんですが、手の馴染みを良くするために丸い形にしています。そうそう、同じ折り紙から着想を得たコインケースがもうひとつあるんですよ。これも広げるとコイントレーのようになります。

染谷さん
僕はデザインをする時に、物の性質や機能を因数分解して取り出しているんです。様々な行為に最も適した普遍的な形がきっとある。物が形づくられた意図に気づき、デザインを楽しんでもらうためには、色や柄は余計になってしまいます。だから僕の作るものはモノトーンを基本としているんです。

− ものすごくロジカルにアイデアを生み出しているんですね。これだけシンプルなものだと真似されてしまいそうですが...。

染谷さん
実は真似されてもいいと思っています。大企業なら問題になるかもしれませんが、これだけネットやSNSが発達していますから、「元をたどれば染谷がいた」と気づいてもらえれば、それがかえって宣伝になるんじゃないかと。だから、僕は真似されることについては、あまり不安に感じていないんです。

− これから染谷さんはどのような商品を作っていきたいのでしょうか?

染谷さん
理想は「亀の子たわし」ですね。多くの人は、それをどこの誰がつくったのかまでは、あまり意識せずに使っているように思いますし、そもそもデザインとして認識されることも少ないかもしれません。

ですが実際のところ非常に合理的で、デザインと用途、製造工程までが一致していて無駄がない。普遍性を宿しつつ、プロダクトとして一級品だと思っています。僕はそんな亀の子たわしみたいなプロダクトが作りたいんです。

ありがたいことに、定期的に出展させていただいてる展示会などでも、ご好評をいただいておりますので、これまで以上に販路を拡大して商業的にも成功させていきたいと思っています。

(インタビュー終わり)

「商品にどのような機能が必要か」を考え、奇をてらわず正攻法のデザインをする。この姿勢を商いにも活かせないだろうか。

世の中にはサービスや商品が溢れている。だから差別化をしようとして要素を付け加えてしまう。染谷さんの考えはその逆で、物に求められる機能と形をとことん突き詰めて、普遍性を宿したプロダクトを生み出している。

普遍性を宿したものは色褪せない。生みだすために時間はかかるかもしれないが、それはきっと商品の強みになるだろう。

<オンラインショップ>
■紳士の持ち物
URL:http://shinshimono.jp/
■mono shop(モノショップ)
URL:http://www.monoshop.co.jp/

取材・文 鈴木雅矩(すずきがく)

ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。
帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。

2018年12月13日

Line
Line
Line

月間アクセスランキング

カテゴリー

注目のキーワード

アントレ

独立、開業、起業をご検討のみなさまへ
アントレは、これから独立を目指している方に、フランチャイズや代理店の募集情報をはじめ、
さまざまな情報と機会を提供する日本最大級の独立・開業・起業・フランチャイズ・代理店募集情報サイトです。

会員登録はコチラ

アントレ公式ページ