NPO法人キッズドア/東京都中央区
理事長
渡辺 由美子さん(52歳)
1964年、千葉県生まれ。大学卒業後、西武百貨店に入社し、販売促進の仕事に従事。その後、出版社を経て、フリーランスのマーケティングプランナーとして活躍。2000年から1年間、イギリスで暮らし、「社会全体でこどもを育てる」文化に触れたことをきっかけに、07年、貧困家庭のこどもを支援する任意団体キッズドア(09年にNPO法人化)を創設。学習支援を行うボランティアには、大学生や社会人を中心に約2000名が登録、活動は大きく広がっている。
16・3%。これは2012年に厚生労働省が発表した「こどもの貧困率」だ。6人に1人のこどもが貧困状態にあることを示す数字で、OECD(経済協力開発機構)に加盟する約30カ国の平均値より3%“高い”。そして全国学力調査では、世帯収入とこどもの学力には相関があるとされている。
「長らくフタをされてきたこどもの貧困問題が、ようやく表面化した」。07年から、貧困に苦しむこどもたちの学習支援に取り組んできた、渡辺由美子の実感伴う言葉である。活動を始めた当初は、まだ社会的課題として認識されておらず、活動参加や寄付を募るにも容易ではなかった。「実態を知らせること」から始め、貧困環境にあるこどもたちにもフェアに学習機会を提供しようと、地道な活動を続けてきての今日だ。
具体的には、無料の高校受験対策講座「タダゼミ」、高校生の中退防止や大学受験をサポートする「ガチゼミ」の運営、1人親家庭の子ども学習支援などを展開。活動の主力となる大学生ボランティアとともに、こどもたちの学力の向上に尽力する。「日本のこどもたちの社会への扉を開ける」――渡辺の思いは、キッズドアという法人名に込められている。
貧困家庭のこどもにも、フェアなチャンスのある社会システムを。
それが、夢と希望を持てる未来への一歩になる
━ 活動を始めたきっかけは、イギリスでの生活体験だったとか。
15年ほど前、夫の海外赴任に伴ったのですが、確かにその時の経験が大きいですね。息子を小学校に行かせて分かったのは、イギリスには、私たちのような外国人家庭や現地の貧しい家庭のこどもたちも、分け隔てなく成長のサポートをする文化が根付いていること。地域、学校、保護者が連携し、皆で子育てを支えているのを目の当たりにし、感動したのです。
でも帰国してみると、様子が違う。例えば、シングルマザーで経済的に厳しい家庭のお子さんなんかは、ほかの友達のようにサッカー教室や塾などに行けないから、遊ぶ友達がいなくなって、孤立してしまうんです。休みの日でも、お母さんは仕事だから遊びに行けない。息子にね、「じゃあ、その子も誘って一緒に遊びに行こうよ」って。
振り返れば、ここが活動の始まりでしょうか。すごく喜んでくれるこどもたちを見ているうちに、もっとサポートしたい、そう考えるようになったのです。
━ それで、まずは任意団体を?
最初は、どこかでお手伝いをと思って相手を探したのですが、10年ほど前の話で、こどもの貧困問題に取り組む団体はほとんどなかったのです。でも問題意識は強かったので、自分で始めてみようと。
まずは、さまざまな体験機会を提供しようと考え、経済的に苦しい家庭の親子でも参加できる無料イベントや、格安コンサートなどを開催したんです。ですが、実際に訪れたのは相応のお金を支払えるような人たちばかり。何かが違うと思って調べてみると、本当に困っている人たちは、そもそもこどもを連れてイベントに行く余裕なんてないわけですよ。実態に触れ、模索を続けるなか、行き着いたのが無料の学習支援でした。
家で勉強をする環境がない、貧しくて塾に行けない、進学をあきらめざるをえない…聞こえてきたのは、そんな切実な声だったのです。
━ 無料でとなると、人も場所も、周りの協力が必要になりますね。
はい。心意気のある社長さんが、日曜日に会議室を提供してくださったり、勉強を教えるのが得意な大学生が集まってくれたり、皆さんの協力があってこその活動です。一口に学習支援といっても、こどもたちの学力レベルはまちまちですから、極力マンツーマンにし、また、レベルに合わせたテキストも作成するなど、数々の工夫は必要になりますが、ニーズは大きく、日々手応えを感じています。
でも最初の頃は、支援や寄付をお願いしに企業を訪問しても、「日本に貧困の子なんているの?」と、全然分かってもらえなくて。どこか“遠い国の話”なんですよ。一方では「働かない、努力不足」というバッシング的な見方を受けて、つらい思いもしました。助けてくれたのは、社会活動への理解がベースにある外資系企業でした。今も支援元としては外資系がメインですが、それでもかなり広がり、時代が動いたなぁと感じています。
━ 今後、注力していくことは?
うちのような学習支援だけでなく、例えば、こどもが1人で入れる「子ども食堂」のような民間支援も広がっていますし、給付型奨学金の創設などといった制度の動きも出てきました。重要なのは、やっと認知されるようになったこどもの貧困問題をブームに終わらせないこと。
そのためにも、より強い情報発信に努めたいですね。そして、キッズドアの自主事業を強化し、さらに門戸を広げていきたいと考えています。学習支援は1つの側面でしかないけれど、この社会問題にいろんなリソースを取り込んで、全てのこどもたちが夢と希望を持てる日本社会にする、それが私たちの願いなのです。
取材・文/内田丘子 撮影/刑部友康