NPO法人オフィスリブスタイル/東京都大田区
代表 奥山京子さん(34歳)
1979年、愛知県生まれ。幼少の頃から音楽に慣れ親しみ、音楽大学では声楽を学ぶ。卒業後、専門学校にてさらに音楽療法を学び、在学中の2006年に、高齢者施設などに音楽セラピストを派遣するNPO法人「オフィスリブスタイル」を設立。現場活動とともに、音楽セラピスト統括責任者として、プログラムの作成にもあたる。現在、都内公立小中学校の特別支援クラスや、成人更生施設において同療法の講師を務めるなど、その活動領域は広がりをみせている。
音大は出たけれど……。奥山京子が音楽療法の道に進んだのは、「とにかく仕事をして稼ぎたかった」からだ。専門学校に入り直し、音楽療法士の資格を取得して、「オフィスリブスタイル」を設立したのが2006年。スタッフ3名で始めた、26歳の起業だった。
高齢者施設のお年寄りと一緒に懐メロを歌ったり、昔話をしたりする――すると、普段は孤独で無口な老人たちの顔に笑みがこぼれ、驚くほど饒舌になる。奥山らが実践する音楽療法の評判は口コミで広がり、事業は順調に拡大を見せた。現在、同法人にはセラピストやアシスタントなど、30名ほどが在籍。高齢者に加え小中学校、障害児の放課後クラブ、精神科、成人更生施設を主領域に活動するほか、東京・大田区にあるオフィスでは、楽器で「遊ぶ」音楽教室、障害児のための「音楽療法教室」を開いている。自らを「野心家かも」と笑う彼女の当面の目標は、「音楽療法の存在と意義を社会に広めること」。そして、その視線の先には、今日まで常に人生の支柱になってきた音楽を超越した、ある構想も芽生えている。「活動を通じて自分自身が変わってきた」と言わしめるものとは、いったい何なのか。
心身を癒し、脳を活性化させる音楽の力で、「老い」や「心の病」をケア。
━ 子供の頃からずっと音楽を?
はい。自然に続けてきて、気づいたら音大に入っていた、という感じですね。ところが卒業してみると、仕事がない。そもそも音大生って就職にはあまり縁のない人たちなんですけど(笑)、私はちゃんと働きたかった。さりとて、音楽からは離れたくないなぁと悩んでいる頃に、ちょうど日本でも少しずつ広がり始めていた音楽療法のことを知ったのです。
━ そもそも、音楽療法とはどのようなものなんでしょう。
昔よく聴いた曲が流れたら、当時の思い出がよみがえったという経験、ありませんか?例えば、今朝のご飯のメニューは忘れちゃうお年寄りが、若い頃に親しんだ歌をちゃんと歌えたりする。つまり、心身を癒し、脳に刺激を与え、記憶を喚起するといった音楽の持つ効力を、医療や介護などの現場で計画的に活用するのが音楽療法です。
ただし、私たちの提供するプログラムは、歌ったり楽器を演奏したりするだけではありません。何より重視しているのは、会話。いろんな話をし、時にはクイズなんかも織り交ぜながら、自然に音楽に入っていけるように工夫しています。ちなみに中身はスタッフの知恵も借りながら、すべてオリジナルで作成しています。
━ 最初からNPOとして活動するには、苦労もあったかと……。
一人では無理なので、まず学校の同級生に「こんな活動をやらないか」と声をかけたんですよ。ところが、みんな「いいね」と言うものの、手伝ってはくれない。私に人徳がなかったのかも(笑)。そこでネットで広く募集して、活動に共感してくれたスタッフを、まずは2人確保してスタートしたんです。
とはいえ、音楽療法そのものに対する認識が浅いなかでの営業は難しく、口で説明しても伝わらないので、施設には「とにかく一度やらせてください」とお願いして、仕事を取ったのが最初。そうやって1カ所で始めたら、自然に評判が立ってつながっていったのです。一つ一つの現場を大事にすれば機会は得られるということを、この時に学びましたね。
━ 高齢者施設以外にも、活動の幅を広げているようですが。
今、力を入れているのが、ホームレスの自立支援施設での取り組みです。そこでは180名ほどの男性が、自立に向けて訓練を受けているのですが、「授業」では、例えばみんなでバイオリンを弾いたりするんです。おじさんたちのバイオリン演奏、一見の価値ありですよ(笑)。
もちろんここでも、音楽だけではなく、作業をしてもらったり、世の中にどんな仕事があるのか話をしてみたり、社会復帰に向けたプログラムも取り入れています。更生した方から「頑張って生き抜きたい」なんていうお手紙をもらうと、本当にやりがいを感じますね。
━ 今後の目標は何ですか?
ホームレスの自立支援に携わるなか、彼らと向き合ってみて、私自身も変わりました。音楽は、社会的弱者と信頼関係をつくるための一つのツール。その先に様々な支援の仕方があるんだ、ということに気づかされたのです。
この領域は、高齢者や障害者などといったほかの福祉分野と比べると、公的支援がとても少ない。だから、私たちが新しい支援のかたちをつくらねばと、考え始めたのです。ようやくソーシャルベンチャーらしくなってきたかな(笑)。
実は施設を出ても、7割が路上生活に戻ってしまうという現実があります。そうならないよう、卒業者が集える場をつくり、うちのスタッフが日常的にケアできるような仕組みを構築したいのです。「前例がない」と動かない行政に、今、掛け合っているところなんですよ。
取材・文/南山武志 撮影/押山智良 構成/内田丘子