2019年末から今もなお世界中で猛威をふるい続けている、新型コロナウイルス。
おそらく働く全ての人が、多かれ少なかれこの未知のウイルスの影響を受けているのではないでしょうか。
前回に引き続き、お話を伺ったのは日本初のプロスマブラー(プロのスマブラ選手)であるaMSa(あむさ)さん。
2019年上半期に満を持して専業プロゲーマーとして独立するも、新型コロナウイルスの蔓延により、状況は一変。国内外問わず大会が中止となり、プロゲーマーとしての活動の根幹を見直さなければならないと言います。
後編では、プロゲーマーと会社員との両立をされていたaMSaさんが専業プロゲーマーとなるまでの経緯、そしてコロナ禍でのかっ藤と挑戦について伺いました。
コロナ禍の状況でaMSaさんを救った、会社員時代で培った意外なノウハウとは、一体なんでしょう。
aMSaさん
プロゲーマー
レッドブル・アスリート
2001年に任天堂より発売された『大乱闘スマッシュブラザーズDX』のプロゲーマーとして、レッドブルとプロ契約を結び活躍中。
幼少期の頃から『スマブラ』シリーズで遊んでいたが、大会に出場し始めたのは比較的遅く、当時大学生だった2013年から。
同年5月に大阪で開催された大会で入賞を果たすと、7月にアメリカ・ラスベガス開催された「EVO2013」では、世界屈指のプレーヤー、Mew2Kingから弱キャラのヨッシー(※)で1本をもぎ取り、海外から大きな注目を浴びる。
2014年5月にプロゲーマーとして契約。『スマブラ』シリーズでは、日本人初のプロゲーマーとなる。大学を卒業後、同年10月にIT企業に入社。プログラマーとして従事し、会社員とプロゲーマーを両立する。
その後一度の転職を経て、2019年5月に独立。現在は専業プロゲーマーとして活躍する。
※『スーパーマリオブラザーズ』に登場するキャラクター名。
独立をしたいなら「3つの柱」を用意せよ! aMSaさんが専業プロゲーマーになった理由
――そして一度の転職の後、2019年5月に専業プロゲーマーとして満を持して独立されました。兼業から専業へと移行した経緯をお聞かせください。
理由はさまざまなのですが……。
そもそもは、プロゲーマー専業へ舵を切りたいとずっと思っていました。
しかし前編でお話をしたように、サブプランを考えると、プロゲーマーに振り切るにはリスクも少なからずありまして。
そして会社に入社し5年。仕事もある程度できるようになりつつ、プロゲーマーとしても着実に大会で成果を出せるようになっていきました。
では、いつ独立をするのか――。僕の中では、独立するのための基準として「3つの柱」を打ち立てていたんです。
――3つの柱、とは?
1つ目は「実力」です。
シンプルにプロとしてやっていけるだけの“腕”、すなわち大会で結果が残せていけるかどうか、ですね。
実力がなければ、コミュニティの中(僕の場合はゲーマー界隈、『スマブラDX』界隈)で支持されません。
特に自分の腕が結果として可視化される競技シーンにおいて、プロとして活躍するには実力は不可欠の要素です。
2つ目は「価値」。
ここでいう価値とは、コミュニティの外側(ゲーマー界隈の外側)、すなわち一般層への影響力です。
僕の場合は、まず実力をつけて大会に出場し結果を出せるようになった後、SNSや動画配信などに注力を始めました。
市場での自分の価値向上を図ってみたんです。
その結果、実況解説やメディアへの露出、書籍の執筆など、純粋な競技以外の仕事が増えていきました。
――他媒体を通して、ゲーマー界隈だけに止まらずに認知を広めようと?
理想は「スマブラ界のイチロー選手」のような存在になることだと思っています。
野球をあまり知らない人でも「イチロー選手」と聞けば「野球」と連想できるじゃないですか。
だからゲームについてあまりよく知らない人でも「スマブラといえばaMSa」のように連想していただけるようなレベルになりたいんです。
そしてこの価値を高められるかどうかが、3つ目の柱に大きく影響を与えます。
――3つ目はなんでしょう?
「収益」です。
実力もあり、価値も高めた。あとは、ちゃんと生活していけるだけの収益を立てられるかどうかだと思います。
独立を周りの人が心配する理由は、つまるところ「独立後もちゃんと食っていけるの?」というところじゃないですか。
僕も周りの人が独立を検討していたら、同じ質問を投げかけます。
そこでちゃんと収益が立てられていることを実証できたら、その心配は応援に変わると思うんですよね。
「ちゃんと稼げているなら、がんばってみたら?」って。
――周りの人に応援してもらうためにも、収益を立てられているかどうかは、非常に重要なポイントですよね。
はい。収益を出していないとまず自分が生活できませんし、家族や友人を安心させることができません。
そしてちゃんと収益を出していてそれを発信することで、「プロゲーマー」という職業が「ちゃんと職業として成り立っている」という社会的なアピールにもつながると思っています。
「プロゲーマー」という職業はできてからまだ歴史も浅く「こうすればプロゲーマーになれる」という、明確なキャリアプランが確立しているわけではありません。
語弊を恐れずに言ってしまえば、収益を立てずに自分がかけた時間と労力への採算を度外視する「ボランティアゲーマー」になら誰にでもなれます。
「プロゲーマー」を名乗る以上、後に続くゲーマーたちのためにも、きちんと収益を立てていかなくてはいけないと思ってるんですよね。
5年の会社員時代は、決して無駄じゃなかった。コロナ禍で見つけた新たな可能性
――以上の3つの柱を満たしたからこそ、満を持して独立を果たしたのですね。
もちろん全てを完璧に満たしていた、というわけではないですよ。
ただプロゲーマーになったばかりの2014年よりも、5年という時間を経て、確実に自分の「実力」も「価値」も「収益」も向上しました。
会社員として仕事を経験する上でも、仕事についてだったり社会のルールであったり、ある程度のことは学べましたので。
思い切って専業に挑戦してみようと思ったんです。
――独立をされたのが2019年。その年の末から現在にかけてもなお、新型コロナウイルスの脅威は続いています。コロナ禍で、プロゲーマーとしての活動は変わってしまったのではないでしょうか?
はい、もう180度変わりましたね。
まず国内外問わず、大会がなくなってしまいました。
『スマブラ』シリーズ最新作である『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』(以下『スマブラSP』)や、他の格闘ゲームではオンラインでの対戦ができることが多いのですが、僕は20年前に発売された『スマブラDX』のプロゲーマーですから、オンライン対戦ができません。
とはいえプロゲーマーとして、自分の腕が落ちてしまってはいけませんから、日頃の練習もしつつ、今はYouTubeなどの配信媒体を使って、ゲームの実況や解説などを行う「ストリーマー」としても活動しているんです。
――大会がないとなると、やはり厳しい状況が続いてしまっていると……。
そうですね……。
配信を始めとした、活動にいくつかの軸はあったとしても、やはり僕はプロゲーマーです。
1人の選手、1人の競技者として活動に重きを置いておきたいのですが、この状況が続くとなるとどうしても今までのようにはいかないですよね。
いろんな側面があるにせよ、やはり大会で結果を出してこそのプロゲーマーですから。だからコロナウイルスが流行り始めて最初の頃は、自分の活動の在り方について、かなり悩みました。
――その状況を、どう乗り切ったのでしょう?
まだ「乗り切った」と言えるほど、うまくやれているわけではありませんが……。
今は自分の活動について試行錯誤をする期間だと思い、いろいろなことに挑戦しているところです。
例えば僕は、プロゲーマーになってからこれまで『スマブラDX』以外のゲームをあまりプレーしてこなかったんですよ。
ですが最近は『スマブラSP』はもちろん、『Apex Legends』や『SUPER MARIO BROS. 35』といった『スマブラDX』とは全く関係のないゲームをプレイし、配信するようになりました。
他には「note」というサービスを使って『スマブラDX』のハウツーや攻略法に関する記事の執筆も行っています。
――なぜ記事という形式でハウツーの執筆をされているのでしょうか? ゲームというと、YouTubeなど配信サービスとの相性が良いイメージがありますが……。
そう、逆だからです(笑)。
今やゲームのハウツーや攻略を解説する人の多くが、動画配信という手段を選びます。
だからこそ、逆に記事という手段でアプローチをしてみようかなと。
理由は他にもいろいろあります。
例えば僕のTwitterフォロワーの、約7割は海外の人なんですよ。現在『スマブラDX』は日本よりも海外の競技シーンで人気がありますから。
そこで「日本のファンをより増やしていくにはどうすればいいか?」と考え、記事というアプローチはどうかなと。
ちなみに動画配信も引き続き行っています。日本語で日本人向けに配信することもあれば、アメリカの時間に合わせて(日本時間だと深夜帯に)英語での配信もしています。
あとは「note」という媒体の性質上、記事の内容を有料化することもできます。
先日は「守り」をテーマにした攻略記事では1万PVを記録し、「note」の持つ可能性を感じましたね。
https://note.com/amsayoshi/n/n73cc8961a09f
――この記事が特徴的なのは「ターゲット」と「バリュー」が明確であることだと思います。記事を通して伝えたいことが、非常にはっきりしていますよね。
その考え方は、会社員時代に培ったものを応用しています。
会社員時代、サイボウズという会社に出向していたことがありました。
サイボウズはマーケティングに非常に力を入れており、企画の考え方やコンセプトの作り方など、その当時とても勉強させていただいたんです。
noteを使って記事コンテンツを作ろう、と思った時に「誰をターゲットにするべきか」「どんな価値を提供するのか」を明確にしようと考えることができたのは、サイボウズでの経験があったからだと思います。
「プログラミングで手に職をつけたい」「プロゲーマーをしながら安定した収入を得たい」と、会社員との兼業を選んだ理由はさまざまありますが、入社前には思いもしなかったノウハウや知見が今の僕に活かされています。
こうしてプロゲーマー専業になった後でも、やはり会社員時代の5年間は無駄ではなく、プロゲーマーとして大きな糧になったと思います。
独立・起業は「0か100か」ではない。グラデーションのように道はひらける
――aMSaさんの今後の展望を教えてください。
プロゲーマーとして最前線で活躍していきたいなと思うのはもちろん、それと並行して一次創作者になりたいなと思っています。
プロゲーマーはどれだけ実力があったとしてもその構造上、あくまでも「二次創作者」なんです。
だからこそ小さくてもいいから、自分でゼロから何かを生み出すこともしていきたいなと思っています。
例えば作曲だったり、絵を描くことであったり。ゲームを作ることにも興味がありますね。今後はそうした自分のオリジナルのものを、作っていきたいですね。
――最後に、読者の方へメッセージをいただけますか?
僕は独立・起業とは「グラデーション」のようなものだと思っているんです。
例えば会社を辞めた瞬間に、開業届を出したその瞬間に「独立・起業をした」ということにはならないんじゃないかなって思っていて。
独立・起業に向けて「興味あるかも」って思い始めた瞬間からきっと始まっていて、そしてそこに向けて「実力」や「価値」を高めていく。
そして「収益」が確保できて、自分なりに「イケる!」と思った時に、開業届や登記を出すんじゃないかなと。
0か100かではなくて、グラデーションのように徐々に独立・起業への道がひらけていくんじゃないかなって思うんです。
もし独立・起業に興味があるのなら、まずは自分の「実力」(ビジネスで言うならスキルや情報、人脈、資金など)を蓄えるところから、始めてみるといいのではないでしょうか。