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出版不況でも“年6冊発行”で出版社は成り立つ。ライツ社創業者に聞く、小規模経営の秘訣

生ボイス

不況と言われ続ける出版業界で、2016年に創業した出版社があります。会社の名前は『ライツ社』。同社は今秋4期目を迎え、IT企業サイボウズ(株)と提携した『サイボウズ式ブックス』や、写真家・ヨシダナギさんの『HEROES』など、数々の話題作を発行しました。

話を聞くと、全国流通をしているにもかかわらず社員は5名、本社は兵庫県明石市にあり、年間約6冊しか本を発行していないそうです。なぜそれで経営が成り立つのか? 会社立ち上げのエピソードや、小規模で出版社を経営する秘訣を創業者の大塚啓志郎さんに伺いました。

<プロフィール>
大塚啓志郎(おおつか けいしろう)
ライツ社 代表取締役 編集長。1986年兵庫生まれ。3児の父。

2008年、京都の出版社に入社し、編集長を務めたあと30歳で独立。
2016年9月にライツ社を創業。
「いま日本でもっとも新しい出版社」の1つとして、新しい出版社像をつくることに挑戦している。

新卒で編集者の道へ、こどもが生まれ転職を考える

――大塚さんは独立する前、編集者として勤務していたと聞いています。なぜ編集の道を選んだのか。また、どのような会社に入社したのでしょうか?

大塚さん
僕は関西大学の社会学部に通っていました。卒業後の進路はマスコミに絞っていましたが、その時に1冊の本を見つけたんです。

『1歳から100歳の夢』という本で、タイトル通り、1歳分につき1人の顔写真と夢が掲載されていました。

その本を読んだ時に、僕はすごく感動してしまって、「この本を作っている会社に入りたい」と思いました。志望して2008年に入社したのが京都にある出版社です。

――どのような会社でしたか?

大塚さん
会社の代表が詩人という変わった会社で、元々はその代表の作品集を出すためにつくった出版社だったんです。

なので、そもそも出版社なのに編集者という存在がいなかったんですね。

そこに初めて編集者として新卒採用されたのが自分だったんです。

とはいえ、書籍の編集経験がある先輩はいなくて、手探り状態で本づくりを始めました。

――当初はどのような本を作っていたのでしょうか?

大塚さん
自分の好きな本をひたすら真似していましたね。社内にデザイナーはいたのでいろいろと教えてもらい、構成は好きな本の目次を真似したり。

でも、売れないんです。それから試行錯誤を重ね、数冊本を手がけた後、ターニングポイントになったのが『僕が旅に出る理由』という本です。この本は4万部のヒット作になりました。

この時は、誰かの真似ではなくて、自分が本当に読みたい企画を本にしました。僕は旅が好きなので、世界を旅した大学生100人に原稿を書いてもらい、それをまとめたんです。この本がヒットしてからは、自分が読みたいものを作ればいいんだと自信を持つことができました。

――大塚さんは2016年9月にライツ社を立ち上げています。前職でも自由度高く働いていた印象を受けましたが、なぜ独立することを決めたのでしょうか。

大塚さん
前職は2016年8月まで勤めていました。独立の理由は、結婚してこどもが生まれたことです。自由な社風で働きやすい会社でしたが、どうしても帰りが深夜になってしまっていました。

加えて、まだ30歳なのに事業部長になり、仕事のほとんどがマネジメント業務や他部署との会議になってしまいました。本がつくりたくて編集者になったのに、いつのまにか週5日のうち2日ほどしか編集の仕事をしていない状態になっていたんです。

会社自体は大好きだったんですが、限りある自分の時間を、大切な家族のためにも使えない、自分がしたいことにも使えない。これはおかしいぞと。

それで転職を考えていた時に、家族ぐるみの付き合いをしていた同僚に相談してみたんです。彼は高野と言って営業担当だったんですけど、同じく転職を考えていたんですね。

そういうことならと出版社の立ち上げを一緒に考えました。その時に、高野にExcelで計算してもらったんです。

自分が年間何冊の本を作ったら売上はどのくらいになるのか、重版率は何%か、経費はどれだけかかるか……と計算したら、机上ではギリギリ成り立つ目処が立ったんです。そして、2016年の8月20日に退職、2週間後の9月7日にライツ社を立ち上げました。

偶然が重なり、地方発・全国流通の出版社ができた

――ついにライツ社が誕生しましたね。ところでなぜ社名はライツ社なのでしょうか? 本社を兵庫県明石市に置いていることも気になります。

大塚さん
write(書く)・right(正しい)・light(光)の3つのライトからライツと名付けました。「書く力で、誰かをまっすぐ照らすような本を作ろう」という決意を込めています。

場所は偶然が重なった結果でした。もともと京都で働いていたので、東京には出ず、関西のどこかに事務所を構えようとだけは考えていました。

それで、退職後に地元の明石に戻ったら、祖父の所有する古いビルの事務所スペースが1部屋空いていたんです。詳しく聞いてみると、その上の住居フロアにも2室空きがあった。

これなら、1階で仕事ができて、僕の家族も共同創業者の高野も上に住める、という「起業に集中できる環境」が偶然整っていたんです。だから明石で、という話になりました。

――会社の立ち上げにあたり、何に一番苦労しましたか? 独立開業にあたり、ここでひと山超えなければいけません。

大塚さん
苦労したのは、出版取次(卸会社)との契約でした。僕たちは個人出版ではなく、しっかりとした経済規模で、全国流通の出版社がやりたかった。

でも、全国に流通させるためには大手出版取次と契約を結ばなければいけません。この契約がとても難しいと言われていて、実際当時も、年に1社新しい契約が結べるか結べないかという状況でした。

契約にあたって一番のネックになったのは、やはり資金でした。出版業界は収支のサイクルがすごく遅いんです。例えば、新刊を5000冊刷りました。1月に取次を通して書店に卸しました。

でも、その売上が入金されるのは7月、つまり6ヶ月後。

本を出しても半年間、売上がないんですね。なので、取次としてもすぐに廃業してしまう可能性がある会社とは契約できません。

先方に「契約を交わしたい」と相談すると「本を作り続けることができますか? 運転資金は確保できますか?」と聞かれました。

そこから、業界の先輩にいろいろ聞くと、半年間の運転資金は、マンションを1部屋買うくらいの額がいるとわかりました。さて、これをどう用意しようかと。

――大きな金額ですね。どう調達したのでしょうか。

大塚さん

まずは国庫からお金を借りました。そして、これは地方で出版社を立ち上げたメリットだったなあと、あとから気づいたんですが、地元の信用金庫が快くお金を貸してくれたんですね。

「こんな地方に出版社ができるなんてすごい! 応援します!」と。これが東京であれば、出版社はすでにあふれているのでお金を借りることは難しかったのではないかと思います。

――最初のハードルをクリアできたのですね。創業後、はじめての1冊はどのような本を発行したのでしょうか。

大塚さん

最初は手堅く、名言集の「大切なことに気づく365日名言の旅」という本を発行しました。この本は3万部売れて、立ち上げ直後の出版社としては大きな成果を出すことができました。

独立直後は無名だったにもかかわらわず、多くの人に助けられましたね。

まだ取次と契約が成立していないのに、見切り発車で書店に営業をしなければならないスケジュールだったんですが、そんな中でも書店さんから「応援するよ」と、まるでご祝儀のような大量発注をいただけたんです。

もう嬉しくてずっと忘れないでおこうと思って。会社のHPの代表挨拶にも記載しているんですが、「嬉しい。こんな時代にこんな無鉄砲な人たちがまだいたんだって」「大丈夫、私たちのグループが続かせる」といった言葉をたくさんいただきました。

――その後、ライツ社では写真家・ヨシダナギさんの『HEROES』や、マンガ家・さわぐちけいすけさんの『僕たちはもう帰りたい』、最近ではサイボウズと提携して『サイボウズ式ブックス』も発行しています。小規模かつ地方の出版社が、なぜこれだけ話題作を発行できているのでしょうか?

大塚さん
僕たちの本づくりは、基本的に「日本初」の企画であることを意識しています。

ですから、そもそも出版しても話題にならない本はつくらないんです。2年目に手がけた『全196ヵ国 おうちで作れる世界のレシピ』が典型で、おそらくそれまで日本にはなかった企画です。

著者の本山尚義さんは世界を旅しながら現地で料理を習い、帰国後も各国大使館や在日外国人にレシピを習い続けて、196カ国の料理を作れるようになった方でした。

たまたま彼と出会って、「本山さんの知識と経験を本にできたら絶対面白いな」と思って。当時彼は無名でしたが、出版にあたりクラウドファンディングをしたら400人の支援が受けられた。

結果は、レシピ本大賞にも入選し、2万8千部のヒット作になりました。

――ヒット作を作るためにはプロモーションが重要だと聞いたことがあります。費用はどれくらいかけているのでしょうか?

大塚さん
実は、プロモーションにはあまりお金をかけていません。企画さえ特徴的であれば、メディアは確実に取り上げてくれます。

メディアが取り上げてくれれば、書店さんも注文しやすくなる、注文されれば売り場で目立つので売れる、というシンプルな構造です。「日本初」にこだわっているのもそういう理由で、僕たちはとにかく企画を重視しています。

だからこそ、年間約6冊という限られた発行点数になっています。

企画出しは社員全員でやっていて、編集2名、営業2名、営業事務1名の総勢5名がアイデアを思いついたらLINEに流し、反応が良ければ企画を練り込み、既読スルーなら諦める。

独立してからは、企画会議をしたことは一度もありません。自分たち5人が心から面白いと思うなら、日本中に最低1万人くらいは同じように面白いと思ってくれる人はいるだろうと。

――現在、ライツ社の立ち上げから3年が経ちました。働き方は大きく変わりましたか?

大塚さん

前職時代から「編集者」という職種は変わりませんが、会議やマネジメントに時間をかけなくてよくなったので、本づくりにひたすら集中できています。

出版点数も減ったので、締め切りに追いこまれることもなく、定時に帰宅できることも多くなり、妻や子どもと過ごす時間が増えました。

商業出版社として売上はもちろん追求するけれども、「やりたいこと」と「売上」の割合が、最低でも51%対49%と決めています。

何があってもそれが逆転してしまわないように、世の中を明るく照らせる本をつくることに時間を費やせるようになりました。

小規模で経営すれば、利益を多く分配できる

――少し話は戻ってしまいますが。世間では出版不況と言われていますけれど、独立は不安ではなかったですか?

大塚さん

実は、自分が編集者になった時点で、つまり十数年前から「出版不況」って言われてるんですよ。なので、そもそも僕は「出版がよかった」と言われていたときのことを何も知らないんですね。

だから、感覚的にはむしろ今が普通の状態なんです。その上で何をしたらいいのか? と常に考えていました。

僕たちは、特徴的な企画をつくることを起点に、ウェブメディア→SNS拡散→地上波テレビというプロモーションの流れをかなり意識的に仕掛けています。

小さな地方出版社の会社でも、ちゃんと中身のある本をつくって、ちゃんと時間をかけて営業して、ちゃんと戦略を練って広報をすれば売れることを実感しています。

結果、ライツ社では、年間の発行点数が業界より極端に少ない6〜7冊、でも反対に重版率は業界平均の20%を上回る71%にまで上がりました。出版点数が少ないぶん、時間をかけていいものをつくれます。締切もないから妥協もありません。

営業面でも、大きな利点があります。通常、営業マンが書店員にもらえる時間は多くて5分です。案内しなければならない本が5点あれば、1冊につき1分しかない。それが、1冊しか案内する本がないとなると、まるまる5分はかけられるんです。

書店員への伝わり方がまるで違うし、1冊ごとのPRにかける力もおのずと違ってきます。これが重版率を引き上げた要因だと思っています。

出版の世界では、「10万部になったらベストセラー」と言われています。そこにたどり着けるのは、年間8万点とも言われる新刊のうちの数十冊です。もちろん、ライツ社でも10万部や100万部を目指してはいます。

でも、その10万部の売上の利益配分の考え方が違うんです。1200円の本が10万部売れたら1.2億円。100人で分けると120万円。ですが、5人で分ければ2000万円になります。経費を差し引いても十分生きていけます。

すると、出す本の内容も幅が広がります。誰のためにつくるかによってパイも異なるわけで、部数は絶対の指標ではなくなるんです。売上のために、出したくない本を何冊も出すことはしません。

もう出版不況って言うのやめませんか? 業界全体を盛り上げたい

――これはぜひ聞いてみたかった質問ですが、大塚さんが考える「編集者の存在意義」を教えてください。

大塚さん
僕は、極端な言い方をするなら、情報をどれだけお金に変えられるかが編集者の価値だと思っています。なぜなら、編集者って、著者に惚れ込んで、その著者の影響力を最大化させたいと思う生き物だから。その影響力を計れる数字は今、お金しかありません。

だからこそ本が売れて、それに付随して生まれたお金は、ちゃんと著者の活動資金になって、また新しい何かが生まれるようにしたい。もっと言うなら、出版社の存在意義とは「営業と流通と資金」なのかなと。

例を挙げると、2017年に写真家のヨシダナギさんと、ベスト作品集『HEROES』を出版しました。

ナギさんの場合、アフリカやアマゾンの奥地に移動する費用、現地のガイドを雇う費用など、1回のロケで数百万円のお金がかかっているんですね。それだけの覚悟と時間とお金をかけて撮った写真を本にさせてもらうのであれば、絶対に売れるものにしなければいけない。ちゃんと利益が出るものにしないと、ナギさんの活動は続かないわけです。

そこで考えたのが、平均的な価格の写真集をつくるのではなく、ちゃんとベスト作品集として内容も仕様も価値ある本をつくって、1万2千円という高い金額でも買ってもらえるものにしようという戦略でした。

もちろん、それだけの高価な本をつくるためには、先に原価として1千万円近くのお金が必要で、出版社である自分たちにも覚悟はいりましたが、結果、高価格帯の写真集としては異例の8千部まで売上を伸ばすことができたんです。

読者にも喜んでもらえたし、ナギさんにも著作権料としてしっかりお金を払うことができた。そのお金が、ナギさんの次の表現につながるんですよね。

決断できたのは、「出したい本を出すために会社を作った」という矜持があったからですし、出版社の役割って、著者が持つコンテンツ(熱)を、可能な限り大きなストーリー(光)に変えて、たくさんの人に届けることだと思っていたからです。

そして、大切なことは、その火をその熱を、燃やし尽くすのではなく消費し尽くすのではなく、丁寧に薪をくべ続けることだと思っています。

――最後に、今後の目標を教えてください。

大塚さん
僕たちは独立して4期目になります。繰り返しになりますが、僕たちがここまでなんとかやっていけたのは書店さんの応援があったからだと感じています。だから恩返しではないですが、とにかく出版業界を盛り上げる施策をやっていきたい。

具体的には、「他業界からの出版業界への参入を推し進めるきっかけになるように」とサイボウズ社と始めた「サイボウズ式ブックス」をはじめ、ゼロから出版社を設立するノウハウを発信したり、ウェブ上で出版業界紙的なマガジンを始めています。

全国流通の出版社って、僕ら以降ほとんど登場していないんです。業界って、新しいプレイヤーが出てこないと活性化しないですよね。だから、本気でやりたい人がいるなら、できるかぎり応援したい。そして、業界全体に「もう出版不況って言うのはやめませんか」と発信していきたいと思っています。

出版不況の噂と実情は、大きくかけ離れたものでした。人は文字と長く付き合ってきた生き物です。ネットという新しい媒体ができてからも、毎日何百万何千万という文字が世の中に発信されています。

情報を求める人は必ずいる。情報の売り方を考えれば、必ず届き、商いになる。

これはどの業界にも言えることですが、問題は何を売るかではなく、どう届けるかなのかもしれません。

取材・文・撮影=鈴木 雅矩

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