日本には公的年金制度として、20歳以上の全国民を対象とする国民年金と、企業などに勤めている人が加入する厚生年金保険の2種類があります。
総務省の「第1部 特集 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷~」によると、少子高齢化の影響で高齢者が今後も増える一方、現役の働き手である生産年齢人口(15〜64歳)の割合が1996年以降、年々減少しています。
ここでは、個人事業主として、知っておくべき、公的年金について確認しましょう。
日本の年金制度の構造
個人事業主の加入できる年金制度について説明する前に、日本の年金制度の構造について理解をしていきましょう。
日本は「国民皆年金」と呼ばれる年金制度を採用しています。国民皆年金とは、 20歳以上60歳未満の全国民が保険料を納めて、高齢者などがその保険料を年金として受給する制度です。国民は年金制度への加入が義務付けられています。日本の年金制度は基礎年金である「国民年金」と、会社員・公務員の場合は、「国民年金」に加えて「厚生年金保険」にも加入するという2階建て構造で成り立っています。
国民年金の加入者は自営業者や大学生など国民年金のみに加入している「第1号被保険者」、厚生年金保険に加入する会社員・公務員は、「第2号被保険者」、専業主婦など、第2号被保険者の扶養配偶者は「第3号被保険者」となります。
また、国民年金の第1号被保険者は、第2号被保険者と老後の年金受給額の差を無くすために国民年金基金に任意加入することができます。
一方、第2号被保険者は、企業型確定拠出年金(DC)などの企業年金を上積みして老後の年金受給額を増やすことも可能です。さらに、個人型確定拠出年金(iDeCo)に加入することで、国民年金と厚生年金保険の2階建て構造を3階建て・4階建てにすることも可能です。
まずは、年金制度の中でもより一般的な「国民年金」「厚生年金保険」「企業年金」について、詳しく解説していきます。
国民年金
国民年金とは、20歳以上60歳未満の全国民が加入する基礎年金です。 加入者である第1号被保険者は受給資格期間が10年以上ある場合に65歳以降、老齢基礎年金を受給することができ、個人事業主や自営業者・学生・無職の方が加入する年金です。国民年金を納めることで、老齢基礎年金以外に心身に障害を負った際の「障害基礎年金」や、国民年金の被保険者期間中に被保険者や老齢基礎年金の受給権者などが死亡した際に遺族が受け取れる「遺族基礎年金」なども受けられます。
国民年金の第1号被保険者は、2階建て構造となっている年金の1階部分に該当する「老齢基礎年金」のみしか受給できないため、「老齢基礎年金」と「厚生年金保険」の両方を受給できる第2号被保険者との年金受給額の差が問題視されるようになりました。そこで、1991年に厚生年金保険などに該当する国民年金基金制度が創設されました。 国民年金加入者も任意加入することで上乗せ受給することができるようになったのです。
「障害基礎年金の受給要件・請求時期・年金額」(日本年金機構)
「遺族基礎年金(受給要件・対象者・年金額)」(日本年金機構)
厚生年金保険
厚生年金保険とは企業や官公庁などに雇用されている人が加入する被用者年金です。 厚生年金保険の加入者は、同時に国民年金の第2号被保険者でもあります。そのため、厚生年金保険の加入者は、老後に受け取れる「老齢厚生年金」の他に、国民年金の「障害厚生年金」や「遺族厚生年金」なども受けられます。
なお、日本国内に住民票があり、第2号被保険者によって生計を維持されている状態で、年間収入が130万円未満など一定の条件を満たす配偶者は、国民年金の第3号被保険者として加入できる制度です。その際、被保険者が加入している厚生年金保険や共済組合が一括して保険料を納付します。そのため、第3号被保険者は別途保険料を負担する必要がないのがポイントです。
それに対して、国民年金の第1号被保険者には扶養制度がありません。加入者は、それぞれ保険料を負担しなければいけないので注意しましょう。
企業年金
20歳以上の全国民に加入義務のある、年金の1階部分である国民年金と、会社員・公務員などが対象となる年金の2階部分の厚生年金保険に対し、企業年金は企業が運用している3階部分の年金制度です。
企業年金の受給方法は、2種類あります。年金として分割して受け取る方法と、企業年金制度から脱退した際に脱退一時金として一括で受け取る方法の2つがあり、退職金の代替という側面もあります。
2023年1月現在、企業年金には「確定給付企業年金(DB)」「企業型確定拠出年金(DC)」「厚生年金基金」の3つがあります。
「企業年金連合会から給付を受けられる方とは?」(企業年金連合会)
確定給付企業年金(DB)
確定給付企業年金(DB)とは、給付水準や加入期間に基づき、あらかじめ労使間で取り決められた給付額を高齢期に受け取る年金制度です。企業が掛け金を拠出して運用することで、従業員の年金を確保します。給付内容が定められているためDB(Defined Benefit Plan)と呼ばれています。
確定給付企業年金(DB)の特徴は、給付額が事前に確定している点です。資産運用方法には、労使合意のうえで年金規約のみ作成し資産運用を外部企業に委託する「規約型確定給付企業年金」と、事業主と信託会社などが契約締結し、資産運用する「基金型確定給付企業年金」の2種類に分けられます。
企業型確定拠出年金(DC)
企業型確定拠出年金(DC)は、2001年より運用が開始された比較的新しい年金制度です。企業型確定拠出年金(DC)には、運用実績次第で給付額が増減するという特徴があり、企業型DCと呼ばれることもあります。
この制度では、掛け金は企業が拠出し、運用は従業員に委ねられます。そのため、より自由度の高い資産運用が可能です。企業は運用のリスクを回避できますが、従業員は将来の給付額に自ら責任を負わなければならないという注意点があります。
なお、確定拠出年金には自ら掛け金を拠出していくiDeCo(イデコ)と呼ばれる個人型年金もあります。個人事業主や自営業者、企業年金制度のない企業に勤めている従業員なども、個人型のiDeCoへの加入ができます。さらに、企業型DC加入者であっても、2022年からは原則iDeCoへの加入が可能となりました。このような年金制度の自由化が進んだことに伴い、より柔軟な将来への資産形成が可能となったのです。
厚生年金基金
厚生年金基金とは、1966年に設立された歴史の古い企業年金制度です。企業が厚生年金基金を設立し、資産を運用します。厚生年金基金には、厚生年金保険料の一部を原資として年金給付を一部代行するといった特徴があります。さらに、運用実績に応じて企業独自の給付を上乗せする場合もあります。
ただし、バブル崩壊後は運用環境の悪化に伴い制度が破綻してしまったため、2014年以降は新規設立が認められていません。
個人事業主になったら国民年金へ切り替えが必要
基本的に、個人事業主は厚生年金保険に加入することができません。その理由は、厚生年金保険は事業主に雇われている「被用者の年金制度」だからです。
会社員として働いていた人が個人事業主やフリーランスになった場合、厚生年金保険から脱退するので、国民年金へ切り替えるための手続きをする必要があります。
一般的に、厚生年金保険の脱退手続きは退職するときに勤務先の企業が行ってくれます。そのときに発行される被用者年金制度の資格喪失日を証明する離職票などの書類を持参のうえ、自身で国民年金への加入手続き(国民年金の第1号資格取得手続き)を行わなくてはいけません。
国民年金加入の手続き
厚生年金保険から国民年金への切り替えは、住所地の市区町村役場の国民年金窓口または電子申請にて行います。手続きをする際には、以下の持ち物が必要になります。忘れてしまうと後日、再度手続きをしなくてはいけなくなるので、よく確認のうえ向かうようにしましょう。
【国民年金への切り替え手続きに必要な持ち物】
・退職日が確認できる書類(離職票、健康保険喪失証明書、退職証明書など)
・身分証明書(運転免許証やパスポートなど)
・年金手帳
・印鑑
なお、原則、切り替え手続きは退職した翌日から14日以内に行わなければいけません。
個人事業主が加入できる年金とは
生命保険文化センターが行った意識調査によると、老後に必要になる最低日常生活費は月額平均23.2万円、ゆとりある老後生活費は平均37.9万円となっています。
会社員の場合は、年金の他に退職金も期待できます。しかし、個人事業主やフリーランスの場合、受け取れる年金は国民年金のみです。それだけでは将来の生活設計に不安が残りそうです。
そこで国民年金の上乗せとして、追加で加入できる年金制度を上手に活用し、老後に受け取れる年金を増やしておくことをおすすめします。個人事業主の方は、任意で下記の年金制度への加入が可能です。
【個人事業主が国民年金の上乗せとして加入できる年金制度】
・国民年金基金
・個人型確定拠出年金(iDeCo)
・付加年金
・小規模企業共済
いずれも国の制度で、掛け金全額が所得控除(所得税、住民税が非課税)の対象となり、民間の個人年金や預貯金に比べてさまざまな税制優遇を受けることができます。
「老後の生活費はいくらくらい必要と考える?」(公益財団法人生命保険文化センター)
国民年金基金
国民年金基金は、国民年金の上乗せとして作られた制度で、65歳からの終身年金と期間を限定して受け取る確定年金を組み合わせて加入することができます。
日本国内に居住している20歳以上60歳未満の自営業者とその家族、自由業、学生など国民年金の第1号被保険者が加入の対象となります。また、60歳以上65歳未満の方や海外に居住されている方で、国民年金に任意加入されている方も加入できます。
なお、厚生年金保険に加入している方は、国民年金基金への加入はできません。
掛け金の上限は月額68,000円で、個人型確定拠出年金(iDeCo)に加入している場合、その掛け金と合算して上限が68,000円です。掛け金の全額が「社会保険料控除」となり、所得控除の対象のため、所得税や住民税が軽減されるのもポイントです。
個人型確定拠出年金(iDeCo)
個人型確定拠出年金は、基本的に20歳以上65歳未満の全ての方が加入できます。
一定の制限の中で、自分で設定した掛け金を「拠出」して、「運用方法」を選び、「受取方法」を選ぶことができます。
国民年金保険の加入状況に応じて掛け金の上限がありますが、掛け金は全額所得控除の対象となるため、節税効果が見込めます。
個人事業主の場合は国民年金の加入状況が第1号保険者(国民年金にのみ加入)のため、iDeCoの上限額が高く、国民年金基金または国民年金付加保険料と合算して年間81.6万まで掛け金として捻出可能です。
付加年金
公的年金の1つである付加年金とは、月額400円の保険料で将来の年金に上乗せできる制度です。受け取れる金額は確定給付で、受取時は「200円×付加保険料納付月数」の金額が毎年加算されます。
例えば、30歳から60歳までの30年(360ヵ月)保険料を払ったとしましょう。このような場合、以下のように計算できます。
支払った保険料総額 :400円×30年(360ヵ月)=14万4,000円
満期以降に加算される年金額:200円×30年(360ヵ月)= 7万2,000円
月額換算すると毎月6,000円を上乗せで支給してもらえます。この加算金額は年金を受給するようになってから毎年もらえるうえ、2年以上受け取る場合、支払った付加保険料以上の年金が受け取れます。
ただし、国民年金基金との併用はできないので注意しましょう。
小規模企業共済
小規模企業の経営者や役員の方が、廃業や退職時の生活資金などのために積み立てる「小規模企業共済制度」です。
月々の掛け金は1,000~70,000円まで500円単位で自由に設定が可能で、加入後も増額・減額できます。
国の制度で、掛け金が「小規模企業共済等掛け金控除」として全額所得控除できるなどの税制メリットに加え、掛け金の納付期間に応じて事業資金の借り入れに使うこともできます。
個人事業主が従業員を雇った場合、厚生年金保険はどうなるのか
個人事業主が従業員を雇った場合、労働保険(労災保険と雇用保険)に入る必要がありますが、社会保険は加入義務がある強制適用事務所となる場合とならない場合があります。
常勤の従業員が5人以上いる場合、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の適用事業所となります。
ただし一部の業種については強制適用から外されており、農林水産業などなどを営む事業所については任意加入となります。
アルバイトやパートでも、常勤従業員の労働日・労働時間と比較して3/4以上働いている人は社会保険の対象となりますのでご注意ください。
常勤の従業員が5人未満の場合、加入は任意ですが、従業員の半数1/2以上の加入同意があれば全員加入することができます。厚生年金保険に加入しない場合は、従業員が個人で国民年金の手続きをする必要があります。
「個人事業主の社会保険は従業員が5人以下でも加入できるのか? 加入義務や要件は?」
また、脱サラ後に気をつけたい厚生年金については動画でも詳しく解説しています。
脱サラ後に気をつけたい厚生年金のイロハ
個人事業主の年金への加入が免除されるケースとは
60歳未満の個人事業主は、国民年金に加入する義務があります。
令和4年度の国民年金保険料は、16,590円です。
しかし、開業間もない時期やどうしても国民年金保険料が払えないときは、保険料免除・納付猶予制度を使い一時的に保険料の支払いの減額・停止を受けることができます。
前年度所得が一定以下の場合、所得に応じて「全額」「3/4」「半額」「1/4」のいずれかの免除が受けられます。
免除期間も受給資格期間にカウントされますが、免除期間は保険料を納めたときに比べて2分の1の受給金額になります。
また、50歳未満の人は納付猶予制度を使い、保険料の納付を止めることができます。
受給資格期間にカウントされますが、年金額は老齢年金を受け取る際に2分の1(税金分)となります。
保険料免除、納付猶予のいずれも10年以内であれば追納し、年金受給額の減額を避けることができます。
年金で節税対策も
公的年金は、個人事業主とその従業員の老後を支える年金制度です。
費用の負担は少なくありませんが、継続して支払う必要があります。
未払いとなることのないよう、しっかり資金繰りをしましょう。
また、個人事業主としての収入が増えた場合、国民年金に加えて小規模企業共済に加入すると将来の事業資金の準備とすることもできます。
国民年金基金や確定拠出年金(iDeCo)にも計画的に加入することで、自前の退職金を備えるだけでなく、掛け金は控除の対象となるため大きな節税効果が見込めます。ぜひ、活用してみてください。
また、確定申告で納付金額が控除対象になる場合もあります。自分が支払っている納付金額が控除対象であるかどうかチェックしておくことをおすすめします。控除対象になる場合は確定申告で漏れなく申告する必要があるため、ミスのないよう慎重に手続きを進めましょう。必要であれば税理士に手続きの代行を依頼するなどすると安心して確定申告ができるかもしれません。
<文/ちはる>