独立・起業をする上で、多くの人が必ずチェックするであろう、先輩からのアドバイス。
資金面や経営に関することを中心に、その道の先輩に話を聞いているという方も多いのではないでしょうか?
今回お話を伺ったのは、荻窪の「Cafe&Bar Kichi」のオーナーを務める、坂梨公亮さん。
2019年7月にKichiを開業された坂梨さん。そんな坂梨さんも開業前に先輩から多くのアドバイスをいただいたそう。
しかしアドバイスというのは「実感を伴ってこそ意味がある」と坂梨さんは言います。
自分を助けることがある一方、時として自分の首を絞めることにもつながりかねないアドバイス。今回はその理由を伺いました。
坂梨公亮さん
Cafe&Bar Kichiオーナー
ミュージシャン
福岡県出身。
高校時代からバンド活動を始め、地元・福岡を中心に活動を行う。
2018年にバンド活動のため上京。
アルバイトを転々としながらバンド活動に打ち込む。中野にある「しょぼい喫茶店」で店員を務める(現在は閉店)。
現在はバンド「A perfect day for apple deer」でベーシストとして活動されている傍ら、2019年7月7日に「Cafe&Bar Kichi」を開業する。
自分のライフスタイルを振り返った時に、独立という選択が最適だった
——現在、バンド活動と並行しながら「Cafe&Bar Kichi」(以下、Kichi)を経営されている坂梨さん。まずは音楽との出合いから教えていただけますか?
音楽は小学生の時から好きでしたね。音楽番組などで気になった音楽をかたっぱしから集めて聞いていて。
楽器を始めたのは中学生の時、もともとはギターをしていたんですが、高校時代にベースに転向して以来、ずっとベースを弾いています。
その後、福岡大学に進学。最初は大学に通いながら音楽活動をしていたのですが、音楽に力を入れたくて退学しました。
——以降はずっと音楽活動とアルバイトを?
そうですね、両立しながら福岡を中心に音楽活動していました。
最初はいくつかのバンドを掛け持ちしていたんですが、やがて1つのバンドでみっちり活動するようになっていって。
3年から4年くらいの活動期間でしょうか。インディーズではありましたが、全国ツアーで東京までライブをしに来られるようになっていきました。
しかしそのバンドも解散してしまって。その後、現在のバンド「A perfect day for apple deer」を結成したんです。(現メンバーは僕1人ですが)
——その後、上京をされたのですよね?
はい。今からちょうど2年ほど前ですね。なんとかアルバムも出せたので、拠点を福岡から東京に移そうと。
東京に来てからもバンド活動とアルバイトを両立させていたのですが、やはりバンド活動が忙しくなるとアルバイトを休まなければならなかったりと、何かと人に迷惑をかけてしまう。
それに比べて独立なら、仕事を休んでも自分の収入が減るだけじゃないですか。つまり働かないことで自分以外の誰にも迷惑をかけない。
そういった自分の生活のスタイルを考えた時に、独立という選択が1番人に迷惑をかけないんじゃないかと(笑)。
それで去年の7月7日にKichiを開業しました。
アドバイスは自分を助けることもあれば、苦しめる時もある。大切なのは本質を見誤らないこと
——Kichiはカフェ・バーとして経営されていますが、なぜ飲食業として開業しようと考えたのでしょうか?
これは僕が上京する少し前の話になりますが、音楽活動のために僕より先に上京したあるドラマーの友人と、福岡で飲むことがあったんです。
その友人が所属していたバンドでバーを立ち上げた、という話を聞きまして。
「バーとして夜しか営業していないなら、昼間貸してよ」とお願いしたことがきっかけです。
「バンドの傍ら飲食店を経営する」という取り組みはとてもいいなと。
なら自分が上京する時には、昼間の時間を貸してもらおうと思っていたんですが、上京する時にそのバーが台風の影響で被災して。その後、バーはなくなってしまったんです。
なので上京してしばらくは普通にアルバイトをしていました。
今はないのですが、ちょっと前まで中野にあった「しょぼい喫茶店」でアルバイトをしていたんです。
——そこから「Kichi」を開業されたと。開業資金はどのように工面したのでしょう?
開業に必要なお金として、「しょぼい喫茶店」から100万円を工面していただいたんです。
それもあって予算内でなんとかなりそうな物件を選んで、内見して…。という感じで今の店を選びました。
おそらく飲食店を開業するための初期費用としてはめちゃくちゃ少ないと驚かれると思います。
開業資金が少なすぎて居抜き物件が選べなくて、スケルトン物件から(もともとは美容室で、厨房がない状態だった)お店を作りましたから。
…初期費用を増やして、居抜きにしておけばよかったです(笑)。
——初めての独立をする上で、開業している身近な先輩からアドバイスをいただいたのでしょうか?
そうですね、いろいろ聞きましたね。
でも振り返ると、アドバイスというのは「実感を伴ってこそ意味がある」なと思いました。
——どういうことでしょう?
例えば「店を開けてる時間は長い方がいい。なるべく開店時間を増やした方がいい」とアドバイスを受けたことがありました。
店にいる時間を増やせば、その分お客さんも使いやすいだろうし、稼げるお金も増えるかもしれません。
でもそもそもバンド生活との両立を目的に開業したので、時間が奪われることは僕にとってあまり良くないなと。
それで最初の頃、バンドが忙しい時は店を閉めることも多かったんですが、ある時いつも来てくださる方の足が遠のいてしまったのを感じて。
——いつも来てくれていた方が、だんだん店に来ていただけなくなってしまったと。
いろいろツテを使って調べてみたら、
「あの時、店が開いてなかったから」
と、その方からご意見をいただいたんです。
僕には僕の事情もあったのですが、結果的には店を閉めることで、いつの間にか機会を損失していたんですよね。
その機会損失に気付いて初めて、先輩からのアドバイスが身にしみて分かりました。
——とはいえ坂梨さんにとってバンド活動も譲れない部分ですから、難しいところです。
だからいい塩梅で、僕の事情とお客さんの要望を両立させないとなと。そこからは自分がいない時でも店を回せるよう、スタッフを雇うことを検討するようになりました。
これはアドバイスを身にしみて実感できた例なのですが、一方でなかなか実現することの難しいアドバイスや要望もあります。
——と言いますと?
「新メニューを作った方がいい」というアドバイスがあったとします。
店をやったことがない人が聞いたら「たしかに、新メニューはあった方がいいのかも」となるかもしれませんが、実際に新メニューを作るとなると、
・そのメニューを安定的に供給できるか(仕入れの確保とスタッフのオペレーション)
・チラシを配るかネットで告知するか(宣伝方法)
など、実は考えたり調整したり手を動かす労力が増えてしまったりと、何かとコストがかかってしまうんです。
資本力のあるお店ならできる(というか大手はおそらくこの全ての工程を分業している)のでしょうが、個人店は基本的には全ての工程を1人で賄わないといけない。
もちろん新商品の開発は重要な仕事です。ですが、それをやるタイミングを見極めることは非常に難しいんです。新商品の開発だけでお金を稼げるわけではありませんから。
——なるほど。たしかに「新商品を作る」というアドバイスを真に受けすぎてしまうと、逆に自分の首を絞めてしまうことにもつながりかねない。
そうなんですよね。
アドバイスというのは、だいたい的を射ています。
つまり「ある側面において」それは正しい、と言えることばかりなんですが、実際にそのアドバイスを実行しようとすると、いろいろ他の事情とぶつかることだってある。
アドバイスに生かされることもあれば、時にそのアドバイスが自分の足を引っ張ることもあります。
個人店にまず必要なのは、日々の営業をしっかりと行いちゃんと生き抜くこと。
目的を履き違えないためにも、「そのアドバイスは今、自分に必要なのか?」と客観的な視点を持つことは大切なのかもしれません。
大手チェーンと比べない。個人店のメリットデメリットを整理しておくこと
——坂梨さんの今後の展望を教えてください。
まずはちゃんとお店を続けていくこと、でしょうか。
昨今の情勢の関係で、イートインでは営業ができていないので。今後はテイクアウトや配達などもできないかと模索しています。
自粛期間中は、今後いろいろと必要になりそうな器具や道具を買ってみたり、自粛明けの今後の動きを検討しています。
世の中やお客さんのニーズを見つつ、いろいろ自由度を高く変えていけるのが個人店のいいところだと思うので、これからもがんばっていきたいですね。
——最後に読者の方へメッセージをお願いします。
これを読んでくださる方がどんな業種、職種で独立・起業をするのかどうかは分かりません。
しかしもし僕みたいな個人店を立ち上げたいと考えているのなら、あらゆる点で「大手と比べない」ということをお伝えできればと思います。
先ほどの新メニューの話でも挙げましたが、大手はあらゆる仕事を分業しています。また変な話ですが、1年目は赤字でもなんとかなります。
利益が上がらずとも、顧客の獲得やスタッフの人件費に労力を割いて、2年目以降で回収できればいい。でもそれは資本があるからできること。
僕ら個人店は1年目から利益を上げないと食べていくことができません。
僕の場合はネットを活用した集客に力を入れていました。例えば
「なんでわざわざ福岡から出てきて東京で開業したんだろう?」
「なんでバンドと並行してお店を開いたんだろう?」
「Kichiの店主って何者なんだろう?」
とか。とっかかりはなんでもいいので、ちょっと実際に店に足を運んでみたいなと思ってもらえるきっかけは、今でも意識して作るようにしています。
開業してただ近所に住んでいる方が来店するのを待っているのではなく、ネットでアプローチして店に来ていただきつつ、徐々に近所の方にも知っていただけるような仕組みを作っていきました。
そういった個人店ならではメリットやデメリットを整理して、開業できたらいいんじゃないかと思います。
取材・文・撮影=内藤 祐介