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好きを仕事にしたいなら、「実験」することからはじめよう。自転車旅ライター松田然の働き方戦略

2017年11月13日

あなたの好きなことはなんですか?

こどもの頃、何かに夢中になったときと同じように、今も何かに夢中になれていますか?

大人になって社会に出ると、いつの間にか仕事だけの毎日。仕事に忙殺され、ふと気づいた時に「俺、なにやってんだろう?」と、人生に疑問符が現れることってありますよね。

多かれ少なかれ、誰もが抱えるそんな悩みと向き合い、自らの働き方を”実験”し続けているのが、今回お話を伺った松田然(もゆる)さんです。

然さんはフリーランスのライターであり、またライティング事業を展開する会社の代表でもあるのですが、月の大半は日本や世界を旅するように仕事をしています。

とくに好きなのが「自転車旅」で、47都道府県をすべて走って、その間も仕事をしたり、全国各地のいろいろな人や場所を取材して回っていたとか……。

単なる体力があっておもしろいことやっている人の話? いやいや、そうではありません。

然さんは30歳になるまで、いわゆる仕事一筋。会社と家の往復生活……いや、むしろほとんど会社に泊まり込んで働いているような人だったそうで、旅することもほとんどなし。

今回は、そんな然さんがどのようにして今のような生活をおくるようになったのか。そして、好きなことを仕事にしながら生きていくためにおすすめしている ”働き方の実験” についてお聞きしました。

<プロフィール・松田然(まつだ・もゆる)さん>
働き方実験家:いろいろな働き方について取材・執筆し、自身も働き方の実験をしている。

■働き方デザインコーチ
■自転車旅ライター(47都道府県走破)
■フリーランス向けメディア「SoloPro」編集長
■ライティングカンパニー合同会社スゴモン代表
■オンラインサロン「FreeRun`s」主宰

朝早くから夜遅くまで働く仕事人間が、月の半分は旅する生活になるまで

―全国各地を飛び回りながら仕事をされている松田然さん。とくに自転車旅が大好きだとお聞きしていましたが、然さんと自転車旅との出合いからお聞かせください。

然さん
父ちゃんを早くに亡くし母子家庭になったので、少しでも交通費を浮かせようと思ったことが自転車で移動するようになったきっかけですね。

って、冒頭から暗い話ですみません(笑)

はじめての自転車での遠出は中学2年生の頃。東京から鎌倉へ1泊2日で出かけたんですが、何十キロも夢中になって走って、湘南の海が見えた時の感動は今でも覚えています。

「すげー!自分の足で海まで来れたっ」て感じで興奮しました。

その後、大学生になってからも、東京から鹿児島まで2週間かけて走ったり、カナダに留学した時も、何日も自転車で旅しながら大自然の中を駆け回っていました。

自転車旅って、車や電車では通り過ぎてしまうようなところにおもしろいスポットを見つけたり、いろいろな場所で新しい人との出会いがあったりするので、本当に楽しいんですよ。

とはいえ、その時はまさか「自転車旅が仕事になる」なんて1mmも考えていなくて。

その時に頭にあったのは、ただ「楽しいからやる」という、純粋な動機だけでした。

―就職して、社会人になってからも自転車旅は続けていたんですか?

然さん
いえ、大学を卒業して社会人になってからは、しばらく自転車旅はしていなかったですね。むしろ仕事ばかりしていて、やろうとも思わなかったです。

―お仕事は何をされていたんですか?

然さん
大学やカナダではスポーツマーケティングを勉強していました。

そのため、最初に入った会社はスポーツ系のシンクタンクで、スポーツ業界の求人サイトの立ち上げを社内ベンチャーのような形でやっていました。

その後、ハードワークがウリの!? 人材業界に転職したんです。

仕事は嫌いというより、むしろ大好きでしたが、働き方は確実に下手でしたね。

要領悪いクセにこだわりも強く、毎日朝早くから夜遅くまで、とにかく自分に力をつけるために働いていました。

当時はまだ、ITやSNSもそこまで普及していなかったので、会社にいないと仕事に必要な情報が集まらなかったというのもあるんですが、それにしてもあの頃は家に帰らなかったですね(笑)

でも、リーマンショックが起こり、社会全体が沈んでいるような感覚になって、働くのが辛くて辞める仲間がすごい増えたんです。

その時にはじめて、自分もこのまま仕事だけの人生でいいのかな? どうしたら多くの人が働くことを楽しめるようになるのかなと考えたんです。

―具体的には何をされたんですか?

然さん
会社をやめました(笑)

いや、後ろ向きではなく、チャレンジする人を増やす取り組みがしたいなぁと思って。あと、自分の心に問いかけるように内省しました。

「何をしている時に楽しいと思えるかな?」
「自分のやりたいこと、夢中になれるものってなんだっけ?」
「今やれてなくて後悔しているものってあるかな?」

いきなり他人を変えるのは難しいので、そんな風に、まずは自分が楽しいと思えるものに対して1つ1つ向き合ってみたんです。

すると……
「昔、自転車旅に夢中になっていたけど何で今やれてないんだっけ?」
「そういえば、日本の南は旅したことがあったけど、北も行きたいと思ってたよな」

というように、やりたいことを少しづつ思い出し、それができない理由が、仕事があるからという壁の存在も意識できました。

今でこそ、休む大切さは理解していますが、その頃はまったく仕事をしないで休むのが怖くて(笑)そこで出たアイデアが「旅をしながら、仕事をすればいいんじゃないか」という考えでした。

―たしかに今はネット環境も充実していますし、家にいながら仕事ができますもんね。それなら旅をしながらでも、やり方はいくらでもありそうですね。

然さん
そうなんです。昔はそれこそ会社にいないとできないようなことも、今はスマホとPCがあればどこにいても大抵のことはできてしまう。

でも、当時はあまり旅しながら仕事をしているロールモデルがいなかったので、僕が実験してみればいいじゃん! と思ったのです。実験には失敗も付き物なので、失敗も成功も含めて本音で語れば誰かのためにもなりそうだし、と。

なので、その決断からすぐに、東京から日本最北端の稚内(北海道)まで1ヶ月旅して、どんな仕事をしたかや、その時稼いだ金額もブログで公表しちゃいました。

あれ!? やってみれば意外と仕事できたし、すごい楽しかったよーって。


出典:moyulogより
http://moyulog.com/

然さん
さらには周りから「その働き方おもしろいね!」と声をかけてもらえて、いろいろなメディアにも取り上げてもらえるようになったんです。

―それは正直、然さんだからできた、ということもあるんじゃないでしょうか?

然さん
そりゃ、そうです(笑)

と言ったら、ちょっと残念ですか?

僕の場合は、ライターとしてのライティングスキルは常に鍛えていましたし、その頃流行っていたWebサービスを積極的に活用し、場所を選ばず働くための情報は常にキャッチアップしていました。

自転車旅の経験もすでにあったし、自分らしい挑戦ではあったと思います。

でも、皆さんは別に自転車旅したくて仕事しているわけではないじゃないですか?

自分なりのワクワクの源泉を見つけて、それを仕事にできるか実験してみればいいと思うんです。

たとえお金がもらえなくても好きなことなら充実感はあるし、お金をいただけるようになれば、社会から求められていることだという市場感もわかります。

―なるほど、実験ですか。

然さん
僕もこの旅に出るまでは「働きたいけど旅もしたい、どうすればいいかな?」と悩んでいたクチなんですよ。

でも、いざ実際に旅に出ながら仕事してみて、その経験をブログに書いて発信していると、意外と周りからの反響が大きくて。

実験で例えると、その結果発表を行ったら教授陣に褒められた感覚です。

そこに手応えを感じたことで、もっと旅をしてみようと思うようになりました。

それまでは1ヶ月のうちに旅をするのは長くても約1週間くらいだったのが、今では1ヶ月の半分以上を自宅がある東京以外で過ごす働き方の実験をしているんです。

自分に合わなければやめればいいし、その理由も実験のレポートのように誰かに報告すれば、参考になる人や助けてくれる人も現れるかもしれませんよね。

好きなことを仕事にするのが難しい2つの理由

―然さんにとっての自転車旅は、自分が熱中できる「好きなこと」でありながら、時に仕事にもつながる重要なキーポイントですよね。然さんから見て、好きなことをしながら仕事をすることために大切なことはなんでしょう?

然さん
好きなことを仕事にするって実は大変だと思っている理由が大きく2つあります。

1つ目が、そもそも自分にとっての好きなことが見つけられていないケース。

―たしかに、好きを仕事にするって言っても、自分は何が好きかわかっていないと目指しようがないですね。

然さん
もう1つが、好きなことが見つかっていても、その好きなことでどうやってお金をもらえばいいかわからず、挑戦するリスクばかり気になっているケース。

例えば、独立して起業したいと思っていても、なかなか会社を辞められず身動きが取れずに悩んでいる方もいますよね。

―要するに、好きなものを見つけるまでが大変で、見つけてからも大変。そこでふるいにかけられるから、結局のところ好きなことを仕事にしている人は一握りということですよね?

然さん
まさにその通りです。

ではどうしたらいいのか。

前者の場合は、まず自分の好きなこと探しが必要ですよね。

社会人になってから仕事ばかりしていた僕自身が、もう一度自転車旅への情熱を思い出せたのも、このフェーズがとても重要でした。

好きなことを見つけるということは「自分が過去にどんなことに熱中したのか」を、もう一度見つめなおすことだと思っていて、新しく生まれ変わるというより、熱中できる自分に還る感覚です。

ただ、重要なポイントは、職業軸で考えると時代の変化についていけないこともある。だから、どういう時に、自分のことを好きでいられるかという感情軸で思い出してみるといいですよ。

―変わるより還る……そして感情軸。もっと詳しく教えてください。

然さん
例えば、小さい頃からバスに乗るのが大好きで、将来はバスの運転手になりたかったことを思い出したとします。

でも、もしあと5年後に全部のバスがAIによる自動運転になったら、その職業自体がなくなっているかもしれません。

それより、なんでバスに乗るのが好きだったんだっけ? という感情を思い出してみたら、大きい車に乗っているとワクワクしたこと、大人数で移動するのが好きだったことなどに行き着くかもしれません。

そしたら、バスをオフィスにして移動する会社を立ち上げてみたり、バス研究者として世界中のバスに乗る旅をしながらそのレポートを動画であげるYouTuberになってみたり、むしろ本当にバスの運転が好きなら時代の変化がゆるい田舎のバス会社に転職したりと色々な選択肢が出てきます。

―職業にこだわらず、自分が好きなものができる環境を時代に合わせて作っていくっておもしろいですね。では後者の場合は、どうしたらいいのでしょう?

然さん
好きなことがわかっていて、できない場合ですか?

勇気を出してやってみればいいだけです(笑)

って自分が言ってもやらないだろうし、「とにかく仕事が忙しい」「他にやることがある」「そんなことで稼げて飯が食えるはずがない」……と後ろ向きな人も多い。

だから、まずは大成功しようとしないで、スモールサクセス経験を少しでもいいから積み重ねて続けてみることかな。

―スモールサクセス?

然さん
いきなり会社をやめて独立して金持ちになる! という大成功は正直ハードルが高い。

でも、週末に自分が好きな写真撮影で、月に3万円を稼ぐ! という小さな目標ならできるかもしれないし、小さく成功すれば自信にもなる。

あと、行動のアウトプットをすることも大事です。

「楽しいからやる」といった、こどものような純粋な動機でちょっとやってみる。そしてそれを何かしらの形で発信していく。

すると、応援してくれる人が出てきたり、新しいアイデアが浮かんだりして、好きなことを仕事にする道がだんだんとくっきり見えてくるんじゃないかなと思います。

やってみてあまり気分が乗らなかったら次のチャレンジをすればいい。

儲け話や流行り物に流されると、独立は失敗する! 「感情」から、自分のやりたいことを逆算する重要性

―然さんのお話を聞いていると、自分がワクワクできるかどうかという点がとても重要だなと感じます。

然さん
そうですね。僕自身は心がワクワクできるか否かを、仕事をはじめ様々な選択の基準にしています。

というか、これからの時代、そんな好きが溢れ出ている個人がもっと生きやすい世の中になっていくと思いますよ。

独立すると、「食うために」とか「生き残るために」といったワードを使っている人も多いんですが、「これがやりたい」「こんな風に生きたい」「この問題を解決したい」と夢中になってやっている人は、本人も楽しいし、応援してくれる人も増えるんじゃないかな。

僕自身は働き方の実験中なんですが、そろそろ気づいたことをシェアしていきたなと思い、フリーランスの働き方をアップデートするメディア「SoloPro」(http://solopro.biz/)を立ち上げたり、フリーランス向けのコーチングもはじめました。

例えば、「自分のココロが喜ぶ生き方」とは何かを、コーチングという形でフリーランスの方と一緒に考えていくのは、先ほど話した好きなことを仕事にするために、本来の自分に還る作業をサポートしている感じです。

これって、もう仕事というより、自分なりのお節介ですね。

―意外と自分のことは自分がわかっていないこともあるからこそサポートしてくれると嬉しいですね。最後に、然さんが感じる、独立に向く人と向かない人の違いがあるとすれば何でしょうか?

然さん
儲け話や流行り物に乗っかって独立しようと考えている人は要注意です。

例えば、今話題のAIや仮想通貨で何かしらの事業をやろうと考えたとして、そもそもAIや仮想通貨を使って何を実現したいかというビジョンがない人や、そもそも何であなたがやるの? というストーリーがないとうまくいかないことが多い気がします。

独立して、成功する方法は本屋さんやネットでいくらでも探せるのに、成功している人が少ないのはなぜか? それはみんな自分のことを知らないからだと思います。

これから独立を考えているのであれば、自分が得たい感情から逆算して、その感情を満たせる働き方を戦略的を考えてみるといいかもしれません。

そのための選択肢として、独立はとっても可能性のある働き方だと思いますし、実験してみれば向く向かないもわかると思います。

たとえ失敗しても命があれば何でもできる。成功しても失敗しても、それをネタにして美味しいお酒が飲めるくらい、ワクワクできる挑戦をしてほしいですね。

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2018年11月19日

大人になれば誰しも1つは持っているお財布。

お金との付き合い方は人それぞれなように、お財布との付き合い方も人によって異なる。デザインや容量など、特徴の異なる一品を持っている人もいるだろう。

私事ではあるが、筆者はm+(エムピウ)というブランドの「ミッレフォッリエ」という財布を使っている。

これは小銭、お札、カードがコンパクトにまとめられる財布。気づけば10年ほどの付き合いで、現在は同じモデルの2代目を使用中だ。

ミッレフォッリエは根強いファンの多い財布で、同じモデルを使い続ける人が多く、発売から14年が経った今でも、月に800個は出荷されるという。

このお財布を生み出したエムピウの代表・村上雄一郎さんは、元・建築士という異色のキャリアの持ち主。彼は、一級建築士から革製品のデザイナーへと、どのように転身を果たしたのだろうか?

<プロフィール>
村上雄一郎さん

バッグ/革小物デザイナー。建築事務所に勤務していたが、素材としての革に興味を持ちバッグ・革小物のデザインを開始し、2001年「m+」(エムピウ)をスタート。設立から4年後、創業支援施設台東デザイナーズビレッジに1期生として入居。
台東区での業務の利便性を感じ、蔵前に拠点を構える。

遊ぶものは自給自足、ものづくりの楽しさを学んだ幼少期

− まずは村上さんが建築士になるまでをお聞きしたいです。建築士と革製品のデザイナーはプロダクトを生み出すという点で共通していますよね。ものづくりは昔からお好きだったのですか?

村上雄一郎さん(以下、村上さん)
幼少時代から好きでしたね。田舎に生まれて遊ぶものがないから、自分で作るのが当たり前だったの。拾ってきた真鍮を磨いてピカピカにしたり、木片で工作をしたり、手を動かして結果が現れるのが楽しかった。そうするうちにものづくりが好きになってしまったんだよね。

建築の道に進んだのも作ることに興味があったから。大学で建築を学んで、そのまま設計事務所に入ったんです。

− 事務所ではどのようなお仕事をされていたのですか?

村上さん
就職した事務所は建物だけじゃなく、都市計画やマップ、時には建物のなかで使う家具など、幅広く空間をデザインしている場所でした。

当時は幅広く様々な分野のアシスタントとして働いて、3年目から建築設計に携わりましたね。建築設計はよくドラマとかで出てくる、図面や模型を作る仕事です。でも、僕はその仕事に違和感を抱いてしまったんです。

「ものづくりがしたかったのに」という思いで始めた革工芸

− なぜ違和感を抱いてしまったのでしょうか?

村上さん
端的に言うと、ものづくりに関われなかったから。その事務所では、僕たちは設計とディレクション、施工は職人さんに分業されていて、現場と接する時間が少なかった。

ものづくりがしたいと思って建築業界に入ったのに、作る現場に携われないから「なんか違うな」と思うわけです。

自分は施工の現場を知らないのに、クライアントには図面や模型を前にして、「素材はこれがいいですよ」とか、まるで自分の目で見てきたようにプレゼンしないといけない。家も建物も一生の買い物ですよね。そういう性質のものを、想像だけで提案してしまうのが怖かったんです。

− そのモヤモヤが革製品を手がけるきっかけになったのでしょうか?

村上さん
その通り。ものづくりがしたいなら自分の手を動かせばいいんだと思って、革工芸を始めたんですよ。

− なぜ革だったのでしょうか? 木とか鉄とか、素材は色々ありますよね?

村上さん
革は手軽にできるんです。たとえば家具を作ろうとしたら、広い工房が必要でしょ? 機材もいるし、音が出るから都心では難しい。革なら大きな機械はいらないし、音も出ない。当時は設計事務所の仕事終わりに車のなかでコツコツ製作してましたね。

− それをお仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

村上さん
事務所の先輩に見せたことかな。作ったものは誰かに見てもらいたいじゃない。だから設計事務所の先輩を捕まえて、完成した小物を見せていたんです。

そうしたら褒められて。クリエイターはものを見る目がありますよね? そんな人に褒められたのが嬉しくってね。

作っては見せ、作っては見せを繰り返していたら、「お前こっちの方が向いてるんじゃないか? やるならイタリアの工房で修行して箔つけてこい!」って言われてその気になっちゃいました(笑)。

− いよいよエムピウが生まれるお話が聞けそうです。ちなみにその時、ご結婚はされていました? 奥さんがいると、説得も必要ですよね?

村上さん
結婚は建築事務所時代にしていました。イタリア行きはカミさんに黙って行くわけにもいかないので、相談したら「行ってらっしゃい」とお許しが出て。それで事務所を退職し、家族を日本に残してフィレンツェの職業訓練校に入学することにしたんです。

イタリア修行とエムピウの誕生、帰国直後は二足のわらじを履いていた

− イタリアに修行に出かけた村上さんですが、イタリア語は話せたのでしょうか?

村上さん
イタリア語どころか英語も話せなかったね。でも革工芸の基礎的なことは日本で一通り学んで行ったから、実技は見ていれば分かる。だから困ることはなかったかな。

職業訓練校を卒業した後は、イタリアの代表的な革ブランド「ベネトン」の工房に入ることができて、そこで1年間修行することができました。

1年経つと、今度は別の工房から引き抜きの話が来たんです。技術にも自信を持ち始めていたし、いよいよ日本にいる家族をイタリアに呼べると思っていたんだけれど、カミさんに相談したら「そろそろ戻ってらっしゃい」と言われちゃって。カミさんには逆らえませんよね、それで日本に帰国したんです。

− 志半ばという感じでしょうか?

村上さん
そうでもないんだけどね。でも、革のデザインを仕事にしたいという思いはあって。帰国後はすぐにでも自分のブランドを立ち上げたかったんだけど、家庭もあるし、取引先もなかったから、設計事務所に戻って建築士と革デザイナーを掛け持ちしてたの。

当時は革製品のメーカーから委託でデザインを請け負っていたりしてた。そのなかで、クライアントと打ち合わせをしたり、製品を作って卸したり、ブランドを運営するうえで一連の流れは勉強できたんだけど、やっぱり自分の作りたいものを手がけたい気持ちが強くなってきて。

自分のブランドが必要だと思って2001年にエムピウを設立したんです。

− エムピウとして最初のお仕事はどのようなものだったのでしょうか?

村上さん
最初に発注してくれたのは、銀座にある文具専門店でしたね。
製図用のA3サイズのバッグを作って提案したら置かせてもらえるようになった。でもそのバッグは5万円したから、全然売れなくってね(笑)。

色んなところに売り込みをかけながら製作を続けていたんだけれど、2004年には活動の幅を広げようと思って、台東区にあるファッションやデザインの創業支援施設「デザイナーズビレッジ」の第1期生に応募してみた。

無事選出されて、エムピウ1本で活動できるようになって、財布やペンケース、キーケースなどを、デパートの催事場などに置かせてもらって売り込みをかけていたんです。

看板商品ミッレフォッリエ、ヒットのきっかけは新聞記事だった

− ところで、看板商品の「ミッレフォッリエ」はいつ頃生まれたんですか? 今日はそのお話も聞きたくって!

村上さん
2004年にはもう販売していたね。ミッレフォッリエは発売して14年経つけれど、いまだに月間800個は出荷されていく。エムピウが続いているのもこの財布のおかげですよ。

− 根強いファンが多いお財布ですけれど、看板商品になるまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

村上さん
ヒットは新聞記事がきっかけでしたね。松屋百貨店の催事場でミッレフォッリエを見た新聞記者がコラム枠で紹介してくれて、電話やFAXで問い合わせがじゃんじゃん来たの。それから先は口コミでファンが増えていったんです。

その時は、メディアの力ってすごいなと思いましたね。狙ってやったわけではないんだけど、人の目に触れさせることって大事なんだなと。

ミッレフォッリエはその後、パクリ製品が出るくらい人気になりました。お客さんから「パクられてますよ!」ってお怒りの電話がかかってくるんですよ(笑)。心境は複雑だったけれど、それだけお客さんから愛されているのは嬉しかったですね。

− 村上さんは蔵前に工房とショップを構えていますけど、お店はいつごろ構えられたんですか?

村上さん
2006年のことだったね。店はデザイナーズビレッジを卒業するときに事務所兼ショールームが必要になって構えたの。製品が売れるようになったら大家さんが2階も貸してくれるようになって、1階がショップ、2階が工房兼事務所という現在の形になりました。

承継は考えていない、エムピウは僕一代のブランドです

− エムピウは、財布以外にキーケースやペンケース、バッグなども手がけていますよね。これらの製品はどのようにデザインされているのでしょうか?

村上さん
うーん、ものによって様々だけど、基本的には自分が必要なもの、欲しいと思うものをデザインしてます。「デザインを考えてくれませんか?」という依頼もないことはないんだけど、納期を決められちゃうと嫌なんです。自分が興味関心を感じられるものじゃないと作れない。

製品が生まれるまではだいたい生みの苦しみがあるんだよね。うんうん唸って、長いこと悩んで。でも、生まれる瞬間は、頭に寝かせておいたアイデアや構造が組み合わさって腑に落ちるんです。「おっ! これだっ!」ってね。

村上さん
それをスケッチに落とし込んで、試作品を作って、あとは微調整かな。「うーん、ここのアールが違うな」とか(笑)。楽しいですよ。

− そんな風に作られているんですね。これだけ評判になると、ブランドは村上さん1人では運営しきれないですよね? 全国にお取引先もあると思いますし、組織としてはどのようにされているのでしょうか?

村上さん
言っても小さなチームですよ。営業はいないし、店舗の運営と受発注の作業だけスタッフに手伝ってもらっています。生産は工場に委託しているので、僕は工房でデザインしたり、お取引先や工場と打ち合わせをしたりすることが多いですね。

− 最後に、これからのエムピウについてお聞きしたいです。事業は軌道に乗っていますが、誰かに受け継いだりなどは考えていませんか?

村上さん
実はあまり考えていないんです。「m+(エムピウ)」は、村上の「m」と、使う人を表す「+」を合わせた名前。だから、僕がいなくなったら違う名前にするべきだと思っている。他の人が考えたデザインに「エムピウの商品です」って言うのも嫌だしね(笑)。

ブランドとしてはミッレフォッリエに負けない看板商品をもうひとつ生み出したいと思っています。色々試行錯誤はしているんだけれど、これを超えるものはなかなか生まれなくって。だから当面の目標はそこですね。

<インタビュー終わり>

このインタビューのなかで、「エムピウは僕一代のブランドです」という言葉が印象に残った。

なにか事業を始めて、それが軌道に乗ると、事業承継は考えずにはいられない問題だ。けれど村上さんはきっぱりと「承継は考えていません」と話してくれた。きっとその決定は、デザイナーであり職人である自分を大切にしたから生まれたものなのだろう。

仕事は大切なものだけれど、なぜ自分がその仕事をしたいのかは無視できないもの。
独立する前には一度立ち止まって、ゆっくりと考えてみたい。

M+(エムピウ)
住所:東京都台東区蔵前3−4−5
URL:http://m-piu.com/

<執筆・撮影:鈴木雅矩>

2018年11月16日

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独立開業を検討したら、まずは情報収集から始める方が多いと思います。
本で、インターネットで、探し始めると情報の海にのまれて疲れてしまうことも少なくないでしょう。
情報はたくさんありますが、取捨選択して絞り込んでいく必要があります。 (さらに…)

2018年11月15日

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