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好きを仕事にしたいなら、「実験」することからはじめよう。自転車旅ライター松田然の働き方戦略

2017年11月13日

あなたの好きなことはなんですか?

こどもの頃、何かに夢中になったときと同じように、今も何かに夢中になれていますか?

大人になって社会に出ると、いつの間にか仕事だけの毎日。仕事に忙殺され、ふと気づいた時に「俺、なにやってんだろう?」と、人生に疑問符が現れることってありますよね。

多かれ少なかれ、誰もが抱えるそんな悩みと向き合い、自らの働き方を”実験”し続けているのが、今回お話を伺った松田然(もゆる)さんです。

然さんはフリーランスのライターであり、またライティング事業を展開する会社の代表でもあるのですが、月の大半は日本や世界を旅するように仕事をしています。

とくに好きなのが「自転車旅」で、47都道府県をすべて走って、その間も仕事をしたり、全国各地のいろいろな人や場所を取材して回っていたとか……。

単なる体力があっておもしろいことやっている人の話? いやいや、そうではありません。

然さんは30歳になるまで、いわゆる仕事一筋。会社と家の往復生活……いや、むしろほとんど会社に泊まり込んで働いているような人だったそうで、旅することもほとんどなし。

今回は、そんな然さんがどのようにして今のような生活をおくるようになったのか。そして、好きなことを仕事にしながら生きていくためにおすすめしている ”働き方の実験” についてお聞きしました。

<プロフィール・松田然(まつだ・もゆる)さん>
働き方実験家:いろいろな働き方について取材・執筆し、自身も働き方の実験をしている。

■働き方デザインコーチ
■自転車旅ライター(47都道府県走破)
■フリーランス向けメディア「SoloPro」編集長
■ライティングカンパニー合同会社スゴモン代表
■オンラインサロン「FreeRun`s」主宰

朝早くから夜遅くまで働く仕事人間が、月の半分は旅する生活になるまで

―全国各地を飛び回りながら仕事をされている松田然さん。とくに自転車旅が大好きだとお聞きしていましたが、然さんと自転車旅との出合いからお聞かせください。

然さん
父ちゃんを早くに亡くし母子家庭になったので、少しでも交通費を浮かせようと思ったことが自転車で移動するようになったきっかけですね。

って、冒頭から暗い話ですみません(笑)

はじめての自転車での遠出は中学2年生の頃。東京から鎌倉へ1泊2日で出かけたんですが、何十キロも夢中になって走って、湘南の海が見えた時の感動は今でも覚えています。

「すげー!自分の足で海まで来れたっ」て感じで興奮しました。

その後、大学生になってからも、東京から鹿児島まで2週間かけて走ったり、カナダに留学した時も、何日も自転車で旅しながら大自然の中を駆け回っていました。

自転車旅って、車や電車では通り過ぎてしまうようなところにおもしろいスポットを見つけたり、いろいろな場所で新しい人との出会いがあったりするので、本当に楽しいんですよ。

とはいえ、その時はまさか「自転車旅が仕事になる」なんて1mmも考えていなくて。

その時に頭にあったのは、ただ「楽しいからやる」という、純粋な動機だけでした。

―就職して、社会人になってからも自転車旅は続けていたんですか?

然さん
いえ、大学を卒業して社会人になってからは、しばらく自転車旅はしていなかったですね。むしろ仕事ばかりしていて、やろうとも思わなかったです。

―お仕事は何をされていたんですか?

然さん
大学やカナダではスポーツマーケティングを勉強していました。

そのため、最初に入った会社はスポーツ系のシンクタンクで、スポーツ業界の求人サイトの立ち上げを社内ベンチャーのような形でやっていました。

その後、ハードワークがウリの!? 人材業界に転職したんです。

仕事は嫌いというより、むしろ大好きでしたが、働き方は確実に下手でしたね。

要領悪いクセにこだわりも強く、毎日朝早くから夜遅くまで、とにかく自分に力をつけるために働いていました。

当時はまだ、ITやSNSもそこまで普及していなかったので、会社にいないと仕事に必要な情報が集まらなかったというのもあるんですが、それにしてもあの頃は家に帰らなかったですね(笑)

でも、リーマンショックが起こり、社会全体が沈んでいるような感覚になって、働くのが辛くて辞める仲間がすごい増えたんです。

その時にはじめて、自分もこのまま仕事だけの人生でいいのかな? どうしたら多くの人が働くことを楽しめるようになるのかなと考えたんです。

―具体的には何をされたんですか?

然さん
会社をやめました(笑)

いや、後ろ向きではなく、チャレンジする人を増やす取り組みがしたいなぁと思って。あと、自分の心に問いかけるように内省しました。

「何をしている時に楽しいと思えるかな?」
「自分のやりたいこと、夢中になれるものってなんだっけ?」
「今やれてなくて後悔しているものってあるかな?」

いきなり他人を変えるのは難しいので、そんな風に、まずは自分が楽しいと思えるものに対して1つ1つ向き合ってみたんです。

すると……
「昔、自転車旅に夢中になっていたけど何で今やれてないんだっけ?」
「そういえば、日本の南は旅したことがあったけど、北も行きたいと思ってたよな」

というように、やりたいことを少しづつ思い出し、それができない理由が、仕事があるからという壁の存在も意識できました。

今でこそ、休む大切さは理解していますが、その頃はまったく仕事をしないで休むのが怖くて(笑)そこで出たアイデアが「旅をしながら、仕事をすればいいんじゃないか」という考えでした。

―たしかに今はネット環境も充実していますし、家にいながら仕事ができますもんね。それなら旅をしながらでも、やり方はいくらでもありそうですね。

然さん
そうなんです。昔はそれこそ会社にいないとできないようなことも、今はスマホとPCがあればどこにいても大抵のことはできてしまう。

でも、当時はあまり旅しながら仕事をしているロールモデルがいなかったので、僕が実験してみればいいじゃん! と思ったのです。実験には失敗も付き物なので、失敗も成功も含めて本音で語れば誰かのためにもなりそうだし、と。

なので、その決断からすぐに、東京から日本最北端の稚内(北海道)まで1ヶ月旅して、どんな仕事をしたかや、その時稼いだ金額もブログで公表しちゃいました。

あれ!? やってみれば意外と仕事できたし、すごい楽しかったよーって。


出典:moyulogより
http://moyulog.com/

然さん
さらには周りから「その働き方おもしろいね!」と声をかけてもらえて、いろいろなメディアにも取り上げてもらえるようになったんです。

―それは正直、然さんだからできた、ということもあるんじゃないでしょうか?

然さん
そりゃ、そうです(笑)

と言ったら、ちょっと残念ですか?

僕の場合は、ライターとしてのライティングスキルは常に鍛えていましたし、その頃流行っていたWebサービスを積極的に活用し、場所を選ばず働くための情報は常にキャッチアップしていました。

自転車旅の経験もすでにあったし、自分らしい挑戦ではあったと思います。

でも、皆さんは別に自転車旅したくて仕事しているわけではないじゃないですか?

自分なりのワクワクの源泉を見つけて、それを仕事にできるか実験してみればいいと思うんです。

たとえお金がもらえなくても好きなことなら充実感はあるし、お金をいただけるようになれば、社会から求められていることだという市場感もわかります。

―なるほど、実験ですか。

然さん
僕もこの旅に出るまでは「働きたいけど旅もしたい、どうすればいいかな?」と悩んでいたクチなんですよ。

でも、いざ実際に旅に出ながら仕事してみて、その経験をブログに書いて発信していると、意外と周りからの反響が大きくて。

実験で例えると、その結果発表を行ったら教授陣に褒められた感覚です。

そこに手応えを感じたことで、もっと旅をしてみようと思うようになりました。

それまでは1ヶ月のうちに旅をするのは長くても約1週間くらいだったのが、今では1ヶ月の半分以上を自宅がある東京以外で過ごす働き方の実験をしているんです。

自分に合わなければやめればいいし、その理由も実験のレポートのように誰かに報告すれば、参考になる人や助けてくれる人も現れるかもしれませんよね。

好きなことを仕事にするのが難しい2つの理由

―然さんにとっての自転車旅は、自分が熱中できる「好きなこと」でありながら、時に仕事にもつながる重要なキーポイントですよね。然さんから見て、好きなことをしながら仕事をすることために大切なことはなんでしょう?

然さん
好きなことを仕事にするって実は大変だと思っている理由が大きく2つあります。

1つ目が、そもそも自分にとっての好きなことが見つけられていないケース。

―たしかに、好きを仕事にするって言っても、自分は何が好きかわかっていないと目指しようがないですね。

然さん
もう1つが、好きなことが見つかっていても、その好きなことでどうやってお金をもらえばいいかわからず、挑戦するリスクばかり気になっているケース。

例えば、独立して起業したいと思っていても、なかなか会社を辞められず身動きが取れずに悩んでいる方もいますよね。

―要するに、好きなものを見つけるまでが大変で、見つけてからも大変。そこでふるいにかけられるから、結局のところ好きなことを仕事にしている人は一握りということですよね?

然さん
まさにその通りです。

ではどうしたらいいのか。

前者の場合は、まず自分の好きなこと探しが必要ですよね。

社会人になってから仕事ばかりしていた僕自身が、もう一度自転車旅への情熱を思い出せたのも、このフェーズがとても重要でした。

好きなことを見つけるということは「自分が過去にどんなことに熱中したのか」を、もう一度見つめなおすことだと思っていて、新しく生まれ変わるというより、熱中できる自分に還る感覚です。

ただ、重要なポイントは、職業軸で考えると時代の変化についていけないこともある。だから、どういう時に、自分のことを好きでいられるかという感情軸で思い出してみるといいですよ。

―変わるより還る……そして感情軸。もっと詳しく教えてください。

然さん
例えば、小さい頃からバスに乗るのが大好きで、将来はバスの運転手になりたかったことを思い出したとします。

でも、もしあと5年後に全部のバスがAIによる自動運転になったら、その職業自体がなくなっているかもしれません。

それより、なんでバスに乗るのが好きだったんだっけ? という感情を思い出してみたら、大きい車に乗っているとワクワクしたこと、大人数で移動するのが好きだったことなどに行き着くかもしれません。

そしたら、バスをオフィスにして移動する会社を立ち上げてみたり、バス研究者として世界中のバスに乗る旅をしながらそのレポートを動画であげるYouTuberになってみたり、むしろ本当にバスの運転が好きなら時代の変化がゆるい田舎のバス会社に転職したりと色々な選択肢が出てきます。

―職業にこだわらず、自分が好きなものができる環境を時代に合わせて作っていくっておもしろいですね。では後者の場合は、どうしたらいいのでしょう?

然さん
好きなことがわかっていて、できない場合ですか?

勇気を出してやってみればいいだけです(笑)

って自分が言ってもやらないだろうし、「とにかく仕事が忙しい」「他にやることがある」「そんなことで稼げて飯が食えるはずがない」……と後ろ向きな人も多い。

だから、まずは大成功しようとしないで、スモールサクセス経験を少しでもいいから積み重ねて続けてみることかな。

―スモールサクセス?

然さん
いきなり会社をやめて独立して金持ちになる! という大成功は正直ハードルが高い。

でも、週末に自分が好きな写真撮影で、月に3万円を稼ぐ! という小さな目標ならできるかもしれないし、小さく成功すれば自信にもなる。

あと、行動のアウトプットをすることも大事です。

「楽しいからやる」といった、こどものような純粋な動機でちょっとやってみる。そしてそれを何かしらの形で発信していく。

すると、応援してくれる人が出てきたり、新しいアイデアが浮かんだりして、好きなことを仕事にする道がだんだんとくっきり見えてくるんじゃないかなと思います。

やってみてあまり気分が乗らなかったら次のチャレンジをすればいい。

儲け話や流行り物に流されると、独立は失敗する! 「感情」から、自分のやりたいことを逆算する重要性

―然さんのお話を聞いていると、自分がワクワクできるかどうかという点がとても重要だなと感じます。

然さん
そうですね。僕自身は心がワクワクできるか否かを、仕事をはじめ様々な選択の基準にしています。

というか、これからの時代、そんな好きが溢れ出ている個人がもっと生きやすい世の中になっていくと思いますよ。

独立すると、「食うために」とか「生き残るために」といったワードを使っている人も多いんですが、「これがやりたい」「こんな風に生きたい」「この問題を解決したい」と夢中になってやっている人は、本人も楽しいし、応援してくれる人も増えるんじゃないかな。

僕自身は働き方の実験中なんですが、そろそろ気づいたことをシェアしていきたなと思い、フリーランスの働き方をアップデートするメディア「SoloPro」(http://solopro.biz/)を立ち上げたり、フリーランス向けのコーチングもはじめました。

例えば、「自分のココロが喜ぶ生き方」とは何かを、コーチングという形でフリーランスの方と一緒に考えていくのは、先ほど話した好きなことを仕事にするために、本来の自分に還る作業をサポートしている感じです。

これって、もう仕事というより、自分なりのお節介ですね。

―意外と自分のことは自分がわかっていないこともあるからこそサポートしてくれると嬉しいですね。最後に、然さんが感じる、独立に向く人と向かない人の違いがあるとすれば何でしょうか?

然さん
儲け話や流行り物に乗っかって独立しようと考えている人は要注意です。

例えば、今話題のAIや仮想通貨で何かしらの事業をやろうと考えたとして、そもそもAIや仮想通貨を使って何を実現したいかというビジョンがない人や、そもそも何であなたがやるの? というストーリーがないとうまくいかないことが多い気がします。

独立して、成功する方法は本屋さんやネットでいくらでも探せるのに、成功している人が少ないのはなぜか? それはみんな自分のことを知らないからだと思います。

これから独立を考えているのであれば、自分が得たい感情から逆算して、その感情を満たせる働き方を戦略的を考えてみるといいかもしれません。

そのための選択肢として、独立はとっても可能性のある働き方だと思いますし、実験してみれば向く向かないもわかると思います。

たとえ失敗しても命があれば何でもできる。成功しても失敗しても、それをネタにして美味しいお酒が飲めるくらい、ワクワクできる挑戦をしてほしいですね。

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2018年9月25日

先代の後を継ぐ。

実家が自営業の方は、いずれ継ぐか否かの大きな決断をすることになるでしょう。

一方で実家の家業ではなく、自分が本当にやりたいと思っている仕事に就きたい場合は、その板挟みになることも。

今回は、大阪は港区弁天町「寿司茶屋すし活」で、2代目を務める川口元気さんのインタビュー後編です。

前編では、寿司屋の2代目として働く傍ら、高校で英語教員としての顔を持つ川口さんの、教育への思いを伺いました。

後編では、そもそもなぜ寿司職人の道1本ではなく、教員とのパラレルキャリアを選んだのか、そして自らが「家業を継ぐ」ことについてお聞きします。

偉大な先代である父の後を継ぐ、2代目の覚悟と役割とは、一体何でしょうか?

<プロフィール>
川口元気(かわぐち・げんき)38歳

寿司茶屋すし活 2代目/高校英語教員

実家は国内外問わず人気を博す「寿司茶屋すし活(以下、すし活)」。

初代である父と共に、「すし活」の人気を支えている。

大学卒業後から家業を継ぎながらも、ツアーコンダクターや家庭教師派遣業務にも携わり、常にパラレルキャリアを実践する。

現在は寿司職人と同時に、大阪の私立高校で英語教員としても働いている。(現在は育児休暇中)

世界1周旅行やツアーコンダクターの経験から得た幅広い知見で、独自の英語教育を展開する。

※以前アントレnet Magazineでは「寿司茶屋すし活」の大将で、世界的に有名な寿司職人である、川口正弘さんにお話を伺いました。

「寿司茶屋すし活」大将、川口正弘さんの記事はコチラから!
世界一なんて、他人が決めた物差しでしかない。世界一の寿司職人が目指す、更なる“高み”

自分の「やりたい」を尊重する。寿司職人が、パラレルキャリアを選び続ける理由

ー前編では、まず元気さんの寿司職人と教員の二足のわらじについて伺いました。そもそもなぜ、寿司職人と教員のパラレルキャリアを歩もうと考えたのでしょうか?

元気さん
自分の興味の幅が広いからですかね(笑)。

幼い頃から父の背中を見ていて、寿司には興味はありましたし、一方で前編でお話したように、外国語にも興味がありました。

だから寿司職人だけでなく、自分が好きな外国語の勉強を生かせる英語教員や、バーの経営者、ツアーコンダクター、塾の講師など、その時に自分が興味を持った仕事に就きました。

せっかくやりたいことがあるのに、1つの仕事だけに囚われて、他のやりたいこと(仕事)を諦めてしまうのはもったいないなと思ったんです。

ー複数の仕事をこなそうとすると、時間の制約や業務量など、大変なことが多いと思います。元気さんはどのようにして複数の仕事をこなしているのでしょうか?

元気さん
今は育児休暇中なので少し異なりますが、僕の場合はシンプルに、仕事を曜日で分けていました。

月火水は英語教員、木金土は寿司屋で働く、といった具合に。

ちなみに二足のわらじ生活そのものは、今に始まったことではありません。

大学卒業後から、バーの経営をやっていた時もツアーコンダクターをやっていた時も、曜日で分けて複数の仕事をしてきました。

ー常にご自身がやりたいことを実践し続けるために、様々な工夫をされているのですね。

元気さん
そうですね。

僕は自分の仕事を、

①やらなければならないこと
②やりたいこと
③できること

の3種類に分けています。

僕の場合は、①が家業である寿司屋、②は教員(その都度変わる)、③がツアーコンダクター、寿司屋といったところでしょうか。

ポイントは、②の「やりたいこと」を大切にするということです。

<元気さんが教室長を務める、知窓学舎大阪サテライト教室>

ーそれはどういうことでしょうか?

元気さん
③の「できること」というのは、すなわちその仕事で、しっかりお金を稼ぐことができる、という意味です。

生計を立てられる仕事の種類が増えれば、どれかの仕事を急にできなくなってしまったり、あるいは仕事がなくなってしまっても、致命的なダメージを受ける可能性は低くなります。

他の仕事である程度収入のカバーができますからね。

先程もお話した通りポイントは、②の「やりたいこと」を尊重すること。

なぜなら②の「やりたいこと」をやった結果、いずれ③の「できること」、すなわちお金を稼ぐ仕事へ変わっていくからです。

「好きこそものの上手なれ」ということわざにあるように、自分が「やりたい」と思っていることになら熱心に打ち込むことができますし、好きではない仕事をするより、上達が早くなります。

自分が「できること」(お金を稼げる仕事)を増やすためにも、自分にとってやりたいことを常に尊重するのは大切なことだと思っています。

先代と自分を比べる必要はない。「資本主義より“幸せ主義”」を支える、2代目の役割

ー①の「やらなければならないこと」についてですが、やはり寿司屋は「家業だからやらなければならない」ということでしょうか?

元気さん
一応便宜上、①を家業である寿司屋の仕事について書きましたが、正直「やらなければならない」というほど、肩肘を張っているわけではないですけどね(笑)。

あくまで自分のやりたいことの1つでもあるので、そういった意味では②と③にも当てはまるんですが、やはり寿司屋に関しては、自分の生い立ちや境遇も関係してくるものですから。

ーこどもの頃から寿司屋を継ぐことを考えていたのですか?

元気さん
そうですね。こどもの頃は「自分もいずれ寿司職人になるのかなあ」くらいに、漠然としていましたけど(笑)。

一方で「絶対に店を継がなければいけない」という意識はなかったです。先代である父からも、継ぐことを強制されたわけではありませんし。

ーしかし、大学を卒業してすぐ寿司職人の道を進むことになるんですよね。

元気さん
はい。ターニングポイントになったのは、自分が外国に行った時でした。

就職を考える時期になって、いよいよ寿司職人になることが現実味を帯びてきた時、急に逃げ出したくなったことがあるんです。

ーやはり、先代の背中の大きさでしょうか?

元気さん
そうですね(笑)。

「寿司職人になること」が現実味を帯び始めた途端、寿司に関して世界一と言われる程、圧倒的なスキルを持つ父の後を継ぐことに、かなりのプレッシャーを感じるようになったんです。

「2代目になって味が落ちた」と言われるのは、やっぱり怖いなあと。

そこで一度家を出て、外国へ逃亡してみました(笑)。

逆説的ですが、実はそこで寿司職人になる決心が固まったんです。

ーなぜでしょう?

元気さん
外国に行くと、日本の文化についてめちゃめちゃ聞かれるんですよ。ましてや日本が好きな方と会話する時はなおさらです。

周知の通り、日本の「寿司」という食文化は外国でも圧倒的な人気を誇ります。それこそ「すし活」にも、日本だけでなく海外からも多くのお客さまがいらっしゃいますし、海外メディアからの取材も多く受けてきました。

外国の人は僕の実家が寿司屋だと知ると、目をキラキラさせていろんなことを聞いてきてくれました。

そこで思ったんです。

そんな世界が注目する寿司文化というステージで仕事ができるなんて、冷静に考えたらなかなか経験できることじゃないですし、寿司を通して日本の文化をもっと世界へ発信していきたいなと。

ー日本を離れてみて改めて、自分のルーツを知ったんですね。

元気さん
はい。

こうして寿司屋で働くことを決めたのですが、ただ漠然と寿司屋で仕事をするのではなく、もっと僕にしかできない役割を考えながら仕事をしようと思ったんです。

ー元気さんにしかできない役割とは、具体的にはどのようなことですか?

元気さん
例えば、食材の仕入れやその仕込みといった下準備、父と一緒にお客さまの接客、海外からのお客さまへの対応、お金周りを始めとする、店に関するその他の業務などですね。

もちろん僕自身も寿司を握ることはありますが、やはり「父の握る寿司のレベル」には及びません。

しかし父が握るその寿司は、僕が仕入れたもので、父が握れるように仕込んだものなんです。

父のような寿司が握れずとも、その父を支えることはできます。

父が店作りで大切にしている「資本主義より“幸せ主義”」という理想を叶えるには、きちんと現実をしっかりと見た上でサポートする人間が必要ですから。

※資本主義より“幸せ主義”とは、利益重視ではなく、少数のお客さまの満足度を最大限に高める経営スタイルのこと。
https://entrenet.jp/magazine/10895/

ー寿司屋にとって「寿司を握る」という役割と同じかそれ以上に、寿司を「握る前」と「握った後」は大切ですからね。

元気さん
そうなんです。

無理に先代と自分を比べる必要なんてないんですよ。僕は僕のやり方で「すし活」を盛り上げていければいい。

「すし活」に来てくださるお客さまは、そのお客さまにとって特別な日に来てくださることが多いです。

そんな特別な時間を、最高のおもてなしでお出迎えしたい。僕も父も、そこにかける想いは同じです。

見ている方向が同じなら、後は役割分担をするだけ。父は父の、僕は僕の得意なことをやっていければと思います。

「自分の代で、家業を畳む覚悟があるか?」― “家業を継ぐ者”としての責任

ー現在は先代と共にお店を営まれていますが、いずれは先代も引退される日が訪れると思います。その時、元気さんは「すし活」をどうしていこうとお考えですか?

元気さん
具体的には考えていませんが、その時の自分の中の「最善のやり方」でお店を継ごうと思っています。

例えばスポーツのチームでも、同じですよね。ある選手が引退したら、その時に在籍している選手で最善の布陣を組んで試合に臨む。

うちの店にも限らず、どんな会社でもそうですが、先代と同じことをやる必要はないんですよ。

経営者なら、その「最善」考えていくことが大切だと思います。

ーでは最後に、家業を継ぐかどうか迷っている人へアドバイスをいただけますか?

元気さん
人によって様々な事情があるとは思いますが、僕はやっぱり、自分がその家業を楽しめないのなら、無理に継ぐ必要はないと思います。

家業を継ぐことは、正直そんな簡単なことではないからです。

ー家業を続けるにはそれ相応の覚悟が必要、ということでしょうか?

元気さん
そうですね。

どんな家業にも歴史があるわけですが、僕は自分の店を、自分で終わらせてもいいくらいの気持ちで日々働いています。

自分が楽しいと思えない、つまり本気になれない仕事をダラダラと続けるくらいなら、いっそ店を畳んでしまった方がいい。

それはここまで家業として続けてきてくれた、先代たちへの敬意だと思いますし、仕事をする上での最低限の礼儀だと思っています。

逆に、自分が継がせる立場になった時、こどもが僕と同じかそれ以上にこの仕事を楽しめないなら、無理に継がせようとは思っていません。

そうなった時に自らの手で店を畳む覚悟を持っているからこそ、毎日の仕事に悔いが残らないように楽しんで続けていきたいですね。

2018年9月21日

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