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「一冊の雑誌が、人の運命を変える」 こう聞いて、大げさだと感じる方もいるかもしれません。しかし、本当に運命が変わった方がいるとしたら、あなたはどう思いますか。 雑誌によって人生を大きく変える出会いを果たしたのは、2016年12月20日、東証マザーズへの上場を果たしたリネットジャパングループ(株)の黒田武志社長です。同社は古本やブランド品のリユース事業NET OFFや、資源リサイクル事業のReNet.jpを運営しています。 黒田社長の運命を変えた一冊の雑誌は、(株)リクルートホールディングスが20年前に創刊した『アントレ』。その創刊号をたまたま手にとった黒田社長を動かしたとあるページには、一体何が秘められていたのでしょうか。 また、黒田社長を駆り立てたものとは何だったのでしょうか。 

黒田武志(くろだたけし)

1965年 大阪府生まれ。大阪市立大学商学部卒業後、トヨタ自動車株式会社に入社。国内および海外の企画業務に従事する。1997年に『アントレ』創刊号を読んだことをきっかけに、トヨタを1998年に退社。株式会社ブックオフウェーブを設立した。2000年には、株式会社イーブックオフを設立し代表取締役社長に就任。2005年、ネットオフ株式会社に社名変更。2014年、リネットジャパングループ株式会社へ社名変更。2016年12月20日、東証マザーズ上場を果たす。

上場後に目指した『静脈メジャー』

―リネットジャパングループの東証マザーズ上場、おめでとうございます!

―黒田
ありがとうございます。2000年の株式会社イーブックオフ創業から、16年かかって、2016年12月20日に上場できました。

―最初から上場を目指していたのでしょうか?

―黒田
上場は起業時からの目標でした。ベンチャーキャピタルにも資本を入れてもらっていたので、以前も2回上場にチャレンジしていたんです。でも上場目前に、ネットバブルが弾けたことのほか、市況が変化したこともあって断念しました。 今回、3回目となるチャレンジで上場を果たしましたが、上場はスタート地点。1つステージを上がったという感じです。これからまだまだチャンスは広がっていくと思います。 上場後は、資源リサイクルでの『静脈メジャー』を目指すチャレンジをしていきます。自動車メーカーや電機メーカーを『動脈サイド』、リサイクル業界を『静脈サイド』と呼んでいますが、欧米では、静脈サイドでも売上高が1兆円クラスの大企業(=静脈メジャー企業)が存在し、動脈サイドのメーカーとパワーバランスをとっているため、対等に話ができています。

―日本では現状、静脈メジャーが存在していないのでしょうか?

―黒田
ええ。日本では小さなリサイクル企業が飽和状態にあります。その背景には廃棄物処理法という法律での規制があるのですが、基本的に市町村単位で事業を行うことになっているんです。決して日本企業が劣っているのではありません。しかし、昨今日本も静脈メジャーを作らなければいけないという声が上がり始めています。 僕らは、まさにその規制緩和のタイミングでリサイクル業界に参入しました。一般的に許認可は1つの自治体ごとに取らなければいけないのですが、小型家電のジャンルにおいては、広域での許認可が認められ、当社は全国全ての自治体の許認可を取得しています。

―全国から小型家電を集めると、一体どうなるのでしょうか?

―黒田
要らなくなったパソコンや携帯電話のなかには、レアメタル(マンガン・コバルトなどの希少な金属)や金が入っています。天然鉱山に対し、都市にある家電に含まれるので「都市鉱山」と言われます。都市鉱山を活用することで、限りある資源を「爆食い」せず持続可能な成長を実現出来るようになります。 そして2010年、リサイクルの規制緩和が行われるよりも先に「日本経済新聞」へ一面広告を出しました。

―宅配回収サービスも生活に根差した文化に育て、日本を循環型社会の先進国にしたいという思いがあったんですね。

―黒田
その2年後、2012年頃になって廃棄物処理法改正の話が出て来ました。その際に宅配便を活用したリサイクルが入っていないと知り、環境省と懸命に交渉した結果、宅配便によるリサイクル事業が認められました。

アントレ創刊号が導いた、大きな出会い

―宅配便によるリサイクル事業を環境省に認めてもらった黒田社長の行動力は驚きです。でもその黒田社長を起業へ突き動かしたのが、実は1997年2月発売の『アントレ』創刊号だったそうですね?

―黒田
この『アントレ』創刊号が僕の運命を大きく変えました。『アントレ』創刊号のページをめくっていた時、ブックオフ創業者の坂本 孝さんの記事が目に留まったんです。

―大きく目立つ記事でもなかったその記事に目が留まったのはなぜでしょうか?

―黒田
何故なのか、僕にもわかりません(笑)。そもそも当時、ブックオフを見たことがなかったんですよ。ブックオフが上場する前でしたし、僕が住んでいた名古屋には当時お店がなかったので…。だから自分でも、坂本さんの記事が何故気になったか分かりません。ただ、坂本さんに話を聞いてみたいと思いました。
―黒田
それで、当時勤めていたトヨタを休んで、ブックオフの本社があった相模原へ向かったんです。本社はマンションの下にある小さな事務所でした(笑)。でも、坂本さんにお会いして実際に話を聞いたら、 「これはただの古本屋の親父じゃない」 「これぞベンチャーだ」 と、すごくビビビッと来ました。「古本で自分たちの商売がなんとなく儲かったら良いや」というレベルではなく、「日本全国を巻き込んでやるぞ」という気迫を坂本さんの話しぶりから感じましたね。

―『アントレ』創刊号での坂本さんは、実際にお会いしてみて、ベンチャー起業家の気迫が伝わったのでしょうか?

―黒田
自分がやったこともない経営の世界で、坂本さんにいろいろ指導してもらえるんだ、というのが誌面から受けた印象でした。でも実際に会ってみたら、学校のような指導者ではなくまさに起業家だったんです。 感銘を受けた僕は、まるで、坂本さんの追っかけのように講演に通いました。講演会などに坂本さんが出るたびに会社の休みをとって(笑)、いつも最前列で聞いていました。一方で、「当社では、社員もバイトも汗と感動の涙を流して仕事する」という話を聞いて、実際はどうなのか確かめよう」と思って、ブックオフでアルバイトを始めたんです(笑)。

―仕事とアルバイトの両立は、かなり大変だったのではないでしょうか。

―黒田
先ほどお話したように、名古屋にはブックオフの店舗がありませんでした。そこで、三重県四日市にあったブックオフまで片道1時間半、高速道路を車で移動してアルバイトをしていました。当時の時給は700円。往復の高速代とガソリン代、昼飯代を引くと赤字です。

―ブックオフでアルバイトをしてみていかがでしたか?

―黒田
アルバイトを10カ月続けました。すると、僕がアルバイトしている話が坂本さんに伝わりました。「最近トヨタのあいつは、講演会に来ないな」と(笑)。いつも最前列の席にいるやつだと、覚えられていましたからね。 そんなある日、坂本さんから「1回、飯を食おう」と電話があり、新横浜駅のプリンスホテルの中華料理店でご馳走になりました。その場で、「そんなにブックオフをやりたいの?」と聞かれて「やりたいです」と答えたら「じゃあのれん分けしてやるから、四日市店をやってみろ」ということになりました。今でも忘れられません。

―『アントレ』で始まった出会いが、すごい展開になってきましたね!

―黒田
突然の申し出に驚き悩みましたが、このまま悩んでいても時間がもったいない、一度きりの人生、自分の気持ちに素直に従おうと、トヨタを辞める決心をしました。そして退職後に、ブックオフの起業家支援制度第1号として1998年3月に三重県四日市に会社を作りました。僕が作った最初の会社です。 坂本さんと僕は全くの赤の他人で、何の接点もありませんでした。しかし『アントレ』創刊号の坂本さんの記事が目に留まった1997年2月から1年1カ月後、会社を作ることになりました。『アントレ』を読んでから、これだけ人生が変わったんです。

―もしもアントレに出会ってなかったら、現在何をされているのでしょうか?

―黒田
間違いなく今もトヨタのサラリーマンだったでしょうね。トヨタで働くことは決してイヤではなかったので。

自ら機会を創りだし、自らを変える。

―現役読者の皆さんに向け、『アントレ』の読み方・使い方についてアドバイスをいただけますか?

―黒田
当然ながら努力と多少なりの実力が必要となる場面はありますが、やはり人生の転機は人との出会いが引き寄せてくれるもの。僕も、坂本さんとの出会いが大きかったですね。アントレの記事には、そんな出会いがあるはずです。

―今後の『アントレ』に期待することはありますか?

―黒田
僕が起業するきっかけになった『アントレ』創刊号では、アントレプレナー(起業家)を啓発する記事やインタビューが載っていました。そういった記事が読める機会があれば嬉しいです。フランチャイズとして独立したとしても、これをステップにしてもっと大きなチャレンジを促すような記事です。僕もブックオフのフランチャイズをきっかけに、インターネットを用いたNET OFFやReNet事業にチャレンジしましたから。

―ちなみに、アントレプレナーが置かれている状況は20年前と現在とで、どう変化したように思いますか?

―黒田
恵まれていると思います。20年前、ベンチャーキャピタルは一般的ではありませんでした。新興企業向け株式市場のマザーズができて、ベンチャー企業が上場する環境が整った結果、ベンチャーキャピタルが次々と登場し、資金もチャンスも提供してくれる人が非常に多くなったと感じています。 しかし、アプローチをするもしないも本人次第。だから、『アントレ』で機会を創り出す情報を得るのも1つの方法です。『アントレ』で見つけた人や会社に積極的にアプローチすることこそが、機会づくりだと思うんですよね。

―独立・起業にあたって最も大事なのは、黒田さんと坂本さんのように1対1の関係を作れるかどうかなのでしょうか?

―黒田
当然、ビジネスではヒト・モノ・カネが必要ですが、それらが無かったとしてもやる気と情熱があれば超えていけるはずです。

―最後に、独立・起業を考えている「アントレnet Magazine」読者の皆さんへメッセージをお願いします。

―黒田
僕の座右の銘でもある、リクルート創業者の江副浩正さんの言葉を贈ります。 「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」 一歩を踏み出すのは、どうしても怖いものですよね。準備が整ってから、そのステージが来たらではなく、自ら創り出した機会によって自分を成長させていく…起業する時の気持ちにものすごく刺さる、力のある言葉だなと思います。

―本日は、貴重なお話をありがとうございました!

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長い間チャレンジした司法試験を諦め、八方塞がりになっていた関口克己さんは、さまざまな人との出合いや助言、そして資格取得によって、社会保険労務士・行政書士事務所を開業します。その道のりは、運命的でドラマチックである一方、しっかりとしたご自身のポリシーに基づくものでもあります。

■20年近くの司法試験挑戦を断念!途方に暮れる中、届いた友人の一言

―大学卒業後、司法試験を目指して勉強をされていたんですよね?

関口:20年以上やっていましたね。考えられないぐらいの失敗をする中、司法試験の制度が変わって「もうダメだ」と思って諦めたんです。

―それからどうされたんですか?

関口:当時、資格試験取得の予備校で教材作成などアルバイトをしながら勉強していたのですが、アルバイト先の友人から社会保険労務士のことを聞いて、その翌年に試験を受けたんです。 まあ付け焼き刃の勉強だったので、1回目は落ちたのですが、2回目に受かったんですね。その前に行政書士の資格も取っていたので、その2つで何とか食べていけないかなって思ったんです。

―社会保険労務士と行政書士の資格を取ったら食べていけると思ったのですか? 関口:いや全然。資格は取ったものの、自分の人生八方塞がり。どうしようって思った時に、ある知り合いが「社会保険労務士と行政書士を持っている人が廃業しようとしているのだけれど、お客さんがいるのですぐにはやめられない。 引き継ぐ人を探しているんだけれど興味ある?」って声を掛けてくれたんです。その話を聞いて2日後には、その廃業しようとしているという先生に会っていました。

―その流れで開業ということになったんですね。

関口:一応はそういう形にはなりますが、どこかの事務所に勤めて修行したという経験がなかったので、最初は右も左もわからない状態でした。 ただ、ラッキーだったのは、営業活動をすることもなく、多くはなかったですが、引き継いだ仕事があったことでした。

■偶然が重なり、迷う暇もなく開業。しかし、実務経験がゼロという中での船出は、いい面も大変な面も…

―非常にラッキーな形での開業でしたね。

関口:そうですね。僕に仕事を引き継がせてくれた先生が僕と同じ資格を持っていたので、仕事をしながら正にゼロから色々教えてもらえたことは、すごく助かりましたね。

―では開業の困難みたいなものはなかったのでしょうか?

関口:実務経験がゼロのまま開業してしまったので、大変なこともたくさんありました。例えば建設業の許可の仕事は、引き継がせてくれた先生は分からない仕事だったのに、僕は引き受けちゃったんですね。 全然分からないけど投げ出すわけにもはいかないので、都庁の行政書士がやっていた相談窓口に行って、名刺交換して何度も押しかけたりしました。 実際、その窓口って一般人の相談窓口であって、同業者は行ったらダメみたいだったんですね。でもそんなの知らないから、かなりしつこく行きました。

―そういうバイタリティは独立開業には大切なことですか?

関口:そうだと思います。これは、どの仕事も同じだと思いますが、初めてやる仕事は間違いなく採算に合わないと思います。 そうは言っても、やったことがない仕事をやらずにいたらいつまでも自分の引き出しが増えないので、授業料を支払っているというつもりでやらせてもらっています。

―そんな中、ピンチに陥ったことはないのですか?

関口:倉庫業の許可をとる仕事が来たときは大変でしたね。まったく分からないジャンルだったのですが「先生ならできますよ」って言われて受けちゃったんです。 壁の強さを表す単位すら分からない状態ですからね。ノウハウもないし、運送業や倉庫業を専門にやっている同業者に行ったら、高い相談料を取られたりしましたよ(笑)。 結局はラッキーなことが重なって許可はとれましたが、半年以上かかったし、考えてみれば、あれが最大のピンチでしたね。さすがにあの時は寝つきが悪かったり、朝方、変な時間に目が覚めたりしていました。

―メンタルも大切になってきますね。

関口:そうですね。自分は楽観主義の人間だと思っていますが、それが幸いだったのかもしれません。独立開業を考えている人は、後ろ向きで下を向いて歩いていたら、見えるものも見えないし、世の中に吹いている風も感じられないですから。

■凝り固まらずなんでもチャレンジすることで、先に進む道が明確に見えてくることもある。

―士業の人には最初から特定の専門に特化する人もいますが、関口さんは間口を広げることを選択したんですね?

関口:まあ、何も知らないで開業したということもありますが、どんな仕事の依頼が来るのか分からない状況では特定の分野に特化しない方が得策ではないかと思いました。それと、いろいろな仕事をやった方が面白いんじゃないかとも思っていました。 今でも、基本的には失敗を恐れずにいろいろとやるべきだと思っています。 我々の仕事はアイデアも1つの商品であり、知らないことがあれば色々なところに顔を出して、人の話を聞くことによって思いもよらない考えが生まれます。仕事の間口を広げることによって色々な人とのつながりもできますからね。

―人とのつながりは大事ですよね?

関口:そうですね。面白い人やいろんな国の人と出会うことは刺激になりますよ。ちょっと前は、ガーナ人の永住許可をとったのですが、彼は日本で会社をやりたいという目標があって、その時にはまた力になれるかもしれないし、韓国人デザイナーのビザをとる手伝いもしました。いまは日本で会社を経営しているロシア人とも仕事をしているんです。もちろん仕事でもありますが、そうじゃないところで何かまた新しいことが生まれるかもしれないですよね。

―そういったポリシーに基づいてお仕事をすることによって、ご自身の中でも見えてくることはありましたか?

関口:僕の場合は、最初にいろいろな仕事をやったことによって、自分が何に注力したいかというのは見えてきました。今は、労務管理を中心にやりたいんです。いわゆる「働き方改革」と言われていることです。「労働時間の削減」とか、「仕事とがん治療の両立」とか、「仕事と介護の両立」とか叫ばれていますよね。

―なぜ労務管理を中心に?

関口:市場が大きいということもありますが、一番は答えがないからですね。例えば「離職率が高いのですがどうしたらいいでしょうか」という相談があったとすると、それって会社によって理由が違うじゃないですか。 しっかり担当の人と話をして、会社ごとに特徴を考える。通り一辺倒では正解にたどり着かない。それってとてもやりがいがあることだと思うんです。

■士業での開業に資格取得は最低条件だけれど、それより大事なのはアイデア、フットワーク、人間関係!

関口さんはこれまで “数々の失敗”を経験したと表現していましたが、その失敗こそが現在の成功に結び付いている大きな要因になっているのでしょう。 「失敗しないように慎重に仕事を選ぶ」のではなく、最初のうちは「失敗して当たり前。そこから学ぶことの方が数段多い」という考え方が必要だと関口さんは力説します。 何度も失敗をして前に進んできた人の言葉だけに説得力があります。 積極的に物事にチャレンジするからこそ、色々な人との出合いがあり、その人間関係が礎となり、次へとつながる。 その中、必ず心掛けていることをお聞きすると「ちゃんとした仕事をすること」と即答。仕事に対しても、人に対しても誠実に向き合うことの重要性を説いてくれました。 士業というと“専門的な知識”が重要だと思われがちですが、関口さんは「業種に関係なく、独立開業にはアイデア、フットワーク、人間関係が一番大事」と断言します。 まずは恐れずに一歩を踏み出すことが重要なのかもしれません。

取材・文/磯部 正和

2016年11月11日

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上場企業にも務め、企業で取締役までした50代後半の男性が「マラソンのメダルをかけるハンガーを作って起業する!」と言い出したとしたら? 通常の感覚であれば、通帳を取り上げて「待ちなさい」と言いたくなるお話。 今回インタビューさせていただいた服部さんは、そんなリスキーなチャレンジを選び、わずか2年で実際に商品を開発。 某国内最大級のマラソン大会公式グッズにまでブランドを押し上げ、その手腕からTV・雑誌・新聞など多くのメディアに取り上げられるスゴイ方です。 一体、彼が取った戦略とはどのようなものだったのでしょうか? 詳しく聞いてきました。

服部 真さん プロフィール

(株)ランビー代表取締役/東京都中央区。59歳。バンダイなど、玩具会社で商品企画に従事。2014年に独立し、(株)ランビーを設立。会社員時代の経験を生かしてジョギング関連の商品企画を行うほか、自らもジョギングインストラクターを務める。看板商品はメダルを飾る「メダルハンガー」。ジョギング歴は20年以上。

なぜメダルハンガーに?商品開発の着想ヒントは自身の愛するものから

―このメダルハンガーを商品化しようと思ったきっかけは何でしょう?

―服部
趣味のランニングの分野で起業しようというコンセプトは決めていました。その中でいろいろ考えているうちに、マラソン大会で完走した時にもらえるメダルを飾るアイテムがないな、ということに気づいたんです。そこでインターネットで検索をしてみたら、アメリカのウェブサイトで金属でできた「メダルハンガー」を見つけました。こんなのがあるんだと感心して、自分自身、ほしいなと思ったんです。 それからランナー仲間に聞いてみると「知らない!そんなのあるんだ」と同じように関心を持つ人もいれば、「でも、日本じゃデカいよね」という反応もあったり。アメリカの家はでっかい。だから、メダルハンガーも大振りなんですね。 その時、「確かに、日本の家だと大きすぎて絶対無理だな。でも、これをもっと小さくしたら売れそうだ」とひらめいたんです。そこで「ちょっと小さくしたらどう?」と聞いてみると「それだったら面白いんじゃない?」っていう感じになったんです。

―マラソン好きじゃないと気づかないニーズですね。その経験を生かしてメダルハンガーで起業したわけですね。

―服部
はい。中学のころから駅伝の選手をやってました。正式にフルマラソンに出始めたのは30過ぎからなのでランナー歴は30年以上ぐらいですかね。メタルハンガーに目をつけたのは、ある意味で私の趣味の延長でもあるわけです(笑)。

―着想から実際に販売にいたるまでは、どのような経緯だったのでしょうか?

―服部
一番最初はどこかの会社と組んで、自分の企画を持ち込んで採用してもらい販売してもらう。そうしてアイデア料をもらうみたいなビジネスモデルを考えていました。 ある企業とは話が進んで「やりましょう」って言われて、幸先いいな思ってたんです。でもしばらくして「やっぱり無理だ」って断られちゃいました。ロットがそんなに作れないし、うちの会社のリスクになるからとご破算になっちゃったんです。 その後、1ヶ月ぐらいすごく悩みました。自社で作ると在庫を抱えるリスクがあるので。だけどやっぱり自分発信で、Run Be(ランビー)のブランドで商品を出すことにしました。それが57歳のときのことです。

商品もブランドも知名度ゼロ。取った手段は正面突破

―57歳から起業するのって、結構大変じゃないですか。何よりも服部さんは、それまで会社の役員を務められていたので、そのキャリアを捨ててまでチャレンジするには、かなり勇気が必要だったと思うのですが。

―服部
そうですね。今、59歳なので「アラフィフ」ならぬ「アラ還」。前の会社ではずっと役員として部下も何十人もいて、それなりの年収もあって。そこから独立して起業するのは、大変といえば大変かもしれませんね(笑)。でもやっぱりやりたいことをやりたい。その気持ちが強かったです。 最初、自分のウエブサイトでメダルハンガーを売りつつ、スポーツ用品店や東急ハンズ様にメダルハンガーを置きたいなって思っていたんです。起業した10か月後の2014年11月には、期間限定ではあったんですけど、東急ハンズ様の新宿店で置いていただけることになりました。

―東急ハンズさんには、ご自身で直接営業なさったんですか?

―服部
そうですね。ランニング仲間のツテを頼りに正面突破で売り込みに行きました。この「飛び込み」なら飛び込んでも死なないですから(笑)。 ゼロからスタートなので、つまりビジネスでは弱者。地道にやっていくしかない。しかもお金かけないでやる。ブランドも知名度もない弱者なのですから当然ですね。 東急ハンズ様に置けたことで、次の段階につながっていきました。そのあと結構大変でしたが、スポーツ用品専門店のスポーツオーソリティ様に置いていただけたのです。次は、ブルーブルーエ様という100数店舗ある雑貨のお店や、ランニング教室のジャパンマラソンクラブ様でも売ってもらいました。 さらにランニング教室では、生徒さんたちにも営業していただいて売ってもらっています。今は、ヨガスタジオさんにも売っていただいるんです。そうしたツテやつながりをフルに使って、少しずつシェアを広げていきました。 ただ、売り場に行っても大体ダメ出しされるんですよね。でもその時、「役員までやってたのに」なんて考えると何もできないです。恥を考えちゃ何もできない。そう考えています。

―役員から一転、飛び込み営業なんてサラリーマン1年生になったようなものですね。その突破力で、国内最大級のマラソン大会の公式グッズにもなったのでしょうか?

―服部
国内最大級のマラソン大会には残念ながらツテがありませんでした(笑)。そこで、マラソン大会の公式サイトにあるお問い合わせフォームから提案をしたんです。でも返事が1か月くらいこなくて。まぁ、大体こないですよね(笑)。 でも1か月後、返事が来たんです!「返事が遅れてすいません。メダルハンガーについて詳しく聞きたいので来社してくれますか」という内容です。文字通り、その担当者のところへすぐ飛んで行きました(笑)。 取引条件では「服部さんができる範囲でいいですよ」と言われて、「じゃあ、それで」と言ったら、結局2日間で売り切れるほど大好評。おかげさまで来年も契約させていただくことになり、さらにちょっと増量しましょうということになっています。

恥を捨て、恥を忍ぶ。弱者のマーケティング戦略

―営業の他にも大変だったことは、たくさんあったのではないでしょうか?

―服部
そうですね。例えば事務や管理業務のバックオフィスの仕事。会社勤めだと、経理部とか総務があって、全部やってくれてるわけじゃないですか。でも起業すると、決算前には決算書や青色申告書も作らなきゃいけないし、税務署に行かなきゃいけない。 でも実際やり始めたのはいいけれど、当然四苦八苦する。それを見て友人の税理士さんがいつでも教えてあげると言ってくれたんです。その言葉に甘えて、しょっちゅう相談に乗ってもらっています(笑)。 さらに税務署でも教えてくれるので、税務署の職員に言われたとおりまた直して、また出直しますというのを繰り返して。結局、お金は一銭もかけませんでしたね(笑)。

―人と人で直接会話してなるべくコストを抑えるんですね。独立・起業といっても、やはり人に頼ることは大切ですか?

―服部
「人に頼る」っていうよりも、「恥を捨てて人に聞く」ってことが大事です。頼ろうとすると煙たがられますから。人は結構教えるのが好きなので「教えてよ」っていうと、「俺でいいの、しょうがないな〜」と言って聞いてないことまで怒涛ごとく教えてくれます(笑)。 聞き上手になって、いろんな人に聞きまくること。前職のちょっとしたツテでも自分でぶち当たっていけばいい。

―ひょっとして、人のつながりでメディアにも登場なさったのですか?

―服部
はい。メディアに出るようになったのは、私も会員になっている起業家向けのレンタルオフィスを運営している銀座セカンドライフ株式会社の片桐実央 社長とのつながりがきっかけでした。 片桐社長がある雑誌の企画で取材されたときのことです。レンタルオフィス会員の人も同時に取材したいということになり、「服部という人をインタビューしていいですか」と雑誌の担当者から聞かれたそうです。どうも私は片桐社長の会員では異色のようで。「変わっている」という恥を活かせたわけです(笑)。 そんな変わっている私がメディアに出ると、それを観た他のメディア関係者が検索して、直接ホームページから連絡が入ります。その連鎖で、マスコミからの問い合わせが多くなり、自然と登場する回数が増えていったという感じです。 銀座セカンドライフ株式会社で片桐社長と繋がらないで、自宅でコツコツやっていたらマスコミには登場できなかったです、きっと。「恥を捨て、恥を忍ぶ」。これがわたしなりの弱者のマーケティングだったんでしょうね。

独立・起業して成功する鍵はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション

―やはり人のつながりというのは大切なんですね。

―服部
人とのリアルなつながり、フェイス・トゥ・フェイスは、おそらく皆さんが考えている以上にずっと大事だと思います。先日、あるTV局の取材の時、電話取材だけにしたいという申し出がありました。でも、電話だけじゃ嫌だよといって断ったんです。 フェイス・トゥ・フェイスなら、相手の表情で「そんなこと聞いているんじゃないんだな」と察知して言い回しを変えたりできます。そうして初めて本当に相手が求めているものが提供できるようになります。こちら側としても相手の表情がわからないと、聞いてもらってるのかなって不安にもなりますよね。 きっかけは別にメールでいいんですよ。でも、踏み込んで聞きたいときは、やっぱり会ったほうがいい。

―独立・起業の成功のコツも実はそこに?

―服部
そうです。すべては、コミュニケーション。コミュニケーションを取り違えると大きな傷になって最後に違うね、となります。ビジネスも同じでしょう。コミュニケーションの取り違えさえなければ、結構自分のやりたいように仕事をして生きていけます。いかに最初をつかむかというのが大切ですよねぇ。

まとめ:コミュニケーションを大切にすれば50代でも独立・起業の道は開ける

大手玩具会社での商品企画の経験を活かして、ランニンググッズのビジネスを展開するのが服部さんのマーケティング術だと取材前は思っていました。 しかし、実際は、人のつながりをとことん活かして服部さんは事業をされてます。だからこそ、対面コミュニケーションの大切さを服部さんは強調されています。フェイス・トゥ・フェイスは、昔ながらのコミュニケーションの基本。そうした人とのつながりを活かしてTVや雑誌などのマスコミへの登場にもつなげる。そうした複合的なマーケティングに、独立・起業のヒントがありそうです。
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日本に衝撃を与えた、2011年の東日本大震災。この時、多くの人の日常が、一夜にして壊され、“未来はいつどうなるのかわからない”という現実を突き付けられたました。 その震災から5年。人々のライフスタイルへの意識が徐々に変わり、消費や仕事に対しての捉え方も変化しました。では、そうした変化の時代において、独立を考えている人は何に注意して独立をするべきなのか。 今回は新聞社から広告代理店、そして独立を果たした、起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦さんのお話を参考に、これからの独立への心構えを紐解いていきます。
PROFILE
増田紀彦 氏
地方新聞社、広告代理店勤務を経て、株式会社タンク設立。経済産業省委託事業・起業支援ネットワークNICeのチーフプロデューサーを務めた後、同事業の民営化にともない、現職に。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)など多数。 http://www.nice.or.jp

消費スタイルの変化と経済の停滞感に、自分はどう対応するのか?

アベノミクス以降、成長戦略が強調されるものの、経済の停滞感は払拭できていません。贅沢をしなくなった、家族と一緒に過ごす時間が増えたなどの震災以降の変化が今も影響しているのでしょう。 世間は、多くの人が商売相手となり、時には売り手、時には買い手で成り立っています。買い手が変化すれば、その影響は当然どこかで出てくるのです。 「独立にも相手(顧客や社会)が必要であり、相手が抱える問題と自分がやりたいことを結びつける点では、震災前も後も変わりません。」と増田さん。「相手が変化しているのであれば、自分も変化し、相手と自分の接点となるところを見極める必要があります。」とも説きます。社会は絶えず変化していくものなので、こちらが合わせていかなければ独立するのは難しいようです。 そして、この社会の変化に対応する際に大切なのが
  • 自分の才能を見つけること
  • 才能を信じる勇気
  • 才能を養い伸ばすための努力
「天から割り振られた能力を知り、自分の得意なことを感じ、それ(自分の得意なこと)をどこで役立てるのか。」増田さんは問いかけますが、果たして自分の才能はどうやって見つけることができるのでしょうか。

“才能がない人なんていない” 好きなこと、得意なことが才能となる

大半の人は、才能がないと嘆き悩んでいると思います。しかし、才能がないと思い込んでしまっているようではいけません。あなたにも才能は隠れているだけで、生まれながらに持っているのです。 隠れた才能の発見の仕方として、「子どもの頃に熱中していた、好きだった、得意だったことを動詞にしてみてください。」と増田さんは説明します。 例としては、「昆虫採集が好きならば、集める。勉強を教えることが好きだったら教える。パソコンが好きだと抽象的すぎるので、パソコンで何かを作るのが好き、とその行為を動詞に落とし込みましょう」自分が好きなことや熱中できることは、1つの才能と捉えていいそうです。 そして、動詞に目的語を当てはめ、組み合わせます。「集めるなら、人を集める。組み立てるなら、ウェブサイトを組み立てる。これを組み合わせると、人を集めてウェブサイトを構築する、ウェブディレクターとなります」 思っているよりも簡単に自分の才能を見つけ出せます。見つけた才能を伸ばせるかどうかは自分次第。

1人勝ちではなく、同じ志の共同体の中「助け合って事業を生み出す」

「震災前後で大きく変化したのは人々の価値観、特に人生観だと言えるでしょう。“いざという時は助け合わねば”という意識を持ち、お金だけの関係ではなく、志や理想を持った互助し合える共同体が形成されました。」と増田さんは言います。震災が起こった直後は、日本が1つになっているような気がしました。同じ気持ちで、同じ問題に取り組もうとしていたからでしょう。そして、助け合うことが、業種を超えていくのです。 では、業種を超えることでどうなるのか? 増田さんが言うには、「互いに業種を通じてニーズを探せば、ほかの業界の中にあるチャンスを見つけられますし、異業種同士で共同体をつくり、一緒に新しいビジネスを発信することもできます。」とのこと。 さらに、現在は異業種だけでなく、世界に対しても道は開かれています。スマホを使えば、あなたの手のひらから簡単に世界にアクセスすることが可能。「自由貿易の流れによって、地球全体が1つの市場と言えます。世界は近くなっている。市場として視野に入れることで、ビジネスの可能性を広がります。」と増田さんは指摘します。

自分が心を動かされたもので、仲間と共に世界を動かす

子どもの頃、何かに夢中になった経験は誰しもが持っていると思います。持ってはいますが、自分が夢中になったことが仕事になるということは、『将来の夢はプロ野球選手』を叶えてしまうくらい、偉大で、叶うことのないもののように思えます。 しかし、増田さんは最後にこう締めます。「世の中につながり意識が芽生えた今、他者と協力し合い、一緒にチャンスへとつなげていきましょう!」と。 1人で事業を起こすことは確かに難しいこと。ですが、仲間がいれば、自分が熱中できないところを補ってくれるかもしれません。 才能を見つけ、仲間を見つけ、業種に捉われず事業を見つける。そうすれば、あなたの独立もぐっと近くなるでしょう。
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説得がイチバン難しいのは家族かも!?

希望と不安が入り混じりながらも、独立・起業しようと家族やパートナーに伝えてみたら、実は金融機関の住宅ローン審査よりも厳しい反応が返ってくるということもあります。 華やかな夢がさめるどころか、「成功する保証はあるの?」とか「会社員のままでいいじゃない」とか「失敗したら生活費やこの子の教育資金はどうするの?」と、夢を打ち砕かれるような反応にげんなりすることもあり得ます。 よく、独立・起業セミナーなどで事業計画の立て方・必要な資金と調達方法・経営の仕方などを学ぶ場がありますが、それらは、単にあなたの起業後の経営・仕事に役立つだけではなく、金融機関や補助金・助成金の獲得に役立つだけでもなく、何よりも、どうやって成功に向かえるのかを大切な家族に説得できるようにするうえでも役に立つのです。 いきなり独立・起業の夢物語を熱い思いだけで語ると、「自分勝手だ」と思われたり、「失敗しないように止めてあげなきゃ」と思われたりして、起業の夢が叶いにくくなることもあるので注意しましょう。

考えておきたい8つの問いかけ

あなたが事業でも、夫婦関係・家族関係などでも成功できるように、 次のような問いかけにはっきり根拠や資料を示せるように準備しておきましょう。
  <かしこい起業家になるための8つの問いかけ> 1 「なぜ、あなたはこの業界のこの事業で独立・起業するのか?あなただからこその強みは何で、どうこの事業のチャンスを活かせるのか?」 2 「起業する際に何にどのくらいお金がかかり、合計でいくら必要か?」 3 「どうやって、起業に必要なお金を身内に頼らず無理なく調達するのか?」 4 「起業して売上をあげてもすぐにお金が振り込まれないし、すぐに売上があがらない時にも備えて、低収入でも半年くらい乗り切れるか?」 5 「起業前にどんな売上アップとコスト削減の工夫・アイデアを、ひとつでも多く学んだり考え抜いてたりしているか?」 6 「起業することで何を成功の基準(収入額・やりがい・生きがい・社会的地位などさまざま)にしているか?その成功の基準は正しいか?」 7 「家族の生活や教育に困らないようにどんな対策をもっているか?」 8 「家族・パートナーのことをどれだけ大切に思い愛していて、その思いや愛情を、起業を通じてどうやってより素晴らしいものにできるか?」
 

家族やパートナーをあなたの応援団に!

起業してとても順調に売上も仕事関係も伸びていって、会社員のころには考えられなかったほど多くのお金を得られたとしても、勢いだけで何の相談もなく勝手気ままに仕事に没頭しているだけでは、大切な家族を失いかねません。 逆に、上記8つの問いかけに明確に根拠を示して答えられれば、家族からの理解や信頼を得て、家族みんながあなたの夢と起業を応援してくれる心身ともに満たされ心強い応援団となるでしょう。 たしかに、起業自体は個人事業なら税務署にとりあえず開業届けを出せば起業という形は整いますし、会社設立でも行政書士などの「法人設立パック」で20万円程度を払えば、あっという間にあなたの会社は出来上がります。 でも、起業家としてもっとも大切なのは、起業前にしっかり準備しておいたことを活かして、いかに起業後に夢を現実のものとして売上を高め、コストを削減し、節税対策で税金を抑えつつ、仕事を含めた人生を充実させるかです。 独身で結婚予定もない10代や20代前半の方だったら、今後の本格的な起業の予行演習のように、まずは起業してみてどんな手続き・対応・資金が必要でどんな仕事・生活になるかを体験してみるのも、生の現場を知る良い勉強でしょう。 たまたまうまくいけばそのまま事業を営んでおけばよいですし、うまくいかなければ早めに事業をたたんで、次の本命の起業プランに備えて資金や気力・体力を温存しておけばよいでしょう。 しかし、あなたの人生に一緒に歩んでいる家族やパートナーがいるのであれば、自分だけが起業の見通しをわかっていればよいだけではありません。 もし、家族の反対を押し切って独立・起業するとしても、どんな考えでどうしようとしているかくらいは話しておくことを強くオススメします。

起業前にやっておきたい5つのこと まとめ

さて、これまで5回に分けて「起業前にやっておきたいこと」をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
【「かしこい起業家」になるための5つのまとめ】 ・住宅ローンや金融機関などの審査が必要なものは会社員の間にやっておく ・起業の仕方とコスト削減策のアイデアを起業前にしっかり練っておく ・今の職場で得られるものはひとつでも多く得てから独立・起業する ・困ったときの専門家(税理士・弁護士・経営アドバイザー)を確保する ・パートナーや家族と人生の中にある仕事・起業について話し合っておく
  みなさんの独立・起業が順調に進むよう、起業前にしっかり準備して、あなたに合った成功をつかんで下さいね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

監修:戸村智憲氏 (日本マネジメント総合研究所合同会社 理事長)

早大卒。米国MBA修了。国連勤務にて国連内部監査業務専門官、国連戦略立案専門官リーダーなど。 退官後、企業役員として人事総務統括や監査統括、JA長野中央会顧問、経営行動科学学会理事、 上場IT企業JFEシステムズ(株)アドバイザーなどを歴任。1児の父でダイバーシティ経営の指導者と して育児・家事・仕事に取組む。著書30冊・テレビ/ラジオ出演・連載等多数。経営指導・講演/研修・ 著述業の3つの柱で独立起業家として活躍中。URL:http://www.jmri.co.jp/

*専門家プロファイル(http://profile.ne.jp/)にも掲載中。「専門家プロファイル」は約1,000名の専門家の知識を「知る」ことが出来る、直接お願いしたい専門家を探すことが出来るマッチングサービスです。

2016年8月8日

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『女装士』という職業があること、皆さん知ってますか? ちなみにこの記事を書いている僕自身も、取材先としてアントレ事業部から打診をされるまで全くしらない業種?でしたし、なんなら「知らなくていいや」くらいに思っていた世界(女装クラスタ)でした。 が、まぁぜひ食わず嫌いをせずに以下を読んでみてください。 上記の美人さんがどれだけスゴイ人か、ニッチな市場でどうやれば勝っていけるのか。そして自分自身というプロダクトでマーケットに打って出るには、まず何から考え行動するべきなのか。 結構、メカラウロコな内容だと思いますよ。

1人の後ろにマーケットがある。日時まで決めた緻密な計画と決意

―まずはよく聞かれると思うんですけど。なぜ女装専門美容家になろうと思われたんですか?

―保志 もともとは30歳の時に外資系コスメの日本1号店マネージャーとして、お店でメイクをしたり化粧品をオススメしたりしてたんですよ。 で、ある時男性が来店されたんですね。

―男性が?ですか?

―保志 ですです。で、私がメイクを担当していた時に、上司から言われたんです。 「店のイメージが下がるから男性に化粧をするのを今すぐやめろ」って。 私は『なんで?』となってしまって。なんでそんな指示を出すのか意味がわからず、そのままメイクを続けたんです。 後から考えれば、「化粧品売り場のカウンターはブランドにとって看板そのものだから見栄えが大事なんだろうな」ってのはまぁ理解はできたんですけど、やっぱりなんかちょっとモヤっとしたんですよね。 男性も化粧をするんだなっていう気付きと、きっとすごく勇気を振り絞ったんだろうな。という気持ちと。 でもブランド側はそれを素直に「良い!」とは言えないっていうなんとなくな気持ち悪さというか...。

―確かに。なんだかちょっとモヤっとしますね。

―保志 ですよね。で、改めて考えたんです。 きっと来店した男性は、相当の勇気をふりしぼって来た人なんだろう。で、実は勇気が出せないってだけで、彼のような人はもっとたくさんいるんじゃないか。 それって、もしかして誰も手を出せてない大きなマーケットなんじゃないか?なんて考えちゃったんですよ。

―すっごい視点ですね(驚)それで、会社を辞めて独立しようと?

―保志 いいえ。すぐに独立するんじゃなくてまず独立する日時を決めたんですよ。今の知識量から考えると~「5年後の35歳のこの日だな」って。 で、そこから必要な知識を学ぶために、高級化粧品会社へ売り方とか戦略を学ぶために転職し、次に肌とか髭のメカニズムを学ぶ為に美容機器メーカーへ転職。 それぞれの環境でのタイムリミットを決めて全力で吸収して...。 で、35歳の時に計画通り独立した感じなんです。

―日時から決める...ちょ、ちょっとスゴイですね。真似できないかも。

―保志 計画通り進めるチカラというか、間に合わなくてもいいから「この日までにやる」決めてしまうイメージですね。
  • ○○ができるようになったらやろう
  • ■■の知識がついたらやろう
  • △△の経験を積んだらやろう
とかやっちゃうと、とにかくダラダラ長くやろうとしちゃう。それよりは、とにかくギュッと濃縮して勉強した方が覚えるなって。 だから、たとえ35歳になってやりたいこと全部終わってなくても、絶対立ち上げてやろうと決意していたんです。

売ることを極めた先で、売ろうとしたのは『体験』だった

―すごい決意ですね。しかし、それで35歳の時に女装専門美容家として独立されたわけですね。独立されてどうですか?

―保志 うーん。いままでは化粧品という「物」を売っていたんですけど、いま売っているのは、どっちかというと体験...なんでしょうね。 たしかに化粧品も売っているんですけど、その手前のメイクして綺麗になってもらうっていう部分に100%のチカラを使ってるんですよ。 売るという行為の手前に力をそそげば、そこから後は自然と売れるだろうと。欲しくなる前の体験に全力を注いだほうが楽しいんですよ。

―マネジメントも経験し、ビジネスマンとしても一級のスキルをもってるからこそ物を販売するのではなく体験を提供する方が面白いというわけですね

―保志 ですかね(笑) 結局落としちゃうメイクですけど、そこに全力で取り組むことによって綺麗になれたっていう記憶を持って帰ることができるんです。 しかもそれがココでしかできない体験だった場合、お客さんにとっての価値ってとても高いと思うんですよね。

自分にできるかどうか?ではなく「する」か「しない」で考える

―体験に価値をつける...かぁ。確かに、それは事業の強みになりますね。

―保志 ですね。体験に価値をつけるというのは、事業をやりつつげる為にすごく重要なんですよ。 起業して失敗しちゃう人に多いのは、実は事業モデルとかやりかたではなく、そもそもの発想に問題があるケースが多いんです。 自分にできるかできないか?で「何を売るか」を決めてしまうので、競争に負けちゃうんです。 例えるならゴハン食べに行くのが好きだから飲食店できるかもみたいな、ダメそうでしょ(笑)

―それは確かにダメそうです(苦笑)

―保志 できるできないじゃなくて、「する」か「しない」で判断すること。 で、すると決めてから『じゃあ誰に何を体験してもらうのか』。言い換えれば『どんなシチュエーションの人に価値を感じてもらうのか』を突き詰めていく。 そこに自分自身の「失敗」を重ねて強みを作っていけばいいんです。

―失敗?成功の体験...ではなく?

―保志 そう。失敗。 人間、成功した経験ってあんまり正確に覚えてないんです。どうしても盛っちゃうから。 でも、失敗した経験は正確に覚えてる。つまり客観的に「課題」を見つめることができるんですよ。 ビジネスって結局なにかしらの課題解決じゃないですか? 私の場合はそれが『女装癖の男性の化粧をやめろと言われたこと』でしたけど… そういう失敗=課題に対する違和感みたいなものが、事業をやっていく上での強みだったりモチベーションになったりするんですよね。

―めちゃくちゃ心に刺さりました。保志さんの今後にとても興味があるのですが

―保志 実はまだちょっとナイショなんですけど、女装専門の通販を立ち上げている途中なんです。もちろん普通の通販じゃなくて、レンタル型の通販。月契約で借り放題みたいなやつです。 うちのお店に来れる人はいいんですけど、家から出れないお家女装をしている人ってものすごくたくさんいると思うんですよ。で、そういう人達は普通通販するしかないんですね。 でも、そういう人達は友人にも相談できないでしょうし、もちろん女性服のサイズ感なんてわからない。 肩が入らないとかウエストがキツいとかウィッグとかもかぶってみないとわからないじゃないですか?だから、レンタル出来て着れる事がわかってから買えたらいいんじゃないかなって。

―なんと。ニッチマーケットのさらに奥にいる潜在層や表立って言えない層に思いっきり刺さりそうですね。それ。

―保志 でしょ?すごく面白いと思うんです。 まだまだやりたいことだらけですし、私の未来日程はガンガン新タスクが入っていってる真っ最中なんです。 いつか、かつてのオタク文化が日本の文化として浸透したように。女装男子も一つの文化として広めていくことができたら。 きっと、男性がなんの気兼ねもせずにデパートの美容ブースに行ける日も来ると思うんですよ。 私は、そんな未来の文化を作ってみたいんです。

まとめ(というかなんというか)

さて、いかがでしたでしょうか?『女装』というマーケットに対する認識、結構変わりましたよね。 保志さんの夢と野望がまぶしすぎて、格好良すぎて、正直もう取材陣メロメロでした。 実は上記以外にも、尺の都合でカットされた20代の頃のホテル勤務時代エピソード(新卒就職 ⇒ マネージャー昇格 ⇒ 女性差別な業界で奮闘)なんかもあったりするんですが、こちらもなんとかどっかで記事にしたい…。という熱いストーリーがあったり…。 わざわざ仕事の時間を割いてまで時間を作ってもらった僕たち取材陣に対しても、飲み物から部屋の温度から、BGMまで(取材陣の年齢に合わせて世代バッチリな懐メロをかけてくれてました)と、気にかけてくださった保志さん。 とりあえず、原稿上がったら一回飲みに誘おうかと思います! 色々ありがとうございました!
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れいたん: 皆さん、こんにちは!れいたん 今回も前回に引き続き、伊関先生に起業のダンドリについて教えていただきます。 うめちゃん: それでは、伊関先生宜しくお願いします。 伊関先生 : れいたん、うめちゃん、こんにちは。   前回は「起業家の心得」というテーマでお話しましたが、 今回は「起業前に知っておくべき会社の仕組み」というテーマで、「個人事業主と法人の違い」、「会社を設立した後の税金の年間スケジュールなど」をご説明します。  

個人事業主登録と法人設立の違いについて

まず、独立する際に多く方が迷われる点が、個人か法人かという点だと思います。 それぞれの観点から比較をしていきます。

「登録の手続き」について

こちらは個人事業は個人事業主開業届を出すだけに対して、法人の場合は定款認証や登記、各種届け出が必要になりますので、お金と時間がかかります。

「税金面」についてて

個人事業の場合は収入から経費を引いた所得に所得税がかかりますが、法人の場合は経営者の報酬に所得税がかかります。

※残りの部分が法人税の対象となります。また、個人の場合は赤字の繰り越しが3年(青色申告の場合)、法人の場合は9年となりますので、税金面でのメリットは法人の方が大きいと言えます。

「社会的信用度」についてて

昨今の情報漏洩やコンプライアンス強化の流れもあり、一部の大企業などでは取り引きは法人としか行わないなど、やはり法人の信用度が高いというのが事実です。 個人事業か法人かの1つの目安としては、独立後の売り上げが1000万円以上見込める場合は、法人。そこまで到達しない場合は個人事業主としてまずは始めるのが良いと思います。  

税金に関する年間スケジュールを知っておこう

こちらでは、1月決算の会社※を例にご説明しますね。

※小規模企業:従業員数10名未満の場合

まずは年間のスケジュールを図にしていますので、ご覧ください。 - 社会保険料については毎月、 - 1月には源泉所得税、 - 6月は住民税、 - 7月は源泉所得税と労働保険料、 - 12月は住民税、 - 事業年度末2か月後に法人税、消費税 と、1年を通して多くの支払いが発生します。 またそれに伴った必要書類など、毎月のように何かしらの書類を書き提出することになります。 事業運営のお金に関わる全てに言えることですが、信用にかかわる重要なことですので、見て見ぬふりをしないようにしてください。 どのタイミングでどれくらいの出費が発生するのか、自分自身でスケジュール表を作り、予め把握しておくことをおすすめします。  

独立を検討している方からよくいただく質問について

最後に、私が独立検討者向けにセミナーを行った際によくいただく質問について、特に多いものを簡単に説明します。
Q1:在職中に会社を作ってもいいのですか? A1:はい、仕事をしていても会社を作ることはできます。 ただし、所属している企業、団体などによっては就業規則で副業を禁止している場合もありますので、一度確認をされた方が良いと思います。
Q2:法人はどのくらいの期間で設立できるのですか? A2:本人の準備にもよりますが、早ければ2週間くらいです。
Q3:自宅開業の場合、公共料金の経費はどうすればいいのですか? A3:自宅開業の場合の公共料金は経費として扱うことができます。ただし、生活と事業の割合を考慮し、全額ではなく按分する必要があります。
Q4:開業前の領収書の宛名はどう書けばいいのですか? A4:開業前の場合は、ご自身の名前で領収書をもらってください。
伊関先生 : そろそろ時間ですね。以上、2回にわたって「サラリーマン思考脱却講座」としてきましたが参考になったでしょうか? れいたん うめちゃん: 伊関先生、ありがとうございました!すごく分かりやすくて、とても勉強になりました。 うめちゃん: 会社の設立の時や、税金に関することとか、独立したばかりの経営者の方が1人で行うにはかなり大変だと思いました。 れいたん: そうだね!専門的な知識が必要なことも多いし、やっぱりそれぞれの専門家の方に教えてほしいよね。 うめちゃん: うん。でも開業したばかり頃だと、何についてどの専門家に聞いたら良いか分からないし、実際にどのくらいの費用が掛かるのかも分からないから、なかなか直接聞くのは躊躇しちゃうよね。こういうことって専門家の方に気軽に聞いてもいいんでしょうか? 伊関先生 : そうですね、よく専門家に相談するのは敷居が高いと思っている方がいるのですが、実際はそんなことないですよ。 気軽に聞いてくださいという感じです。 れいたん: そうなんですね!心強いです。 伊関先生 : 私たちの場合は相談料というのは基本的にはないので、質問されたくらいで費用は発生しないですよ。 れいたん: 専門家の方を選ぶポイントはありますか? 伊関先生 : できれば全く認識のない専門家に聞くよりは、セミナーや交流会などで名刺交換をした、一度でも面識のある専門家に質問する方が良いと思います。ある程度の質問するそばの情報があれば、実務レベルで回答できる場合が多いですから。 うめちゃん: なるほど、セミナーなどで知り合った専門家の方に気軽に聞いても大丈夫なんですね! じゃあ、セミナーとかいろいろ行ってみた方がいいですよね? 伊関先生 : いや、そんなに行かなくても、私はいいと思っています。けっこう、多くのセミナーに参加されている方いますが、けっきょく参加することが目的になっている場合が多いですね。 学びや出会いも大切ですが、起業セミナーに参加した後のゴールは起業することですから。「学んだことを活かして実践あるのみ」だと思います。 うめちゃん: 確かにそうですね 笑 何でも行動するのが大事ですね。 れいたん うめちゃん: 伊関先生、2回にわたって教えてくださり、ありがとうございました!  

講師プロフィール:伊関淳氏(株式会社Sounds Great 代表取締役)

起業支援コンサルタント/行政書士/社会保険労務士

18年間にわたり日本ヒューレット・パッカードにて、大手企業向けシステムの営業および営業マネジャーを歴任。 42歳のとき、IT業界から士業界への異例の転身。現在、年200件以上の起業家支援を継続中。その他、賃金・退職金規定や就業規定や就業規則の改定などを中心に、中小企業向けの労務アドバイザーとしても活躍中。

<主な著書> 「サラリーマン3.0」KADOKAWA中経出版 「起業して3年以上続く人とダメな人の習慣」明日香出版

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埼玉県・西川口。 ここに、ひと教室の生徒数が20〜30人と言われる中で、150人を超える生徒を抱える人気ボーカル教室があります。 代表を務めるのは、本山nackeyナオトさん。業界内で「カリスマ」と呼ばれるボイストレーナーです。 「声のプロ」として、多くの生徒を指導する本山さんに、これまで歩んできたキャリアと、思い描く未来図について語っていただきました。

フランチャイズでの音楽スタジオ経営は順風満帆...とはいかず。会社員として“リスタート”

―この音楽スタジオは、立ち上げてから何年になるんですか?

―本山
早いもので、25年になりますね~!

―25年!結構、長いですね!ずっとボイストレーナーとして生計を立てていたんですか?

―本山
実は、僕、元々はプロミュージシャンとして活動してたんです。音楽活動と並行して今の音楽スタジオを開いたのは25歳の時。銀行からゼロが7つくらいになる金額を借りて、フランチャイズの1店舗として立ち上げました。 最初は貸しスタジオだけでしたが、人に教えることが好きだったのが講じて、ボイストレーニング指導もするようになりました。最初の数年はお客さんが良く入っていたのですが、そのうち利用者も減ってきて、月の売り上げが10万円を切るくらいカツカツになってしまったんです。

―それでもスタジオを閉じるという決断には至らず?

―本山
とても食べていけるような収入ではなかったんですが、好きだから続けられていました。ただ、当時は歌手の仕事もなくなってしまって、いよいよ、これじゃ生活していけないぞ、と。だから一度、会社員として就職したんです。

会社員はつらかった。けれど大好きな音楽指導は続けられた

―ボイストレーナーと並行して、会社勤めも!ハードですよね...ちなみにどのようなお仕事を?

―本山
眼科病院の検査員だったんです。

―え?(笑)

―本山
ね、似合わないでしょ(笑)。しっかし、薄給激務でストレスフルな毎日でしたよ。それでもボイストレーナーの仕事は好きだったので、土日を使って指導を続けていましたね。 ただ、勤めて数年後にクビになってしまいました。しかもストレスが影響したのか、膀胱ガンにもなってしまったんです。ずっと痛かったんですけど、当時は忙しすぎて病院にも行けなくて。 病院にかかったときは、もうステージは4で。

―ステージ4…...? 末期ガンじゃないですか!

―本山
激務から解放されて安心しちゃったのか、急に症状が悪化したらしくて。診察したその場で緊急入院ですよ。

抗がん剤と音楽の力で、末期のガンを克服??

―今は健在ですし、克服されたんですよね?「ステージ4のガンから復活!」なんてすごいエピソードです。

―本山
何とか完治させましたよ。今はとっても元気!もちろん抗ガン剤が効いたからですけど、自分のアファメーションのおかげでもあると思ってます。

―アファメーション?

―本山
アファメーションというのは、「自分を勇気づける」こと。「絶対治る。絶対治る」って自分を洗脳しちゃうんです。薬がガン細胞をやっつけるイメージをしたりして。 結局ね、気持ちだなぁと。これ、僕が好きな歌とも同じで。 自信があれば歌唱力は上がるし、逆に「ダメだな」と思うと、歌えなくなる。歌の指導を通じて、「精神がいかに体に影響を及ぼすか」を実体験として知っていたから、頑張れました。

ボイストレーナーは幸せな仕事。スポーツ選手と同じように、人気ランキング1位にしたい

―す、すごい・・・ちなみに、ガンを克服した後はどうされていたんですか?

―本山
ガンで命を落とす寸前まで行って初めて、「自分のやりたいことを我慢してる場合じゃない」と気づきました。自分の人生を何に懸けたいか、自問して浮かんだのは「音楽」と「教育」で。大好きな音楽をもっと真剣にやりたい、そして人を育てたいと。 ガンを克服した後は、ボイストレーナー業を改めて真剣にやり始めて、ありがたいことに生徒さんがどんどん増えていきました。今では西川口校だけで150人が在籍しています。

―2ブースのスタジオなのに、生徒が150人って結構な数ですね!それだけ多くの生徒さんをどうやって指導されているのでしょうか?

―本山
実は、僕の教え子のプロミュージシャン達が指導を担当してくれているんです。どんどん良いトレーナーが育っています。でも、まだまだ数は少ない。僕はこれから、質の良いトレーナーを全国で育成したいと思っているんですよ。

―「全国で育成する」って、具体的にどうするんですか?

―本山
僕は今、「日本音楽講師協会」という団体で代表理事をしています。地域ごとに指導者として「協会理事」をおいて、その人にボイストレーナーの育成を担ってもらっています。生徒さんへの指導法や集客法といった、僕がこれまで積み上げてきたノウハウの共有もしているんですよ。 「将来の夢はボイストレーナー」という子供達がたくさん出てきてほしいですね。スポーツ選手と同じくらい人気の職業にしたいんです。

―「自分の仕事に憧れる人を増やしたい」って素晴らしいですね! 

―本山
ボイストレーナー業界では、競合同士で潰し合っちゃうこともあるんです。そんなことをしていたら、いつまで経っても業界が発展しない。だから僕は、全国のボイストレーナー達が手を取り合える仕組みを作りたいんです。

いつ死ぬかわからないから。どんな時でも、好きなことをやり続けろ!

―まさに好きなことを突き詰めた結果ですね。最後になりますが、本山さんが考えるキャリアの選び方を教えてください。

―本山
自分のキャリアに迷っている人に伝えたいのは、「とにかく好きな事をやれ!」ということです。我慢する必要なんてないんですよ。 私の場合は、辛い会社員時代も、末期ガンとの闘病時代も、大好きな音楽にずっと関わってきました。好きなことをやり続けた結果、今があるんです。

我慢せず好きなことを追求する。それがいつか実を結ぶことを信じて

つらい状況で未来が見えない時でも、大好きな音楽をに関わり続けてきたからこそ、今では一流のボイストレーナーとしての地位を築いた本山さん。 彼の信念は「我慢しないで好きなことを続けること」。すぐに実を結ばなくても、継続が今後のキャリアのきっかけになることがあるのかもしれません。
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法律関係の研修は積極的に参加するべき

あなたが会社勤めしている方なら、お金は会社が出してくれてもイヤイヤ受けさせられるような研修は苦痛なものかもしれません。でも、あなたが社長・トップとして経営・仕事するようになると、研修の参加にもお金がかかります。 また、コンプライアンス研修などは退屈と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、トップとして経営するなら「法律関係の話はわが身を守るため」にもしっかり聞いておきましょう。 一社員として仕事をしている上では、よほどの不正がない限り、「使用者責任」として一社員のミスは最終的には今の会社の社長が全責任を負うことになっています。 逆に言えば、あなたが社長やトップとして仕事をし始めると、パート・アルバイト・派遣社員さんなどや正規社員として雇った方々の全責任をあなた自身が背負って、賠償金を支払ったり罰則を受けたりすることにもなり得ます。 「どんな法律のどんなことに気を付けておくべきか」、自分が社長・トップになったら、「従業員はどんな不正や事故や手抜きをしそうか」について、会社員である今のうちによく整理・理解して対策を打てるよう検討しておくと安心です。  

起業後のマナー・コミュニケーションを見据えて

また、法律関係の内容だけでなく、マネジメントやコミュニケーションやマナーなど、しっかり受講して理解しておくことで、あなたが起業して部下を指導する際に役立つことでしょう。 会社側がダイバーシティ経営の一環としても受講を歓迎しやすいような、女性のためのマネジメント講座・リーダーシップ講座・管理職になるための講座なども、これまでよりも女性視点で学びやすくなっています。 上場企業役員から中小企業・ベンチャー企業の社長さんへの指導などで、実際に経営陣のマナーやコミュニケーションの仕方が悪くて、商談に失敗したり余計なクレームを抱え込んでいたりする方々が少なからず見受けられます。 「これから起業する」=「今の会社で学んだことを活かして今の会社より良い経営・仕事をする準備期間」ですので、将来を見越して積極的に学んでおきましょう。  

福利厚生制度も会社員ならでは

独立・起業すれば、あなたががんばって働いた分だけ儲かる一方で、あなたが休んでいる間はお金が一銭も儲からなかったりするため、生活費・経費はドンドン支払に消えていく場面にも直面することもあるでしょう。 有給休暇や育休・産休・介護休業などの制度は、休みながらにして今の会社からお金をもらえて、プライベートの充実や幸せな家庭づくりができる絶好の制度です。 起業前だからこそ、もちろん休んでいる間にサポートしてくれる同僚に配慮しつつも、遠慮なく会社の制度は活用しておくべきです。 会社が社内保育所や保養所や福利厚生(レジャーなどでの格安の利用料やお得な割引特典など)があれば、そういったものも起業後はあなたの投資したお金がなければ利用できないものですので、積極的に活用しておくと良いでしょう。  

今の会社=「生きた組織運営」を学べるチャンスです

また、あなたが会社のトップになれば、就業規則やいろんな規程類を整える必要に迫られることでしょう。 ちょっとめんどくさいかもしれませんが、今いる会社の就業規則や規程類をみておいて、「どんな規則・規程・手続きが必要か」について、起業前に実際に既に会社として存在している組織運営の生の実態を理解しておくようにしましょう。 確かに、市販本でも就業規則などのひな形が販売されていますが、わざわざ起業後にお金を払って本や資料を買わなくても、今、目の前に実物があるわけですから、しっかり学んでおくことで起業後にかかる余計なお金を省きましょう。 かしこい起業家となるための第一歩として、今の環境をうまく活用して、学べることを積極的に学んでからの起業をおすすめします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

監修:戸村智憲氏 (日本マネジメント総合研究所合同会社 理事長)

早大卒。米国MBA修了。国連勤務にて国連内部監査業務専門官、国連戦略立案専門官リーダーなど。 退官後、企業役員として人事総務統括や監査統括、JA長野中央会顧問、経営行動科学学会理事、 上場IT企業JFEシステムズ(株)アドバイザーなどを歴任。1児の父でダイバーシティ経営の指導者と して育児・家事・仕事に取組む。著書30冊・テレビ/ラジオ出演・連載等多数。経営指導・講演/研修・ 著述業の3つの柱で独立起業家として活躍中。URL:http://www.jmri.co.jp/

*専門家プロファイル(http://profile.ne.jp/)にも掲載中。「専門家プロファイル」は約1,000名の専門家の知識を「知る」ことが出来る、直接お願いしたい専門家を探すことが出来るマッチングサービスです。

2016年7月11日

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「このネイルサンプルの可愛さについて教えてください。」 この質問に対して、サンプルを持って苦笑いをしているのは、佐藤直幸さん(29歳)。都内に14店舗を構える人気ネイルサロン「ティ-エヌ」の国立店オーナーです。 サロンオーナーとして日々奮闘する佐藤さんですが、聞くところによれば、「ネイルを頑張りたいんだ!」という思いはまったくないとのこと。ネイルに興味がないのに、どうしてネイルサロンのオーナーに? 一体どんな経緯があるのでしょうか。 今回は、フランチャイズでの店舗経営にいたるプロセスから、内に秘める野心まで、包み隠すことなく、本音で語っていただきました。

今までしたことがなかった店舗販売に挑戦。フランチャイズでのサロン経営は経験を積むため

まず始めに聞きたいのはもちろん、「なぜネイルサロンを経営しているのか」ということについて。 —佐藤 ひとことで言えば、「やったことがなかったから」ですね。私は学生時代から、自分で会社を創りたい、事業を始めたいと思っていました。 そのためにも、まずは自分の店舗を持って、そこで商材を売るという経験をしておきたかったんです。 これまでの仕事では、顧客に営業をするだけで、お店に来てもらうという経験が全く無かったので。プッシュは出来ても、プルが出来ないという状態だったんですね。 —佐藤 ネイルサロンチェーンのティ-エヌを選んだのは、資金面のハードルが低かったこと、本部の考えと自分の求めるものが合っていたことが大きな理由ですね。 ティ-エヌは他のフランチャイズと比べて、各店舗の裁量が大きいです。商品の発注、キャンペーンの実施、クーポンの発行、料金の設定なんかも、一定のルールを守れば、独自で出来ます。いち事業主として色んな工夫を試せるんですよ。マニュアル通りではない経営をさせてもらえるので、本当にやりやすい。 そこまで任せてくれるとは、意外とゆるいんですね...! 店舗販売の経験を積みたい、という佐藤さんにとっては、願ってもない環境です。 さて、なぜネイルサロン経営を始めたのかがわかったところで、「いずれは独立したい」と語る佐藤さんがこれまで歩んできたキャリアについてもお聞きしていきます。なかなかの紆余曲折がありそうですよ。

時給はまさかの500円、ひたすら太陽光パネルの訪問販売をしていた新卒時代。3年後には新興ベンチャーの経営層に

—佐藤 新卒では太陽光パネル販売のベンチャー企業に入りました。ベンチャーで実践的な経営を学びたかったので。ただ入ってみたら、やることはひたすら訪問販売。個人宅を1日で100軒〜200軒回っていました。 休みは月3日くらい、残業代も出ないような状況で、ある日時給を計算してみたらたったの500円でした。あ、これはヤバいなと。ただその時は「なんてあくどい会社だ、辞めてやろう」とは全く考えませんでした。この経験は必ず将来に役に立つと思っていたので。おかげで話術も精神もバッチリ鍛えられました(笑) 忙しすぎる中でもそこまでポジティブに考えられたのは、やはり「自分で事業を始める」ことを見据えていたからでしょうね。 まあでも、25歳の時にその会社が潰れてしまったんですよ。 その後は、その会社の専務が太陽光のベンチャーをやるということで、とりあえず最初くらいは付き合ってあげようと思い、その人の右腕として立ち上げに携わりました。1社目は営業、外回りが中心でしたが、2社目は営業ではなく、中の仕事ですね。経理とか事務とか。経営層に入れてもらえたというのは良い経験でしたが、この会社も長くは続かず。1年半くらい経って、ノウハウを十分学んだなと思ったタイミングで辞めましたね。 25歳でベンチャーの経営に携わるとは、すごい経験をされています...! すでにベンチャーで「事業の伸ばし方」を学び、同時に「伸びていった事業が死んでいく様」も間近で見ていらっしゃる。若くして「こういう風にしたら事業が死ぬ」というのが見えているわけです。これは強い。 ここまでの経験を積まれていると、これから何かやろうとなった時は、地に足をつけて、あれやって、これやってと出来そうですよね。 訪問販売で営業力をつけた。ベンチャーの立ち上げで経営側としての知見も得た。そんな佐藤さんが見据えている「具体的な目標」とは果たして、どのようなものなのでしょうか?

農家と販売店舗、消費者を直接つなぐ農業コンサルティングファームを創りたい

—佐藤 ゆくゆくは農業ビジネスを立ち上げたいと思っています。 実は私、東京農大の出身なんですよ。農大に進学したのは、単純に興味があったからというのもありますが、農業ビジネスはこれからの時代面白いかな、と思ったのが大きいですね。 僕が大学生だった10年前は、JAに流通を全て任せるのではなく、個人で売ったりとか、お店の方に直接おろすとかっていうのが、流行り始めていた時期でした。いずれ独立するとして、農業ビジネスはうまくやれば大きな可能性があるなと。ただ、自分で農業をやりたいわけではないんですけどね。 農大のご出身! ただ、今のところ農業に興味があって農業ビジネスをやりたい方のお店にいるとは思えませんが(笑) 確かに農家さんがJAに依存していることが問題になる一方で、楽天で上手にネット販売しているイケてる農家さんもいます。楽天のサイトで汗だくだくのおっちゃんが「ウチの牛乳だぞー!」ってどーんと載ってると、多分うまいんだろうなって思っちゃいますし。 ただ、佐藤さんは自分で農業をやるつもりはないとのこと。具体的なビジネスの形としてはどうなるのでしょうか? —佐藤 一部はネットを使って上手に営業をしているんですが、基本的に農家さんは営業が下手なんですよ。そうした農家さんの販売のチャネルとして、サイトを運営するなり営業代行するなりでも良いんですけど、農家さんとお店、農家さんと消費者を直接つなげたいですね。 今って、農家さんの代わりに営業代行をするところしか無くて、物は届いていても間にある「生産者の情報」が全然消費者に届いていない。結局、野菜が八百屋さんとかに並んでるだけじゃないですか。誰が作ったのかもわからないのに。じゃがいもが木になっていると思っている子がいるくらい、消費者と現場が遠いんです。 生産者の情報がきちんと伝えられる「農業コンサルティングファーム」があれば、農家さんと消費者をつなげられるだけでなく、担い手不足が問題になっている農業を若い人が見直すきっかけも作れると思うんです。 言われてみれば、農家さんの情報ってそうとう興味がないと調べませんね。個別にホームページがあるわけでもないので、仮に調べたとしても詳しい情報なんて多分わかりやしません。 販売のチャネルを提供してくれて、そのうえ1軒1軒の農家さんが、どんな風に作っているのかという情報をきちんと伝えてくれるコンサルティングファームがあったら面白いですね!

実にシンプル。目的から逆算して最適解を選ぶ、ブレのない姿勢

ゆくゆくは農業ビジネスをやりたい、ただその前に、店舗販売の経験を積んでおきたいと考えていた佐藤さん。 例えば、2社目を辞める時点で、フランチャイズではなく、店舗販売の経験ができる他企業に転職という選択をする可能性はなかったのでしょうか? —佐藤 うーん、転職は全く考えなかったですね。店舗ビジネスのノウハウがあるところに加盟して自分でやった方が、手っ取り早くノウハウは積めるかなと。さきほども言った通り「やったことがなかったからやってみる」という感じです。あくまで店舗販売の経験を効率よく積めるかが第一だったので、ネイルを選んだ理由を聞かれても良くわからないですね(笑) 正直、未だに興味はないので。 強みが生かせて、好きで、と出来ることを指折り数えていって、だったらここなら勝負できる、っていう決め方をすると選択肢が狭まっちゃうんです。「やったことがない」から、その経験を得るために飛び込んでいけば良いだけ。なりたいものがあって、これが必要で、その必要となるスキルを得るためにはこういう経験をしなければならない、だからこの事業をやる、っていう。自分でも単純だなと思います(笑) ご自身のキャリアというより、実践的なスキルを得るうえでティ-エヌのフランチャイズ経営を選択したということなんですね。その商材がたまたまネイルだったというだけで。 それにしても「未だにネイル興味ないです」はストレートでいいですねー(笑)

10年後は何をしているかはわからない。でも5年後はわかる。いや、やっぱり5年も待てないかも

—佐藤 やりたいことは見据えていてもさすがに10年くらい後のことまで考えられているわけではないですけどね。ただ5年後には農業ビジネスをやっていたいです。今29歳ですが、35歳くらいまでには。 ただ、5年じゃちょっと遅いような気がしますね。多分そこまで待てない(笑) 思いついたらやってしまうタイプなので、良いかなと思ったら、もう少し早くやっちゃうかもしれないです。 5年後に何やってますかって聞いたときに、農業ビジネスをやっていたいけれども、多分もっと早くなんとかしちゃいますって答える。 少年の様に真っ直ぐに目標に向かっているからこそ、出てくる言葉ですね。 お話しを聞いていると、何だかワクワクしてきます。

まとめ

10年後を聞かれてハッキリと答えられる人はそういないでしょう。 ただ5年後を聞かれた時に、何かぼんやり目標があるとして、あなたはそれをハッキリ口に出来るでしょうか? 「今自分ができること」から選ぼうとして、選択肢を狭めていませんか? それって実は、自分の目標を直視していないことと同じ。佐藤さんは目標に対して正面から向き合って、そのための「投資」としてフランチャイズ経営に挑戦しています。 時間とお金を投資して「経験」を買っているのです。自身のこれからのキャリアを考えるうえで、興味がある領域、自分の強みが生かせる、なんていう縛りを一度取っ払って、「やったことがない」ことをあえて経験してみることは大切。 そう考えたら「自分にもこんな選択肢があるかもしれないぞ......!!」と思えてきませんか? 佐藤さん、お話しありがとうございました!
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男性は仕事へ行き、女性は家を守るといった構図が壊れた現代。その結果、家庭を守るだけでなく、積極的に社会に進出して活躍するといった、自分の人生を自分の足で歩んでいる女性が増えていることを実感されている方も多いのではないでしょうか? そうとはいえ、何が起こるかわからないこの現代社会において、自分の力だけで食べていけるように準備をしていなければ、自分が理想とする生活、そして人生は手に入らないかもしれません。 今回は、株式会社アクションパワー代表取締役社長、大津たまみさんの例を参考に自分の中に隠されている、独立の種の見つけ方をご紹介します。独立や起業を考えている方はもちろん、何かあったとき自分の力で食べていけるようにしたいと考えている方は、必見です。

「雇ってもらえないなら、自分が起業するしかない」― 離婚後のひっ迫した生活から見いだした、起業への道

出典:http://www.action-power.net/ 家事代行サービス、ハウスクリーニングを営み、働く女性をサポートする会社としてメディアにも数多く取り上げられている、株式会社アクションパワー。同社の代表取締役社長を務める大津たまみさんが起業した背景には、離婚と再就職への困難がありました。 子どもが9歳のときに離婚をした大津さんは、子育てをしながら再就職先を探していました。しかし、選考はすべて不採用。前年度の所得によって、生活保護も受けられないために生活は逼迫していました。 そこで大津さんは「雇ってもらえないなら、自分が起業するしかない。女性に優しい会社がないなら、自分がつくる」と決心し、その日のうちに事業計画を考え始め、書き出していきました。

未来を考えるのではなく、過去を見つめなおす― 今の自分ができることを探すのが、起業への近道

現在のアクションパワーのメイン事業は「家事代行サービス」と「ハウスクリーニング」。女性のワークライフバランスを推進するなど、事業内容は事業計画を書き始めた時から、さほど変わりませんが、事業種目に関しては、現在の「お掃除」とは遠くはなれた人材派遣や就業支援を掲げていました。 その時のことを、大津さんはこう振り返ります。 「結局、ワケわかってなかったんですよね(笑)。気持ちだけが先走っていて。自信もないし、自分に何ができるかわかっていなかった。だから、新しく資格を取って、事業を始めるとか、地に足が着いていないことばかりを考えていました。」 独立をするにあたり、ついつい勘違いしてしまいがちなのは「これから何かを学ぶor身につけなければならない」ということ。 「これから何か資格をとって、これから何か始めてみて」というのは一見正しい考え方のように感じますが、実は大きな落とし穴があります。それは、今の自分には何ができるのかと、自分の過去を振り返るのをやめてしまうことです。 大津さんが当初、事業プランを地元の先輩起業家に訪ねに行った際「あなたのできることが何も書いてない」と一喝されたといいます。事業を立ち上げる未来のことではなく、今、自分に何ができるのか。それが起業をするための第一歩なのです。

お掃除→家事代行・ハウスクリーニングへ― 60人以上にプレゼンして見えた、あるべき自分の事業の姿

「今の自分にどんなことができるのか」―そこに視点をおいて、大津さんが出した答えが、「お掃除」でした。大津さんはこれまで家庭ではもちろん、かつての仕事でもずっと「お掃除」をしてきました。 その「お掃除」をテーマに、再度事業計画を練り直し、大津さんは実に60人以上の知人に相談したといいます。そして人に話せば話すほど、自分がずっとしていた「お掃除」から、次第に「家事代行」「ハウスクリーニング」という具体的な事業計画が見えてきました。

「環境・理想・人脈・能力」―大津さんを支えた4つの独立資源

ここまで、大津さんの独立のエピソードをご紹介してきました。大津さんには大きくわけて、4つの独立に必要な資源があったと考えられます。ここではその4つの資源を紹介していきましょう。

子どもや家族の存在

自分の子どもや家族の存在を重荷に感じている人も多いですが、大津さんの場合は1番のモチベーションだといいます。できるだけ子どもや家族の近くで仕事がしたかった。 自分が作った会社では、会社への子どもの出入りなどをなるべく緩和して、働くお母さんがなるべく家族との時間を取れるようにしました。そうした子どもや家族の存在も、大津さんの重要な独立資源のひとつです。

「女性が働きやすい環境を作る」という理想

家事をして、仕事もして、子育てもしなければならない女性が社会の中で活躍するのはなかなか難しいです。大津さんにとって、女性が働きやすく、社会に貢献できるような会社をつくるというのは、事業計画を立てた当初からの目標でした。 当初のように、人材派遣や就業支援は「今、私にできること」という観点からは逸れていました。そういった意味でも自分ができる「お掃除」というところに着目できたのは大きなポイントです。

相談した人は60人以上!いざというときに頼れる人脈

当初の事業プランにダメ出しをしてくれた地元の先輩起業家をはじめ、「お掃除」にフォーカスをしてからは実に60人以上の知人に事業をプレゼンしたといいます。 もちろん全員が起業家ではないでしょうし、中にはビジネスと全く無縁の人もいたのでしょうが、様々な人の角度から自分の考えにアドバイスをもらうことは極めて重要です。

1番身近なお掃除ビジネス

元夫のビルメンテナンスの手伝いを7年間していました。その上家庭でも、ずっと家事として掃除をしていました。大津さんにとってこの「お掃除」が自分にとって1番できることだったのです。このように自分が1番できること、得意なことに目を向けることが、起業を支える重要な要素です。

眠れる独立資源を掘り起こすのに必要なのは、周囲の人の声にあり!

ここまで大津さんの独立のエピソードを振り返って、特に重要なポイントだったのは周囲の人にアドバイスによって、自分の隠された独立資源が浮き彫りになったことです。先輩経営者に、自分の事業計画に関するアドバイスが聞けたのも大きなポイントでした。 また、経営者だけでなく老若男女様々な人にアドバイスを聞くことで、スキルや得意なことはもちろん、大切にしたい価値観など、自分に隠された独立の種が見つかるはずです。 何かあったときに、自分だけの力で食べていくために、まずは自分の独立の種を周りの人に相談してみてもいいかもしれません。
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「SUGAR DROP」竹内絵美子さん

アントレ編集部がやってきたのは、 ゆったりとした時間が流れる湘南地区・鵠沼海岸

取材地は、湘南のサーフポイントとして知られる鵠沼海岸。 夏場はサーフィンや海水浴に訪れる人たちで賑わうそうですが、取材日である初夏の一日は、街もどこかのんびりとした雰囲気。住宅街のなかに、小さなカフェや雑貨店が立ち並び、ゆったりとした時間の流れを感じる、暮らしやすそうな街です。

自宅キッチンを改装して、 オーダー制のスイーツを製造販売

駅前で竹内さんと待ち合わせ、鵠沼海岸駅前にある「カブトスカフェ」(http://www.kabutos.jp/cafe/)さんで、お話を聞くことに。カフェの店内は落ち着いた雰囲気で、ゆっくり会話ができました。 今回お話を伺うのは、この街で生まれ育ったという竹内絵美子さん。 自宅のキッチンを改装した工房で、オーダー制のスイーツを製造販売しています。 お子様は中学3年生と中学1年生の男の子、小学6年生の女の子。3人ともサッカーをしているそうで、「子供たちの応援で日焼けしてしまって」と笑う姿がとても親しみやすい雰囲気の素敵な女性です。取材を受けるのは初めてのようで、少し緊張されているようにも感じます。

お誕生日会で作ったケーキがママ友の間で評判に 見た目だけでなく、素材や味へのこだわりも

――お菓子作りは昔から好きだったのですか?

「はい。小学生のころから母と一緒にケーキやクッキーを作っていました。自分の想像通りにでき上がるのが嬉しくて、子どもながらに“達成感”を得られる喜びを感じていました(笑)。短大で栄養学を学んだのですが、栄養士として就職するよりも、やっぱりお菓子作りの仕事をしたいと思い、日本菓子専門学校に入学。卒業後は西鎌倉や葉山の洋菓子店で4年ほど働きました」

25歳の時に結婚、長男出産を機に家庭に入りますが、子供の誕生日会で作ったケーキがママ友の間で評判に。「うちの息子の誕生日にも作って」「友人のウェディングケーキを作って」とジワジワとオーダーが増え、口コミで広がっていったのが始まりだそうです。 これまで竹内さんが作られたケーキの写真を、いくつか見せてもらいました。 サッカーボール型のケーキ、人気キャラクターをマジパンやチョコレートで立体的に表現したケーキ、茅ヶ崎の建設関係の会社の新社屋完成記念に作った、会社のロゴマーク、工事現場、ヘルメットをかたどった3種のケーキなど、どれもとっても繊細なつくりでオリジナリティに溢れています。 こんな世界に一つだけしか存在しないケーキを届けてもらえたら、誰もが笑顔になりますよね。竹内さんのケーキが口コミで広がっていったというのも納得です。 お客様からは「普通のお店にはなかなか頼めない細かいオーダーにも応えてくれるので嬉しい」「作り手の顔が見える、という安心がある」との声をいただいているそうです。 もちろん、見た目のかわいらしさだけでなく、味や素材にもこだわっています。 「ハワイアンイベントでは、パッションフルーツ味やマンゴー味、ライチで海をイメージしたマーブル模様のマカロンを作りました。テーマに合わせて形や味を考えるのが楽しいですね。また、保存料はいっさい使わず、子供が口にしても安心な材料を使っています」

喜んでもらいたいから…。 一つひとつのオーダーに丁寧に向き合う

――もう一度、お店で働くという選択肢はありませんでしたか?

当時は、子育てと製菓店勤務の両立は難しいのではないかと思っていました。 お菓子づくりはハードワークですし、労働時間的にも厳しいのではないかと…。 ただ子育てがひと段落したころ、少しでもお菓子に携われるかと思い、レストランのキッチンスタッフのアルバイトを始めました。最初は調理補佐や洗い場からのスタートでしたが、お菓子作りができるということで、ウェディングケーキなどにも関わるように…。 時を同じくして、オーダーの仕事も少しずつですが増えてきたこともあり、 思い切って、そちらに集中することにしました」 現在は、家事や育児とのバランスを重視し、口コミの他はFacebookで情報をアップするくらいしか宣伝活動はしていないそう。クリスマスや卒業シーズン、イベント用の大口注文が入った時は忙しくなりますが、通常は週に3回程度、バースデーケーキなどの注文を受けるペースで働いています。 「収益はそれほどありませんが、心の余裕がなくなるよりも、一つひとつのオーダーに丁寧に向き合いたいと思っています。毎回、初めて作るものばかりなので、『イメージ通りにできるかな?』というプレッシャーはありますが、『おいしかった』と喜んでもらえたり、『またお願いします』とリピートしてくださるのが励みになっています。そうえば、中学生の女の子がご両親に内緒で結婚記念日用のケーキをオーダーしてくれたこともあるんですよ。何だかホッコリしちゃいますよね」 自身も3人のお子さんをお持ちなので、こんな思いのこもったオーダーに精一杯応えてあげたのだと、想像できます。お話をお聞きしていると、どのエピソードもとても嬉しそうに語る竹内さん。 すべてのオーダーに対し、キチンと受け止めて、丁寧に制作されているんだと感じます。

尊敬する豆腐職人から学んだ、続けることの大切さ

そんな竹内さんが「職人として尊敬しています」と話すのが、近所の「大久保豆腐店」のご主人。御年84歳。60年以上、豆腐作りをしてきた大先輩です。子供のころからこちらのお豆腐を食べてきたという竹内さん。 ご友人がこちらのお店のお嫁さんという縁もあり、去年からおからドーナツを店先で販売しています。 月に2回、夕方16時30分前後からの販売。フレーバーは、プレーンやチョコレート、抹茶など、日によって異なる。住宅街に揚げたてドーナツのいい匂いが漂うと、ご近所さんが集まり始め、店先にはあっという間に行列が。 小銭を握りしめてやってくる小学生や中学生の姿も。 気軽につまめる小さめサイズで、10個、20個とまとめ買いする人が多く、400個が2時間足らずで売り切れてしまうという人気ぶりです。 夕暮れ時、お豆腐屋さんの店先に大人も子供も集まって、みんなで揚げたてをパクリ。おいしい笑顔が広がっていく…。なんだか、とてもいい光景だなぁとしみじみしてしまいました。 「一人ひとりのお客様と向き合って、顔が見える関係を大切にしたい」そう語っていた通りの竹内さんの姿がそこにはありました。 「お豆腐屋さんのご主人は『死ぬまで豆腐屋です』といつも話していて、その職人魂は本当にカッコいい!同じことをずっとやり続けるというのは、簡単なようで難しい。でも続けていれば、必ず見てくれている人がいる、花開く時がくると信じています。今は家庭と仕事のバランスを大切にしたいと思っていますが、いずれ子供たちが巣立って自分の時間がもっと持てるようになったら、新たなチャレンジもしてみたいですね。」
【プロフィール】

竹内絵美子さん

1974年、神奈川県生まれ。短大の栄養科、日本菓子専門学校を卒業。鎌倉や葉山の洋菓子店に勤務後、出産のため退職。子育てしながらお菓子を作り続け、2015年、菓子製造業営業許可を取得し、自宅キッチンを改装。オーダー制のスイーツ工房「SUGAR DROP」を本格スタート


取材・文/和泉ゆかり(株式会社サンポスト)  撮影/四宮義博  取材協力/カブトスカフェ、大久保豆腐店

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「人生の大半は仕事で埋まる」 言い方は違えど、似たような格言だか名言だかは、しょっちゅうあちこちで耳にします。要するに「仕事が上手く言ってないと、人生しんどいよ」みたいな意味だと思うんですが、そうは言うものの...
  • 仕事がしんどいのは当たり前
  • 人間関係がめんどいのはしょうがない
  • 辛いのは自分だけじゃない
こんな感じの仕事観を刷り込まれて育ってきてしまった僕らにとって、やっぱり仕事ってどこか若干ネガティブな要素として人生に組み込まれがち…だったりするんですよね。 めんどくさい人間関係をすり抜けて、なんとかタスクをこなしてお昼休みが唯一の癒やし…なんてことになってしまってる人、多分、少なくはないですよね?

今回の主人公は、丸の内OLから突如「ふすま屋」に転身した28歳女性

で、今回のゲストは元某テーマパークのショーパフォーマーにして元丸の内OLという村上さん。 そこからどうしたものか、ふすま屋フランチャイズ【金沢屋】で独立することを決断?! 「人生を大きく変えたら、思いっきり笑えるようになった」という、彼女にスポットライトを当て、お話を伺ってきました。

どうしても馴染めなかったOL時代。癒しは、木の枝を一つひとつ数えること

―さて、ザッとキャリア…というか経歴を拝見したんですが、相当、ムチャクチャですよね(笑)。村上さんは、なぜこんな(一般的には)無茶なキャリアになったのか。伺ってもいいですか?

―村上 あははは(笑)! ですよね?ショーのパフォーマーにしたって、丸の内での仕事にしたって、結構な倍率だったって聞いてますし。普通に考えたら「なんで?!」て話ですよね。 そんな大層な理由なんて無いんですが、もう単純に「駄目だ!馴染めない!」て思っちゃったんですよ。本当、それだけだったんです。 もちろん、今の私を形成する大事な要素ですし、当時の仕事そのものを卑下するなんてことはしません。が、私にとって「楽しくない」と感じていたのも、また事実だったんです。 ほら、あるじゃないですか。職場の人間関係を見ながら、「誰それと飲みに行くなら○○さんも呼ばなきゃおかしい」とか、「さんに話を通すならまず△△さんと協議しなきゃ...」みたいな。 当たり前にできる人も、もちろんいっぱいいますし、それが『大人の常識』ってことはわかっています。でも、どうしてもそういう面倒くさいのが嫌いで(苦笑) もう本当、お昼休みが唯一の癒やし。癒しと言っても、皇居に行って木の枝を一つひとつ数えたり...退社して自宅の最寄り駅につくと、自然に涙がツツーって出てきちゃう...みたいな。

―お、おおう。それはまた…結構限界までキてますね。それは、ショーのパフォーマーをやられてる時も?

―村上 うーん、やっぱり、似たような感じでしたね(笑)ショーのパフォーマンスって、本当に数秒なんですよ、キラキラしてるのって。 で、本気でショーに出てるその数秒以外が、ひたすら面倒くさくてしんどかったような気がします(笑)。正直、花形的なポジションについたら、もう上を目指すところなくて。あ、ここだけの話でお願いします。 そこでの経験や経緯、転職して丸の内OLになった後の凹み具合から考えても、私多分あんまり向いてないんでしょうね。いわゆる「会社員として自分の楽しさを2番め以降に置く生き方」みたいなのが。

―で、独立しちゃえ!と。

―村上 ですねー。今考えると、ずいぶん大胆で無鉄砲な感じもしますけど、結局よかったんだと思ってますよ。 「私って、なんか仕事向いてないんだ…」と落ち込んで、それを克服するために時間いーっぱい使って、気がついたら選択肢が狭くなっちゃって…なんてことにならずに済んだわけですしね。

仕事をする時間は長い=仕事がつまらないと、人生がつまらない、だから独立!

―しかし、「楽しめる生き方しよう!」で、ふすま屋。というのは、なんというか、ぶっ飛び過ぎててちょっとつながりが良くわからないんですが?どうしてなんでしょう?

―村上 いやー、それすごい良く聞かれるんですけどね。実際そんな大きな理由なんて無かったりするんです。 「イヤだなー」、「辛いなー」って思いながら転職サイトふらふら見てたら、たまたまアントレのバナーがあって(笑)。 で、うたい文句の、「雇われない生き方」ってのにまんまと釣られた形で(笑)

―おお。それはそれは。えーっと、ありがとうござい…ます?

―村上 で、今度はアントレのサイト内でふらふら見だして、その中で『あ、これ私でもいけそうだな』って。本当、そんなきっかけだったんですよ。 もちろん、完全な初心者&素人で、ましてや頼れる起業家な知人・友人もいないですし、なるべく資本を小さく、かつスピーディに開業できて、あんまり本部がうるさくないこと。 できれば初期の教育はちゃんとしてるとこ…なんて、下心ありありで探したってのはまぁ、やっぱりあるんですけどね。 ただ、仕事をしている時間は長いんだから、絶対に楽しい仕事をやりたい。そうじゃなきゃ働く意味がなくなっちゃう!なんて考えてたんで、私にとって「雇われない生き方」ってのはそもそもすごく魅力的に見えちゃってたんですよ。

―打算的でありながら、決断はやたら軽い…というか早かったんですねぇ

―村上 だって辛い時間を過ごすくらいなら、早くやった方が絶対にお得だと思ったんですよ。20代の何も知らない私と経験を積んだ年配の人とじゃ教えてもらう量が私の方が多いから絶対得でしょ? 昔はあーだこーだと、夢を話すだけで楽しかったんですけど、30代が近づいてくると『言っているだけ』だとタイムリミット迫ってる感じがあって。 友達とあれこれ話しているうちに、独立っていう選択肢を「ただの妄想」じゃなく「現実的な選択肢」として考えるようになっていったんですよね。

―わかる、分かります!まわりの環境で意識って変わってきますよね。村上さんのまわりは楽しそうな方が多そうですね。

―村上 はい。めっちゃおもしろい友達多いです(笑)。本音で語るから熱くなる事も多くて。仕事は仕事、プライベートはプライベートで仕事は楽しくなくても割り切ってやるってタイプの友達に、「楽しい仕事なんて儲からないでしょ」なんて、キッツイ事も言われたり。 で、つい「そんな事ない。楽しくて儲かる仕事は絶対あるよ」って朝まで言い合いしたりもありましたね(笑)。だって仕事している時間は長いんだから楽しくないと損じゃないですか。

何も知らないからこそ進めた。地域密着サービスの強み

―そうですね(笑)その通りだと思います。では、現在やられているふすま屋のお仕事は…そこそこ儲かってたり?

―村上 そんな自慢げに語るほどじゃないですけど(照)。悪くは無いと思いますよ。基本、在庫リスクもないんで。 地域に根付いた商売なんで、まわりと協力して仕事を紹介しあってるんです。ペンキ屋さんからふすま修理の依頼がきたり、私がペンキ塗りの仕事をとってきたりといった感じで。 もちろん仕事なので大変なことはありますが、雇われていた時代より楽しく仕事しています。

―いいですね。しかし、そんなに多くの仕事をひとりでこなせるもんなんですか?

―村上 せっかく自由業をしているのに、自分で仕事を請け負い過ぎてしまい、毎日忙しすぎて「心は赤字」の時があります。 しんどいです(笑)その時は立ち止まって「あれ、本当にやりたいことってなんだっけ?」と自問自答して自分らしさを失わないようにしています。 今後は「心の黒字」を目指す方法の一つとして若い子たちの育成を検討しています。

ここ、今が終わりじゃない。だから時間を作れる選択肢を選んだ。

―素敵な考え方ですね。時間を自由に使えるっていうのはOLの時とはずいぶん違いますね。今後、人に作業をまかせたら、空けた時間には何をしたいですか?

―村上 OL時代から考えると時間はずいぶん自由に使えるようになりましたね。好きな音楽を聴いたり、たまに大相撲を見ながら作業したり。色々と特権はあるかなー? で、人に作業をまかせられるようになったら、ここは仕事場でありながらも地元なんで友達の集合場所になってて、色々とみんなで将来の話をするんですよね。 いつも、わたしが率先して話を進めてて、「これいつまでにやるよ」とか「次はいつ集合ね」なんてやっちゃうんですよね。

―具体的なプラン、聞いてもいいですか?

―村上 えっと…。ちょっと恥ずかしいんですけど、地元の仲の良い友達4人で集まってグループ作ったんですよ。 良い作品を作ってるのに商売にしないで、見せて満足しちゃったり、なんでそんなに良いもの作れるのに、アピールしないの?って。 そういった仲間をプロデュースしたり繋げられないかなって。 それで、「よにんよ我り」というクリエイティブを発表したりするグループを作ったんですよね。この「よにんよ我り」のうち一人でも成功したら助け合ってみんなで成功しようねって話してるんですよ。

まとめ:自分の未来と、自分が好きなことと、真っ直ぐに向き合うということ

もう見ていてこっちが元気になってしまうほど、キラッキラしていた村上さん。自分のやりたことを「好きなように生きる」に置き、そのための手段を型にはまらずに実行し続ける姿に取材陣一同、思いっきり感化されてしまいました。 確かに、自分の未来のために…と、歯をくいしばって頑張る生き方も格好いいとは思います。 が、未来のために現在の自分の時間と心を犠牲にするような生き方って、どうなんだろ? 誰もが一度は考えるそんな疑問に、「でも嫌なものは嫌だし、楽しく生きたいじゃん!」とシンプルに結論を出し、スピーディに決断をして進んでいく村上さんの姿は、なんだかサラリーマンな僕らにはちょっと眩しく感じられました。 忙しいから…。 とにかくこれやらなきゃ先に進めないから…。 だってこれが常識だから…。 もっともらしい言い訳で、自分の未来と向き合うことを諦めちゃってないか?そんなことすら感じさせられてしまった、素敵なインタビューでした。 村上さん!ありがとうございました!

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