カテゴリー

Line

独立

アントレアカデミーって何をするの?

独立開業を検討したら、まずは情報収集から始める方が多いと思います。 本で、インターネットで、探し始めると情報の海にのまれて疲れてしまうことも少なくないでしょう。 情報はたくさんありますが、取捨選択して絞り込んでいく必要があります。 (さらに…)
9月14日(金)・15日(土)の2日間にわたり、東京ドームシティ内のプリズムホールにて「アントレフェア2018」が開催されました。 「アントレフェア」とは多くのフランチャイズ本部や代理店本部がブースを出展し、加盟についての詳細を直接会話することができる年に1度のイベント。さまざまな業界のブースがあるので、1度に多くの情報を集めることができます。 さらに、資金調達や会社設立、起業の税務相談など、各分野に特化した専門家ブースもあるので、その場で相談することも可能。自分で探してあちこち足を運ぶことなく、業界市場や最新トレンド、経営に必要な知識についても効率よく収集できるイベントなのです。 今回は、そんな2日間の「アントレフェア」を体験取材! 本気で独立・起業を考える人で大盛況だったイベントの様子をお届けします。 「知らなかった」「残念ながら参加することができなかった」という方は、次回の予習も兼ねてご一読ください。

アントレ編集長が会場のまわり方を教えてくれる!? 企業ブースを訪問する「比較ツアー」に密着

受付では、講演のタイムスケジュールや会場マップが入ったバックを受け取ります。 講演は何時から? どんな企業がブースを出しているの? と迷っていると、会場の回り方やコツを説明してくれる入口スタッフが来場者を誘導してくれました。 どのようにフェアを回るかは個人の自由ですが、このような説明があるだけで、会場内で行われている各種イベントをある程度把握することができます。 会場に入って最初に目に留まったのは、「比較ツアータイムスケジュール」の看板。 「比較ツアー」とは、「副業」や「自宅で開業」など、参加者の希望のテーマに沿った企業をツアー形式で周り、比較しながら検討できるというもの。 複数人のグループを作って出展ブース(3〜5社)を回る、予約制のイベントです。 1時間ほどで効率的に情報収集することができるので「どの企業に話を聞けばいいのか分からない」「広い会場内を探し回るのは大変」という方にはおすすめのツアーです。 今回は、ツアーテーマの1つにある「編集長と行く!アントレフェア」に参加してみることにしました! こちらがアントレ編集長・菊池保人さん。 菊池編集長が各企業ブースに直接案内してくれるので、初めての参加で右も左も分からない方にとっては心強いですよね。また、3人程度のグループでまわるので、「1人で話を聞くのは不安」という方にとっても安心です。 それでは菊池編集長、よろしくお願いします! ブースに着くと、各フランチャイズ本部の担当者から開業資金や業界、市場について、分かりやすく丁寧に教えていただけます。 説明を聞いている途中で少しでも疑問に思ったことがあれば、「これ、どういうことですか?」と気軽に質問・相談することも可能。何か不明な点があればその場で確かめ、疑問を解消することができました。 もちろん、「自分のペースでゆっくりと話を聞きたい」「お目当ての企業の話のみを聞きたい」という方は個別で企業ブースを訪問できるので、積極的に会場内を回ることをオススメします。 素敵な笑顔で丁寧に案内してくださった菊池編集長、ありがとうございました!

魅力たっぷりの企業ブースを紹介!

ここではツアーで回った企業ブースをご紹介します! まずは、今年で80周年を迎える工具の高級ブランド「マックツールズ」の日本国内事業を展開するマックメカニクスツールズ株式会社。 企業ブースに着いた時は、大きな車が乗り入れてあってビックリしました(笑)。 株式会社サンライズのフランチャイズ加盟店である、完全テイクアウト型メロンパン専門店「Melon de melon(メロン・デ・メロン)」のブースでは、メロンパンの陳列もありました。 車からメロンパンまで、様々な企業がブース出展しているのも「アントレフェア」の魅力のひとつです。 また企業ブースの中には、こうして商品を購入して試食・試飲できたり、その企業ならではのさまざまサービスを体験することができるので、全てのブースを回ってみたくなりますね!

開業資金の融資ノウハウを、専門家に無料で相談できる!【独立開業無料相談コーナー】

会場の奥には、「独立開業無料相談コーナー」があります。 ここでは日本政策金融公庫など、融資や会社設立の専門家から直接アドバイスを受けることができます。 名前の通り、いくら話を聞いても無料なので、資金調達、会社設立、税務相談について少しでも疑問に思っていること、悩みがあれば気軽にどんどん聞いてみましょう!

【企業・ゲスト講演】日替わりで杉村太蔵氏や、藤原和博氏ら豪華ゲストが登壇! 開業時に取り組むべき重要課題を学ぶ

講演スペースでは、2日間で合計10社の企業公演と、8名の方々による豪華なゲスト講演のコーナーも設けられています。 その中でも特に大盛況だったのが、9月14日(金)に行われた、元衆議院議員で、現在はタレントとしてもご活躍されている杉村太蔵氏によるスペシャル講演です。 「バカは活きる」をテーマに、プライドを捨てた男の人生から学ぶ自分らしさが活きるキャリア論を熱弁。杉村氏の実体験を元にした貴重なお話を語ってくださいました。 企業講演では、会場にブースを出展している各企業担当者が、各々掲げる経営理念やビジネス戦略、開業資金などを、画像や映像を使ってわかりやすく説明してくれました。 また、9月15日(土)には、藤原和博氏のスペシャル講演が大盛況!『戦略的「モードチェンジ」のすすめ』をテーマに、ホワイトボードを使って「100万人に1人の人材」になるためのキャリアアップ論を解説。ご自身の経験もふまえ、迷える世代に向けてアドバイスを送ってくれました。 こうした講演は、普段ならなかなか聞く機会のない著名人の実体験に基づく話を聞ける貴重なチャンスでもあります。 加えて、独立開業の専門家からお金の借り方、副業のはじめ方、フランチャイズの開業資金といった起業ノウハウを一気に聞くことができるので、独立・開業を考える方にはぜひ参加していただきたいイベントですね!

シールを集めて豪華プレゼントをゲット!

この「アントレフェア」は、講演を聞いたり、企業ブースを回るだけではありません。参加者なら誰でもチャレンジできる「シールラリー」というものが常時開催されているのです。 こちらは、来場時にもらえる上記画像のカードに、企業を1社訪問する、もしくは企業講演に参加するごとにシールが1つもらえます。 最終的にこのカードに3つ以上のシールを集めることができれば、会場出口にある特典ブースで豪華なプレゼントをもらうことができます。 シール3〜4枚で「独立関連書籍」、シール5枚で「クオカード500円+独立関連書籍」がゲットできちゃいます! こちらがシールを3枚以上集めると貰える独立関連書籍一覧です。 講演した方の書籍も用意しているので、ぜひいろいろな企業を訪問したり講演を視聴してシール集めにもチャレンジしてみてください。このような本を読むだけでも、これからの独立準備に向けて大いに前進することができそうですね。

独立・開業を考える人は必見! 起業家マインドとノウハウを得て、新たな1歩を踏み出そう!

各企業ブースや相談コーナーでは「開業に必要なノウハウ」、起業家や著名な方々の講演では「起業家マインド」を学んだ2日間。これから独立・開業といった新たなビジネスの世界に挑戦するにあたって、欠かせない要素が全て集まったイベントでした。 「独立・開業について考え始めたばかり」「起業するにはどんな知識が必要で、どんなスキルを磨くべきなのか分からない」という方でも基礎からしっかりと教えてくれるので、今回参加できなかった人は、次回の「アントレフェア」へぜひお越しください! アントレ公式キャラクターの「アントラ」くんも待ってますよ! また、メルマガ会員になれば常に有益な情報がもらえるので、登録しておくと便利です。LINE公式アカウントもあるので、そちらもチェックしてみてくださいね!
※また「アントレフェア」の小規模バージョンの「アントレアカデミー」も随時開催しています。 10/23(土)@大阪 10/27(土)@東京 11/10(土)@愛知
お電話での受付はコチラから 0120-854-080

2018年10月19日

「人生100年時代」と呼ばれる、現代社会。 個人の寿命は延びている一方、企業の平均寿命は23.5年。仮に一生会社勤めをするとしても、最低2〜3回の転職を経験する計算になります。 出典:東京商工リサーチより 転職するのか、はたまた独立するのか。会社員でありつつ同時に副業を両立させていくのか。 (さらに…)

2018年8月31日

アントレカウンター事務局からの<お知らせ>です こんにちは!アントレカウンター事務局です。 「独立・副業が気になるのに、何から始めたら良いのかわからない・・・」 そんな人が多いのではないでしょうか?

一都三県で開催中!アントレカウンターとは

アントレカウンターとは リクルートが運営する【独立・副業】のお悩み相談窓口です。 フランチャイズ本部の情報、業界予測やトレンドなどに関してその道に精通したプロと1対1で話せます。 「まず何をしたらいいの?」という相談にいらっしゃる方も非常に多いので遠慮したり、周囲を気にしたり、余計なことを心配する必要は一切ありません。

フラットな立場からアドバイス!独立をおススメしない場合も

たくさんの独立希望者と面談してきた実績から、より開業者目線でのアドバイスができるのも特徴。場合によっては、客観的な目線から「独立はやめた方がいい」と止めることもあります。 「いきなり企業を訪問するのはハードルが高い・・・」と感じる方。 「周りに相談する人がいない」と1人で悩み、不安を抱えている方。 ぜひ、たくさんの相談に乗ってきたプロのいるアントレカウンターで独立開業への第一歩を踏み出してみてくださいね! ※資金調達・融資、税務面などのご相談には応じかねますので、あらかじめご了承ください。 ご予約はこちらから  ▼  ▼  ▼  ▼  ▼  https://entrenet.jp/dplan/0001116/semina-shousai/  ▲  ▲  ▲  ▲  ▲ ※お申込にはアントレnet会員登録が必要です。 ▼お電話でも受付中 →0120-120-474  受付時間:平日・土曜日 10:00~19:00  ※上記以外の時間はアントレnetからお申し込みください。 ━━━ ☆ 千葉会場 ☆ ━━━  ★8/28(火)12:00~17:00 開催中<残り3枠!>★   ご予約はこちら  ◆アクセスMAP  千葉駅(JR各線、千葉都市モノレールタウンライナー各線) 徒歩4分  京成千葉駅(京成千葉線)南口 徒歩5分 ━━━ ☆ 大宮会場 ☆ ━━━   ご予約はこちら  ◆アクセスMAP   大宮駅(JR・東武野田線)西口よりロータリー歩行者デッキにて直結 徒歩3分 ━━━ ☆ 東京会場 ☆ ━━━━  平日+土曜日 10:00~20:00 開催中   ★土曜日は8/18、8/25 開催予定です★   ご予約はこちら  ◆アクセスMAP   東京駅(JR・東京メトロ各線)八重洲南口 徒歩2分   京橋駅(東京メトロ銀座線)徒歩4分   ※混雑状況によって、東京駅近郊の別ブースをメールでご案内する場合がございますのでご了承ください。 ━━━ ☆ 横浜会場 ☆ ━━━  ★8/20(月)8/29(水)10:00~20:00 開催中    ご予約はこちら  ◆アクセスMAP   横浜駅(JR・私鉄各線・横浜市営地下鉄) 東口徒歩3分  お申込みいただいた皆様には、事務局より詳細のご連絡を差し上げます。  みなさまのお申込みを、心よりお待ちしております。  ★アントレカウンター事務局★

2018年8月7日

「将来をあらかじめ見据えて、点と点を繋ぎ合わせることはできない。できるのは、後から繋ぎ合わせることだけだ。」 Apple創設者であるスティーブ・ジョブズの名言にある通り、一見するとバラバラに思えることが思わぬ形で繋がった、という経験をした人は少なくないのではないでしょうか。 今回お話を伺ったのは、株式会社wwwaap(ワープ)の代表取締役である、中川元太さん。 中川さんは株式会社wwwarpの代表として、SNSで活躍する漫画家のマネジメント・キャスティング事業に取り組んでいます。 中川さんは、まさにスティーブ・ジョブズのこの言葉のように、自分の人生のあらゆる経験をつなぎ合わせたからこそ、現在の株式会社wwwaapがある、と語ります。 今回は、中川さんが歩んできた道のり、そして「経験の点を線で結ぶこと」について、お伺いしました。
<プロフィール> 中川元太(なかがわ・げんた)30歳 株式会社wwwaap(ワープ)・代表取締役 2010年に新卒でインターネット広告代理店の株式会社セプテーニに入社。札幌営業所で所長を経験後、2013年より同グループの新規事業で、漫画アプリ『GANMA!』を運営するコミックスマート株式会社の立ち上げメンバーに選ばれる。 『GANMA!』が軌道に乗った後、自分でゼロから事業を立ち上げたいという思いを胸に、2016年に独立を決意。 SNSでフォロワーを持ち、有数の才能がありながらも仕事が無く、漫画家を本業にしたくても出来ない、悪条件な仕事に苦労する漫画家が多い現状に疑問を持ち、「クリエイターとして生きる選択肢を増やす」ことをミッションとして、株式会社wwwaapを立ち上げる。 漫画・イラスト制作及び漫画家を中心としたSNSマーケティング事業の他、キャラクターやアニメの開発及び海外展開するIP事業など、漫画家が活躍できる独自の事業を展開。

自分にしかない価値を生み出す。「キャリアを掛け合わせる」という発想

ー現在、SNSで人気の漫画家のマネジメント・キャスティング事業を展開されている中川さん。起業に至るまでの経緯を教えてください。
中川さん 私は、新卒でインターネット広告代理店の株式会社セプテーニに入社し、最初の3年間は、北海道の営業所に勤めていました。3年目から所長となり、営業戦略を任されるようになりました。 4年目になる時に、セプテーニの新規事業で、漫画アプリ『GANMA!』を運営するコミックスマート株式会社の立ち上げメンバーに選ばれました。
ー「GANMA!』といえば、多くの人にダウンロードされている漫画アプリで、大きな人気を博しています。
中川さん 漫画業界のコネも経験も一切ない事業をゼロから立ち上げて、一定の形まで作り上げられたのは面白かったですし、とても良い経験をさせてもらいました。
ーしかし中川さんは『GANMA!』から離れ、会社を退職するという道を選ばれました。なぜでしょうか?
中川さん 立ち上げから携わってきたサービスではありましたし、今でも強く愛着をもっていますが、やればやるほどに『GANMA!』がここまで育てられているのは、セプテーニグループという土台があるから、と感じるようになりました。 大成功して、週刊少年ジャンプを超える世界一の漫画サービスになった瞬間を毎晩のようにイメージしていましたが、どうしても心の底から喜ぶことができない自分がいることに気が付きました。 その気持ちに気づいた時、自分自身がリスクと責任を持って事業をつくり、納得できる手段で仕事をしたいと思うようになり、退職を決意しました。 また、セプテーニ社長の佐藤さんに強い影響を受けていて。佐藤さんは、セプテーニを広告代理事業で数百億規模の会社に育て、その上で新規事業として、本人が大好きでもある漫画領域の事業にビジネスチャンスを見出し、自らが社長となり舵取りをしていました。 自分の好きなことで成功をするためには、その前に得意なことで結果を出さなければならないと痛烈に感じましたね。なので、退職を決めた後はどうすれば最も結果を出すことができるのかばかり考えていました。
ー退職して何をする、というのは決まっていたのでしょうか?
中川さん 具体的に何をするかをすぐに決められなかったので、1年という期限を設けて、戦略的にフリーランスとして働いてみることにしました。
ー戦略的にフリーランスとして働く、ですか?
中川さん はい。僕は天才ではないので、仮説と考察でやるべきことを見つけられないと感じました。 だからこそビジネスの中からビジネスの種を探すしかないと思い、起業という選択肢も含めて、「いつ・誰と・どこで・何をする」を見定めるために、異なる成長産業のベンチャー6社ほどで毎日交代で働く生活を、1年限定ですることにしました。
ーその活動の結果、最終的にはどのような発見があったのでしょう?
中川さん 関わり方も出来る限り同一職種にしないように、色々やるようにしていました。 採用企画やアライアンス交渉、新規事業案出し等をやっていましたが、結局1番武器になったものは、前職で培ったWebマーケティングのスキルでした。グロースハックや、広告メニュー開発と販売、営業メンバーの教育等が最も提供できた価値が大きかった気がします。 そしてもう1つ、武器になりそうなものがありました。それはSNSで活躍する漫画家たちとの繋がりです。
ー『GANMA!』時代にお知り合いになった方ですね。
中川さん はい。『GANMA!』立ち上げ当時は人も少なかったので、アプリのマーケターもやりつつ、漫画家たちと作品を作り上げていく編集の仕事もやっていたんです。 そこで漫画家たちとの接点が生まれました。 退職してフリーランスとして働いていた時に、ふとインフルエンサー市場の盛り上がりと広告費相場を見て、気がついたんです。 「広告主がインフルエンサーにこれだけ高い金額を払っている一方で、漫画家は数十万フォロワーいる上に一般的なインフルエンサーよりはるかに拡散力があるのに、それにふさわしい収入を得ている漫画家はほとんどいないんじゃないか」って。 そこで試しに某大手飲料メーカーさんからご発注をもらって納品したところ、キャスティングした3名の作家全員が、人気女優の12倍以上のリツイートを叩き出し、広告主から大変評価頂きました。そして、漫画業界の相場の10倍の原稿料を支払う事ができ、漫画家からも感謝の言葉をいただきました。 そのときに「この事業は、広告主・漫画家・自分の三方良しを実現できる」。そう実感し、会社を立ち上げることにしました。
ー前職のWebマーケティングの知識、漫画の編集のノウハウにコネクション、そして漫画家たちの課題…。全ての点と点が線で繋がったんですね。
中川さん そうですね。私にとっての過去の経験のいくつかが線で結ばれた瞬間でした。 インフルエンサーの広告市場は伸びており、さらに漫画は世界に対して日本が優位性を持つ数少ない産業の1つであることから、今の私が価値を生み出せる最大の方法は、【Web広告】と【漫画の編集】という2つのキャリアを掛け合わせることだと考えました。

経験の数が必ずキャリアの役に立つ。起業後も新たな可能性を模索し続けているワケ

ー「キャリアの掛け合わせ」とは、とても興味深い発想です。詳しく教えていただけますか?
中川さん 自分が経験したキャリア、もしくは経験の数を、そのまま「自分の人生における点の数」とします。 ある経験がある経験と繋がり、新たな線が生まれ、場合によっては価値が生まれます。 社会人になってからのキャリア、学生時、人によっては幼少期の頃の経験が、自分の中の別の経験と結びつき、価値を生み出すことだってあるでしょう。 いつ、なにが、どういう形で役に立つのかは、予測がすごく難しいです。 「どのようなキャリアや経験が、自分に活きるのか」を予測することももちろん重要ですが、「過去に経験したキャリアや経験を、どのように活かすのか」からのほうが考えやすいと思っています。
ーそれが「キャリアの掛け合わせ」である、と。
中川さん 漫画家は営業やマーケティングを得意としない人が多く、自身の市場価値を把握し的確に自分を売ることが出来ていない人がほとんどです。そもそも漫画業界自体が「(漫画雑誌で)連載し書籍を売ること」が第1に考えられ、広告も含めたその他のビジネスの優先度が低く捉えられているように感じます。 一方で広告業界に漫画家のつながりを持つ人は、ほとんどいないと思います。 私も『GANMA!』に携わるまで漫画業界に1人の知り合いもいなかったため、立ち上げ当初は本当に大変でした(笑)。 漫画編集経験がある人も少ないため、いざ企業が漫画を活用しようと思っても誰に相談してよいかわからない、あるいは理解不足によるトラブルだらけ、というケースをよく目にしました。 漫画業界と広告業界、その2つのスキルを併せ持つ人間は世界規模でもそんなに多くはないはずで、私がそれぞれの分野で1流ではなくても、掛け合わせることで私だから生み出せる価値があると感じました。
ーとても良く分かりました。それでは、株式会社wwwaapの事業について教えていただけますか?
中川さん 「クリエイターとして生きる選択肢を増やす」ことをファースト・ミッションとして、SNSで人気の漫画家・イラストレーターを中心とした クリエイターのマネジメント・キャスティング業を行っています。 具体的には、企業の商品やサービスを紹介する漫画を制作し、作家の拡散力を生かしウェブ上で認知の拡大を図る 「インスタグラマーやYoutuberの漫画家版」サービスを展開しています。 また、漫画やイラストの制作だけではなく、キャラクターやスタンプ制作、アニメーションなど、クリエイターの「おもしろい」「やりたい」「やれる」をビジネスに結びつける、企画から生み出す仕事が増えています。
<株式会社wwwaapとゆかりのあるマンガ家さんのイラスト>

「何もしない」のは1番良くない

ーそれでは、これからどのような事業に挑戦しようとお考えですか。
中川さん 広告事業のみならず、彼らの生み出す作品のプロデュース業を行いたいです。もちろん広告の仕事が好きなクリエイターもいますが、それだけでは多くのクリエイターの本当の幸福に寄り添うことができないと、この事業をやって感じているためです。 自由な創造から、もっと面白いものが生まれると思いますし、それを収益としてクリエイターに還元出来るようにしたいです。 直近では『カエル王子といもむしヘンリー』というオリジナルキャラによるアニメをTOKYO MXにて2018年7月より放映開始致しました。中国など海外での展開も予定しています。   SNSで人気のクリエイターとは「拡散力がある」だけではなく「人の心をつかむクリエイティブ制作能力がフォロワー数により実証されている」存在だと考えています。 実際彼らが創り出すものは本当に面白くクリエイティブなものばかりで、仕事ながらいつも提出を楽しみにしています。 現状はIP事業からですが、今後はそんな彼らの創る作品そのものを売るアート事業を、特に海外展開を中心にしていきたいと考えています。 目指す方向性として、「MoMA(ニューヨーク近代美術館)に展示されるクリエイティブを排出する」をセカンドミッションと考えています。
ーこれから起業や独立を目指す方へ、アドバイスをいただけますか?
中川さん あくまで私の考えですが、話してきたとおり一部の天才以外は自分のキャリアや特技が、どの市場でどう活用することで最も市場価値が出るのか見極めることは重要だと思っています。 例えばWeb業界では一般的な知識でも、地元の不動産屋さんにとっては誰も教えてくれない貴重なノウハウであることは多々あります。 ただそれ以上に、その事業をすることが自分のエゴイスティック(利己的)な欲求に沿っているのかも、事業を成長させるために重要な要素だと思っています。 なぜなら基本的には人間は自身の欲求を叶えるときが最もパワーが出るものであり、個人のエゴを叶えるための活動で、結果多くの他人の幸福に貢献することが、事業をすることだと思っているからです。 僕の当初持ち合わせていたエゴは、「ビジネスマンとして絶対的な結果を出すこと」でした。それが結果、クリエイターへの貢献につながったことが、僕の1番の幸運だったと思っています。 そして、自分が客観的に価値を見極めることと、やりたいことを見つけるためには、経験の量(=点の数)を増やすしかないと思います。 自分が選べる選択肢も、そして欲求も過去の原体験からしか生まれないからです。クリケットをやったこともないのに「クリケットの審判になりたい」とは思わないですよね。 でも、自分がコレ! と思う原体験は狙って作れるものではないので、とにかく動くしかないと思っています。それは必ずしも転職することや社外で挑戦することだけではなく、今、目の前の仕事によりコミットすることで経験を深めることも手段の1つだと思います。
ー行動して得た経験の先に、道が開かれるんですね。
中川さん その通りです。 独立・起業をする人としない人の差は、能力や資金の有無、勇気ではなく、その決断をするための情報をもっているかだと思います。 起業は一般的にはリスクと捉えられがちですが、私はあまりそう感じていませんでした。周りに起業家が多かったことと、複数の会社で働いたことで失敗しても働き口が数多くあることを実感していたからだと思います。 数兆円規模のM&Aだとか、エベレストに登るだとか、一般的には無謀と思える挑戦も、当人にとっては経験と情報からその決断に足りうる勝ち筋が見えているはずです。 人は知らないことは怖いです。だから死も怖い。情報を持ち、数多くの視点と視野を持っていれば、独立・起業をすること、もしくはしないことのリスクに対して客観的になれるはずです。 本やネットで調べることももちろん良いと思いますが、1番は自分で体験することだと思います。私も本当にまだまだなので自戒も込めてですが、とにかく動き続けることでしか自分の欲しい未来は切り開けないんだと思ってます。

100教室まで拡大した先輩が直接伝授!

▼特設ページはこちらから 猛暑が続く中にもかかわらずたくさんのお申込みを頂いております★ 残席わずかとなっておりますので、お申し込みはお早目にお願いいたします。 -どんな人が対象? 今真剣に塾業界での独立を検討するあなたに、是非ご参加頂きたいイベントです。 (さらに…)

2018年7月27日

「串打ち3年 裂き8年 焼き一生」 うなぎ屋の世界では、こんな言葉をよく聞きます。何事も、極めるには長い年月がかかるという意味です。 今回お話を伺ったのは、デザイナー/絵本作家の塚本ユージさん。 塚本さんは、今年行われた第10回「be絵本大賞」において、絵本大賞を受賞されました。 (さらに…)
自分の大切なモノを修理する。 何かを修理に出そうと思った時、できる限り信頼のおける人に依頼したいものです。中でも楽器のような、高価で愛着のあるものの手入れをするなら、なおさらですよね。 今回お話を伺ったのは、楽器リペアマン・石川哲也さん。 石川さんの工房は、個人開業のため、決して大規模なリペアショップではありません。けれども石川さんの工房には、多くのお客さまが集まり、着実にリピーターを増やし続けています。 なぜ石川さんのリペアショップは人気であり続けるのか。 「ギターの修理だけを提供するのではなく、お客さまに楽しんでもらえる環境を作ることが大切なんです」と話す石川さん。 リペアマンとしての強いこだわりをお聞きしました。
<プロフィール> 石川哲也(いしかわ・てつや)32歳 弦楽器工房「Path」代表 大学卒業後、地元の栃木県で管理業務を行う一般企業に就職するも、不規則な勤務時間に苦労し、再就職を決意。 専門学校に入学し、楽器のリペアを学習後、自身の工房を立ち上げる。 立ち上げ時はアパートの一室に工房を構え、地道にリペアの経験を重ねる。 自身もギタリストとして活動しながら、その経験を活かしてギターのリペアを1人で請け負っている。お客さま1人1人への手厚い接客は評判が高く、リピーターが多数。 「お客さまに寄り添う」ことを第1に、リペアだけではない豊富なサービスを提供する。

待っていても自分に「箔」は付かない。自分の価値を高めたいなら、行動あるのみ!

ー石川さんのこれまでの経歴を教えてください。
石川さん 小学生の頃から両親の影響で音楽を聞き始め、高校生の時に母の勧めで、ゴスペルを始めました。 その後大学に進学してからもゴスペルを続けようと思って、ジャズ研に入ったんです。
ー大学生になるまではギターではなく歌うことがメインだったのですね。
石川さん そうですね。 ジャズ研に入ってコピーバンドを結成した時に、初めてギターと出合いました。 ギターを弾く楽しさに、すぐのめり込み、大学生の間はずっとギターを弾いてましたね(笑)。
ー大学卒業後はどのような道を進んだのですか?
石川さん 音楽とは離れて、一般企業に就職しました。 私は栃木県出身なんですが、その会社の事業所が栃木にあったので、地元に帰って働きました。 しかしその仕事がとても大変だったんです。 私はもともと喘息持ちで体が弱かったので、しばしば体調を崩していました。このままではまずいと思い、1年半ほどでその仕事を辞めて次の仕事を探し始めました。 前職の辛い経験の後ということもあって、次は自分が好きなことを仕事にしようと思いました。
ーそこで音楽を仕事にしようと思ったのですね。
石川さん はい。自分の好きなギターを仕事にしようと思ったんです。 弾くのももちろん好きなんですが、ギターをいろいろいじることも好きだったので、リペアを仕事にしようと思い、渋谷にある「代官山音楽院」(現、島村楽器テクニカルアカデミー:http://academy.shimamura.co.jp/)という専門学校で2年間学びました。 そこで本格的に、楽器のリペアについて勉強したんです。 専門2年目の時、ギターのリペアの仕事を求めて就活を始めました。 普通であればリペアマンは、まず大手の店舗で販売職を経験してから、工房に入ってリペアの仕事を始めます。 もしくは、自分の師となる人を見つけて、その人に弟子入りしてから独立することが一般的です。 しかし当時の私は26歳で、年齢的に余裕がある訳ではなかったので、焦っていました。 「自分に箔が付いてないと、誰もリペアを依頼してくれない」と思っていたので、最初は有名な工房に弟子入りを考えました。 しかし、そもそも弟子入りできる工房が少ない上に、実務経験の少ない私は門前払いされることが多いので、途方に暮れていましたね。
ーリペアマンになる道は、簡単ではないということですね。その状況をどう乗り越えたのでしょうか?
石川さん 専門学校の先生方や、リペアマンとして実際に働いている方に「自分はどうするべきか?」を聞いて回りました。 すると共通して「自分に箔が付かないといけないって思って迷っている間は、箔は付かない。ゼロからでも、自分で始めてしまった方が良いのでは?」とアドバイスされました。 かなり悩みましたが、弟子入りできる目処が立っていませんでしたし、遅かれ早かれ独立して工房を立ち上げるなら、と、アドバイスを活かして自分のギターリペアショップを立ち上げました。 上手くいく勝算があったわけではないのですが、まずは工房を立ち上げてみて、そこから考えてみようと思ったんです。 とはいえ最初は、資金も場所もなかったので、自室として借りていた小さなアパートの一室を工房としてスタートさせました。
ー自分の価値は自分の行動力で高めるのが大事、ということですね。最初はどのように利益を得たのでしょうか。
石川さん 最初はとにかく知り合いに頼んで、安い値段でも楽器を直させてもらいました。地道に実績を重ねていくうちに、口コミで段々とリペアを頼んでくれる人が増えていきました。 そして、27才の頃転機が訪れました。 私は自分の工房を経営する傍ら、音楽のスタジオでアルバイトをしていたのですが、偶然にもロックバンドの「THE NOVEMBERS」(http://the-novembers.com/)のメンバーさんと知り会いました。 そこで「THE NOVEMBERS」の皆さんにリペアを頼まれたんです。
ー「THE NOVEMBERS」といえば、人気のロックバンドですよね?
石川さん はい。私もびっくりしたのですが、誠心誠意仕事をさせてもらいました。 すると気に入っていただけたのか、その後も定期的に私にリペアを依頼してくれるようになったんです。 この出来事をきっかけに、さらに口コミも広まり、私にリペアを依頼してくれる人が急増しました。 このあたりから、リペアの仕事だけで安定した収入を得ることができるようになりました。
ー石川さんが根気強く行動した結果、チャンスを掴み取ることができたのですね。
石川さん そうかもしれません(笑)。 あの時に思い切って独立して良かったと思っています。 自分から行動し続けたことで、自分の仕事に自信を持てるようになりましたし、「THE NOVEMBERS」さんと出会えたことで、今までよりさらに”出会い”を大事にするようにもなりました。

リペアだけでは終わらない。個人経営だからこそできる、リピーターを増やす方法

ー現在はどのようにお店を経営されているのでしょうか?
石川さん お客さまからリペアの依頼を受けて、実際に楽器に手を加えるまで、私が1人で行っています。
ー従業員は雇わないのですか?
石川さん はい。これからも私1人で経営も実務もやっていこうと思っています。
ーそれはどうしてでしょうか。
石川さん お客さまのニーズに応えることができるからです。 私のような個人にリペアを依頼するお客さまの多くは「こちらの要望を正確に汲み取って、リペアしてほしい」という思いを抱えていらっしゃいます。 大手のリペアショップだと、お客さまが要望を伝えた相手と、実際にリペアする人が違う場合が多いです。 そうなると伝達が上手くいかずに、お客さまの要望通りにリペアされないこともあります。 その点、私はヒヤリングからリペアまで、全て1人で行うので、お客さまと十分に話し合ったうえで、要望を正確に把握することができます。 細かい要望にも柔軟に対応できるので、それこそが私の強みであり、私に依頼してくれる意味であると思っています。
ーそれはかかりつけのお医者さんと似ていますね。ギターの専門医みたいな。
石川さん まさに、そんな感じですね。 実際にカルテのようなものを作っていますよ。 「どんな問題点があったか」「どのようにリペアしたか」などを記録しておけば、またリペアを依頼されてもすぐに対応できますし、お客さまにとっても安心ですから。
ーしかし、全てお1人でやられると、リペアできる数が限られるのではないでしょうか?
石川さん そうですね。だから、どうしても1回のリペア代は高くなってしまいます。 価格が高くなってしまう分、お客さまに「この人なら要望通りにリペアしてくれる」と満足度を提供できるよう、1人1人のお客さまに全力で対応するようにしています。
ー石川さんは、あくまでお客さまに寄り添うことを大事にしているのですね。
石川さん そうですね。 お客さまとは、仕事以外でも関係を継続しています。例えば、私はリペアを依頼していただいたお客さまのライブに積極的に足を運ぶようにしています。
ーなぜですか?
石川さん 仕事だけの関係になってしまうと、お客さまの本当の要望を掴みづらくなってしまうからです。 なにより自分が手掛けたギターが、ステージでちゃんといい音を出しているかを確認したいですから。 しっかり演奏されているのを確認して、ようやく私の仕事が完了したなと確認できるというか(笑)。
ーそこまでされると、お客さまもまた石川さんにリペアを頼みたくなるでしょうね。
石川さん 私のような個人のリペアマンにとって、お客さまには要望以上のことを提供するのが大切だと思っています。 だから、お客さまからリペアを依頼されていない箇所でも、手を加えた方が良い箇所があれば手を加えますし、若干不調でもあえて修理せずにそのままの音を維持することもあります。 そのギターを使って、どのような音や音楽を作るか、という点が私とお客さまとの間でしっかりと握れているかどうかがキーポイントになってくるのです。

修理だけがリペアマンの仕事ではない。お客さまに楽しんでもらう環境作りの大事さ

ー石川さんの工房に足を運ぶのは、どういった層のお客さまが多いのでしょうか。
石川さん プロのミュージシャンの方から学生まで、幅広くリペアを依頼してくださいます。 中には、進路相談をしたいという大学生もいますよ(笑) 一般企業に就職した方が良いのか、音楽を諦めずに続けた方が良いのか、という相談が多いです。 私も経験したことなので、親身になって相談に乗るようにしています。
ー修理に関わること以外の相談にも乗っているのですね?
石川さん そうですね。 お客さまに「また来たい」と思っていただくためには、修理をすることが全てではないと思っています。 先程のライブに足を運ぶこともそうですし、進路の相談に乗ること、ここにある大量のゲームソフトで一緒に遊ぶことなど、お客さまにとって居心地がいい環境を作ることが大切だと思っています。
ーお客さまとゲームで遊ぶのですか(笑)?
石川さん はい(笑)。 リピーターの方だと、ゲームだけしに来ることもあるくらいです(笑)。 もはやギターの修理には何も関係ありませんが、そうやってお客さまが「また来たい」「楽しい」と思っていただける環境を作ることが、結果として仕事にもつながりますから。
ーその点も、個人経営ならではですね。最後に、これからの展望を教えてください。
石川さん 今後も、高い満足度をお客さまに提供できるよう、丁寧な仕事をしていきたいですね。 また今後はリペアだけじゃなく、ギターそのものを作り、それを販売してみたいです。 近年、ギターに使われる木材が減少し、価格が高騰しています。一方で、少子高齢化の影響で使われなくなった空き家が増えています。 そこで家の柱などで使われた良い木材を、ギターの材料として再利用するのです。 お客さまの思い出の家や家具がなくなっても、ギターとしてまた一緒に同じ時間を過ごすことができる。 そんな素敵なお手伝いができたら、嬉しいですね。
SNSやWebサービスが隆盛し、あらゆるもの・ことに誰でも気軽に「評価」ができるようになった昨今。 いい評判も悪い評判も、ネットを通して発生しやすいので、その書き込みに一喜一憂する人も少なくないはず。 特に、独立・起業を考える皆さんにとっては、良くも悪くも便利なシステムです。 (さらに…)
自分の身体を大事にしていますか? 「ブラック企業」という言葉がニュースでよく取り上げられ、膨大な残業時間や出勤日数などが問題視されることが多い、現代社会。 自分の身を削ってまで仕事をして、過労死してしまうというケースを耳にすることも。 今回お話を伺ったのは、沖知子(おき・さとこ)さん。 沖さんは、働いている人たちの身体と心を健康にしたいと考え、企業などにヨガの体験を提供する、株式会社ブレストランを立ち上げました。 沖さん自らが足を運び、提供するヨガの体験は、大手有名企業からも支持されています。 身体だけの健康では意味がない、と語る沖さん。 様々な健康法がある中でヨガを用いる理由は、身体だけでなく「心」をケアすることにあるそうです。 その真意を、伺いました。
<プロフィール> 沖知子(おき・さとこ)28歳 株式会社ブレストラン 代表取締役/初代「ミス・ヨガ」(2016) 日本人で所有しているのは35人しかいない、ヨガ発祥の地・インドの政府が公認する、プロフェッショナルヨガ検定の所有者。 その他にも多くの資格を所有し、自らが積み上げた知識と経験を元に、様々な企業にヨガのサービスを提供する。

健康でいることは当たり前じゃない。父の死を乗り越えて、選んだ道

ー現在はヨガのインストラクターとして活動されている沖さん。これまでの経歴を教えてください。
沖さん 大学卒業後に、大阪でオーダーメイドの枕を取り扱う企業の営業職に就きました。もともと大学で人間福祉に関することを学んでいたので、人の健康に携わりたいと思っていました。 また社会人になってから、仕事終わりに運動の一環としてヨガ教室に通っていました。 人の健康に携わる仕事をする者として、まずは自分自身が健康になるべきだと考えていたので。
ー沖さんがヨガと出合ったのは、社会人になってからだったんですね。健康を保つために、様々な手段があったと思うのですが、なぜヨガだったのですか?
沖さん 最初は社会人でも手っ取り早く始められる健康法として、ヨガスクールが近くにあったので通い始めたんです。 ヨガについて深く勉強していく中で、健康とは、身体だけでなく「心」にも深く関係していることを学びました。 そして就職してから1年半ほど経った頃、父が病気で亡くなりました。
ー突然だったのですか?
沖さん はい。最初は本当に驚きましたし、全く実感が湧きませんでした。 しかし、徐々にその現実を受け入れ始めた時に、大きな悲しみに襲われたんです。
ーそれはおつらかったですよね…。沖さんは、お父さまの死とどう向き合い、そしてどう乗り越えたのでしょう?
沖さん 自分も家族も悲しみに暮れる中で、光を灯してくれたのが、ヨガの存在だったんです。 父が亡くなってからも、ヨガは日課として続けていましたし、瞑想をしている時はどこか心が落ち着いたんです。 そしてより深くヨガについて学ぶようになりました。
ーどのようなことを学んだのでしょう?
沖さん ヨガは身体はもちろん「心」の健康を保っていくために、様々な教えが存在します。 その中に「健康や愛する人など、今その人の身の回りにある物事は、かけがえのないものである。それらに感謝をして満足することが真の幸福への近道だ」という教えがありました。 自分にとっての身近な人、父の死によって、よりヨガの教えを実感しましたし、救われたんです。 そこから少しずつ父の死を受け入れて、前を向いて生きていこうと思ったんです。 そして、勤めていた会社を退職して、ヨガのインストラクターの道を志しました。
ーなぜ、ヨガのインストラクターになろうと思ったのでしょう?
沖さん 私と家族がとてもつらい思いをした時に、ヨガが近くにあったから立ち直ることができました。 健康で生活できることは当たり前ではない。当たり前のようにそこにある健康の大切さを伝えていくために、今度は私が、ヨガを教える側になりたいと思ったんです。

働く人の健康レベルを底上げする。株式会社ブレストランを発足させたワケ

ーヨガのインストラクターになるにあたり、周囲からはどのような反応があったのでしょうか?
沖さん 私は両親とは離れて暮らしていたのですが、残された母からすると、私には実家に戻ってきてほしかったんじゃないかなと思います。 そんな母の気持ちを察しながらも、私自身、自分の限りある人生をどう生きるかを考えたんです。 そして「自分がやりたいことをやる」という道を選びました。 母には申し訳ないことをしましたが、その分「絶対に結果を出さなきゃ」という思いが強くなりました。
ー相当な覚悟で独立を決めたんですね。最初はどのようにインストラクターとして活動されたのでしょうか。
沖さん ヨガの指導をするには資格が必要なので、すぐに資格を取得しました。 その後はヨガのスクールやスタジオなどでアルバイトを始め、クラスを受け持って指導実績を積んでいきました。 個人で活動を始めてしばらくしたある時、ヨガインストラクターの知人から「ミス・ワールド」の出場を勧められました。
ー「ミス・ワールド」とは、なんでしょう?
沖さん 「ミス・ワールド」というのは、「ミス・ユニバース」や「ミス・インターナショナル」と並んで世界3大ミスコンと呼ばれています。 その中でも「ミス・ワールド」の評価基準には、美貌とは別の、「Beauty of The Purpose(=目的のある美)」という尺度があります。 すなわち美しさだけでなく、その人ならではの活動や個性も評価され、総合的にもっとも優れている女性を選ぶんです。 そこで私は、ヨガインストラクターとしての活動を評価してもらう良い機会だと思い、出場してみることにしました。
ー結果は、いかがだったのでしょう?
沖さん 残念ながらグランプリに輝くことはできませんでしたが、特別賞を受賞しました。そしてその特別賞の名は、私の活動にちなんで「ミス・ヨガ」というタイトルでした。 私のヨガインストラクターとしての活動が評価され、特別賞をいただけたことは、本当に嬉しかったです。
ー「ミス・ヨガ」に選ばれて、何か変わったことはありましたか?
沖さん 「ヨガを広めたい」という私の想いを、いろいろな方に肯定されたような気がして、大きな自信につながりました。 また、改めて自分の活動をより効果的に広めていくためにどうしたらいいのかを考えるきっかけにもなったのです。
ーその問いの答えが、株式会社ブレストランを立ち上げることに繋がるのですね?
沖さん そうですね。 スクールやスタジオでヨガを教えていて、ある事実に気づきました。 それは「自らヨガを習いにくる人」は、概ね健康に対する意識が高い人である、ということです。 私が真に健康の大切さを伝えていきたいのは、既に健康に対しての意識が高い人ではなく、どちらかというと自分の健康にあまり興味がないという人です。
ーたしかに、自分の健康に興味のない人にこそ、ヨガを広めていく価値はありそうですね。
沖さん そうなんです。 そこで、私が新たにお客さま像として選んだのは、企業に務める会社員の方たちでした。 働いていると忙しくて、自分の健康に気を遣いたくても時間がなくてできない、という人が多いですから。 「働く人へヨガの体験を提供し、日本の健康レベルの底上げをする」。 それが、株式会社ブレストランの事業理念です。

身体だけの健康では意味がない。こどもも大人も身につけるべき「心のケア」

ー具体的には、どのようなサービスを提供しているのですか?
沖さん 依頼があった企業さまへ直接出向き、そこで働く社員の方を対象にヨガを教えます。 先程お話したヨガの心構えや坐法(ポーズ)、呼吸法など、ビジネスパーソンがすぐに実践できるものを中心にお教えしています。 しかし、ヨガは1回やっただけですぐに大きな変化が現れるものではないので、定期的にオフィスへ伺い、社員みんなでヨガをやる習慣を作っています。
ーどのように営業活動をしたのでしょうか?
沖さん 広報を担当してくれている知人からの紹介や、私のヨガレッスンを受けてくださった、企業さま同士の口コミなどですね。 ありがたいことに、徐々にではありますがいろいろな企業さまにお声をかけていただいております。 また最近では、食に関する事業も始めています。 ヨガで体を動かしたら、次に大切なのは食です。ヨガを体験していただいた後に、オーガニックで身体に優しいご飯を一緒に摂るといったイベントの開催も行っています。
ー他にも考えていますか?
沖さん ヨガや食といったキーワードを元に、会社だけでなく学校など教育の現場にも広めていきたいなと考えています。 実は海外で、ヨガを教育の現場で既に実践しているところもあるんですよ。 ヨガの優れているところは、健康な身体を作ることだけでなく、健康な心を作るところにあると思っています。 ケガをしたら傷口を洗って消毒して絆創膏を貼る、ということは学校でも教えてくれますが、とても悲しいことが起こった時、心がケガをした時の傷の治し方は学校では教えてくれません。 だからこそ、小さい頃からヨガに触れて、心のケアの仕方を身に着けてほしいんです。
ーそれは学校教育の現場だけでなく、心のケアの仕方を知らない大人たちにも言えることですよね?
沖さん その通りです。身体だけの健康では意味がありません。 だからこそ私は、企業へ足を運んでヨガを広めています。 こどもも大人も関係なく、日本における身体と心の健康レベルの底上げに、これからも尽力していきたいですね。
おそらく誰しもが一度は考えたことがあるであろう、自分の夢。 夢を叶えるために経験を積み、努力し、失敗し、そして成功する。 読者の皆さんの中には、自分の夢を叶える手段として、独立・起業を考えている方も多いのではないでしょうか? 今回お話を伺ったモデルのAoiさんは「パリ・コレクション」のランウェイを歩くという夢を叶え、現役モデルでありながら起業家、マナー講師としても活躍されています。 そんなAoiさんですが、自身のことを決して特別ではない、普通の人だ、と語ります。 そう述べる理由はなぜでしょうか? モデルとして夢を叶えるまで、そして叶えた後の人生について伺いました。
<プロフィール> 井畑 “Aoi” 博康 株式会社AOSTA・代表取締役社長 モデル・マナー講師 2009年に文化服装学院、デザイン科卒業。 同年から、モデルの仕事を始める。 2013年に、パリ・コレクションデビュー。 現在、日本、パリ、シンガポール、香港、ソウルのモデル事務所に所属。 その一方で、2014年にイメージコンサルタント事業aostaを立ち上げ、2016年5月に株式会社AOSTA設立。 企業や学校で、マナーや印象作りの講師を行うほか、 ハイブランドを含むイベントの運営を行っている。

自分の“得意”を仕事にする。職業・モデルを活かした新たな稼ぎ方

―Aoiさんはどのような経緯でモデルになられたのでしょうか?
Aoiさん ウェディングデザイナーになるために、服飾系の専門学校に入学したのですが、リーマンショックの影響で、内定が白紙になってしまいまして…(笑)。 その後、社会人になってどうやって生活していこうか考えた時に、おばあちゃんから「モデルをやらないのかい?」と言われたことがきっかけで、モデルを志しました。
―Aoiさんのモデルとしてのキャリアを見出したのは、おばあさまだったのですね!
Aoiさん そうなりますね(笑)。 小さい頃から私はおばあちゃん子で、おばあちゃんにだけは「芸能人になりたい」とか「有名人になりたい」と打ち明けていたんです。 それが大人になるにつれて、自分の中で「なんとなく無理だろうな」と思い、普通に就活をしたんです。 しかしまさかの内定白紙になってしまい、さらにおばあちゃんからの後押しもあったので、思い切ってモデル事務所に履歴書を送ってみたんです。 すると、事務所から返事があって、晴れてモデルとして事務所に所属することができました。
―おばあさまはAoiさんの才能を的確に見抜いていたんですね。その後はモデル1本で活動していたのでしょうか?
Aoiさん いえ、さすがに最初はモデルだけでは生活できなかったので、事務所と関連のある、ハイブランドのドアマンやバー、服飾ブランドショップなど、いくつかのアルバイトを掛け持ちしていました。
―しばらくはモデルとアルバイトを両立させて暮らしていたのでしょうか?
Aoiさん そうですね。 そんなある時、知り合いの先輩から、化粧品の発表会イベントの案内係を頼まれたことがありました。 現場で人手が足りずに困っていたイベント制作会社の方に、私と同じようにモデルとして活動しながら、ブランドショップで働いていた同僚を紹介したらとても喜んでくれて。 同僚は仕事が増えて嬉しい、先輩は人手を増やすことができて嬉しいという、お互いにとって良い関係が生まれたんですよね。 その出来事がきっかけで、モデルとアルバイトのほかに、イベント業界で紹介業もするようになりました。
―自分の職業の特性を活かして、新たな収益ポイントを作ったんですね。
Aoiさん はい。モデルという職業柄、また有名ブランドでアルバイトをしていた経験から、ルックスが良く美しい所作ができる知り合いがいました。 イベントのお誘いがあるごとに、そのイベントの特性に合った人を紹介して、紹介料をいただいくようにしたんです。 そしてモデルの仕事とイベントでの紹介業を合わせて、それなりに生活できるようになりました。

求められたことに対して全力で取り組む。行動力と縁で掴んだ、パリコレの舞台

―イベントでのモデル紹介業の傍ら、自身も着実にモデルとしてのキャリアを積んでいったAoiさん。パリ・コレクション(パリコレ)に出場された経験もあるそうですが、どのような経緯でパリコレに出場したのですか?
Aoiさん モデルを始めた当初から、目標は海外で仕事をすることでした。 活動を始めて3年が経った頃、そろそろ海外へ挑戦しようと思い、それまでお世話になっていた事務所を退所し、ファッションの本場、フランス・パリやイタリア・ミラノへと渡りました。
―現地に何かコネクションのようなものはあったのでしょうか?
Aoiさん 特別なコネクションなどはありませんでしたね(笑)。 ただ、パリに渡る前、おばあちゃんと韓国へ旅行に出かけました。 そのついでに、韓国でモデルの仕事を受けていたんです。 また、当時在籍していた同じ韓国の事務所にフランス人モデルがいて、その人がパリでショーに出ていたと聞きました。 「パリのショーに出る人と同じ事務所に所属しているなら、私にもチャンスがあるんじゃないか」と思い、何のツテもなかったのですが飛び込みで行ってみたんです。
―その後、パリへ向かわれてどうされたのですか?
Aoiさん とりあえず手当たり次第、現地で事務所探しから始めました。 パリに到着し数日が経った頃、新卒時代からイベント設営でお世話になっていた方と、現地でお食事に行く機会がありました。 そこでご一緒させていただいたデザイナーさんに偶然、翌日のショーのモデルに欠員が出たという連絡が入ったんです。
―そして、その場にAoiさんがいるということは…?
Aoiさん はい、その場ですぐ「もし人が足りなくてお困りなら、私にやらせていただけないでしょうか?」と聞いてみました。 そして翌日に行われたショーに出ることになったんです。
―若い頃から、人とのご縁を大切にされてきたAoiさんだからこそ、掴んだチャンスだったんですね。
Aoiさん そう言われると照れてしまいますけどね(笑)。 でも、このお話をいただけたのは、若い頃から「人から求められたことを一生懸命やってきたから」なんじゃないかなと思っています。 モデルもイベント業も、その積み重ねができていたからこそ、素敵なご縁にも恵まれた。 きっとモデルだけでも、イベント業だけでも、このご縁をいただくことはできなかったんじゃないかと思います。

おごらずに歩き続ける。「特別でない人」が夢を叶える方法

―Aoiさんは現在、モデル業の傍ら、株式会社AOSTA・代表取締役としてイベントを運営、マナー講師もされているとお聞きしました。モデル業からなぜ、起業という選択をされたのでしょうか?
Aoiさん パリを経験後にシンガポールや香港でも仕事をする機会があり、モデルとしての夢、すなわち「海外で仕事する」という夢を達成してしまいました。 その後、モデルだけでなく新たな領域に挑戦してみたいなと思い、自分には何ができるのかを考えてみたんです。
―そして行き着いた答えが、ビジネスマナーの講師という職業だったんですね。
Aoiさん はい。もともと幼い頃からおばあちゃんに、マナーを厳しくしつけられてきたので、大人になって人から所作を褒められることが多かったんです。 そしてイベントで人を紹介するにあたり、その人にマナーをレクチャーする機会も多かった。 そこで接客接遇検定など、ビジネスマナーに関する資格をいくつか取得し、マナー講師の研修課程をパスしました。 現在は、私の母校である専門学校を中心に、マナーに関する講義を受け持っています。
―現役モデルで起業家、マナー講師という人はなかなかめずらしいですよね?
Aoiさん そうですね。 この事業を立ち上げるにあたり、私の過去のキャリアを活かしながら、マナーを教えることで付加価値が加わるなと思ったんです。 私がこれまで感覚知として実践してきたことを、資格の勉強などを通して、誰にでも分かりやすくロジカルに説明できるようになりました。 会社としては、モデル時代に行っていた紹介業の延長で、企業さまのイベントのお手伝い(企画、運営、スタッフ派遣など)をさせていただいておりますが、弊社から派遣するスタッフ(モデルと兼業の人がほとんど)にも、もちろん一通りのマナーを教えています。
―モデル・紹介業・マナー講師。Aoiさんの過去の全てのキャリアや経験が、今につながっているんですね。
Aoiさん 私は、自分のことを「特別な人」だなんて、思っていません。 モデルをやるにあたり、身長など体型面では恵まれていたかもしれませんが、勉強やスポーツ、仕事も、誰もが驚く突出した才能に恵まれていたわけではありません。 そんな、いわゆる「普通の人」がなぜパリコレに出て、起業できたのか。 自分で言うのも恥ずかしいですが、おそらく人から求められたことを一生懸命やって、目の前の仕事に懸命に取り組んできたからなんじゃないかと思います。 「自分は何がしたくて、何ができるのか?」 その問いに向き合い続けるのは簡単なことではないですが、そこから目を背けずに自分ができることもできないことも、客観的に受け止める。 そして自分の目標に向けて、おごらずに地道に歩き続ける。これができたから、目標が達成できたんじゃないかなと思います。

大きすぎる夢は、小さい目標達成の連続

―Aoiさんの夢を叶える方法、とても参考になりました。独立・起業を考える読者にとっても、勇気づけられる内容だと思います。
Aoiさん そうだと嬉しいです(笑)。 私の体験談から皆さんの夢を叶えるために、まず今すぐ行動できることを落とし込むと、 ・人に求められたことを全力でやる ・できることを増やす ・やりたいことと求められることは別と認識する この3つになるかなと思います。 自分の向かう方向によって差異はありますが、大抵の場合はこれを徹底的にできれば夢に近づくのではないかなと思います。
―これから何かを目指す方へ、メッセージをいただけますか?
Aoiさん 「夢」と聞くと、とても大きなものに思えてしまい、自然と自分の中で「なかなか達成できないもの」と認識してしまいますよね。 私自身、モデルになった時に「絶対パリコレに出てやる」という夢を明確に掲げていたら、おそらく理想と現実とのギャップに、メンタルをやられていたんじゃないかなと思います(笑)。 そこで「夢」をもっと、実現可能なレベルの「目標」にまで落とし込むと良いのではないかなと思います。 私自身「海外で仕事をしたい」というぼんやりとした夢に向けて、日々の仕事に向き合い、モデルの傍ら紹介業も並行して仕事をしてきました。 その結果、モデルとしては海外で仕事ができるようになり、紹介業での経験を活かして起業、マナー講師になることができました。 「夢」は持ちつつも、求められることを真剣に、1つずつしっかりと達成していく。 その先に、大きな「夢」があるのではないでしょうか。
近年、政府が推し進める「働き方改革」達成の有効的な手段として話題の、複業(副業)。 今働いている会社に在籍しながらも、就業前後や休日を使って、新たに会社とは別の仕事を始める方も増えています。 今回お話を伺ったのは、柳谷智宣さん。 柳谷さんは20代から手に職をつけようと、ライターとしてのキャリアを積む一方、都内に4店舗構える飲食店「原価BAR」の経営者としての顔も持っています。 さらに、海底熟成ウイスキー販売、飲食店人材育成サービス、NPOでの活動など、合計5足のわらじを履いているのです。 なぜ、柳谷さんは数多くの事業をされているのでしょうか? 今回は、柳谷さんのキャリアを振り返るとともに、複業(副業)で稼ぐためのポイントについて、教えていただきました。
<プロフィール> 柳谷智宣さん ライター・編集者/株式会社ハイテンション・共同創業者 ITやビジネスといったカテゴリーで執筆しているライター。キャリアは20年目。 雑誌やムック、単行本、新聞といった紙媒体から、Web記事、メールマガジン、プレスリリースなども手掛ける。 現在は、執筆だけでなく、企画提案から編集までを行う。 2011年に株式会社ハイテンションを起業し、専務取締役に就任。「原価BAR」の1号店を五反田に出店。 ライター/「原価BAR」の経営の他に、飲食店人材育成サービス・株式会社レベリング、海底熟成ウィスキー販売を扱う・株式会社トゥールビヨン、高齢者のデジタルリテラシー向上を支援する団体・「DLIS(ドリス)」を立ち上げるなど、その活動領域は多岐に亘る。

手に職をつけて、ストック型ビジネスを実践。柳谷さんがライターという職を選んだ理由

―現在に至るまでの経緯を教えてください。
柳谷さん 20代前半はふらふらしていたのですが、それでも食えるだけの生計は立てられていたので、特に生活に困っていませんでした。 しかし、20代も後半となり、そろそろ何かしら手に職をつけて、一生続けていける職業を探そうと思ったんです。
―そこで選んだ職業が、ライター業だったのですね。
柳谷さん そうです。 自分が「どんな職業でならがんばれるかな?」と考えてみたところ、消去法でクリエイターになるしかないと思ったんです。
―なぜでしょう?
柳谷さん もともと文字を書くことが好きだったこと、手に職をつけて実力の世界で勝負してみたいと思ったからです。 とはいえ、どうやってライターになったらいいのかはまったく知りません。 そこで編集プロダクションの求人に応募し、業務委託としてジョインしてライターとしてのキャリアをスタートさせました。
―始めてみていかがでしたか?
柳谷さん 文章を書くことは好きだったので、苦ではありませんでしたが、当然仕事としては未経験だったため、最初はとにかく必死でしたね。 そして入社して3ヶ月ほど経った時に、転機が訪れました。 IT系週刊誌の雄、「週刊アスキー」(http://weekly.ascii.jp/)の6ページ分の特集に挑戦してみないかと、上司から声をかけられたんです。 まだキャリアも短く、右も左も分からないままでしたが、いろいろとアドバイスを受け、書き上げました。 何日も徹夜して苦労しましたが、それでもなんとか無事出版され、雑誌に載っている自分の名前を見て、衝撃を覚えました。
―苦労して作り上げたものが世に出るのを見ると、感動しますよね。
柳谷さん そうなんです。 あの衝撃は今でも忘れられないくらいのものでした。その成功体験があったからこそ、20年間ライター・編集者としての腕を磨いてこれたんです。
―その後ライター・編集者としてどのようなお仕事をされたのでしょう?
柳谷さん 記事作りから雑用まで、基本的に任された仕事は全て行ってきましたね。 当時はインターネットの黎明期だったので、Webサイトやフリーソフトなどに関する内容を中心とした特集を多く扱っていました。 仕事をしていく内に、自然とインターネットに関する知見が身についていたこと、たまたま編集プロダクションで働いていたことから、単行本を出させていただくチャンスもいただきました。
―まさに先程おっしゃっていた、ライターとして「手に職をつける」形になったのですね。
柳谷さん 当時はどの仕事もかなり大変でしたけどね(笑)。 「手に職をつける」とはすなわち、ストック型のビジネスです。 例えば有名企業に就職して、その中でトッププレイヤーになったとしても、その会社内じゃないと、その人がどれくらいすごいのかって、なかなか伝わらないですよね? それよりも「本屋に行けば、僕の本が5冊置いてあります」みたいな方が、手っ取り早く自分がどんな仕事をしているのかをアピールできると思ったんです。 (もちろん、今の時代なら前者の人でもメディアやインターネット、SNSを通じてアピールできますが) 僕の時代は、なかなか自分で発信できるものがなかったので、ストック型ビジネスとなるライターという職業はまさに僕の理想にピッタリだったんです。

原価の秘密は「入場料」にあり! 3方良しのビジネスモデル

―前職での実績が、会社をやめられてからも「ITライター・柳谷智宣」として活躍される布石になったわけですね。「原価BAR」を出店することになった経緯を教えてください。
柳谷さん もともとお酒がとても好きだったことから「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」をずっと探してきました。 僕は普段から本当にたくさんのお酒を飲むので、少しいいお酒を飲むと、1人で会計が数万円になってしまうこともザラにあります。 かといって飲み放題のお店に行くと、安かろう悪かろうなお酒が出てくるケースが多く、悩んでいたんですよね。
―そこで思いついたのが、「原価BAR」の構想だったんですね。
柳谷さん そうですね。 2007年頃から自分でお店を持ちたいと思いはじめて、現場に立ってくれる相棒を探していました。 その後、通っていたバーのマスターと意気投合して、彼を代表として株式会社ハイテンションを起業。 バーのマスターと合同出資(一部銀行から借入)という形で、「原価BAR」1号店を五反田にオープンさせました。
(原価BAR・五反田店) ―なぜ相棒が必要だったのですか?
柳谷さん 僕はお酒は好きですし、お店も持ちたいと思っていましたが、自分がマスターとして現場に立つことは考えていなかったんです。 ライターの仕事は今後も続けていこうと考えていたので。 起業とともにお世話になっていた会社を退職し、フリーライターと「原価BAR」の経営者、2足のわらじを履き始めました。
―「原価BAR」のビジネスモデルについて教えてください。
柳谷さん 先程お話した通り「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」を作ることをコンセプトとしていました。 酒の質だけを求めるとどうしても高価になってしまいますし、安価だけを求めると酒の質を下げる、ないしは卸業者に無理な交渉をせざるを得ません。 そこで思いついたのが、入場料制というシステムです。
―入場料制とは?
柳谷さん 入店する段階でお客さまからお金をいただき(1,600円〜)、お酒やフードは全て原価で提供する、という仕組みです。 このシステムを使うと、お酒は原価のみお支払いいただくので比較的安価で飲めますし、入場料でお金をいただいているので、場所代や人件費もきちんと回収できるというわけです。 お客さまもお店も卸業者も、3方良しのビジネスモデルと言えます。
―1号店を出店してから、業績はいかがでしょうか?
柳谷さん 五反田店は開店後、すぐに大行列となり人気を博しました。 その後すぐにその上のフロアも借りて、五反田2号店をオープン。その翌年に赤坂、銀座、ウランバートルと、着実に店舗を増やしています。

アウトプットに対する責任を持つこと。複業をする際に心がけるべきポイント

―先程柳谷さんは、ライターの仕事をされながら、「原価BAR」の経営の2足のわらじを履かれているとおっしゃいました。どのように両立されているのでしょう?
柳谷さん ライターの仕事の比率が多く、「原価BAR」の事業は、現代表と現場のスタッフたちが回しているので、今はあえて深くコミットしていません。 もちろん、「原価BAR」を立ち上げる時はかなり時間も労力も費やしましたし、今でも経営には参画していますが。 「質がよくておいしいお酒を、安価で飲めるお店」を作ることは僕の悲願だったので、今後は店舗数を少しずつでも増やして、成長させていきたいですね。
―ほかにも事業を起こされているとお聞きしましたが…?
柳谷さん はい。ほかには大きく3つの事業を起こしています。 1つ目は、海底で熟成したウイスキーの制作・販売事業。 ウイスキーを海底で熟成させると、よりおいしくなるんですよ。その製造は前から行っていたので、それを流通させる事業を行っています。 2つ目は、ITライターとして培ってきたの知見を活かして、IT企業を起業しました。 内容は、ITに関するリテラシーが低い人へ向けた、ゲームを応用したEラーニングを作る事業です。「原価BAR」などの飲食店で働くスタッフへの社員教育に、利用しています。 3つ目は、デジタルリテラシーの低い高齢者を狙った犯罪を防ぐための活動を、NPO法人として立ち上げています。 いずれも「ITライター」としてのスキルや「お酒」といった趣味がこうじて、始めたものばかりですね。
―立ち上げるのは大変だったのではないですか?
柳谷さん それなりには大変でしたけど、起業に関しては1度「原価BAR」を作る際に会社を立ち上げていたので、手続きにそこまで手間取ることはありませんでした。 もちろん立ち上げ期から落ち着いてからも、ライターを中心とした別の仕事も並行して行っているので、限られた時間・リソースの中で仕事をするのは大変ですけどね。
―そこまで数多くの事業を回すためのモチベーションはどこにあるのでしょう?
柳谷さん 全ての事業が自分の得意な領域の仕事であり、何より好きだからだと思います。 複業として仕事を始めると、どうしてもどっちつかずになって言い訳をしてしまいがちになります。 「本業で稼げているから、2つ目(もしくはそれ以降)の複業では赤字を出さない程度に稼げていればいい」。そういった意識でいると、自然と時間にも成果にもこだわらなくなってしまう。
―だからこそ、得意な領域であり、好きな仕事を複業として選ぶべき、ということですね?
柳谷さん そうですね。 その複業を趣味としてではなく、事業として、ビジネスとして始めるなら、プロとして仕事をするべきだと思います。 お客さまからお金をいただいているのですから。 アウトプットに対する責任をきちんと果たしつつ、仕事を楽しむことができれば、2つと言わずに3つ4つと、複業できるようになると思います。
―これから複業(ないしは副業)を始めようとする方にとって、とても重要な心構えですね。最後に読者の方へ、メッセージはありますか?
柳谷さん きちんとお客さまからお金をいただくシステムを作れば、自分もしっかり仕事をしなきゃいけないなと背筋が伸びます。 中途半端に「儲からなくてもいいや」と思うのではなく、まずはきちんとお金を稼ぐという認識を持つことはとても大切だと思います。 そして、本業がある中で仕事を始めるなら、必然的に時間の制約が厳しくなります。 その制約の中で仕事をずっと続けていくためには、やはり自分の好きなことじゃないと続かないと思っています。 自分の得意な領域、好きな仕事をきちんとよく見定めて、複業に挑戦してみると良いのではないでしょうか。
脱サラして独立・起業をする際は、できるだけ息の長い職業を選びたいもの。 しかし、昨今ではAIやテクノロジーの発達で将来的に消滅する職業が予想されるなど、職の興亡はさらに激しくなることが予想される。 実は、このような職業の入れ替わりは、歴史上何度も繰り返されてきたことだった。 今回は、明治・大正・昭和の1300の職業と詳細を綴った「近代日本職業辞典(松田良一著・柏書房)」から今は存在しない職業を紹介し、現代でも活かせる仕事のアイデアを提供したい。 日用品を修理する「鋳掛屋(いかけや)」や、季節ものの商売「お宝売り(おたからうり)」など、時代とともになくなってはいるものの、そのビジネスの本質は現代の商売に通じるものがあった。 時代は変わっても商いは人が行うもの。本や映画の古典を今でも楽しめるように、人の本質はそうそう変わるものではない。過去に存在した職業とそのエッセンスから、独立・起業のヒントを得ることができるだろう。

【修理】 エコ志向の今だから流行るかも? 「鋳掛屋(いかけや)」

リサイクルやリユースが当たり前になった昨今、職業として再び成り立つのでは? と思わせるのが鋳掛屋。 この職業は江戸時代から大正時代にかけて、町を回り、穴の開いた鍋や釜などを修理して回った職人だ。 今でこそ100円ショップで鍋が買える時代だが、江戸時代から大正時代にかけて鍋や釜はひとつひとつ手で作られ、日常的に使う煮炊きの道具だったので値が張るものだった。 「月夜に釜を抜かれる(明るい月夜に泥棒に釜を盗まれる、転じてひどく油断する意味)」ということわざがあったくらいなので、中古品でも売れば高い値が付いたのだろう。 このように高価な鍋や釜はおいそれと買い換えるわけにもいかず、修理をしながら大切に使われた。 鋳掛屋は路上で修理を行いながら、修理用の“ふいご”や“コテ”を道具箱に入れ、家から家に歩いて回ったという。 現代では、日頃よく使うものを修理する職の代表格として、スマホ修理屋がある。 割れた画面や液晶の修理は、おそらく誰もが1度は依頼したことがあるのではないだろうか。 このほか、出張自転車修理屋では、お店が閉まった深夜でも電話1本で駆けつけてくれ、パンクしたチューブなどを修理してくれるところもあるそう。 日用品を売るのではなく、修理する仕事はいつの時代も必要とされるのだろう。

【財産保護】江戸時代の簡易倉庫職人「穴蔵屋(あなぐらや)」

「穴蔵屋」とは、穴掘りを仕事にする職業である。 穴掘りが仕事になる、と聞くと少し奇妙に思わないだろうか? しかし、江戸時代から明治時代にかけて、穴掘りが仕事になった時期があったのだ。 穴蔵屋が手がけたのは、穴蔵と呼ばれる地下倉庫。 これは商人が財産となる金銀を蓄えるために作られた簡易倉庫で、火事に強く、蔵を建てるよりも安く建てられたため、商人を中心に一定の需要があったという。 なぜこの職業に需要があったのかというと、江戸に火事が頻発したからだ。 「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたように、建物が密集し、乾燥した気候の江戸では、大火事がよく起こった。 江戸時代には合計100あまりの大火が起き、2〜3年に一度、町を焼き尽くすような大火事が起きたという。 このように、自らの財産を守る商品はいつの時代でも高い需要がある。 東日本大震災以降、災害に対する自衛に注目が集まっている。 非常時に使う防災用品の販売や安否の確認サービスは多くの人が必要とするものではないだろうか。

【人材紹介】江戸時代の職業案内所「請宿(うけやど)」

現代では職を求める際に、求人サイトや転職エージェントなど様々な窓口が選べるが、明治から昭和にかけて人々はどのように就職先を求めていたのだろうか? その窓口となっていたのが請宿だ。今でいうところの、職業案内所に近いと言っていいだろう。 請宿は、商家や武家の奉公人や下男・下女(雇い先に住み込みで働く男性や女性)などの仕事を、人々に紹介していた。 知り合いの口利きで仕事にありつくことも多かった当時は、このような職業案内所は重宝され、様々な人が請宿の敷居をまたいだという。 現代では公共の職安をはじめ、インターネットを見れば求職情報はよりどりみどり。 自分の余った時間を切り売りできるネットサービスも登場しているので、仕事に困ることは少ない。 仕事を求める人は多くても、個人では少し行いづらい仕事かもしれない。

【季節イベント】季節限定の縁起物商人、「お宝売り(おたからうり)」

お守りや酉の市の熊手などが飛ぶように売れていく様子を見ると、古くから人は、ついつい縁起物を買ってしまうものだと感じてしまう。 お宝売りとは、江戸時代から明治期にかけて繁盛した商売で、正月2日の夕方頃に「お宝〜、お宝〜」と声をあげて宝船が描かれた絵を売り歩いていたそうだ。 正月の夢は初夢と言って、1年の運勢を占う機会になっていた。 初夢で縁起のいい夢が見られるようにと、人々はお宝売りから宝船の絵を買い、枕の下に敷いていたそうだ。 これらの絵は、商家がお得意さまに新年の挨拶代わりに配ることもあり、とても人気があったという。 季節ものということもあり、稼げる時期が限られているが、東京ではクリスマス限定で出張サンタ「東京サンタクル」というサービスが提供されている。 ハロウィンなら衣装の貸し出しサービスや出張おばけ、お正月ならレンタルの門松貸し出しサービスなど、アイデア次第で季節のイベントはビジネスチャンスになるだろう。

【自分だけが持ち得るスキル】活動写真時代に活躍した「映画弁士(えいがべんし)」

3D映画が当たり前のように見られるようになり、最近ではにおいや振動まで体験できる4Dも登場した映画だが、登場した当初は映像だけが流されていたことをご存じだろうか? 映画弁士は、「活動写真」と呼ばれた音声のない映画(映像)に、声や効果音をあてた仕事だ。 弁士は映画の登場人物のセリフだけでなく、筋書きの説明などもこなし、最盛期は複数の弁士がそれぞれの登場人物のセリフを受け持っていた。 映写技術の発達でこの仕事は激減したが、今でも弁士の技術を持つ人がいて、無声映画に声を当てるイベントなどで活躍しているという。 SNSが一般的になった現代において、特殊なスキルは注目されやすい。 最盛期の弁士ように、大きな需要はないかもしれないが、自ら固有のスキルを持っていれば珍しがられてイベントなどで活躍できるだろう。 自分だけのスキルは、どんどんアピールしていきたいところだ。

時代や職種が変わっても、商いの基本は同じ

仕事は日々の糧を得るだけでなく、それを通して地域や社会と繋がるためにある。 もしお金のなる木が手元にあって、金銭的に困らなくても、仕事がなければきっと毎日は退屈になってしまうに違いない。 ご紹介したように、今は存在しない仕事の中には「日用品を修理する」「防災意識に働きかける」「季節のイベントにまつわる品を売る」など、商いのエッセンスが詰まっていた。 時代が変わり職種がなくなっても、根本的なコツをつかめば現代に応用できることも多い。 独立・起業を考える上で役立つのではないだろうか。 とはいえ、好きな仕事はなるべく長く続けたい。成功例や失敗談など情報をできるだけ多く集めて、順風満帆な事業にしていきたいものだ。
取材・文 鈴木雅矩(すずきがく) ライター・暮らしの編集者。1986年静岡県浜松市生まれ。日本大学芸術学部を卒業後、自転車日本一周やユーラシア大陸横断旅行に出かける。 帰国後はライター・編集者として活動中。著書に「京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)」。おいしい料理とビールをこよなく愛しています。
他人の評価って、気になりますか? 「インスタ映え」や「エゴサーチ」という言葉があるように、自分が周りの人にどう思われているかを気にしてしまう人が多い、現代社会。 しかし、今回お話を伺った造形作家の橘川匠さんは「他者からの評価に固執することはない」と、言います。 大学を中退して専門学校生、パソコン教室講師、派遣社員など様々な経験をしてきた橘川さん。現在は造形作家として、誰も思いつかないようなユニークな作品をデザインフェスタやネット通販に出品することで生計を立てています。 独特な視点と発想から生まれた作品には、根強い人気があります。 しかし、独特な作品を作ってきたからこそ、様々な評価もされてきました。 今回は、そんな橘川さんの半生を振り返るとともに、「評価されること」について伺いました。 (さらに…)
個性。 他者とは異なる、その人特有の性質や性格。価値を見出され重宝されれば強い武器にもなりえますが、使う場所やタイミングを間違えると弱点にもなります。 今回お話を伺った、悠情(ゆうじょう)さんも、その個性を武器に活躍される「フィドラー」(バイオリン演奏者)です。 (さらに…)
一見、華やかなプロ野球の世界。 活躍すれば、スター選手としての地位を確立することができ、膨大な報酬がもたらされます。 その反面、高年俸を稼ぐ選手はわずかひと握り。試合で結果を残せず、表舞台から身を引く選手の方が圧倒的に多いのです。 (さらに…)
次の20件を表示 
1 2 4
Line
Line
Line

月間アクセスランキング

カテゴリー

注目のキーワード

アントレ

独立、開業、起業をご検討のみなさまへ
アントレは、これから独立を目指している方に、フランチャイズや代理店の募集情報をはじめ、
さまざまな情報と機会を提供する日本最大級の独立・開業・起業・フランチャイズ・代理店募集情報サイトです。

会員登録はコチラ

アントレ公式ページ