個人事業主が引っ越す際、自宅と事務所を兼用している場合には、事業を行う場所も変わることになります。引っ越しによって事務所を変えることになる方も多いのではないでしょうか。
個人事業を開業する際には、事業を行う場所を記載した「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)を管轄の税務署に届け出ます。では、引っ越しによって事業を行う場所が変わった場合も、何か手続きを行う必要はあるのでしょうか。
住所変更の手続きや届け出に関してどのようなものがあるか、焦る必要がないよう、引っ越しを決める前に整理しておきましょう。
個人事業主が事業所の住所変更をした際に必要な手続き
個人事業主は事業所の住所に変更があり納税地が変更となった場合は税務署に「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する届出書」を提出する必要がありましたが、2023年1月1日以降の引っ越しによる納税地変更については届け出が不要となりました。
しかし、引っ越しによって他にも提出が必要となる書類があるので、よく確認しておきましょう。自分は、どのような税金を納めており、どのような引っ越しなのかを事前に税務署に説明して必要な手続きを聞いておくと安心でしょう。
引っ越しで提出が必要になる書類をいくつかまとめてご紹介します。
個人事業主の納税地に異動があった場合の手続きは?
会社員が住所を変更すると、住民票などの手続き変更後、勤務先・金融機関・その他住所を登録している所に対して変更手続きをする必要があります。
それに対して個人事業主が住所を変更して納税地が変更となった場合は、勤務先ではなく税務署に対して住所変更の手続きが必要になります。個人事業主の引っ越しにおける手続きは、事務所の場所に応じて以下のように整理します。
その他にも、「事業で利用する車両」「電話回線」「銀行口座」「事業用クレジットカード」「許認可が必要な業種」における住所変更手続きは、事業の状態によって多岐にわたります。各所に事前に必要となる書類や登録変更にかかる日数、登録変更の期限などを確認しておくと、引っ越しした後が楽になるでしょう。
そもそも納税地とは?
そもそも納税地とは、一般に住所地のことを指します。国内に住所がある人であれば、その住所が「納税地」となります。確定申告書は提出する際の納税地、つまり住所地を所轄する税務署に対して提出をします。事業所得の申告をする場合は、事業を行っている事務所の住所地が納税地となります。
原則として、所得税だけでなく消費税の申告書や届け出なども、事業者の納税地の税務署長に提出するように定められています。個人事業主の所得税や消費税は、事業者単位で申告します。そのため、納税地の住所地で納税します。
また、納税地については青色申告や白色申告による区別はありません。引っ越し先の納税地を調べたい場合には、国税庁の「税務署の所在地などを知りたい方」で検索できます。
「所得税・消費税の納税地の異動に関する届出手続」は2023年1月以降の引っ越しから提出不要に
自宅兼事務所としている個人事業主は引っ越しをすると、事業を行う場所も変更となるので管轄の税務署が変わることがあります。
このように、引っ越しによる事業所の移転によって、これまで確定申告をして税金を納めていた税務署の管轄が変わるときには、引っ越し後の住所地を管轄する税務署長に「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申出書」の提出が必要でしたが、2023年1月以降に引っ越した場合は提出不要となりました。2023年1月1日からは、引っ越し先で、確定申告を行えば問題ありません。
「No.2090 新たに事業を始めたときの届出など」(国税庁)
※「所得税・消費税の納税地の変更に関する届出書」参照
「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出する
個人事業主が事業用の事務所を移転した場合には、開業届の変更手続きは不要と前述しましたが、国内に給与を支払う従業員を雇用している場合は「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出することが求められます。
「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」は、事務所移転から1ヵ月以内に、事務所移転前の住所を管轄する納税所へ提出となります。
「[手続名]給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」(国税庁)
労働保険・社会保険(健康保険・厚生年金)に加入している場合も届け出が必要
従業員を一人でも雇っている場合、個人事業主でも労働保険(雇用保険、労災保険)が適用されます。労働保険に加入している場合は、引っ越し先の管轄の労働基準監督署または公共職業安定所(ハローワーク)に「労働保険名称、所在地等変更届」を提出することになりますので合わせて覚えておきましょう。移転した日の翌日から10日以内に提出が必要です。
また、合わせて「雇用保険事業主事業所各種変更届」を引っ越し先の管轄の公共職業安定所に提出する必要があります。
社会保険に加入している場合は、引っ越しによって管轄の年金事務所が変更となる場合でもそうでない場合でも「適用事業所名称/所在地変更(訂正)届」の提出が必要となります。提出期限は移転から5日以内で、提出する先は「引っ越し前の管轄の年金事務所」です。
なお、引っ越しにより会社の電話番号や事業所の連絡先電話番号が変わる場合は「健康保険・厚生年金保険事業所関係変更(訂正)届」も一緒に提出します。こちらも提出期限は移転から5日以内で、「管轄の年金事務所」に提出します。
「適用事業所の名称・所在地を変更するとき(管轄内の場合)の手続き」(日本年金機構)
「適用事業所の名称・所在地を変更するとき(管轄外の場合)の手続き」(日本年金機構)
「事業主の変更や事業所に関する事項の変更があったときの手続き」(日本年金機構)
振替納税制度を利用している場合
「振替納税」を利用している場合には、「預貯金口座振替依頼書兼納付書送付依頼書」(振替依頼書)の提出が必要になります。
そもそも振替納税とは、国税を納税者名義の金融機関口座から引き落として納付する手続きのことです。引っ越しても管轄の税務署が変わらない場合には、振替納税が自動的に継続されます。
しかし、引っ越して税務署が変更となった場合には、次のいずれかの対応が必要になります。
・変更後の税務署へ、新たに振替依頼書を提出する
・異動後も振替納税を継続する旨を記載した「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する届出書」を、変更前の税務署に提出する
振替依頼書は、場合によっては都道府県税事務所や年金事務所、労働基準監督署などにも届出書等を提出する必要があります。引っ越しで税務署が変更となった際の必要な届出書等については、各行政機関へ事前にご確認ください。
「[手続名] 申告所得税及び復興特別所得税、消費税及び地方消費税(個人事業者)の振替納税手続による納付]」(国税庁)
住居地と納税地が違う場合
自宅を事業所として開業している個人事業主の手続きについてお伝えしてきましたが、自宅と事業所の場所が異なる場合、つまり住居地と納税地が異なる場合はどのような手続きが必要となるのでしょうか。
事業所の住所が変わらない場合
まず、自宅は引っ越しをするが事業所の場所は変わらない場合については会社員などの給与所得者が引っ越すときと同様に、住民票を移動するのみでその他、税務署などへ届け出の必要はありません。
事業所の住所が変わる場合
次に、事業所は引っ越しをするが住居地は変わらない場合については、住民票の移動は必要ありませんが「所得税・消費税の納税地の異動に関する届出書」などの提出は必要となります。
個人事業主の納税地の特例とは?
住所とは別に、国内に居所として所有している住まいがある個人事業主の方は住所ではなく居所を納税地に変更することができます。また、国内に、住所以外にも別で事業所などがある個人事業主の方は、事業所の所在地を納税地にすることも可能です。
これを「納税地の特例」と呼びます。これまで、特例を適用して、納税地を住所地以外の場所に変更する場合や、住所地以外の納税地を住所地に変更する場合には「所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する届出書」を税務署へ提出する必要がありましたが、2023年1月1日以降の引っ越しによる納税地変更については、この提出は不要となりました。
海外に引っ越した場合
個人事業主が海外に引っ越した場合、「居住者」か「非居住者」かによって必要な手続きが異なります。「居住者」か「非居住者」かは、国内に住所があるかどうか、または海外への予定滞在期間によって異なります。
所得税法上、国内に住所があるか、海外への予定滞在期間が1年未満の場合は日本の「居住者」とみなされ、すべての所得に対して納税の義務が生じます。そのため、日本国内の住所を管轄する税務署に納税する必要があります。
それに対して海外への予定滞在期間が1年を超える場合は、日本の「非居住者」となります。非居住者になった場合、不動産所得などの日本国内で発生する所得(国内源泉所得)のみが課税所得の対象となります。その一方、例えば海外でライター業などをする場合は、日本で所得税を納税する必要はありません。
日本で行っていた事業を廃業する場合は、「廃業届」「青色申告の取りやめ届出書」「所得税・消費税の納税管理人の届出」を「直前において管轄であった場所」へ提出します。
なお、「非居住者」の場合も、必要があれば新しい居住先で所得税を納める義務必要がありますので注意してください。
個人事業主が行う引っ越しは経費計上が可能
個人事業主が引っ越しを行う場合、引っ越しにかかった費用を経費計上できるケースがあります。
引っ越しと一言でいっても、個人事業主が行う引っ越しには4つのパターンが考えられます。
1.独立して構えている事務所を引っ越す:全額経費計上可能
2.自宅兼事務所のうち、事務所のみ引っ越す:一部経費計上可能
3.自宅兼事務所のうち、自宅のみ引っ越す:全額経費計上不可能
4.自宅兼事務所から新たな自宅兼事務所に引っ越す:一部経費計上可能
自宅や事務所のうちどこの部分を引っ越すのかによって経費計上できるか否かは異なります。まずは4つのパターンのうち、自分の引っ越しがどれに当てはまりそうなのかを理解し、今後経費計上できるかできないかを考えましょう。
これらの4つのうち、どのパターンに当てはまるかで、どれほど引っ越しの費用を経費計上できるかが異なります。まずは4つのパターンについて詳しく見ていきましょう。
個人事業主の引っ越し費用は経費にできる?勘定科目について解説
個人事業主が住所変更した時の手続きを解説!忘れていたらどうなる?
【独立して構えている事務所を引っ越す:全額経費計上可能】
自宅と事務所が別の場所にあり、事務所のみを引っ越しする場合、引っ越し費用は必要経費として全額計上できます。
【自宅兼事務所のうち、事務所のみ引っ越す:一部経費計上可能】
自宅にそのまま住み続けて事務所部分のみ引っ越しをする場合、引っ越し費用を全額経費計上できます。
【自宅兼事務所のうち、自宅のみ引っ越す:全額経費計上不可】
現在は自宅兼事務所としているものの、事務所はそのままで自宅部分のみ引っ越しをする場合、事業とは関係のない引っ越しという扱いになるため、引っ越し費用の経費計上は一切認められていません。
【自宅兼事務所から新たな自宅兼事務所に引っ越す:一部経費計上可能】
現在の自宅兼事務所から、新たな自宅兼事務所に引っ越しをする場合、はじめに事業用に使っている部分と自宅として使っている部分の割合を算出します。その上で、事業に使っている部分の引っ越しにあたる費用の割合を算出しその分のみ経費計上することが可能です。
このように、引っ越しといっても自宅や事務所のうちどこの部分を引っ越すのかによって経費計上できるか否かは異なります。まずは4つのパターンのうち、自分の引っ越しがどれに当てはまりそうなのかを理解し、今後経費計上できるかできないかを考えましょう。
また、経費の仕分けについて詳しくは動画で解説していますので合わせてご確認ください。
会計の基礎知識。経費の仕訳は節税の基本です。
個人事業主の場合は住所の変更を忘れずに
会社員など給与所得者が引っ越しをした場合は勤務先に住所変更を伝えることになりますが、個人事業主の場合は、関係各所へ事業所の住所が変更となったことを届け出るという手続きが必要になります。
住所変更に限らず、現在の届け出の内容に変更が生じる場合には、届け出を提出した省庁などに変更の届け出が必要か確認しておきましょう。
<文/ちはる>