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「やりたいこと」がないと、生きていけないのか?―大学院で得た、全く新しいキャリア観

2017年12月21日

社会人が通う大学院、と聞くとMBA(経営学修士)を想起する人は多いのではないでしょうか。

転職や、希望の部署・ポストへの異動など、様々な目的に応じた「1つのスキルアップ」として、MBAの取得を目指す人は年々増えています。

今回お話を伺った福島創太さんも、「株式会社教育と探求社」で働く会社員でありながら、東京大学大学院にも通う、社会人大学院生です。

しかし福島さんの専攻は、教育学。スキルアップのために大学院に入ったわけではないそうです。

「優秀なビジネスパーソンにこそ、大学院に行って欲しい。」

大学院には、単なるスキルアップだけにとどまらず、ビジネスではなかなか得られない価値観を醸成する可能性があると、福島さんは語ります。

ビジネスとアカデミア(学問や研究)の新たな可能性を、取材しました。

<プロフィール>
福島創太さん
1988年生まれ。

教育社会学者。早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」の企画開発等に携わる。

退社後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学し、修了。

現在は株式会社教育と探求社で、中高生向けのキャリア教育プログラムの開発に従事しつつ、同大学院博士課程に在学中。

近著に『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか? ──キャリア思考と自己責任の罠 (ちくま新書)

「やりたいことがないのは、悪いことなのか?」―会社員時代には気づけなかった、アカデミアならではの視点

ー現在、会社員でありながら大学院にも通われている福島さん。就職してから大学院に通い始めたということですよね?

福島さん
はい。

「自分のやりたいことを見つけたい」と思い、就職活動をする中で、当時から進路選択の1つの候補として大学院を挙げていました。

祖父が大学教授で、研究職が身近だったこともあり、そのときは多くの研究者に会いに行きました。

そうして僕が出会った尊敬できる教授はみんな、「この問題をなんとかしないと生きていけない」というほど強い問題意識があるテーマを持っており、自分にはまだそれがありませんでした。

だから自らの問題意識を深めるために就職の道を選びました。

ーそこで入社されたのが、リクルートだったんですね。なぜリクルートに入社されたのでしょう?

福島さん
当時の僕は「個人の意思決定」に大きな関心があったからです。

全ての個人が自分の意志で決断でき、その意思決定に強く責任を持っていれば、自分らしく生きていける人がこの世の中にもっと増えるんじゃないかなと、思っていました。

だから僕は、転職市場を活性化させ、雇用の流動化をいい意味で促進できる役割を担って、みんなが仕事を通して意思が実現できる世界を作りたかったのです。

しかし仕事をやればやるほど、課題が見えてきました。

ーその課題とは?

福島さん
個人の意思のなさや、やりたいことのなさ・分からなさというものを、とても感じたんです。

「今の職場が嫌だから転職したい」と悩みつつも、本人が具体的に何をしたいか分かっていない、そもそもやりたいことがない、というケースが非常に多くありました。

僕はこの問題の原因を、この転職者達が育ってきた環境、すなわち教育にあるのではないかと考えました。

先生から生徒への一方通行型、詰め込み型の教育により、こどもが「自分は何がしたいのか」という意思決定をするシーンが少ないことが、今の教育の大きな問題点だと考えたんです。

そうした問題の解決に向けて、専門的に教育を研究するために、会社を辞めて大学院への進学を決めました。

ー大学院ではどんな研究をされたのですか?

福島さん
大学院に進学した当初は、こどもの価値観を広げる環境をいかに創出するか、を考えたいと思い、「コミュニティ・スクール(地域の住民が学校運営に参画できる仕組み)」の研究をしたいと思っていました。

学校のなかで、先生だけでなく幅広い大人と関わる機会をつくることが重要だと考えたんです。

ですが、担当の教授から問題提起を受けました。

僕は前職での経験から「自分でやりたいことを見つけて、キャリアを描く人」が増えることが豊かなことだと信じていました。

しかし教授は「やりたいことをしている人のキャリアが“良いキャリア”で、やりたいことがない人が選ぶキャリアは“悪いキャリア”なのか?」と、僕に問いかけてくれました。

逆に「人には、やりたいことがなければいけない」という規範そのものが、人々を苦しめているのではないか、という疑問を提示してくれました。

ーたしかに、非常に鋭いご指摘ですね…。

福島さん
この言葉を聞いた時、本当に衝撃的でした。

そもそも「自分のやりたいことを考えられるかどうか」は、生まれ育った家庭環境や受けてきた教育など、一個人ではどうにもならない社会構造が絡んでくる複雑な問題だということに気が付きました。

そのとき、前職で幸せにしたかった人たち(転職者)に対して、自分の価値観を押し付け、逆に不幸にしていたのではないか、と思うようになったんです。

ー大学院に入って、まさにパラダイム・シフト(当然のことと考えられていた認識や思想、価値観などが、劇的に変化すること)が起こったのですね。その後、大学院ではどんな研究をされたのですか?

福島さん
前職時代の経験を経て感じていた「なぜ若者は転職を繰り返すのか」という疑問を明らかにしたいと思うようになり、「今の若者のキャリア観や転職」についての研究をスタートしました。

研究の結果、若者が転職を頻繁にするのは、自分の意思に基づくものだと思われているけれど、実は世の中の構造的な部分(産業構造や企業の採用戦略、大学のキャリアセンターやメディアからの影響など)に強く影響を受けていること。

そしてキャリア選択の責任は、もちろん彼ら自身にあるものの「転職を繰り返すのは、彼らが1つの場所でがんばれないからだ」と、偏った価値観で責任を追求されるのは適切ではない、という結論に至りました。

これが僕の修士論文となり、本としても出版されました。

※ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか? キャリア思考と自己責任の罠 (ちくま新書)
http://urx3.nu/HiAX

ー非常に興味深いお話です。修士過程修了後は、会社員に戻られたのでしょうか?

福島さん
はい。現在は「教育と探求社」という会社と「ティーチャーズイニシアティブ」という一般社団法人に就職し、会社員と大学院博士課程を両立する生活を送っています。

アカデミアの役割は、世の中の問題がなぜ起きているのか、その影響や原因を明らかにすることですが、実際に起きている問題を解決するような動きは多くありません。

では僕が修士論文で提唱した問題は、どのようにしたら解決できるのか。

「自分のやりたいことを軸にキャリアを描かなければならない」という考え方は窮屈だと思いつつも、家庭や育った環境などの格差の影響を受けない形で、自分なりのやりたいことや自分自身の可能性を見つけられる教育があれば、本当はいいのだろうと思い、その理想を追い求められる環境に身を置きたいと考えました。

そして選んだのが、アクティブラーニング型の教育プログラムを作っている、今勤めている会社です。

環境に関係なく、こどもたちが自己肯定感を高め、自然にやりたいことや自分の可能性を見つけるヒントになるのが、僕たちが作っているプログラムです。

大学の研究と会社員の生活が、お互いに相互作用を及ぼしています。

会社からも教授からも、優遇される? ビジネスとアカデミアを両立することの希少性

ー教育関連の会社で働きながら、大学院博士課程に行きつつ、本の執筆や講演などもされている福島さん。なぜ、多方面で活躍することができるのですか?

福島さん
活躍という程ではないですけどね。おかげさまでいろいろな仕事をやらせてもらっていますが、僕の場合、全て「教育」というテーマが根っこにあるんです。

会社で教育プログラムを作るのも、大学院で研究するのも文章を書くのも、僕からすると角度を変えて「教育」をテーマにした仕事をしている、という感覚です。

異なる領域で多様な視点から同じテーマを眺めることで、自分のやっていることを俯瞰できるので、新しい気づきが生まれてきます。

ー大学院時代のパラダイム・シフトのように、様々な角度から見れば自ずと価値観も多様化していきますよね。

福島さん
まさにその通りです。

同じ「教育」でも、ビジネスの世界から見える景色とアカデミアの世界から見える景色は全く異なります。

故に「自分がやっていることは本当に正しいのか?」と、常に自問自答しています。

ーその他に多方面で活躍することのメリットはありますか?

福島さん
アカデミアで知見を深めつつ講演や記事を書いて問題意識を発信することと、ビジネスの現場で実際に考えをカタチにすることを両立できることが大きな強みだと思っています。

最新の知見に触れながら、表舞台に立って新たな取り組みを生み出すことの両立はまさに、このポジションだからこそできていることだと思っています。

発信と実業の両立は、対象は違いますがどちらも直接的に社会全体の価値観を変えにかかれるので、とても有意義な活動だと感じています。

ー両立すると、研究と発信の両方が仕事になりますからね。

福島さん
あとは、ビジネスとアカデミア両方の知見を自分を通して交換できるので、両方の領域(場)ですごく重宝されます。

僕は東京大学の大学院に在籍していますが、東京大学の教授は、あらゆる学問の第一人者たち。受ける授業のどれもが最先端の知見を元にしたものです。

その教授の近くで学んだ知識はビジネスの世界でもとっても有効です。特に、僕は教育の会社に勤めているので、なおさらですね。

逆にビジネスの現場で働いていることで、学問とは異なる視点を持つことができ、教授からも重宝してもらえる場面があります。現場の課題や取り組みについては教授よりも知っていますので。

ビジネスとアカデミア、2つの場を持っていると、それだけで唯一無二の価値を発揮できるんです。

スキルアップよりも新しい価値観を手に入れる。デキるビジネスパーソンほど、大学院に行くべき意味

ー福島さんのように、これから2足のわらじを履こうとする人に向けて、何かメッセージはありますか?

福島さん
最近2足のわらじを履くキャリア、いわゆる「パラレルキャリア」が流行ってますよね。

僕のように、ビジネスとアカデミアの両立という人もいれば、ビジネスとビジネスの両立をする人もいるでしょう。

複数の仕事をする時に僕がいつも心がけているのは、「自分のできることの使いまわし」は避けるということです。

例えばエンジニアの方が、自分が勤めている会社とは別の会社でプログラミングをする、といった具合です。

自分のできることの使い回しでは、働いた分だけ収入を得られても、それ以上に得られるもの(例えば新しい見識やスキル)が少ないからです。

エンジニアをやっているなら、例えば営業に挑戦してみるでもいいですし、僕のように大学で研究をするのも良いでしょう。

要するにテーマは近くても、今の自分の仕事では余り経験しないことに挑戦することで、そこでしか手に入らない知識や見識を持つことができます。

ーたしかに福島さんの場合では「教育」というテーマは同じでも、ビジネスやアカデミア、本の執筆や講演など少しずつできることの幅が増えていますよね。

福島さん
そうですね。2足のわらじは自分にとっての「できること」の幅を増やせるという、大きなメリットではありますが、それ以上に重要なのは、価値観の変化が起きることだと思います。

僕はアカデミアの世界に足を踏み入れて、今まで正しいと思っていた価値観が180度変化しました。

それと同時に、自分がいかに狭い世界の価値観でものごとを判断していたのかを、心から味わいました。

アカデミアの良さは、自分がいた世界では「絶対に良い」とされてきたことが、実はある世界から見ると「圧倒的に間違っている」と、気づくきっかけに出合えること。

それは「無知の知」に繋がります。自分のいまの価値観を盲信しないことは、ビジネスにおいてもアカデミアにおいてもとっても重要なことだと思います。

僕はデキるビジネスパーソンにこそ、大学院に進んでほしいと考えています。

ー社会人が通う大学院といえば、MBAの取得といったようにスキルアップを目的としたものが多いですよね。

福島さん
そうなんです。もちろんスキルアップも大切だと思っていますが、デキるビジネスパーソンにこそ、自分の興味がある学問などに触れて、自分の価値観を相対化したり、新しい価値観を養うべきだと思います。

なぜなら会社で結果を出している、いわゆる優秀なビジネスパーソンであればあるほど、結果が出ているが故に「自分の価値観は正しい」と、盲目的になってしまいがちな傾向があるからです。

しかし優秀な人の視野が広がれば、それだけ新しいことが生まれる可能性が高くなりますし、新しいことをするための推進力も高まる。そうして日本のイノベーションは発展していくと思っています。

昨今の「働き方改革」「副業解禁」によって、自分の可能性の幅を広げるチャンスが増えています。その1つの選択肢として、大学院進学を考える人が増えていけばいいなと思っています。

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