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脱毛に苦しむ人に髪のインフラを。野中美紀さんが人毛100%のウィッグを販売する理由

脱毛に苦しむ人に髪のインフラを。野中美紀さんが人毛100%のウィッグを販売する理由

大変なことのほうが多い独立・起業において、自分を支えるモチベーションを明確にすることは、事業の成功の分かれめといっても過言ではありません。

今回お話を伺ったのは、野中美紀さん。

かつて乳がんを患い、抗がん剤による脱毛を経験した野中さんは、人毛100%の医療用ウィッグを開発、販売する事業を手がけています。

起業も初めてでありながら、ウィッグについて特別詳しかったわけでもなかったという野中さん。何もかもが「ないないづくし」の野中さんを支えた、2つのモチベーションとは、一体なんでしょうか。

<プロフィール>
野中美紀さん
株式会社SUMIKIL(スミキル) 代表取締役

卓球用品を扱うメーカーのアパレル担当、外資系保険会社で管理職を経験した後、人材紹介会社で勤務。

2014年夏に人間ドックを受け、2015年に乳がんが発見される。治療の際に、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けてしまい、悩みを抱えることに。その後乳房の全摘手術、再建手術、乳房・卵巣の予防切除を経て、現在は快方に向かっている。

2020年に人毛100%の医療用ウィッグの開発、販売事業を立ち上げ、2022年に株式会社SUMIKILを創業。

乳がんの治療で味わった、脱毛の悩み。野中さんが人毛100%の医療用ウィッグ事業を手がけるまで

――まずは野中さんが行っている事業について、教えてください。

野中さん
病気などが原因で脱毛・薄毛に悩む方に向けて、人毛100%の医療用ウィッグ(※)を販売する事業を展開しています。

またウィッグを購入された方向けに、提携サロンでウィッグのカットやカラーをして、自分用にカスタマイズできるサービスも展開しています。

※医療用ウィッグとは、病気によって脱毛・薄毛で悩む方を対象としたウィッグのこと。
コスプレなどに代表されるファッション用ウィッグとは異なり、その人の元の髪型に近い、あるいは自然な髪型にすることを目的としたウィッグ。

――なぜ医療用ウィッグに着目したのでしょう?

野中さん
きっかけは、2015年に乳がんが発見され、治療を行った時の経験でした。

それまでは卓球用品を扱うメーカーでアパレル関係の仕事をしていたり、保険会社で管理職を務めていたりと、特にウィッグに関わる事業をしていたわけではなかったんです。

がんを患い、治療を受けていく中で、私も抗がん剤の投与を経験しました。

――抗がん剤といえば、脱毛の副作用があることで有名ですよね。

野中さん
はい。私も例に漏れず、脱毛の副作用があり……その時、やはりとても嫌な思いをしたんです。

髪は人の見た目、印象に大きく関わりますから。

そこで私は医療用のウィッグを探し始めたのですが……条件に合うものがなかなか見つからなかったんです。

――なぜでしょう?

野中さん
一番のネックは価格でした。

ウィッグにも様々な種類があり、その中でもやはり人毛のウィッグは一番自然に見えるんですが、その分とても高価なんですよね。

そしてやっとの思いで医療用ウィッグを手に入れても、そのウィッグのカットやカラーをしてくれるサロンがなかなか見つからなくて……。

――その経験が、今の事業に繋がっていると。

野中さん
はい。その後も社会復帰しながらホルモン治療を続け、体調はよく元気に過ごせており、現在は人材紹介会社に勤務しています。

そして2020年のコロナ禍で出社や外出をする機会が減ったこともあって時間ができたので、会社員として働きながら、現在の事業を立ち上げました。

「髪が抜けてしまった自分」を鏡で見た時のやるせなさを、少しでも和らげたい。野中さんを支えた2つのモチベーション

――では、会社を立ち上げた現在も、会社員として働きながら事業を運営しているということでしょうか?

野中さん
はい。様々な理由があるのですが、私としてはやはり、可能な限りお手頃な値段で人毛100%の医療用ウィッグを手にとっていただきたいんです。

事業に全振りすると、どうしても自分の生活を事業一本で支えなければならなくなってしまうこと、そして初めての起業だったこともあり、まずは小さく始めてみようと、今の二足のわらじのスタイルを選びました。

――初めての起業で、さらにウィッグに関しても深い見識を持っていたわけではないんですよね? 事業の立ち上げは苦労されたのではないですか?

野中さん
そうですね、めちゃくちゃ大変でした(笑)。

自分が治療を受ける側だった時は、人毛ウィッグについて調べてみましたが、それを企画して作って売る立場になると、また全然違うというか。

ただ、最初に勤めた会社でアパレル関係の仕事をしていたので、人毛でウィッグを作ってくれる工場をなんとか見つけることができました。お仕事で関わりのあった知り合いの方に力を貸していただいたんです。

でも、どうしても人毛100%にこだわりたかったこともあり、価格の調整や高価ゆえに流通しづらい質のいい人毛を探すのには、かなり苦労しました。

――決して、ここまで楽な道のりではなかったかと思いますが……野中さんを支えた事業へのモチベーションを教えてください。

野中さん
大きく2つあります。

まず1つ目は、私自身が治療中にこのウィッグ問題に非常に悩まされたことでした。

抗がん剤による脱毛は、それなりにニッチな悩みだと思います。それゆえに、課題を解消する方法が本当に少ないのが現状です。

やはり見た目の問題は、病気以上に精神を蝕んでいきます。あくまで私個人の話ですが、自分の乳房を切除すること以上に、髪の悩みのほうが苦しかったと思えるほどでした。

それくらい「髪が抜けてしまった自分」を鏡で見た時の精神的ダメージは、本当に辛く苦しいものです。

野中さん
ウィッグという形だったとしても、自然な見た目を取り戻せたら、多少は楽になり、社会復帰も早くなる。

そして私と同じように、病気による脱毛の悩みで苦しんでいる方がいるのではないかと思い、事業を立ち上げたんです。

――もう一つのモチベーションはなんでしょう?

野中さん
これは個人的な話にもなってしまうのですが……。

私が患ったがんは遺伝性なので、娘に特性が遺伝していた場合、がんを発症する確率がかなり高いと言われています。

残念ながら私は医療従事者ではないので、がんを切除することも発症を防ぐこともできませんが、ウィッグを作ることなら、私にもできるなと。

もし万が一、娘が発症してしまった場合、親としてせめてできることをしたいと思ったのも、事業への強いモチベーションになっているというのが、正直なところです。

脱毛の悩みが少しでも和らぐように、これからも続けていきたいです。

脱毛の悩みを抱えた人のセーフティネットとして、寄り添える会社でありたい

――野中さんの今後の展望について、お聞かせください。

野中さん
実は、これから事業をとても大きくしたいとは考えていません。

ウィッグなんて使う必要のない人が多い方が、いいに越したことはありませんから。ですが残念ながら、脱毛をはじめ、髪に悩みを抱えた方は一定数いらっしゃるのもまた事実です。

そんな悩みを抱えた人が、そっと寄り添えるような存在でありたいと私は思っています。

現在、提携サロンは随時拡大中です。ゆくゆくは、47都道府県全てにサロンが最低1店舗以上はある状態にしたいなと。

髪の悩みのセーフティネット、インフラとしてSUMIKILが機能できるよう、これからも頑張っていきたいと思います。

――最後に、読者の方へメッセージをお願いします。

野中さん
当たり前な話ですが、これから先の未来は、今現在起こっている事象の延長にしかありません。だから今が大事なんですよね。

身体的・精神的にある程度健康な方であれば、自分の現在地とこれから先の未来にどうなっていたいのかを客観視できると思います。

目標を設定して、そこから逆算して、今行動する。やることはとてもシンプルですよね。

でも裏を返せば、なんらかの理由で身体的あるいは精神的な健康を奪われると、人は途端に冷静さを失い、目の前が真っ暗になってしまいます。

かくいう、私もそうでした。身もふたもない話かもしれませんが、人はそんな状況になったとしてもなお、目標を設定して逆算し、粛々と行動するしかないんです。

私の場合は、万が一娘が病気を発症した時に、かつて私自身が鏡の前で味わった「髪が抜けてしまった自分」へのやるせなさやショックを、なるべく軽減させてあげたいという想いがあります。

そのために、こうして事業という形にして、今できることを粛々とやっているだけなんです。

ずっと健康でいられることが一番ですが、人間として生きている以上、いつ何が起こるかは誰にもわかりません。

もしあなたが健康で、未来のことを考えられる余裕のある精神状態なら、目標を設定して、逆算して粛々と行動してみてください。着実に、時にはスピードアップして。

もし何らかの理由で健康でないなら、まずは未来のことを考えられるような状態になるまで、しっかりと休んでください。そしてまた自分の想いを確認して、目標を設定しましょう。当たり前のことなんですが、その当たり前のレベルを上げながら、トライ&エラーの繰り返しです。

チャレンジしたいことがある方は、ぜひそのことを頭の片隅に入れていてほしいですね。

取材・文・撮影=内藤 祐介

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