脱サラして個人事業を始めた方にとって、その事業から得られる給与はどうなるのかとても気になることでしょう。会社員ならば、毎月給与の支払いがされて、その使い道は生活費・住宅費・遊興費など自由です。しかし、個人事業主の場合は毎月決められた額を支給する給与という概念がなく、事業用として使用するお金の中でも経費と認められるものとそうでないものがあります。
個人事業主である自分に対して給与を支払い、それを経費にすることはできるのでしょうか。また、生活費はどこからどのように工面するべきなのでしょうか。
今回は、個人事業主である自分の給与を事業の経費にできるのか、また経費として給与を支払いたい場合にはどのような仕訳方法になるのかをご紹介いたします。
個人事業主の給与は経費にはならない
そもそも、個人事業主の給与は経費に計上することはできません。法人を設立した場合には、事業主へ毎月支払う報酬は「役員報酬」であり、全額経費となります。しかし個人事業主には給与や役員報酬という概念がないため、経費に計上することはできません。
なぜなら、法人の場合、売り上げから経費を差し引いた残りは会社の利益となります。それに対して個人事業主の報酬は、収益から経費や税金を差し引いた額が所得となり、黒字の場合は全て個人の利益にできるからです。個人事業主の報酬は、以下のように求められます。
収益−(経費+税金)=所得
個人事業で利益が出た場合、税金を支払った残りの利益は生活費などいくらでもプライベート用として自由に使えます。ただし、収益から、まずは事業を継続するための経費や税金を差し引く必要があります。そのため、使用できる金額は自然と限られることもあるでしょう。例えば、収益が少ない場合は経費や税金を差し引くと自分の報酬がほとんど残らないということもあり得るのです。
このように個人事業主は収益が黒字の場合には自由に使えるお金が増えます。ただし注意が必要なのは、収益から差し引く経費に生活費などは含むことができないという点です。経費にできるのは、あくまで「事業に必要な出費だった場合に限る」ということを覚えておきましょう。
個人事業主の生活費はどのように計上するべきなのか
自分の報酬がいくらになるかは、事業の収益と経費のバランスにより決まります。より多くの報酬を得たいのであれば、大きな収益を上げつつ経費は最小限に抑えることが大切です。
個人事業主の中には、所得からプライベート用の支払いもしている方が多いのではないでしょうか。しかし、このような使い方をしていると帳簿と口座の金額が合わなくなってしまいます。
そこで、所得より生活費を工面している場合、個人事業主の生活費は「事業主貸」という科目で経費計上をします。「事業主貸(じぎょうぬしかし)」で計上することで、経費として換算することなく所得より残金を減らせるため、帳簿と口座の金額が合わなくなる事態を防げます。
一見、ただの経費の勘定科目に聞こえる事業主貸ですが、これは個人事業に特有の科目であり経費の勘定項目ではないのです。帳簿上、個人事業主はお金を貸したことになっています。しかし、法律上は同一人物であるため返済の義務は発生しません。
このように、個人事業では所得から引かれる生活費を「事業主の給与」とは考えず、「事業用の口座からプライベートな支出があった」として帳簿に記録するのです。
個人事業主の生活費の管理方法
個人事業主は事業の収益から必要な支払いを終えた黒字部分については、全て自分のものにできます。しかし、生活費の管理方法についてきちんと考えておかなくてはいけません。
個人事業主は事業資金とプライベートなお金が曖昧になりがちです。上手く生活費を管理できないでいると、事業用とプライベート用のお金の区別がつかなくなり税務上問題になりかねません。そのため、事業資金と生活費を徹底的に自分で管理しなければなりません。
個人事業主なら知っておきたい、生活費管理の考え方を4つご紹介していきます。
1.個人事業主の生活費は法律上の制約がない
2.給与のように管理する場合は毎月、同じタイミングで一定額を生活費にする
3.事業の経費次第で生活費を調整する
4.生活費を給料として経費計上するなら法人化を検討する
それぞれどのようなことなのか、もう少し詳しく見ていきましょう。
1. 個人事業主の生活費は法律上の制約がない
法律上、個人事業主の生活費には制約がありません。
会社員の場合、会社から支払われた給与の中から生活費をやりくりします。しかし、個人事業主の場合は給与を自分で自分に出してその中でやりくりをするわけではありません。個人事業主の生活費は、事業で得た収益のうち、従業員の給与や税金など支払額を差し引いて余った黒字部分より捻出するものなのです。
そのため、法律上で「生活費」として制約が定められているわけではないことを覚えておきましょう。
2. 給与のように管理する場合は毎月、同じタイミングで一定額を生活費にする
事業収益の中から経費などを差し引いたお金より生活費を工面することに不安のある方は、毎月同じタイミングで、給与のように一定額を生活費に回すようにするとよいでしょう。毎月同じタイミングで一定の額を生活費にすると、毎月の支出が管理しやすく、生活や事業も安定して運用できるようになるでしょう。このように管理する場合でも、帳簿を合わせるために「事業主貸」として計上します。
ただし、毎月、一定の額を自分の生活費として確保してしまい、経費の支払いに無理が生じないように注意が必要です。ある日「経費の支払いができない!」というような事態になってしまわないよう、生活費は金額ではなく、収益の割合で決めてみることをおすすめします。
3. 事業の経費次第で生活費を調整する
個人事業主が全体の収益から生活費の金額を決める際には、事業の経費との兼ね合いを見て調整をする必要があります。
事業には、たいてい繁忙期と閑散期があるはずです。また、中には経費がいつも以上にかさむ時期もあるでしょう。しかし、経費は事業を営むうえで必要不可欠な出費です。そのため、経費を支払わずに生活費を確保するのは無理があるでしょう。経費が払えなくならないよう生活費の方で調整をしていく必要があります。
毎月、一定の額を確保することも重要ですが、「この時期は経費がかさむから生活費は抑える」「この時期は収益が潤うからもう少し生活費が確保できる」など、柔軟に調整できるようにしておきましょう。
4. 生活費を経費計上するなら法人化を検討する
個人事業主の給与は経費にならないため、多額の税金を納めなければなりません。そこで、個人事業主としてある程度の収益があり、税金対策の面からも「生活費を経費計上したい」と考えているのであれば、法人化を検討してみてはいかがでしょうか。
法人化をすると、経営者である自身の給与を役員報酬として経費に計上できます。個人事業主と比較して、法人化することで経費計上できる金額は大幅に増え、大きな節税効果が得られるでしょう。
従業員に支払う給与は経費になる?
自分への報酬は給与として経費計上できない個人事業主ですが、従業員へ支払う給与の場合は経費として計上できるのでしょうか。結論からいうと、個人事業主が従業員へ支払う給与は経費として計上が可能です。
正社員・パート・アルバイトなど、雇用形態に関係なく、従業員に対して支払う給与は「給料賃金」という勘定科目で経費として計上します。
ただし、生計をともにする家族に仕事を手伝ってもらい報酬を与えたとしても、基本的に経費にはできません。この報酬は給与ではなく、家族へのお小遣いとみなされてしまうのです。
では、家族に仕事を手伝ってもらいたい場合には、どのような処理になるのでしょうか。
家族への報酬は青色申告で経費にできる
個人事業主の場合、配偶者や親族など生計をともにしている家族が事業を手伝っていることは少なくありません。配偶者に給与を支払い経費にすることができるならば節税にもなります。しかし、生計をともにしている場合、配偶者の給与は基本的に経費にすることはできません。
ただし、手続きを踏むことで家族への給与であっても経費にできる方法はあります。家族に支払う給与を経費として計上したい場合、税務署に「青色事業専従者給与に関する届出書」を所轄税務署に提出すると、家族への給与を全額経費として認められるようになります。この場合、確定申告は青色申告で行わなくてはいけません。青色申告を行うためには「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)および「所得税の青色申告承認申請書」を作成し、所轄税務署に提出しておく必要があります。
家族が専従者として認められるためには以下の条件を全て満たさなくてはいけません。
1.個人事業主と生計をともにしている
2.15歳以上の家族や親族である
3.半年以上、当該事業に従事している
4.確定申告の配偶者控除や扶養者控除の対象者ではない
「個人事業主なら知っておきたい青色事業専従者給与と事業専従者控除とは」
また、経費についてのわかりやすい動画は下記をご参考ください。
「会計の基礎知識。経費の仕訳は節税の基本です。」
「No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除」(国税庁)
個人事業主が従業員を雇うためには手続きが必要
個人事業主だからといって、何の届け出もなく従業員を雇うことはできません。個人事業主が従業員を雇う場合には、所轄税務署に「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を1か月以内に提出する必要があります。
個人事業主であっても、従業員を雇用すると「源泉徴収義務者」になります。源泉徴収義務者になると、従業員に支払う給与の中から源泉徴収税分、税務署に納める義務が生じるので注意しましょう。
したがって、従業員を雇う個人事業主には源泉徴収税の知識が必要となります。従業員を雇用する前に、源泉徴収の仕組みを理解しておくと安心でしょう。
「[手続名]給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」(国税庁)
個人事業主の給与の仕訳方法
個人事業主の収入は、収益から税金などの経費を支払った後の残りの金額です。
もし、事業年度の途中で事業用の資金を生活費などに使う場合は、「事業主貸」として経理処理します。例えば事業用の現金や預貯金を生活費などプライベートで使う場合、借り方に「事業主貸」、貸し方に「現金・預金」として経理処理します。
生活費などを個人事業の経費にすることはできず、「事業主貸」も経費ではありません。「事業主貸」は帳簿上「資産」となります。確定申告の時、「事業主貸」が貸借対照表にあっても所得税の計算には影響しません。個人事業においては、「事業主貸」または「事業主借」は一般的に存在するものなので、帳簿上に存在していても何も問題もないのです。
翌年1月1日の帳簿には、この「事業主貸」または「事業主借」を元入金に反映させます。「事業主貸」がある場合は、その分の元入金を減らし、「事業主借」がある場合はその分、元入金を増やします。
まとめ
今回は、個人事業主に支払う給与は経費にできるのか、およびその仕分け方法についてご紹介しました。
個人事業主は税金を支払った後の利益を全額、個人の利益にできますので、給与はありません。また、生活費など、プライベートに使うお金を個人事業の経費にすることもできません。
給与がないと生活していけるのか不安になりますが、事業年度内に事業用資金を生活費として使用したい場合「事業主貸」という科目をたて、自由に使うことができます。「事業主貸」の経理処理や決算期の対応についてもご紹介しました。
なお、従業員の給与は当然ですが経費にすることができます。ただし、家族の給与は基本的に、経費にすることができませんのでご注意ください。家族の給与を一定金額まで経費にしたい場合、青色申告を利用するとよいでしょう。
村上 年範さん/クレディ・テック株式会社 代表取締役
金融商品や不動産を活用した経営コンサルティングを得意とし、前職のプルデンシャル生命保険株式会社在籍時より担当したクライアント数は年間200社にのぼる。2013年クレディテック株式会社設立。金融と不動産を軸とし、税務・法務の観点から知識提供を行う、資産形成および財務のコンサルティングサービスを展開。海外不動産についても強いコネクションと発信力を持ち、これまでの取扱高は150MM以上。現在、「幻冬舎GOLD ONLINE」にて、幅広い資産形成ノウハウを連載中。【村上年範 運営】金融・不動産にまつわるYoutubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCDq3bojqCvTnRXKu7Aur_Kg
<文/ちはる>